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ACX二次創作小説第二話
※初めに
本作品は、アーマード・コアXを元にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれます。

2.『とんでもない奴だ…』

 イグニスにとって、今日を“厄日”と認定させるには十分なことが起こりすぎた。
 長居し過ぎた一年間。
 周囲に名が知れて、噂の異教徒テロリストの一味が自分を捕まえようと追ってくる。
 ソイツらを、無慈悲に一瞬で叩きのめしたこの街の守護神にして最強の傭兵。
 そして、その化け物が、さらに自分へ言った。“依頼したいことがある”と−
 自宅への送迎の車の中。窓の外、すっかり日がくれた空を仰ぎながら、疲れきった顔でイグニスは回想していた。
 鼻の奥にかすかに残る火薬と生レバーのような臭いが先の凄惨な光景を思い出させる。
 勝負は一瞬だった。男二人は最初の攻撃で死亡。そして、パワードスーツを来た女は、辛うじて生きていて、歩が悪いと踏んだのか、一目散にその場から退散した。
「…どうした?気分でも悪いのか?」
 隣でハンドルを握るリュークの声でイグニスは回想から引き戻される。
「いや、なんかさ…。どうしてアンタみたいな化物がこの世にいるのかなって、考えていただけ」
「………」
 思いつく限りの皮肉を言ったつもりだったが、リュークは何の反応も示さない。むしろ黙って運転するが故に、“怖い”。
 無表情で、中性で、あまりに奇麗に整い過ぎた顔立ちが、何を考えているか分からないからだ。
「…お前の話は聞いている。その左手には、千里眼の力が宿っているんだろう?」
「−そうだよ。だからこうしてグローブしている。直接触れなければ余計なコトを見ずに済むしね」
 リュークの問いにイグニスは答えて、グローブをつけた左手を振ってみせる。
「一体どこまで見える?対象は物でも人でも関係ないのか?」
「制限はないよ。対象と関連するものがあれば、それを基点に特定の所まで見える。どこまで見えるかはその時じゃないと分からない」
 イグニスは、淡々と質問に答える。無駄に隠してもリュークには通用しないと考えたからだ。
「そうか…。ならば、先の話の続きをしよう」
 前方の信号が赤に変わり、車が止まる。イグニスが寝床にしている聖堂はもう少し先、通りより一つ入ったところだ。
別の信号が青になり、目の前の通りを左右へ人や車が往来を開始する。
「探してほしいのは、ある人物だ」
 そう告げて、リュークは上着の内ポケットから、一枚の紙を取り出す。
「ちょっと待った!俺はまだ依頼を受けるとは言っていない」
 それを制止するようにイグニスは声を荒げた。
「確かに先助けてもらったし、別にアンタが嫌いじゃない。だが−」
「“信用できない…”、か?」
 声を荒げるイグニスにリュークは表情一つ崩さず訊ねた。
「あぁ。俺はアンタが怖い」
 イグニスが答えると同時に、目の前の信号が変わり、リュークはスマートな動作で車を発進させる。
 マニュアルミッションの軍用車なのに、まるでオートマチックミッションのリムジンに乗っているかのようにとてもスムーズな発進だった。
「どうすれば信用してもらえる?」
「俺と一つ仕事をしてほしい。その結果で俺がアンタを信用するかどうか、依頼を受けるかどうか、決める」
 車が通りから一つ中へと入る。目の前に古典的なレンガの建物が見えてきた。聖堂である。
「分かった」
