連載小説
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序章
国家解体戦争から15年後の未来。

支配者たる企業は、自らが汚染し尽くした地上を見限り、
高空プラットフォーム、「クレイドル」を建造。高度7000mの空に、新しい、清浄な生活空間を見出していた。
すでに、人類の過半はクレイドルに住まい、地上は、資源基地と、それを巡る戦いの舞台に過ぎなかった。
一方で、国家解体戦争において企業支配体制を確立した原動力、
人型兵器アーマード・コア「ネクスト」と、その搭乗者の「リンクス」は、
その圧倒的な力の、個体依存性に危機感を抱いた企業により、企業機構「カラード」管下の傭兵として、地上に残された。
今や、企業軍の主力は、巨大兵器「アームズフォート」であり、
かつて戦場を支配したネクストたちは、薄汚れた地上で延々と続けられる、経済戦争の尖兵と成り果てていた。



第1話 序章

「…」
「…」

カラードにいくつかあるブリーフィングルーム。そのうちの1つで、男女が机を挟んで座っている。2人は、なにも言わずに、モニターに映る情報に注意をむけている。

「 ミッションを連絡します。

ラインアークに展開する、守備部隊を排除してください。
ご存知の通り、ラインアークは、クレイドルに賛成しない反体制勢力の本拠地です。
 我々は、平和的な話し合いを求めていますが、彼らは、頑なにこれを拒み、攻撃的な態度を崩しません。
このミッションは、話し合いのための示威行為です。力をちらつかせた交渉は、我々の本意ではないのですが…この際仕方ありません。

なお、ラインアークの主戦力、カラードランク9[ホワイト・グリント]は、離れた場所で作戦行動中です。心配はありません。

……失礼ながら、これは貴方の試金石でもあります。確実なミッション遂行を期待しています」

企業連から届いたメールを読み終えた所で、女性の方が口を開いた。

「試金石か…エドガー、どうする?ホワイト・グリントがいないなら、難易度的にも問題ないと、私は思うが?」

「どうするもなにもないだろう?この依頼は企業連…つまり、企業側の総意だぞ? 一介の独立傭兵である俺に、断る事などできんだろう。

「企業連からと言っても、おそらくGAやインテリオルなどは関与していないと思うぞ? あの2つのグループは、ラインアーク…ホワイト・グリントを戦力として使う方針を取っているからな。下手に連中を刺激するような真似はしないだろう」

「どういう意図があったにせよ、今回の依頼は企業連から出されたものに違いはあるまい? 受けるさ……気乗りはしないがな」

溜め息を吐きながら、エドガーと呼ばれた男性はそう答えた。

胸に掛けたカラードのIDカードには、「エドガー・ヒルデヴァイス]と書かれている。黒髪に隻眼の金眼、整った顔立ちのイケメンなのだが、片目を覆った眼帯のせいなのだろうか?
どこかミステリアスな雰囲気の青年である。

彼は、椅子から立ちあがりながら、目の前の椅子に座る女性にこう言った。

「指定日時はいつだ? すぐに出発か? 俺は今からでも特に問題ないぞ」

「そう焦るな、受諾する、とメールは送信しておいた。いまは向こうからの返答待ちだ」

どうなんだ? と、急かすように問いかけてくるエドガーに、苦笑しながら女性はそう答えた。

エドガーと同じように胸に掛けたIDカードには、[セレン・ヘイズ]と書かれている。若干ウェーブのかかったワインレッドの髪に真紅の瞳、
―――エドガー曰く、「黙っていれば、文句なしの美人」(このセリフを吐いた直後、エドガーは殴られた)らしく、美人なのだが、辛辣な口調とキツめの性格の女性である。

「む…たしかに少し焦っていたのかもしれないな。では俺はひとまず事務所に戻るが、あんたはどうする?」

「私は輸送機の手配など雑務を片づけてから戻るから、先に戻っていろ」

セレンが机に広げた資料などを片づけながらそう答えると、エドガーは「わかった」 と返事だけして部屋を出て行った。

―――(いよいよ初ミッションか…通常戦力相手ならアイツは楽にこなしてみせるだろうな。今日まで出来る限りの訓練はさせてきたが、後は実戦で磨いていくしかない)
セレンは自身が指導した[2人目]のリンクスに、若干の期待を寄せつつブリーフィングを後にするのだった。




セントラルシティ、
地上にあるコロニーの中で規模はそれほど大きくないが、他のコロニーは民間の組織(各企業など)で管理されているのに対して、唯一このコロニーだけは、企業連の管理下に置かれている。
その理由は、カラード本部が置かれていることにある。そのため、セキュリティも非常に厳しく身分を証明するIDカードが持っていないと、カラード本部はおろかコロニーにすら入れないほどである。
またコロニーの外周には強固な防衛施設が張りめぐらされており、このコロニーがどれだけ重要かを表している。


―――(ラインアークに対する示威行為…か)

そのセントラルシティのオフィス街を歩きながらエドガーは、自身にとって初ミッションとなる依頼の内容を思い出していた。

(本当に気分がのらないな……) 

