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ACX二次創作作品第三話
※はじめに
本作品は、アーマード・コアXを元にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれます。


3.『この世界に、正しいことなんて一つもない』


 “目を覚ませ!お前はこんなところでくたばる男じゃない!”
 暗闇の中、イグニスの頭の中でそんな言葉が飛びまわる。
 朦朧とした意識。ボヤけ、霞む視界の中で、天井らしき風景が上から下へと流れていき、周りは白い服を着た複数の人間が自分を囲んでいる。
 体のあちこちが…、特に後頭部が痛い。
 何かが後頭部に埋め込まれたような、刺された様な感覚だった。
“分かっているよ…。あんたとの約束があるんだ。死んでたまるか−”
 その言葉だけは意識が途切れる寸前、彼はそう発した−

 その“一日”。
その日は、広杉・フィーナにとって、とてつもなく忙しい日になった。
 朝出かけた自分の執事であるリュークからの緊急要請。隠密に、AC搬送用のローダー車と警護部隊を送ってくれ、という。
 申請はすぐに受け取り、指示を出した。
 大雨が降りしきる中、部隊はリュークから出された座標で、彼と怪我をした彼の仲間と、謎のAC、そして、これまで遭遇したことがない未確認の自立兵器の残骸を確認し、それらを回収した。
 リュークの仲間である青年は、彼曰く昨日話していた“例の探索屋”だという。
 大怪我を負った彼を病院へ運び、かたや謎のACと未確認自立兵器の残骸を自身の私有地内にある倉庫へと運びこむ。
 “例の奴ら”にかぎつかれないよう、統制も敷いた。当然、警備体制も表面上大きく配置は変えず、機体を隠した屋敷など重点をしぼり増やした。
 ここまで、ほぼ一日。時計はもうすぐ日が変わろうとしている。
「…リューク。この事態、どう解決してくれるのかしら?」
 応接間のソファーへ、ため息交じりに深く腰かけるフィーナ。
 その顔は疲労感と部下への不満を言いたげな表情がにじみ出ていた。
一方、いつもの執事服に着替えたリュークは、いつも通りのクールフェイスで彼女への回答を考えている。
フィーナから見れば、リュークは大変役立つ、信頼のおける人間だ。
 だが、時折彼が分からない時がある。何を考え、どうしようとしているのか、リュークはフィーナへ事の全容を話すことはあまりしなかったのだ。
「おっしゃる通り、この事態は私が彼の依頼を受けた結果、招いたものです」
 少しの沈黙の後、リュークは謝罪を始める。
「この穴埋めは必ず−」
「私が訊きたいのは、貴方が勝手に行動をした結果、街に騒ぎを持ち込んでくれたことを訊ねているの!」
 激しい口調でフィーナは、謝るリュークを怒鳴りつけた。
「リューク、お願いだから私の仕事をこれ以上増やさないで…。ただでさえ、街の統制と、例の異教徒テロリストの対策で忙しいのだから…」
 疲れがピークに達したのか、フィーナはダラしなくソファーの背もたれに寄り掛かった。
 それにリュークは、“申し訳ありません”と深く一礼し、
「必ず良い結果は出します。後は私が責任を持って引き継ぎます。今日はお休みくださいませ」
 頭を下げたまま、そう述べた。それにフィーナは、再び大きくため息をついて、“分かったわ”とソファーから立ち上がり答えると、
「探索屋の青年の側にいなさい。貴方の報告書通りなら、また彼を狙おうと奴らが動くだろうから…」
 そう指示を出して、奥の部屋へと去って行った。
 フィーナがドアを閉め、彼女の気配が完全に消えた頃。リュークは姿勢を元に戻すと、踵を返して、応接間を出た。
(予想外と言えば、予想外の事だったが…。本来の目的達成のため、少しは前進したか…)
 電灯が消えた長い廊下の窓から外を見ると、まだ雨が強く振っている。
(この様子だと、明日まで降るな…。私の機体も、明日搬入予定だったか…)
少し頭の中でスケジュールを確認して、リュークはその場を立ち去った。