 ゆっくりと聖堂の入り口へ車を停車させ、リュークは室内灯をつけた。そして、先とは違うポケットから携帯電話を取り出す。
「このご時世に、珍しいものもっているな…。使えるのか?」
 遠い過去に消失と思っていた品物だけに、イグニスは思わず笑ってしまった。
「この街の中とその近辺でなら、どこにいても使えるようにしている」
 イグニスとは対照的に、表情一つ変えず淡々とリュークは説明する。
「連絡するときは、中に入っているメモリーを使って呼び出してくれ」
 電話を受け取り、イグニスは車を降りた。
「何でそんなに親切にしてくれるんだ?まだ出会って間もないのに」
「それだけ貴方が必要だ、ということだ」
 そんなやりとりをしていると、聖堂の中から人の気配がしてきた。
「………」
 チラリとイグニスが横目で見ると、窓枠からシスターらしき影がこちらを見ている。
「そろそろ退散しよう。長居は危険だからな。連絡を待っているぞ」
 そう一方的に告げて、リュークは車を発進させた。
「………」
 表通りへと走り去っていく車を見送り、イグニスはジーンズのポケットへ渡された電話を突っ込むと、聖堂の正面ドアへと向かった。
 ようやくの帰宅。ちょっとした買い物のつもりが、すっかり夜遅くになってしまっていた。
(シスター、怒るだろうなぁ…)
 ゆっくり木製のドアを開けると、中は静寂に包まれていた。
 これはいつものことだ。ステンドグラスの天窓から差し込む光が薄らと照らす堂内の奥、食堂へと向かう。
 これもいつものこと。食堂は数人が食事を共にするには、ちょうどいい大きさだ。壁にかけられた複数のランタンの優しい炎が、心にちょっとした癒しを与えてくれる。
「お帰りなさい」
 食堂へと入ったイグニスを、シスター・リトナが出迎えた。
「なんだか、凄く疲れているわね」
「まぁ、色々あって…」
 シスター・リトナは、気を使っているのか、イグニスに“なぜ遅くなったのか”と聞かなかった。
 聞かずとも分かる、ということだろうか?
 ただ、疲れた彼を気遣い、すっかり冷めてしまった料理を共に食し、楽しげにイグニスに1年前から今日までの話をしてくる。
 “一年前、身も心もボロボロでここに流れついたこと”
 “シスターの看護のおかげで体調を取り戻せたこと”
 “初めてシスターと呼んでくれたこと”
 次々と出てくるシスターの話を聞きながら、イグニスは思っていた。
“この人とももうじきお別れだな”と−
(こんな人が肉親で居たら、俺の人生もっと変わっていたのにな)
 そう心の中で嘆いて、彼は最後になるかもしれない彼女の手作りの料理を胃へとかきこんだ。

 この時期、“陽だまりの街”の日の出は早い。
 午前5時より少し前には、東の空へ太陽が昇り始める。
 リュークは、愛用の戦闘服に身を包み、さらにそれを隠すブルゾンを着て、愛用のRV車の中にいた。
 後部座席が取り外され、変わりに二つの大きなボストンバックが置かれている。
 中身はどちらもこれから使うであろう仕事用具だ。
 ふと、右腕につけた腕時計を見る。時計の針は、約束の時刻を射していた。
 車を発進させ、リュークはイグニスとの合流地点へと向かった。
 これは、リュークからの提案だ。
 数日前よりこの街を騒がす例の異教徒共が、イグニスを探しているという情報を掴んでいた。
 そして、昨日。実際に行動へ出た。
 恐らく彼らはまだ彼を狙っているに違いない−というのが、リュークの読みだ。
(奴らがなぜ彼を狙うのか、その理由はまだ分からないが−)
 行政区から南へ下り、住宅街の境にある交差路。そこを右へ曲がると、正面に自警団の建屋が見えてくる。