先程ブリーフィングルームでセレンを急かすような事を言ったのも、さっさとこの依頼を終わらせたいという気持ちが表に出てしまったからである。

(そもそも、示威行為というより企業連…というよりオーメルあたりのラインアークに対する嫌がらせだろうからな。せっかくリンクス戦争で勝利を収めたのに、反体制運動などされて面白くないんだろう。
その上[あの傭兵]までラインアークにいるのだから、彼の居ない間に釘を刺しておこう、ということか?)
心の中で愚痴りながらも、今回の攻撃目標となっている組織のことを思い出す…

ラインアーク …… 企業による支配体制を批判し、海上都市ラインアークを拠点にしている反体制勢力である。
だが現在は、上層部の腐敗が進み設立当初の理念は形骸化していると言われている。
これだけで見れば放置していても、いつかは崩壊する組織でしかないのだが、企業連がラインアークを放置しておかない理由は、おそらく2つあるとエドガーは考えている。
1つは、企業支配を最上の目的とする企業連にとっては目障りな存在であること。

そして、もう1つの理由…むしろこちらこそが、最大の理由だろう。          
 
ホワイト・グリント

ラインアークの誇る最大にして最高の戦力。政治的理由でランクは9だが、実質的にはカラードで最高クラスの戦力である。
リンクス戦争で、数多のリンクスを打ち倒し最強とまで言われた[アナトリアの傭兵]
企業連(特にオーメル) がラインアークを敵視する最大の理由はおそらく彼にある。
単独で企業すらつぶし得る・世界を動かしかねない存在…………【規格外】

国家解体戦争で圧倒的な戦果をあげたレイレナードの英雄[ベルリオーズ]

ネクスト最初期の被検体にしてアスピナの英雄[ジョシュア・オブライエン]

…そして[アナトりアの傭兵] この3人は間違いなく【規格外】と呼べる存在だろう。

エドガーは、自身が記憶している情報を頭の中で整理しながら、ふと心の中で呟いた。
(アナトリアの傭兵…か…AMS適正は低いながらも、あのベルリオーズやアンジェを倒した伝説の傭兵…一体どんな奴なのだろうな…)
少しだけ感傷に浸りながら、そんなことを考えて歩いていると事務所に到着した。



―――探偵事務所【人形師と迷い猫】 
周りは空きビルが多く、人もあまり寄り付かない場所にある、エドガーとセレンの事務所兼自宅である。ちなみに命名はエドガー。

「ただいま…言ってっも誰もいないがな」

そう独り言を言いながら、エドガーは事務所の扉を開けた。

「いるぞ。依頼の詳細が送られてきたから伝えようと、少し早めに戻ってみれば私の方が先とは…一体どこをほっつき歩いていた?私と別れてから2時間も経っているぞ?」

それなりに待っていたのだろう。不機嫌そうな表情のセレンが、窓際のデスクで煙草とコーヒーを手に、返事をした。

「ん…すまん、待たせたか?少しウィンドウショッピングを楽しんでいてな。それより依頼の詳細ということは、日時も決まったんだな?」

彼はそれほど悪びれた様子もなく、軽く謝罪し、煙草に火をつけながら話を進めようとする。
軽く嘘をついてはいるが、依頼について考えていた、などと言えば彼女に無用な心配をかけると思った、彼なりの配慮である。

「いろいろ気になるが、まぁいい。それより依頼の方だが……依頼内容に変更はなし、出発は12時間後だ」

「そうか。ではそれまで休んでいるとするか…独立傭兵としての初仕事が寝不足では恰好がつかんからな。自室にいるから、なにかあれば呼んでくれ」

そう告げるとエドガーは、煙草の火を消し自室に入っていった。

この事務所には3つの部屋があるが、その内1つが事務所、残りの2つがセレンとエドガーそれぞれの自室である。
当然、鍵もかかるしお互いの部屋に風呂もある。事務所を挟んだお隣さん感覚といえばいいだろうか?


―――「ラインアーク…ホワイト・グリント…か…」
セレンは、彼が自室に入ったのを見送ってから依頼の内容を読み返し、ふと呟いた。

………ホワイト・グリント

リンクス戦争を知る者にとって、この名前は現在のランク9の「Unknown」とは別にもう1つの意味を持つ。

最初期のネクスト被検体であり、リンクス戦争で「アナトリアの傭兵」と同様に傭兵として参加した、アスピナの英雄【ジョシュア・オブライエン】
彼の乗機もホワイト・グリントだった。現在のホワイト・グリントのエンブレムは、当時ジョシュアがつけていたエンブレムでもある。

彼女は、リンクス戦争を知っている。一部の物しか知らないアナトリア失陥の真相、そして………「ジョシュア・オブライエン」と「アナトリアの傭兵」の間で起きたことも…………

(アナトリアの傭兵…彼は何を考え、何のために戦っているのだろうな…)
セレンは、まだ自身が「セレン・ヘイズ」と名乗る以前の出来事を思い出し、感傷に浸りかけた所でその思考を頭から追い出した。

(なにをいまさら、思い出してるんだ私は…明日はアイツの初陣だというのに…)
気持ちを切り替え、煙草の火を消し彼女も自室へと入っていった。                      
                            第1話   完
11/02/10 20:30更新 / 自由人
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■作者メッセージ
拙い点も多々ありますが、読んでいただいてありがとうございます。

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まろやか投稿小説 Ver1.50