連載小説
[TOP][目次]
アディーナ2号機
コロンさんとフォーラさんの脱出劇から、1週間がたちました。
二人はいつもどおり、てきぱきと働いています。
やっと平和な日常が戻ってきたようです。

「フォーラちゃん、お茶にしよっかー?」

「はーい。ちょっと、この資料の整理が終わるまで待ってくださいー。」

ロビーで来客の応対を終えたコロンさんが、フォーラさんに声をかけました。
フォーラさんは、ACパーツの性能に関する資料をまとめていたところのようです。
パタンと携帯型のPCを閉じたフォーラさんは、先に応接室に向かったコロンさんの後を追いました。

「コロン先輩、傷のほうはどうですか?」

「ええ、もう大丈夫よ。首のところが、ちょっとまだ痛いけどね。」

コロンさんはインスタントコーヒーを作りながら答えます。
フォーラさんはお菓子の包みを開けながら、ソファーにちょこんと腰掛けます。

「今日のお客様にお菓子を頂いたんです。いかがですか?」

「わー。おいしそう。やった〜。」

コロンさんとフォーラさんは、コーヒーとお菓子を前に談笑を始めました。

「…ところでコロン先輩、ガレージのことですけど、AC”アディーナ”の隣に、それにそっくりなACがもう一台置いてありますよね。
あれは動くんですか?先輩が動かしてるところを見たことないんですけど…。」

皆さんは覚えていらっしゃるでしょうか。
コロンさんとフォーラさんが言い争っていたとき、ガレージの隅っこに”アディーナ”に似たACが置いてありましたね。
フォーラさんはそのことを言っているようです。

「あ〜。あれでしょ?あれはね、”アディーナ”ちゃんの予備のパーツを組み合わせたものなの。
”アディーナ”ちゃんを壊したときに困るからって、用意してたんだけど、結局使わないまま、ああやって放置になってるのよね。
もちろん動くわよ。」

「そうなんですか…。」

「なんでそんなこと聞くの?」

「あ、いえ、ちょっと気になったものですから…、あちち。」

フォーラさんは熱いコーヒーを慌てて飲んで、ちょっと火傷したようです。

「あはは。気をつけてね。
でもさ、最近、フォーラちゃん、『カタキ、カタキ』って言わなくなったね。
わかってくれたみたいで、あたし、嬉しいわ。」

コロンさんは、にこにことコーヒーを啜っています。
フォーラさんは、うつむいて何も答えませんでした。

「さぁ、リフレッシュ、リフレッシュ。
もう次のお客が来てるみたいよ。フォーラちゃん、行こ!」

「はい、先輩。」

二人は再びロビーへ出て行きました。
今日も工房は多くの人で賑わっています。

-----------------------------

その夜。

工房の寄宿舎で、眠っていたはずのフォーラさんがこっそりと起きだしました。
隣のベットでは、寝る前に飲んだお酒のせいか、少し赤い顔のコロンさんがすやすやと眠っています。
フォーラさんは音を立てないようにパイロットスーツに着替えました。

「…先輩、ごめんなさい。私…約束があるんです。」

フォーラさんはそうつぶやいて、眠っているコロンさんにペコリと頭を下げ、部屋を出て行きました。


月明かりに照らされたガレージのシャッターがからからと開き、その中から、1機のACが動き出しました。
予備の”アディーナ”です。
動かしているのは、もちろんフォーラさんです。MTしか動かしたことのなかったフォーラさんが、今、ACの操縦桿を汗ばむ手で握り締めています。ACは元々MTが発展してできたものですので、MTの扱いに慣れたフォーラさんは、ACの基本的な操縦方法はわかっていました。

「初めまして。私、フォーラです。よろしくお願いします…。」

フォーラさんはコクピットの中で、コンソールパネルに向かってそっとささやきました。
コンソールパネルの明かりが、まるでフォーラさんを歓迎するかのように、ぽっと灯りました。

「行きましょう、約束の場所へ。」

予備の”アディーナ”…いえ、これからは”アディーナ2号機”と呼ぶことにしましょう…は、小さな駆動音を上げ、月明かりの中をゆっくりと歩き出しました。

向かう先は、アルピニー准尉の待つ、ウェルファーマシティーの闘技場です。

----------------------------

”アディーナ2号機”がウェルファーマシティーに入った頃から、急にあたりが暗くなってきました。
月が沈んだのです。
それまで瞬いていた星たちも、雲に隠れて霞んでいきます。

闘技場が見えてきました。

影で真っ黒に見える、ドーム状の施設。
昼間は様々な競技で賑わっているこの巨大な施設も、今はカーンと静まり返り、真っ暗な闇に包まれています。
その闘技場の裏手が、ぽっかりと開いています。
”アディーナ2号機”は、少し立ち止まったあと、その真っ暗な闘技場の中にゆっくりと足を踏み入れました。

…その闘技場の中央に、1機のACが鎮座していました。
黒い、四脚型のAC。
アルピニー准尉の”ジャンネッタ”です。

”アディーナ2号機”の通信機が低くうなり、ノイズ交じりの女の声が聞こえてきました。

『まさか、本当に来るとは思ってなかったわ。お馬鹿さん。』


10/02/25 18:55更新 / YY
前へ 次へ

TOP | 目次

まろやか投稿小説 Ver1.50