 そこが待ち合わせのポイントだ。この地区は、遠くからの移民が多く、また、自治意識が強い地域だ。
それ故にいつもと違う光景がそこにあると異常に目立つ。無論、自分自身もそうだ。長居は不要だ。
予定通りの時刻、指定通りの場所で、彼は居た。背にバックをかついで、昨日と同じ格好でいる。
「おはよう」
 車を止め、ドアロックを解錠すると、イグニスは左手で乗車用のグリップを掴んで、助手席に乗り込んだ。そして、足元にかついでいたバックを置く。
「よく眠れたか?」
 周囲を確認し、リュークは車を発進させた。あくまでもスマートに、自然に。
「あぁ、ボチボチな…」
 やや惰眠を感じさせる感情のこもっていない声でイグニスは答え、目線を遠くへやるように助手席の窓に膝をついた。
「イグニス、お前この街を出るつもりか?」
 リュークの問いに、イグニスは一瞬表情を変え、反応し、答えず、そして、また固い表情に戻った。
「なぜだ?行く当てもないだろうに…」
「仕事以外で、この街にいる意味がない」
 淡々とした問答。あまりにもアッサリすぎ、端的な会話。
 リュークは、少々困っていた。予想以上に、人見知りなイグニスの性格に。
まぁ、“怖い”と思われている相手なら無理もないが−
「これから共に一仕事するのに、まだ私を信用できないのか?」
「…アンタからは、死神のようなモノが視える」
 “それが噂の千里眼か?”と言おうとして、リュークはそれを発するのをやめた。
「…そうなのかもしれないな」
 そして、小さく鼻で笑う。
「何だよ、皮肉を笑うか?」
 予想外の反応にイグニスは、呆れたような顔をした。
「いや、あながち間違いではないからな。私は、執事であり、この街を守る盾でもあり、それと同時に傭兵だ。私の手は、これまで様々な理由で多くの人を殺めているよ」
 リュークの言葉にイグニスはキツネに抓まれたような顔をし、
「アンタ、よく分からないよ。まったく、調子が狂うな…」
「私を視るならもう少し世界の事をよく知ってから、視てみるといい。そうすればその視えるモノの意味が分かる」
 軽いハンドルさばきで、郊外へ向かう環状道路へ入る。左右を流れる景色が次第に殺風景なモノへと変貌していく。
「何だよ、哲学なことを言うんだな」
 “そうだな”と答え、リュークは改めてハンドルを握り直した。
「見えてきたぞ、出口だ」
 街と郊外とを仕切る巨大な壁。AC部隊が攻めてきても、そう簡単には越せない様になっている防衛機能を持った鋼鉄の塀だ。
 いつ見ても威圧的な光景だ。一定間隔で配置されたオートキャノンやミサイルランチャー。バトルライフルやキャノンでも貫けぬ厚みと強度を持たせ、さらにその壁によじ登ろうとするならばACであろうと、その電子パーツを破壊する高圧電流が流れるようになっているという徹底ぶり。
「ここは収容所みたいだ…」
 同じくそれを見上げるイグニスが漏らした言葉通りだ。この街はこの塀によって、街は外の世界から隔離される。そして、中には一定の安定と秩序が齎され、何かがあれば自分を始めとする警備部隊が出る。
「“外”と区切るための塀だ。ここは、周りの勢力から見ればあらゆる条件面で優れている街だからな」
「ふ〜ん…」
 イグニスが相槌をついている間に、二人を乗せた車は、出入り口へと着いた。
 顔なじみの兵士二人が、“デートですか?”とリュークに冗談交じりに聞いてきたので、“そうさ。楽しい日帰りデートだ”と冗談交じりに答えた。
 相変わらず隣でイグニスはつまらなそうな顔でいる。彼がもう少し社交的ならば、印象が違うのだが…。
