第七話「rencontrer」
オペレーターのクレア・ブライフォードは元々、ヨーロッパの田舎で平和に暮らす少女だった。
裕福ではないが温厚で優しい両親と仲の良い兄弟に囲まれて、毎日が幸せだった。
しかし、そんな平和が瓦解するのはあまりにも一瞬で、容易で、そして突然だった。
国家解体戦争。
慢性的なエネルギー不足、人口爆発。それらの問題に対して疲弊しきり、すでに威厳をなくした国家に対して巨大企業グループが起こした人類の歴史上で最大規模のクーデター。
新しい世界と秩序のためと一言で片付けてしまえば聞こえはいいが、その戦争がもたらした恩恵はあまりに少なく、残した爪痕はあまりに大きかった。
ヨーロッパ地方では大手企業の傘下にいる中小企業間による勢力争いのせいで、あちこちで歴史に残らない小規模な武力衝突が起こっていた。
その影響はクレア自身にも大きな影響を及ぼす。
彼女の住んでいる地域で起こった戦闘により、家族と無惨に引き裂かれてしまったのだ。
それから身寄りを失い独りで廃墟同然の街を彷徨うことになったクレアだったが、まだ幼さの残る年齢だった彼女には当然、一人で生きる力など無かった。
他人から差し伸べられる手などある筈も無く、クレアは自分なりに死を覚悟していた。
「…大丈夫?」
気がつくと、白い天井を見上げていた。
ついに神の元に召されたかと、学校で習った人間の行く末を頭の中で反芻していたがどうやらそれは違ったらしい。
なぜならクレアのそばで見知らぬ女性が彼女の手を握り、心配そうな表情を浮かべていたからだ。
「ああ、良かった。無事でいてくれたみたいね」
女性はそう言って安堵のため息をつく。
白い肌に、子供の自分よりも細いのではないかと思えるほどの華奢な体と群青の髪。病弱そうな雰囲気も感じ取れたが、美しい儚げな瞳と目が合うと少し鼓動が高鳴った。
「…ここは?」
「オーメル・サイエンスのネクスト研究施設。そこの医務室よ」
女性の話によれば施設の前で一人倒れていたクレアを施設の研究員が偶然発見し、急いで中に運び入れたのだと言う。
「お名前言える?」
「く、クレア・ブライフォードです…」
意識がはっきりしてくると、もともと人見知りなせいかそれとも女性のなんともいえない雰囲気の急に緊張してくる。あまり口が回らなかった。
「クレアちゃんね。私は、マリア。マリア・シャリティよ」
マリアと名乗ったその女性は健康的な微笑を浮かべて握手を求めた。
すこしお互いのことを話して分かったのは、彼女には名門貴族であるシャリティ家出身でローゼンタールの権力者である夫と、幼い二人娘が居ること。それからここには泊り込んで働いているということだ。
優しい雰囲気を持つ彼女にクレアは自身の母の姿を思い出していた。
それからしばらく体調が回復するまでは、マリアに自分の経緯を話したり、お互いのことを話したり、施設の研究員たちに挨拶をしたりして過ごしていた。
とはいえ、衣食住すべてを世話してもらっている上にこのまま居候するのも申し訳ない。
最初は戸惑っていたクレアだったが、心の整理できてくるとそんな自責の念に駆られることもあった。
そんなことを思っていたある日の朝、朝食を持ってきてくれたマリアからこんな事を言われた。
「今日から、クレアちゃんはここの職員になってもらいます」
コンソメスープを掬ったスプーンを持った手が思わずピタリと止まった。
「いろいろお話聞いてきたけど…もう、身寄りが居ないでしょう?だから、住み込みで働きながらずっとここに居られるように、って施設主任にお願いしてきたのよ」
マリアは配膳プレートを胸の中で抱きかかえながらそう説明するが、さすがに突然すぎて返事に困ってしまった。
「え、で、ですけど…大丈夫なん、ですか?」
施設の一職員が職員採用を進言してしまってもいいのだろうかと思ったが、マリアは何も言わず微笑みのまま頷いた。
「専門的なことは難しいかもしれないけど、頑張ってね」
その言葉を受け、また居場所が出来たことを実感したクレアの目尻には光るものが浮かんでいた。