 夜の闇はさらに更けて―
 街より離れたとある荒野。日中、リュークとイグニスが立ち寄った場所から少し離れていた。
 かつて“何かの施設”があったと言われるその場所は、数日前に発生したミグラント間の戦闘によって、あちらこちらの地面が掘り荒らされ、大破した大型ヘリやACなどの兵器の残骸が点在していた。
 全てが終わり、単なる朽ちた墓場と化したその場所を、大きな雨粒が激しく鉄くずを叩いていた。
 雨音以外、静寂が支配する場所。そこに生物はいるはずもない。あるのはただ、残骸のみ…−そのはずだった。
 その場所の一角。それは埋まっていた。
 何かを受信し、“装置”が起動する。
“装置”は周辺を感知し、天井と底に小さな爆発を起こした−
 爆発の衝撃で、踏み固められていた土に亀裂が入り大きく隆起する。
 刹那、圧縮されていた空気が解放され、装置の一部が地表を貫き、空へと弾け飛ぶように飛び出した。
 円筒状のカプセルのハッチだった。それは、クルクルと宙を舞い、それは地面へと突き刺さる。
 間もなくカプセルの蓋が割れ、中から、“ボトリ”と琥珀色のスライムと共に人影が産まれ落ちた。
 スライムに包まれて出てきたのは、人間の女だった。赤子のようにスライムの中で体を丸め、つい先まで眠っていた。
「…−…――――…」
 目覚めた女は声にならないうめき声を出しながら、まるで生まれようとする魚の稚魚のように、体に纏わりついたスライムの膜を毟り、破り取ろうともがく−
「…−!…―――−!?」
 顔に纏わりついたスライムを取りながら、女は必至で声を出そうとする。
 やがて、顔の口の周りが敗れるとスライムは中身の溶液を噴きだしながら、一気に絞れ、女の力でも簡単にやぶれるようになった。
「…−ッ」
 顔を出しても息ができない。必死に空気を吸おうとすると、逆に口の奥から何かがこみ上げてきて、女は堪らずそれを全て吐き出した。
「ガッ…!ガハッ?!…ァ、ハァ−」
 やっと声が出るようになり、女は肩を揺らし、大きく呼吸する−
 吐き出した溶液の変わりに吸い込んだ空気は、非常に不味かった。
 再び吐き気を覚え、女は吐く。
「ッハァ…、ハァ…、ハァ…」
 口を開け、大きく、息を整えながら、女は周囲を見渡した。
 女はすぐに自分が、エリーゼ・バーンズであることを思い出した。
 そして、自分が死んだことを思い出した。どういう理由(わけ)で死んだのか、ボンヤリとしか思い出せないが、今はそんなことはどうでもよかった。
 エリーゼは目の前に広がる光景と自分の現状が理解できずにいた。
「どうして…?ここは……?」
 自分はあの時、間違いなく、あの瞬間“死んだ”はずだ。
 今見ている“天国”は、こんなにも悲惨な場所なのか?
 それとも死ぬ直前まで見てきたのが“幻想”で、今が“現実”なのか?
はたまたその逆か…。
 そんな幻想か、現実か、ここがどこで、一体今はいつなのか、それを確かめるべく、彼女はゆっくりと立ち上がった。
 長い間、子宮のようなスライムの中で眠っていたにも関わらず、筋肉はそれほど弱ってはいなかった。すぐに正常に立つことができたのが証拠だ。
 そして、“歩く”という行為を本能的に思い出しながら、彼女は一糸纏わず兵器の墓場の中を進む−
 向かい風と共に降り注ぐ砂を含んだ汚れた雨が、彼女の体に、腰まで伸びきった長い黄金の髪に纏わりついたスライムを洗い流していく。それはそれで気持ちがいい…。
 だが、このままでは何かと不味い。寒気も感じる−
 ふと目の前に墜落した輸送ヘリが現れた。開き放しの後部ハッチから中を覘くと、鉄片で頭を射抜かれた兵士の遺体があった。
 細身の若い女兵士。恐らく墜落の際、壊れたヘリの破片で亡くなったのだろう−
「…服、貰うわ」
 そう小さく告げて、兵士の体をヘリから引きずり下ろすと遺体から服を脱がせ、それを身にまとう。
 随分と長くなった髪は、ポケットに入っていたヘアバンドで編み、ポニーテイルにした。
「さて…」
 少しでも何か情報になるものがないか、ヘリの中を探索する。
 見たことがない電子装備がいくつかあったが、いずれも壊れていた。
 使えそうなものは、兵士が護身用で持っていたと思われるハンドガンとその予備マガジンが一つ。そして、何かの許可証だった。
(とりあえず最低限のモノは確保したわね…)
 ふと、雨の中。遠くから何かが近づいてくるような音が聞こえる−
「自動車…?」
 それはやがて暗闇の中にヘッドライトの光を射して姿を現わし、エリーゼがいるこのヘリへ向かってきた。
 まぶしい光にエリーゼは、顔の前に手をやって、それを凝視する。
大型のキャリアカーだった。それはエアブレーキの排出音を上げ、ヘリの前で停車する−
 そして、その運転席のドアが開け放たれ、男が降りてきた。
「へぇ…、アンタ。生き残りかい?」
 男はあどけなさを残した顔で、珍しそうな目でこちらを見ながら話しかけてきた。
「そう…、みたいね…」
 歯切れの悪い回答に男は、一瞬首をかしげたが、“まぁ、いいや”と表情を変え、
「アンタ、この近くの街に拠点をおいているミグラントだろう?」
 エリーゼが着ていた戦闘服を指差してそう訊いた。
 その問いに一瞬、困惑したエリーゼだったが、この現状を確認するため、“この女兵士”に成りきって、“そうだけど”と答えた。そして、
「…もし、良かったら送ってくれるかしら?帰還する手段を失って、途方にくれていたの」
 危険かもしれないが、唯一の手かがりであるこの男について行くことにした。
「あぁ、いいぜ。ちょうど街から頼まれごとを請け負っていてね。次いで便だ。送って行くよ」
 そして、男はニコッと笑って、エリーゼに握手を求めるように右手を差し出し、こう告げた。
“ジュン・クロスフォード。流れの技術屋兼ミグラントだ”と−

 イグニスが何かに気付いたように目を覚ますと、周囲はとても明るかった。
 白い電灯の光。白い壁。窓の外は、あの時と同じく雨模様。
 ベッドの左側には、人工呼吸器などの類が。そして、右手に触れる温もり。