「お気をつけて。帰る場所はちゃんと守っておきますから」
 ゲートを開ける兵士の言葉を聞いて、リュークは軽く敬礼のようなしぐさをし、車を発進させた。
 眼前に見えるは、地平線の向こうまで続く荒野と道路だ。
 目的地は、ここより約10キロ行った先にある−

 目的地に着くころ。太陽は南の空を掠め、西の空へと移る頃だった。
 先ほどから見る見る雲行きが怪しい。
 改めて世界は荒廃しきっているとイグニスは思う。
 リュークに渡されたフェイスマスクを装着し、ゴーグル形状に開けられたガラスレンズを通して視る世界は、荒野は荒野でも格別荒れていた。
 土は腐り、水は七色にギラつきながら、片栗粉が混じったかのようにドロドロしている。
 周囲は、ガスマスクをつけていても鼻を突くような悪臭が立ち込め、時折その臭いが突風となって吹き荒れる。
 イグニスとリュークは、目的地全体が見渡せる丘の上に立っていた。
「かつての工場があったと言われる所か…。ここには何もないと聞いているが…」
 “ここに何かあるのか?”と、隣で特殊部隊のような格好をしたリュークが訊いてくる。複数の火器と電子装備を身に着けた彼は、さながらワンマンアーミーであった。
「そもそも俺がここに来た理由は、一年前この街に住む人物から依頼をもらったことがきっかけなんだ。“ここの工場の奥に隠されたものを探してほしい”と。結局、その依頼主はその依頼文を一方的に送りつけただけで、その後“連絡は一切なし”、だけどさ…」
 その場にしゃがみこみ、バックから採掘用のPCを取り出して、起動させる。
イグニスは、いくつかのキーを叩き、その当時依頼文と共に預かった工場の見取り図を画面に展開し、リュークへ見せた。
「ほぅ…。これは、また−」
 画面を覗き見たリュークの顔つきが険しくなる。
 画面に表示されたのは、此処が昔何らかの研究施設だったことを示す情報の数々だった。
 最深部の“未確認エリア”と呼ばれる空間がゴール地点ではあるが、それまでの道のりは険しい。
 その情報は、リュークも噂では聞いていた。郊外に存在する此処は、自分が街に来た当時から有名な場所だった。
 何人かのミグラントがその最深部に眠るとされる“資源”を狙って侵入を試み、そして、誰一人帰ってきた者はいない。
「イグニス、私を試しているのか?」
 視線をモニターからイグニスへやる。
「そうさ。俺をこの最深部に連れて行ってほしい。そうすれば俺は、アンタを信用するし、アンタからの依頼も受ける。ここ一帯の代物は高値になるって聞くし、アンタへの報酬代わりにもなる」
 口元に薄ら不敵な笑みを浮かべながら、イグニスはそう告げた。
 わずかな沈黙の後、
「…分かった。行こう」
 リュークは持ってきたアサルトライフルを肩に担ぎ、立ち上がる。
「こういう所は、身動きしやすい格好で手早くやるのがセオリーだ」
 そう言って、腰のホルダーから一丁の銃を抜き取り、イグニスの前に差し出した。
「ただし、こちらも一つ約束してくれ。自分の身は、自分で守ってくれ」
「そういうと思ったよ」
 差し出された銃を受け取り、改めて見る。大型動物も簡単に倒せそうな、やや大柄のハンドガンだ。
「行くぞ」
「あぁ、よろしく頼むぜ」
 リュークの掛け声と共に、二人は荒れた丘を駆け降りた。
 雲行きは益々怪しくなっていく。出来ることならば天候が崩れる前に此処から脱出を図りたいところだ。
(昔を思い出すな…)
 薄ら過去の事を思い出して、リュークは不思議な気持ちになった。
(こうして誰かと仕事をするのが久々だから−?)