裕福ではないが温厚で優しい両親と仲の良い兄弟に囲まれて、毎日が幸せだった。
しかし、そんな平和が瓦解するのはあまりにも一瞬で、容易で、そして突然だった。
国家解体戦争。
慢性的なエネルギー不足、人口爆発。それらの問題に対して疲弊しきり、すでに威厳をなくした国家に対して巨大企業グループが起こした人類の歴史上で最大規模のクーデター。
新しい世界と秩序のためと一言で片付けてしまえば聞こえはいいが、その戦争がもたらした恩恵はあまりに少なく、残した爪痕はあまりに大きかった。
ヨーロッパ地方では大手企業の傘下にいる中小企業間による勢力争いのせいで、あちこちで歴史に残らない小規模な武力衝突が起こっていた。
その影響はクレア自身にも大きな影響を及ぼす。
彼女の住んでいる地域で起こった戦闘により、家族と無惨に引き裂かれてしまったのだ。
それから身寄りを失い独りで廃墟同然の街を彷徨うことになったクレアだったが、まだ幼さの残る年齢だった彼女には当然、一人で生きる力など無かった。
他人から差し伸べられる手などある筈も無く、クレアは自分なりに死を覚悟していた。
「…大丈夫?」
気がつくと、白い天井を見上げていた。
ついに神の元に召されたかと、学校で習った人間の行く末を頭の中で反芻していたがどうやらそれは違ったらしい。
なぜならクレアのそばで見知らぬ女性が彼女の手を握り、心配そうな表情を浮かべていたからだ。
「ああ、良かった。無事でいてくれたみたいね」
女性はそう言って安堵のため息をつく。
白い肌に、子供の自分よりも細いのではないかと思えるほどの華奢な体と群青の髪。病弱そうな雰囲気も感じ取れたが、美しい儚げな瞳と目が合うと少し鼓動が高鳴った。
「…ここは?」
「オーメル・サイエンスのネクスト研究施設。そこの医務室よ」
女性の話によれば施設の前で一人倒れていたクレアを施設の研究員が偶然発見し、急いで中に運び入れたのだと言う。
「お名前言える?」
「く、クレア・ブライフォードです…」
意識がはっきりしてくると、もともと人見知りなせいかそれとも女性のなんともいえない雰囲気の急に緊張してくる。あまり口が回らなかった。
「クレアちゃんね。私は、マリア。マリア・シャリティよ」
マリアと名乗ったその女性は健康的な微笑を浮かべて握手を求めた。
すこしお互いのことを話して分かったのは、彼女には名門貴族であるシャリティ家出身でローゼンタールの権力者である夫と、幼い二人娘が居ること。それからここには泊り込んで働いているということだ。
優しい雰囲気を持つ彼女にクレアは自身の母の姿を思い出していた。
それからしばらく体調が回復するまでは、マリアに自分の経緯を話したり、お互いのことを話したり、施設の研究員たちに挨拶をしたりして過ごしていた。
とはいえ、衣食住すべてを世話してもらっている上にこのまま居候するのも申し訳ない。
最初は戸惑っていたクレアだったが、心の整理できてくるとそんな自責の念に駆られることもあった。
そんなことを思っていたある日の朝、朝食を持ってきてくれたマリアからこんな事を言われた。
「今日から、クレアちゃんはここの職員になってもらいます」
コンソメスープを掬ったスプーンを持った手が思わずピタリと止まった。
「いろいろお話聞いてきたけど…もう、身寄りが居ないでしょう?だから、住み込みで働きながらずっとここに居られるように、って施設主任にお願いしてきたのよ」
マリアは配膳プレートを胸の中で抱きかかえながらそう説明するが、さすがに突然すぎて返事に困ってしまった。
「え、で、ですけど…大丈夫なん、ですか?」
施設の一職員が職員採用を進言してしまってもいいのだろうかと思ったが、マリアは何も言わず微笑みのまま頷いた。
「専門的なことは難しいかもしれないけど、頑張ってね」
その言葉を受け、また居場所が出来たことを実感したクレアの目尻には光るものが浮かんでいた。
10/02/27 14:09更新 / セーフティハマー