視線をそちらへ向けると、自分の手をぎゅっと握り、眠るシスター・リトナの姿があった。
「シスター…」
 イグニスが呼びかけると、彼女は眼を覚ました。
「イグニス?…目が覚めたのね!お医者様ッ!」
 イグニスが目を覚ました事が信じられなかったのか、シスター・リトナは跳び起きて、病室を慌しく飛び出して行った。
 そして、1分もしない内に複数の看護師と一人の担当医をつれて帰ってくる。
 彼らもまた、イグニスの驚異的な回復力に驚き、そして、また彼から不要になったセンサーやら呼吸器やらを外していく。
 数分後。イグニスは、頭に包帯だけを巻き、上半身裸の状態でベッドの上にいた。
「信じられない」
 医者は第一声にそう告げた。
 理由は、明白。常人ではない回復力。
 後頭部が割れるという大けがを負ったにも関わらず、ほぼ三日で元通りになっていた。
「これが君の後頭部のレントゲンだ」
 医師はイグニスにレントゲン写真を見せた。
 自分の後頭部。頭と首の付け根付近に半月状の小さな白い影がある。
「それは、取り出そうにも脊髄と神経に喰いこむようになっていた。少なくともここにある医療器具じゃ、止血をして、傷を縫合するぐらいで精いっぱいだった」
 医師の話を聞きながら、イグニスは自身の後頭部を触る。
 ややこぶのようになった不気味な“ソレ”の感触を確かめながら、医師の話を聞いた。
 “恐らく過去の遺失した生体技術の一つだと思われる−”
 それがその病院での結論だった。
 その謎の機械のおかげで、人並み外れた治癒力を携えられ、イグニスはやや自己嫌悪に陥っていた。
 診察から戻り、不貞腐れてベッドに横たわっていると、リュークが見舞いにやってきた。
 彼に一通りの経緯を話してみる。
「…まぁ、生きていただけでも良かったと思うべきだな」
 イグニスからその話を聞いて、リュークは開口一番そう答えた。そして、持参した見舞いの中からリンゴを一つ手に取る。
「お前に何が分かる。ただでさえ、望んでもいなかった力があって…。自分がどんどん人じゃなくなっていくのだぜ?」
 目くじら立てるイグニスを他所に同情するわけでも何か励ますわけでもなく、手元の果物ナイフでリンゴの皮をむき始めた。
「まったく、アンタが本当に分からない」
 黙って作業するリュークにイグニスは呆れて、リュークに背を向けるように寝返りをうった。
「その言葉、そっくり返すよ。…イグニス、お前一体何者だ?」
「はっ?」
 “サクッ”と切れの良い音とも、リンゴが食べやすいように四等分される。
「お前が見つけ、搭乗したACのシステムに、お前の情報が登録されていた。さらにアレはお前以外まともに動かせない様、セキュリティが掛かっている。どういうことか、説明してほしいところだ」
 そして、その一つの切れ端にフォークを射し、リュークはイグニスに差し出した。
「そんなこと言われても、俺にも分からない。ただ、あの工場の隠し地下水路で見つけた機体だから…」
 それを受け取りながら、イグニスは話を続ける。
「−ただ、なんとなくだけど。見えたんだよな…」
「何が?」
「“タイプ〇(ゼロ)”を造った人間の記憶が」
「あのACのことか…」
 イグニスの話を聞きながら、リュークも自身が切ったリンゴの切れ端を口に運ぶ。
 そして、それを口に頬張りながら、リュークは何か考え事を始めた。
「何だよ、心当たりがあるのか?」
「…いや、別に」
 イグニスにそっけなく答え、リュークは立ち上がる。
「その機体、少し調べてみよう。なんとなくだが…、お前が例の奴らに狙われるのと何か関係あるかもしれないからな」
 そして、踵を返し、病室のドアへと向かう。
「おい、やっぱり何か知っているんじゃないか!?」
 イグニスが声を荒げた時、開けられた病室のドアは半分閉まっていた。
 その声がリュークに届いたか、どうか分からず、イグニスは大きくため息をついて、ベッドに横たわった。
「まったく、自己中な奴だ」
 そういい横のテーブルの上に置かれた置手紙に視線を移す。そこには、“ちょっと出掛けてきます。夜までには戻ります”と書かれていた。
「それにしても、シスター…。一体どこをほっつき歩いているんだよ…」

 暗い。
 その場所は広く、そして、暗い場所だった。
 生活可能地域からそれほど遠くない、しかし、誰も立ち寄らないある場所にその空間は在った。
 人が生活するには適さない場所であるにも関わらず、そこに古典的な建造物を築いて、彼らは生活していた。
 “Phantom-children”
 それが彼らの名前だった。
 創造した偶像の神を信仰し、その時々の目的のために“陽だまりの街”で事件を起こす過激派宗教組織。その正体が、ミグラントのグループであることはあまり知られていない。
 暗い空間の中、黒に紅の刺繍が入ったローブを頭から被り、右手にランプを持って、その者は歩いていた。
「ブラッド…。なぜここにいる?」
 ふと、暗闇から気配が現れ、その気配は口を開いた。
「既にお前の役割は、“適格者”の監視ではなく、広杉・フィーナ、そして、リューク・ライゼスの殺害のはずだ」
 その者の前に、位の高いことを示す刺繍が入ったローブを羽織った二人が現れる。薄ら灯されたランプの光で見える輪郭は、欧州系の顔立ちだった。
「リグシヴ」
 その者は、彼の姿を見るなりローブを取り、茶色の長髪が露わにした。
 その姿はまぎれもなくシスター・リトナこと、リトナ・ブラッドだった。
「貴方に話があるわ。今晩19時の行政区強襲の開始時間を少しズラしてほしいの」
 リグシヴと呼ばれるその男の前で、リトナは落ちついた強い口調で開口一番そう告げる。
「女狐の分際で…。どういう風の吹きまわしだ?」
 それを聞いて、そのリグシヴの隣にいた男がローブを取り、口を開いた。キース・ウェーバー。リグシヴと呼ばれる男の腹心であった。
「簡単よ。行政区に適格者と例のシステムが組まれた機体がある。私がそれらを奪取する。その時間の猶予をほしい」
 “キッ”と強い眼力でキースを睨み、リトナはリグシヴに続けて進言する。
「…なるほど。それなりに成果は上げてくれているようだな。お前の情報通りなら、クライアントが大変喜ばれる」
 薄ら口元に笑みを浮かべ、リグシヴは“ならば…”と言葉を続ける。
「30分、時間の猶予をやろう。お前なら、その時間で言ったことを実行できるだろう?」
「無論よ」
 リグシヴの問いにリトナは自信を含んだ声で返し、踵を返した。
「変な小細工はやめて、見てなさい。私は有言実行だから。あの初代代表の時と同じように、やってやるわ」
 その言葉を残して、リトナは足早に来た道を駆けだした。
「…ふん。哀れな女だ」
 彼女の姿が暗闇の向こうへ消える頃、リグシヴは小さくつぶやいた。
「端から時間なんて与えるつもりはないか?」
 それを聞いたのか、キースは訊ねる。
「時間は限りある。無駄はできない。それに、クライアントは『システムと適格者』をお望みだ。どういう形であれ、“最低限の目標は達成すれば”問題ない」
 そういいリグシヴもまた踵を返して歩き始める。行く先は、信仰者へ指示を送っているいつもの場所だ。
「相変わらず恐ろしい男だ」
 その彼の後を追うようにキースもまた歩き始めた。
 やがて、彼らの姿は暗闇の中に消えた。