 そして、手早く外壁に背を着け、崩れた壁面から中の様子を見てみる。
 特に異常はない。
 既に外回りのトラップや防衛機構類は、ミグラントが持ち込んだと思しきACと共に破壊されていた。
 大きな施設は、とぐろを巻く空も相まって、まるで悪魔の城のように見える。その麓の大きな資搬入用と思しき自動ドアは片方が吹き飛ばされ、開いていた。
 ここから大体100メートルくらいの距離がある。
「私が先行する。安全が確認できたら、合図する。離れずについてこい」
 リュークの指示にイグニスは、無言で頷いた。
 それを見て、リュークはライフルのロックを解錠し、身を低くして、施設内に点在する数々の残骸の一つに向かって駆けだした。
 そして、一つの残骸に背をつけ周囲を確認すると、再び別の残骸へ。そして、また次へ−
 それを繰り返し、5分も経たぬ内に彼は正面入り口まで辿りついた。
 息を殺し、周囲の安全確認。異常はない。
 トラップの気配も、防衛装置の動作の気配もない。
 手で外壁付近にいるイグニスに“来い”と指示を出す。
 彼もまたリュークが通ってきたルートを辿って、正面入り口までやってきた。
「…ふぅ。何だか、緊張するぜ」
 そして、安堵のため息。
「休んでいる暇はない。行くぞ−」
 施設の入り口から中を覗き込む。電源を喪失しているのか、通路の奥は無限の闇が広がっている。
(まるで地獄への入り口だな)
 リュークは、サーマルゴーグルを装着し、ライフルのレーザーポインタを作動させ、中へと踏み込んだ。
「この先はしばらく道なりだ。この奥に例のエリアへと続く工房らしき空間がある」
 少し距離を置いて、イグニスはPCの画面を見ながらリュークの後をついてゆく。
 程なく光が届かぬ通路の奥へ、二人の姿が消える…。
それと同時に空は低く垂れこめ、雨粒と稲妻を含んだ雲が空を支配した−
 刹那、含んでいた高圧電流が稲妻となり、宙を激しく迸る。
 一連の光景を…、あるモノはずっと視ていた。
 機械の瞳の奥に、薄らと紅い光を灯し、ただ“視ていた”
 そして、精巧に造られた頭脳が認識し、指令を出す。
“侵入者を確認。排除せよ”と−

 一体どれだけ歩いたのだろう。今のところ、何もなく二人は順調に奥へ進んでいる。
ただし、暗い通路は奥に行けば行くほど、湿度が多くなり、また鉄分の臭いとカビの臭いが強くなっていった。
(ある意味、外の方が良いかもしれない…)
 リュークは、チラリとイグニスの方を見た。予想通り、イグニスは鼻を突くこの臭いに、気分が悪そうな顔をしている。
「大丈夫か?」
 小声で訊ねると、“大丈夫”とイグニスは親指立て、サインを造って返した。
 それを確認し、リュークは壁伝いに奥へ進む。
 先から兵器の残骸や亡骸の数が増えている。いずれも何かに襲われ、まるで食いちぎられたかのような様相で二人の恐怖を煽る。
元々の暗さも相まってか、本能がこれ以上進むな、と警告している。
 だが、リュークの傭兵としての理性がソレを黙らせ、体をコントロールしている。
 対照的にイグニスは、予想以上の場所に幻滅していた。
 今までやってきた施設探索の中でワースト1位かもしれない。
「見えてきたぞ、最深部だ」
 何もない通路の先、おぼろげに茶色い光が見えてきた。
 ペースはそのままに、広い空間の入り口へ辿り着く。
 そこはキャットウォークになっていた。
 何かの製造工場。薄らと必要最低限に照らされた光がそこで造られていたモノを二人に露わにする。
「これは…!?」
 リュークは堪らず声を上げた。
「ウグッ…」
 あまりの悪臭と凄惨な光景に、イグニスは堪らずリュークから離れ、壁際に駆け寄り、嘔吐した。
 二人がキャットウォークから見下ろした光景。それは、精肉工場よろしく機械で人を解体していた工場だった−
「ハァ…、はぁ…、何なんだよ、此処…」
 口元をぬぐい、イグニスは工場の天井を見上げ、言葉を失った−
「分からん…。かつての時代に、こういう場所があったとは−」
 やや遅れて、リュークも天井を見上げ、しゃべるのをやめた。
二人の目の前、天井の柱の一つが“ギギギ…”と、音を立てて、別の柱を中心に螺旋を描き出した。
 −違う。ソレは柱ではない。
 化け物だった。鋼鉄でできた巨大ムカデ。
「アレか…、ここに侵入した者たちをここに連れてきて、挽肉にしているのは−」
 ライフルのサブウェポンにつけているグレネードのロックを解除する。
「マ、マジかよ…!?あ、あ、あんなの…初めて見た−」
 震えあがるイグニスの隣でリュークは冷静にライフルを構える。どこから現れたのか、もう一匹。そのムカデが現れ、奇怪なうなり声をあげている。
「通路を戻れ!イグニス!!」
 リュークが叫ぶ。
刹那の閃光。
踊り飛ぶ薬莢。
そして、爆発。
 一度にそれらが起こった後、イグニスとリュークは来た道を全力で駆けて行った−
「クソォッ!!こんなことになるなんて!言っておくが、俺も知らなかったんだからな!!」
 慌てふためきながら、イグニスは叫ぶ。
「そんなことは分かっている!今は生きて帰ることだけを考えろ!とにかく走れ!」
 走りながらリュークは半身振り返って後ろを睨みつけた。
 対AC用のグレネードを食らいながらもあのムカデは追いかけてくる。
 ACが所有する火器レベルの力が必要なのは明確だった。
 リュークがそう判断した刹那、通路の床に亀裂が走り、大きく隆起した。
「−ッ!?」
「えっ!?わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァaaaa……−!!」
 二人を分断するかのように床が割れ、さらに一体の機械ムカデが飛び出した。
「イグニス!!」
 そして、それと入れ替わるかのように、地を失ったイグニスは、リュークの眼前で、奈落へ落ちて行った…

 ボヤけた風景。
 まるで無音のレトロ映画のような風景。
 白衣を着た誰かと誰かが言い争いをしている。それを少し離れて見る同じ格好の者たち。
『“Δプロジェクト”は、完成した…!プロジェクトは、発案者である僕のモノだ…!!“』
 自分と同じ年頃の、ある者の口がそう叫んでいる−

「………」
 イグニスが目覚めると、そこは先ほどとは違う空間だった。
 だいぶ高い所から落ちたはずなのに、無事なのはバックと自分の腰に繋いでいたベルトがフックとなって、偶然壊れた配管に引っ掛かっていたからだ。
「ここは…?」
 上を視る。はるか遠くに先落ちた穴がある。先のムカデは、恐らくリュークを追っていったのだろう。こちらへはまったく気付かなかったようだ。
 下を見ると一面薄らと水が張った地面が見えた。
 イグニスは右手の袖から手品のように小さなナイフを取り出すと、ベルトを切り落とし、水路らしき地面へと着地した。
「すげぇ…。地図には載っていなかった場所だ…」
 恐らくこれまで誰も踏み入れることがなかったのだろう。そこは、かつての地下水路だった。
ACが簡単に通れるくらいの広さはあろうか、かなり広い空間がイグニスの前後に続いている。
 そして、透き通った水の底、薄らと砂が堆積し、道となって奥へと続いていた。
そこは先と同じ闇が広がっている。
だが、先とは違い不思議と恐怖は感じなかった。
「行ってみるか…」
何かに導かれるかのように、イグニスはその天然の水路を奥へと進むことにした。
「空気も澄んでいるな…」
 この空間では珍しく環境汚染が及んでいない。
 痩せた地球という星にこういう場所が残っていたこと自体が奇跡に近い。
「ん…?」
 やがて、眼前に大きな空間が現れた。
 そこは、人工の空間だった。
 ACの整備ドックであるのはすぐに分かった。
「あっ…」
 眼前に広がる人工の台座。
 天然の水路を利用し、造られた人工物。その中心に“それはあった”。
「アーマード・コアじゃないか…。しかも、中量二脚の高機動タイプ」