 時は過ぎ、辺りは日が落ちて街灯がチラチラと点灯し始める時間となっていた。
 そんな中、行政区の一角にある広杉・フィーナが所有する私有地内の倉庫では仮設のドッグが組まれ、二つの人影があった。
「これは…、メインシステムに本来のAC用とは別に、独立したCPUユニットが組み込まれていますね」
 ノート型PCのモニターを見つめる女性が、険しい表情で隣のリュークにそう告げる。
 レオナ・アルファード。リュークが個人でACの整備依頼している技術系ミグラントの助手(パートナー)だ。
 自分たちの工房より、リューク用のACを運送してきたばかりの彼女に、リュークは広杉・フィーナの敷地内で保管していたタイプ0の解析を依頼した。
 その結果が、彼女の先の言葉である。
「…たぶん、この機体を製造時にコア内部に組み込んだのでしょう。今の技術では、できない構造のハードウェア・モジュールになっていますから」
 解析機器のモニターいっぱいに映る無数のプログラム言語から、隣にある機体へ視線を移し、レオナはそう続ける。
 コアのコクピット部へ渡すように設置されたキャットウォークの上を埋めるように、タイプ0のコクピットから引き延ばされた無数のコードが敷かれていた。
「機密保持のための操縦者の生体登録。そして、操縦者をデバイスとした戦闘矯正プログラム。なんのためにこんなシステムを…」
 レオナのその言葉を聞き、リュークは“気味が悪いな”と小さく漏らした。
「いずれにせよ、この機体。そのイグニスっていう人以外、まともに動かせなくなっていますから、詳しい解析は彼が回復した後からですね」
 そう告げて、彼女はPCの画面を閉じ立ちあがった。そして、手早く機体と繋がっていたケーブルを外し、キャットウォークから降りると、
「あっ、リュークさん。例の機体…、確かソルジットでしたっけ?あとで、いつものガレージに納品しておきますから」
 ふと思い出したかのようにそう告げ、彼女は“私は先に部屋へ戻っていますから”と足早にその場を後にした。
(…相当疲れがたまっていたようだな)
 あくびを噛み殺しながら、歩き去っていくレオナの後ろ姿を見送り、リュークは胸元から携帯電話を取りだした。主であるフィーナへ報告するためだ。
 定期報告は彼の日課である。そして、いつもの通りリダイアル機能でフィーナへと連絡をしようと−
「………」
 そのダイアルキーを押しかけて、リュークは携帯を再び胸元にしまった。
 先から何かが“おかしい”。本能的にかすかな場の空気の変化を感じ取ったリュークは、静かにタイプ0のキャットウォークから降り、その近くの機材の物陰に身を隠した。
 そして、息を殺して、ゆっくりと静かに物陰から倉庫全体を見渡すように覗き見る。
 すると、入り口付近に一人の修道着を着た女性が現れた。
(あれは…。イグニスが住んでいる教会のシスターか?どうしてこんなところに…)
 静かにリュークは機材の物陰から、タイプ0の後ろへ移動する。
「…これが、イグニスが回収した機体」
 シスター・リトナは目の前で膝を着き、鎮座するタイプ0を見上げる。
(さっきの技術者が何か調べていたのね)
 タイプ0の周辺をもう一度よく見まわし、シスター・リトナは軽い身のこなしで気ャとウォークを昇り、タイプ0のコクピットへと向かった。
「…何これ、ふざけているの?」
 そのシートを覗き、シスター・リトナは、思わず声を漏らした。
「御察しの通りだ、シスター」
その声と共に冷たい物を米神に突き付けられ、シスターは両手を上げ、コクピットハッチから離れた。
 冷たい物の正体はハンドガンの銃口。そのハンドガンを握るのは、鋭い目付きで睨みつけるリューク。
「これは、これは…。この街の守護者(ガーディアン)が“かくれんぼ”なんて趣味の悪い…」
 ゆっくりと体の向きを変え、リュークと向き合うシスター。
「そういうアンタも、聖職者が勝手に人の敷地に入って、物色するとは」
 右手で銃を突き付けたまま、リュークは左手でボディチェックする。
「その上、こんなものまで持っているとは、どういうことだ?」
 彼女の足元から携行型ピストルを見つけ、片手で器用にそのマガジンを引き抜き、投げ捨てた。
「理由は簡単」
 不敵な笑みを浮かべ、シスターはリュークに答える。
「この街から災いを取り掃うためよ!!」
 そして、刹那獣のごとくすばやい身のこなしでリュークの右手を蹴りあげた。
 “バンッ!!”と暴発したハンドガンの音が口火となり、緊張した事が一気に動き出した。
「ッ−!!」
 舌打ちと同時に追撃で飛んできた拳を、体を反らし避けて、リュークは電光石火のごとく、彼女の胸元へ力を込めた拳を飛ばす。
 だが、その拳は彼女の体へ直撃する前にシスターによっていなされ、彼女は地を蹴ってリュークとの間合いを取った。
「…貴様、この間のパワードスーツ使いか?パワードスーツを着ていたとはいえ、あの弾を喰らって普通に生活しているとはな」
 胸元のネクタイを緩め、リュークは身構えた。
「あの時はそれなりに痛かったわ。あと、私の事は、暗殺者(アサシン)と呼んでもらった方が正しいかしら?」
 シスター・リトナもフードを取り、足元のスカートを破り、身構える。
「単刀直入に訊く。目的は何だ?」
「私が素直にしゃべると思って訊いているの?」
 静かに次の一手を見極めようと間合いを取るリトナ。
「…ならば口を割らせるまで」
 ギリッ…と鈍くリュークの拳が鳴る。両者の緊張感がピークを迎える。その場の空気が昂揚し、ふとしたきっかけでそれが爆発しそうな一触即発の状態になっていた。
 だが−
 それを終わらせるかのように突如、大きな地震が起こり、格納庫にあった窓ガラスが音を立てて割れた。
「…!?」
 二人とも突如起こったことを理解できずにいたが、刹那、割れた窓ガラスの向こうから見えた爆炎で、状況を理解した。
「そんな!?約束よりも早いじゃない!」
 シスター・リトナは声を荒げると同時に、キャットウォークを飛び降り、リュークには目をくれず、外へと駆けだした。
「あそこは…、行政区の方か!?」
 リュークもまたキャットウォークを飛び降り、急いで外へと飛び出す。
 外へと出ると、既にシスターの姿はなく、数キロ向こうの漆黒の空に紅き炎が天高く舞い上がっていた。
 リュークが見つめるその前でまた大きな爆発が起こった。その炎の中に、チラチラとACらしき機影が垣間見える。
(まずい…。あそこにはイグニスがいる…!)
「リュークさん!」
 彼を呼ぶ声に振り返ると、一台の輸送キャリアがリュークの側に急停止した。
 そして、運転席の窓が開くと、レオナが顔を出した。
「AC持ってきました!いつでも動かせますよ!」
 それに“分かった”と頷いて、リュークはキャリアの荷台へと急いで駆けあがる。
 新緑のキャリアに横たわる白と赤で彩られた機体。
 アーマード・コア“ソルジット Type.TR”
 その機体を修理した者はそう呼んでいた。