 台座の上に鎮座する整備用ハンガーに固定され、待機モードで眠る巨大な鉄の兵士。
 武装は右ハンガーにブレードと左ハンガーにガトリングガンのみだが、少なくとも現状では脱出には申し分はない。
「これなら、ここから脱出できるか−」
 つい最近までここに人が立ち寄っていたかのように、周囲の整備機器は全自動で稼働していた。
 それらを一見し、コクピットから垂れ下がる昇降フックにつかまり、作動させる。
 昇った先、コクピットも予想以上に奇麗だった。
「コレは…?」
 ACにはこれまでの経験上、幾度か搭乗経験がある。そして、そのコクピットも色々拝見してきた。
 だが、この機体のコクピットには他の機体にはないものが備え付けられていた。
 両手を差し込むような穴が左右に二つ。そして、跳ねあげ式の追加モニターが一つと、コクピットシートと一体化した何かのシステムモジュール。
「何なんだ?これ?」
イグニスは、一瞬搭乗をためらった。だが、拒否することはなかった。
なぜなら、自分が落ちた穴の方から化け物の鳴き声が聞こえたからだ。恐らく2匹の内、1匹がこちらに気づいて戻ってきたらしい。
「死にたくなければ…、やるしかない!」
 意を決し、コクピットへ飛びこむ。そして、左右の穴へ両手を突っ込み、奥のグリップを握った。
 刹那、モニターが待機モードから切り替わり、開いていたコクピットハッチが閉まり、エアロックが掛かった。
『新規被験者の搭乗を確認。これより生体データ登録を開始します』
 追加モニターの表示と共に、その機体は高速で稼働モードへの復旧作業を行っていく。
 ジェネレーターがフル稼働を始め、機体を固定していた拘束具のロックが外れ、モニターにカメラアイの映像が映る。
 水路の奥、薄らと複数の赤瞳が見える。
“奴だ−”
心臓が一際大きく打つ。それとほぼ同時に、全身に一瞬微弱な電流が走った。
 イグニスの脳裏に一瞬、見たことのない風景が映る。それはこの機体を製作した者の記憶だろうか、険しい顔でこの機体に“何か”を埋め込んでいた。
『登録が完了しました。“タイプ0(ゼロ)”、システム戦闘モードで機動します』
そのAC本来のCOMボイスが、そう告げた時、敵は眼前まで迫っていた。
「うわああぁぁぁぁぁぁ………!!」
 それは恐怖からの叫びだったか、それとも勇ましい叫び声か…。イグニスは、両足を乗せていたペダルを強く踏み込んだ。
 間髪いれず、機体は少し前かがみで構えて、背に眩い光を宿した−
 グライドブースト。圧縮されたエネルギーが爆発的な推進力となって鋼の巨人を弾き飛ばす。
「わああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァaaaa………−!!!」
 激しい火花が散る。タイプ0は、自身と同じ背丈の巨大な機械ムカデと取っ組み合うようにぶつかり、ブースターの勢いのまま、水路を駆け抜けた−

 一方、リュークは追いかけてくる巨大な機械ムカデを、手持ちの武器で動きを抑えながら、施設の外へと続く通路を駆けていた。
後ろから奇声を上げ、追いかけてくる化け物。それには、人間用を改造した程度の武器では致命的なダメージを与えることはできない。弾は弾かれ、爆発は精々擦り傷程度だ。
 その装甲と鋭利な口がこれまで多くの者の命を狩ってきたのだろう。
“イグニスは駄目かもしれない”
薄ら脳裏にそんな思いが浮かび、リュークは弾切れになったライフルを投げ捨てて、眼前に見える出口へと駆けこむ−
 外は、激しく荒れていた。空も雨を含んで突風が吹き荒れ、視界が悪い。
雷鳴が轟き、地には捲きあがった粉塵と霧で、暗闇の中にいるようだ。
(まずいな…)
 外も結局中と変わりはなかった。
周囲を囲んでいた壁がなくなり、一際大きくムカデが跳躍する。
 そして、その巨体がリュークを飛び越え、彼の目の前に立ちはだかった。
「やれやれ、どうしたものか…」
 半端あきらめにも似たため息をつき、リュークは目の前の化け物を睨みつける。武器はもはや手持ちのハンドガンのみ。
 しかし、この相手には、ダメージにはならないだろう。せいぜい表面の塗装に傷をつけるぐらいだ。
 まさに絶体絶命と言えば、今この瞬間である―
 ムカデの牙が大きく開く。リュークを喰らおうと、体が収縮を始める。
 リュークも身構え、覚悟を決める。
―だが、両者の行動は突然の地鳴りと共に中断された。
 地鳴りはやがて激しい震動へと変わり、その原因が地表へと近付いてくるのを両者は感じ取った。少し離れた場所で、地面が大きく隆起し、
「―ァァァァァァァァァァァァッッっ…!!」
 その原因はイグニスの咆哮と共に地表へと飛び出した。
「イグニス!?」
 リュークの眼前で、イグニスが駆るACが鋼鉄ムカデの体に、激しいニーキックを打ち込む。
 ブーストチャージ。質量と慣性をもって、相手へ強烈な打撃を加える荒業(テクニック)だ。
 大きな火花ときしみ音を立て、鋼鉄ムカデが怯む。間髪いれず、ACの右手が伸びて機械ムカデの喉元を掴み、今度は重力をもって、地面へと叩きつける。
 そして、馬乗りになり、右肩のハンガーユニットからULB−13/H式レーザーブレードを手に取り、それを鋼鉄ムカデの顔面へ突き立てた。
 ビクッと機械ムカデの体が跳躍し、小爆発。だらしなく周囲へオイルと金属をまき散らした。
『熱源、急速接近』
「ッ!?」
 搭載されたCOMの注意喚起で、イグニスは機体を振りかえらせる。
『危険と判断。システムインストール、ステップ35〜115までをスキップ』
 眼前にリュークを襲っていた機械ムカデが牙を向き、迫る−
機械ムカデの頭脳に搭載されたAIが、仲間がやられたことで、最優先ターゲットをACに切り替えたのだ。
『コントロール、システム“Atropos”へ強制移行を開始』
「えっ…?!」
 突然のCOMによる宣言と共に、コントロールスティックを握るイグニスの両手は、腕ごと機体に固定され、さらにシートベルトが捲きあげられて、彼の体はシートへ張り付けになった。
『デバイス内蔵作業開始』
 そして、刹那イグニスの後頭部に熱く、感電したかのような感覚が迸り、彼は声を上げることもなく、気を失った−
 そして、タイプ0のカメラアイのカラーがそれまでのグリーンからレッドへ変わり、それと同時に背に一瞬爆発を起こし、その場から急速後退する。
それを追いかけるように地を蹴り、口の鋭利な歯をむき出し、機械ムカデがタイプ0に迫る―
再び眼前に迫る敵に、タイプ0は左のハンガーユニットに搭載されていたガトリングガンKO−5K3 LYCAENIDを手に取り、銃身を分析(スキャン)した相手のウィークポイントへ突き付けた。
『目標(ターゲット)確認、排除開始−』
COMのボイスの後、高速回転を始めた砲身がけたたましく吼え、目の前の化け物を瞬く間に鉄クズ同然に変えた。
「とんでもない奴だ…」
 わずかな時間に起こった出来事にリュークは、思わず言葉を漏らした。
 まるで人間とは思えぬ反射反応と回避機動。少なくとも瞬時に、あのレベルの機動戦闘を行える人間は、早々居ない。
 眼前のターゲットを破壊し、タイプ0は動かなくなった。
『周辺の熱源の消滅を確認。システム、戦闘モードへ移行。危険、生体反応が低下しています。生命維持のため、待機モードへ移行します』
 ぐったりと項垂れるイグニスに機体がそう告げ、各部から熱気を放出し、停止する。
 雨の中、再び待機モードへ移行するAC。両腕に武装を握ったまま、膝をくの字に曲げ、腕をダラリと下ろしたその姿はまるで戦いながら死んだ屈強な兵士のようだった。
 機体を叩きつけるように激しく振る雨。それは、まだ降りやみそうにもない…。

2.終

次回は6月5日頃、投稿予定です

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