 “なんてことだ…”
 イグニスは目の前でごっそり抉り取られた建物を見ながら、そう思った。
 突如の落下音と刹那の爆発。閃光と衝撃で、意識が途切れそうになったがそれでも紙一重でしのいだ。
 その代わりに病院の一部が崩れ、目の前で建屋を構成する柱やら天井やら床やらがごっそりなくなり、多くの死者とケガ人が出ていた。
「俺が狙いなのか?俺がここにいるから、周りがこんなことになるのか…?」
 ふと崩れた天井から見える空を見上げると、火線が飛ぶ中、上空を華麗に飛び交う2体のACの姿があった。
 一つは、重量2脚の人型。もう一つは、軽量の逆間接。
 その二つが地上の警備部隊から浴びせられる砲撃をスイスイとかわしながら、また容赦ない攻撃を加えている。
 人々の荒々しい叫び声で、視線を崩れた床から見える道路へ向けると、そこには軍隊のように重武装した人たちが警備部隊の機動兵器や部隊兵との激しい銃撃戦を繰り広げていた。
「…何で、何でこんなことになるんだよ」
 イグニスの脳裏に小さい頃の苦い思い出が蘇る−
 幼き頃、その“特異”な能力が故に争いが起き、周りの親しい物が全て死んでしまった記憶が−
「−違う!俺のせいじゃない!」
 イグニスは、頭を振り、堪らずその場から駆けだした。
 とにかくその場から離れたかった。
 頭の中でジワジワと蘇ってくる光景を必死で見ない様にしながら、そして、目の前で起きている光景を必死で見ない様に、イグニスはがむしゃらに駆けた。
 人をかきわけ、崩れたガレキを飛び越え、よじ登り、怪我した人を視界に入れず、亡骸を蹴飛ばし、躓いても、振り返ってみることなく、こびりついた血や砂や、出てきた汗をぬぐうことなく、ただただ走り続けた。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
 気がついた時には、寝床路としている教会の前に居た。
 行政区がどうなっていようと、そこにいた人たちがどうなっていようと、今の彼には関係なかった。
 ただ、この場へ帰りたかった。
 “ここが今、一番安全な場所”だから−
「シスター…、シスター…」
 何かにとりつかれたかのように小声で漏らしながら、イグニスは教会の重い扉を開けた。
「えっ…?」
 教会の中。静寂で神聖な空間の中、神の子の像の前に、彼女は居た。
「お帰りなさい、イグニス。待っていたわ」
 だが、目の前に立つリトナは、イグニスが知るシスター・リトナではなく、
「私と一緒に来てちょうだい」
 一人の暗殺者(アサシン)であり、”Phantom-Children”の一員であるリトナ・ブラッドであった。
「…嘘だ」
 小さくイグニスは呟いた。
 目の前で拳銃を向けるリトナ。その服装は、数日前にイグニスを襲った集団と同じであった。
「何でそんな格好をしているんだよ、シスター」
 思わぬ事態にイグニスは口元を引き攣らせ、話しかけた。
「私はシスターではないわ、イグニス君。今日これまで、ずっと貴方を監視するために側にいたただの兵士よ」
 その声は確かにリトナだが、だが、その口調はまったくの別人だった。
「何でそんなこと言うんだよ…?冗談だろ?」
「この状況で冗談言う人間はいないわ。イグニス、もう一度だけ言うわ。私と一緒に来なさい」
 拳銃にとりつけられたレーザーポインタがイグニスの額を捉える。その光は微動だせず、額の中心を狙い続けている。
「嫌だと言ったら?」
「生きていれば問題ないと聞いているから…。その体から自由を奪うまで」
「冗談じゃない…。シスター…、アンタ今までの全部ウソだったっていうのかよ!ふざけるなよ!」
 イグニスが声を荒げた刹那、一筋の突風がイグニスの頬をかすめ、傷をつけた。
「そう、あなたの言う通りだわ。でも…、これも貴方のためよ。貴方はこれから様々な人間に狙われる」
 リトナはゆっくりと言い聞かせるようにそう語りかける。
「だから、私の元で保護する。組織には、私が悪いようにさせない。絶対に」
「…?」
 そして、いつものシスター・リトナの目でイグニスを見た。それは本当に偽りのない何か強い思いを秘めた目だった。
「シスター…」
 困惑するイグニス。本当の彼女がどっちなのか、彼には理解できなかった。
 ただ、リトナ自身も苦心し、決断した上での今の行動であると、多くを語らずに察する事はできた。
 以前に彼女から聞いたことがある。戦争で失った弟が居ると。
 それが自分と同じ年頃で、しかも自分とよく似た人間だった。それを失った時の悲しみは計り知れない。イグニスにもそれは痛いほど分かった。彼も似たような経験をしてきた人間だからだ。
 しばしの沈黙の後、イグニスは意を決する。そして、それを口にしようとした時、それは無情にも天井の崩落で阻まれた−

 暗闇の街を跳ね、駆けぬける一つの大きな紅白の影。
 その正体は、リュークが駆るAC“ソルジット Type TR”(以下“タイプTR”)だった。
 行政区は既に崩壊に等しい。至る所で、爆炎と煙が上がり、これまで整えられていた街の光景が一変し、廃墟となっていた。
 そんな中で、未だに彼らは破壊活動をやめない。リューク・ライゼスは思う。“偶像の為に、こんな愚かな行動をするものなのか”と−。
「貴様ら…」
 ブーストを切り、ビルの屋上に着地すると前方に2機のACが現れた。
「随分と遅かったな、リューク・ライゼス。相変わらず、ここの警備は脆弱だ…」
 2機の内の1機、重量2脚のAC“GLK”が左手の“UEM−45”パルスマシンガンの銃口を向ける。乗っているのは、phantom-Childrenの指導者、リグシヴ・ウェーバーだ。
「代表は避難済みか?ならば、例の機体とそのパイロットの居場所を教えてもらおうか?」
 その隣の逆間接のAC“SLK”を駆るキース・ウェーバーは、ニヤリと口元に不敵な笑みを浮かべながら、そう訊ねた。
「悪いが貴様らに話す動議はない。それに1年前のようには…、させない!!」
 静かに力強くそう告げると、タイプTRは両腕のライフルを2機へとそれぞれ銃口を向け、立ち向かった。
 2体はたちまち間合いを取り、“GLK”は左のパルスマシンガンと右手の“KO−2H6/STREKOZA”バトルライフルを撃ち放った。
 タイプTRは、高速で飛んでくる閃光と実弾の弾道を見極め、左右に広がるビル群の壁を蹴り、華麗な八艘飛びでそれらを交わして行く。
(こちらが頭を取ればッ…!)
 そして、両者よりも高い位置まで来ると、一斉に両手のライフル“URF−15/A JESUP”、“URF−15 VALDOSTA”を、狙いをつけずに撃ち放った。
「味なマネを!!」
 撃ちおろされる弾丸の雨に、キースは舌打ちして、愛機“SLK”を飛翔させる。
 逆間接の持ち味である跳躍力で瞬く間に空中を舞うタイプTRと並ぶ。
「空中戦ならこっちに部があるんだよ!」
 そして、右足を蹴り出し、ブーストチャージでタイプTRへ突撃する。それはコアへの直撃コースだ。
「ッ…!」
 だが、一瞬の間合いでタイプTRはブースターを切り、機体を降下させ、頭スレスレで交わし、
「蹴りはこうやるんだ!!」
クルリと鉄棒を遡りするかのように、回転させながら大きく左足を振り上げ、カウンターアタックを繰り出した。
「グゥッ!?クソォッ…!!」
 激しい金属音を上げ、地へと落ちる“SLK”も肩のハッチを展開して、KO−BC4/SHKIPER“ヒートロケット”を乱れ放つ。
「ふん…、そちらも、こちらが2体だということを忘れたか?」
 そのロケットの嵐と共にGLKが突撃してくる。
 間合いを取るべくタイプTRは、ライフルでロケット弾を撃ち落としつつ、重力で地上へと落下しながらハイブーストで急速後退する。
 そして、タイプTRが地上へと着地したと同時に、“GLK”は両手の武器を両肩の武装に切り変えた。
 右にガトリングガン“USG−23/H”、左にプラズマガン“UPG−27 TILTON”。
 刹那、先よりも激しい弾幕の嵐が起こり、それらがタイプTRに向かっていく。
 本能的に“不味い”と直感したリュークは、ブーストを最大に吹かし、近くの倒壊したビルの影に機体を飛ばす。
「グッ…!」
 だが、その幾つかは交わしきれず、白き装甲を削り落とした。それにも目をくれずリュークは機体を走らせる。
「逃がすかッ!!」
 追撃と言わんばかりにタイプTRが逃げ込んだ通りに空から回り込む“SLK”。
 光を纏い振り上げられた左腕が空気を裂く−
 一瞬の電光石火。間一髪の所で身を捩り、直撃を交わしたタイプTRの胸部に縦の切り傷がつけられる。
 よく見ると“SLK”の左腕にレーザーブレードが展開されていた。
「間合いと見切りが恐ろしいぐらいにうまいな。さすがはあの男の忘れ形見だ!俺は嬉しいよ!!」
 笑いを含んだ声を上げながらキースは、愛機のレーザーブレードを乱舞する。
「黙れッ−!!」
 リュークがギリッと口元を食いしばると、タイプTRは、背に強い光を灯し高速で後退した。
 そして、同時に両手をライフルからプラズマガンとバトルライフルに切り替え、“SLK”に向けて、乱れ撃つ−
「…だが、相変わらず一方に集中しすぎる癖はまだ治っていないようだな?」
「?!」
 背に気配を感じ、リュークは機体と共に振り返った。
 目前には武器を構えた“GLK”の姿が−
 “間に合わない”“直撃コースだ”その二つが脳裏に過る。1秒1秒がとても長くゆっくり感じられた。次の瞬間、結末が確定する−その時、
「うおぉぉぉaaaaaaa−………!!!」
 それはリュークが覚悟した結末ではなく、別の形となって現実のものとなった。
「グゥゥッ……!!」
 息を詰まらせ、歯を食いしばるリグシヴ。コクピット内が激しくきしみ、音を上げる。
「親父!!?」
 眼前に広がる光景に声を上げるキース。
「タイプ0!?」
 目の前に広がる光景に思わずリュークはその名を呼んだ。
 目の前に広がる風景。それは、GLKが右側面から音速のごとく飛んできたタイプ0のブーストチャージで身を捩らせ、ビルに叩きつけられた場面だった。
 タイプ0の左足が激しく変形している。それがGLKの強靭なはずの右肩を潰した上にコア装甲にめり込み、さらに貫かんとばかりにイグニスはブースターをフルパワーで噴射させた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ………!!があぁぁぁぁぁぁぁぁ−………!!!!」
 彼は怒り狂っていた−

 あの瞬間。教会の天井が崩れて数分後。
 目を覚ますとイグニスは瓦礫の中にいた。
 そして、目の前には自分を庇い、致命傷を負ったシスター・リトナ。
 瓦礫が彼女の華奢な体を痛めていた。彼女が人柱となり、イグニスはその瓦礫の中でほぼ無傷で動くことができた。
「だ、だい…じょう…ぶ?」
「シスター…!!」
 血の気の引いた顔でシスター・リトナが聞いてくる。
「よか…った…。無事で−」
 ガクッとひじをつくシスター・リトナ。それと同時に上に乗った瓦礫が少し崩れる。
「な、何で…、こんなことに…」
 目の前に広がる光景にイグニスは震えた声を漏らしながら、シスターを支えるように手を伸ばした。
「ッ…!!」
 意図せず、フラッシュバックのようにシスターの全てがイグニスの脳裏に転写される。
「だいじょ…ぶよ…。貴方のせい…じゃない。それよりも…、行きなさい…」
「シスター…。アンタは俺を−」
 イグニスが言おうとしたことを言わせまいと、シスターは優しく笑った。
 それは初めて会った時と、数日前見た一周年を祝う時の、イグニスが知っているシスター・リトナの、聖母のような笑顔だった。
「かみ−さま…は、人にのり−れ…い、しれんは…与えないわ…」
 彼女の目線が上を向く。イグニスがつられる様にそちらを見ると大人一人分が這い出ることができる外への穴が見えた。
 イグニスは意を決し、“ごめん、行くよ”と告げ、体を捩らせ、シスター・リトナが作ったわずかな隙間から瓦礫の間を進んでいく。
(貴方に与えられた力は、必ず意味があって…)
 それを見送るシスターからは、
(それはきっと貴方に降りかかる試練を野越えるための力だから…)
亡き弟と去りゆくイグニスが重なって見えた。
 戦災によって、亡くなった家族。全てを失い、絶望のどん底から彼女は暗殺者となった。
 矛盾しているかもしれないが、自分が戦うことで救える命もある、と考えたから。
 そして、一年前。野たれ死にしかけたイグニスを助けたのも、組織の命令ではなく、彼女の心のままの行動だった。
“少しは私、貴方の役に立ったかな…”
 そう声に出さずにつぶやくと、彼女の瞳はゆっくりと閉じられた…。

 イグニスは崩壊した教会から脱出すると真っ先に空を睨みつけた。空では読み取ったシスターの記憶に出てきた男二人が乗るACが飛んでいる。
 シスターの過去を知ったその目から大粒の涙をこぼしながら、紅蓮の炎に包まれた街を彼は再び駆け抜けた。
 途中、暴徒と化した異教徒数人と出くわしたが、それらを怒りと勢いで武器を奪い、殴り倒し、彼は駆けた。
 気づけばタイプ0が眠る広杉邸の倉庫にいた。倉庫には誰もいない。ただACが一機、その搭乗者を待っている。
 タイプ0は一通り整備され、待機状態で待っていた。すぐさまそのコクピットへ飛び込み、すぐさま戦闘モードで機動。
 周囲を囲んでいたキャットウォークを壊し、タイプ0は街へと飛び出し、そして今に至る−

「小僧ッ!!」
“GLK”は身を捩らせ、火花を上げ潰れた右腕を引きちぎり、わずかな隙間を造ると、
「私をなめるなッ!!」
 左足を振り上げ、タイプ0をなぎ倒すかのように回し蹴りを放った。
「グゥッ…!!」
 強烈な横Gを喰らいながら、イグニスは踏ん張り、横へ倒れかけた機体を、ブースターを吹いて、立て直す。
「イグニス・R・セリング。貴様、何のつもりだ?」
 息を整えるかのように大きく息をしながらリグシヴは語りかける。
「リグシヴ・ウェーバー、俺は“視た”よ。アンタのやってきたことを」
 タイプ0は、“GLK”と向きあうように機体の向きを変えた。
「ふん…、ならば言わずとも君にも分かるだろう?それがこの世界だ!」
「それが気に喰わない…。勝手に何様か知らないが、決めつけて−」
 タイプ0は深く腰を落とし、両手の武器を構えた。
「アンタみたいなのがいるから…、この世界から争いがなくならないんだ…。だったら−」
『コントロール、システム“Atropos”へ移行します』
 イグニスの気持ちに呼応するかのように、
『ターゲット、確認』
 タイプ0のカメラアイのカラーが変わり、
「アンタは俺が殺すッ!!」
『排除開始』
 精巧な戦闘マシーンと化したイグニスとタイプ0は、グライドブーストを展開すると同時に、“GLK”へ特攻した−
 弾丸のごとく、一直線に、常軌を逸した機動。瞬く間に“GLK”との間合いを近接戦まで詰めると、左手に握るガトリングガン“KO−5K3 LYCAENID”の砲身を“GLK”の腹部へと突きつけた。
「チィッ!」
 回り始めた砲身を視たリグシヴは、素早く機体をブーストで強く右へとスライドさせる。
 刹那の咆哮。けたたましく鋼が叫び、激しく火花と薬莢が街路を飛び交う。
「ッィ…!!」
 容赦なく身を襲う激しいGの中、ギリッと歯を食いしばり、視線で逃げる“GLK”を追う。
『追撃します』
 イグニスの意を先読みした“システム”がタイプ0に、相手の予測機動とそれに伴う予測射撃の命令を送り、追撃する。
(これが“Δ(トリニティ)システム”の一遍か…)
 激しいガトリングガンの銃撃にリグシヴは、改めて自分たちが相手する目標(ターゲット)の凄さを始めて実感した。
 彼は、ビルの外壁やハイブーストを使い、ジクザクに機動しながら、弾道を拡散させようとあちらこちらへ機体を誘導する。元々回避力が劣り、不意打ちで中破した重量2脚にムチを打ち、スピードで上回る相手にギリギリの回避行動をして見せる。
その時点で奇跡であり、リグシヴがACパイロットとしてかなりの腕である証拠だった。
 だが、それも長くは続かない。
 一発の銃弾が、“GLK”の右のわき腹付近に当たった時、やや大きな火花が上がった。
「−!?」
 刹那、“GLK”の右脇が小爆発。
「グアァッ−…!!」
 コクピットにまで及んだそれはリグシヴと機体の動きを止めるには十分だった。
「堕ちろぉッ!!」
 機動がにぶった“GLK”の眼前に、レーザーブレードを持つ右手を振り上げたタイプ0が迫る−
「親父ィィッ!!」
「!?」
 だが、振り下ろされた一閃は、“GLK”を切り裂くことはなかった。
「ぎゃアアアァァッ−………!!」
 断末魔の叫び声で、イグニスは我に返った。モニターを直視し、目の前で起こった光景に言葉を詰まらせた。
「キースッ!!」
 リグシヴが叫ぶ。目の前には“GLK”を庇い、コアの中腹まで切り裂かれた“SLK”。
 やがて、光の刃が消失すると、ギギギ…と、にぶい音を立て“SLK”はその場に倒れこんだ。
「イグニス!離れろ!!」
 リュークが叫ぶも既に遅し。次の瞬間、“SLK”は爆散し、タイプ0は大きく吹き飛ばされた。
「うわぁああぁぁぁぁぁ…−!!」
 イグニスの悲鳴と共にタイプ0は強制的に戦闘モードが解除され、ビルへ寄り掛かるように倒れこみ、沈黙する。
 一際大きな炎を見つめながら、リグシヴは口元を強く結んだ。
「キサマッ…」
 そして、先のイグニス同様怒りを含んだ目で沈黙したタイプ0を睨みつけ、中破した“GLK”をその場から飛ばす。
「待てッ!!」
 タイプTRが、逃げる“GLK”を追うとしたが、遅れて現れた敵の機動兵器が行く手を阻む。
「退けッ!!」
 ライフルをそれら撃ち込み、再び“GLK”が逃げた方向を視た時、既に“GLK”の姿は有視界やセンサーから完全に消えていた。
(手負いの獅子は恐ろしい…。早くなんとかしなければ−)
 紅蓮の空の下、タイプTRは倒した敵機に目もくれず、タイプ0の方へ駆け寄った。
「大丈夫か?イグニス」
 通信機で呼びかけるもイグニスは反応しない。ただ、モニターごしに、目の前の破壊し尽くされた町並みを茫然と眺めていた。
 彼は何が起こったか、理解できずにいた。自分がやったことの意味も。
「−イグニス、聞け。お前がいなければ、私も、代表も亡くなり、この街は崩壊していた。どういう経緯にせよ、お前がやらなければ、全てがなくなるところだったんだ」
 思考停止した頭にリュークの声が響く。
「この世界に、正しいことなんて一つもない」
 紅蓮に染まる暗闇の空の向こう。薄らと見える月が、妙に切なく感じる。
「ただ、あるのは自分が選んだ行動と、それによる結果のみだ」
 気づけば、
「あっ……。あぁ……、うぁぁぁ…―」
 彼は再び泣いていた。
 それはシスター・リトナを失ったことによる悲しみの涙か…?
 それとも自分が全ての元凶だからか…?
 または、自分が犯した、取り返しのつかない重罪の懺悔の涙か…?


3.終










…→始










『それは、誰にも記憶されることはない物語−』

ARMORED CORE X
Spirit of Salvation

『始動します』


次回は、7月5日です。

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まろやか投稿小説 Ver1.50