地平線の彼方へ
「チューマー。それは酷いんじゃない?
まるで、アタシが死んじゃったみたいじゃん。」
不意に、後ろから懐かしい声が降ってきました。
振り返ると、オレンジの髪にグリーンの瞳の女の人が、太陽を背にスラリと立っていました。
「コロンさん!?」
私は驚きと喜びで立ち上がりました。
髪はショートカットにまとめられ、私の記憶とは少し違ったイメージでしたが、間違いありません。コロン=トランスバースさん、その人です。
「ごめんね。フェアレちゃん。こいつが、変な話聞かせてさ。見てのとおり、アタシは元気だよ。」
コロンさんは手を上げ、肩をすくめてみせます。
「変な話とは何だ…。大体、本当のことだろう?」
目を白黒させる私の目の前で、チューマーは、左目の所に埋め込まれたレンズをつまみ、顔から外しました。
そこには、右目と代わらない、凛々しい左目がありました。
チューマーは、私の驚いた顔を見て、ニヤッと笑いました。
「チューマー、その目…?」
「ああ…。強化人間手術で、二度と戻らないはずだったのだが…。レイピアの技術は、想像以上だった、というわけだ。
そうだ。俺はもう、強化人間じゃない。」
コロンさんが、くすくす笑います。
話がわからないのは、私だけ。
「あー、もう。フェアレちゃん、びっくりしちゃってるじゃない。
いいわ。アタシが話してあげる。
チューマーの話は、まぁ、大体その通りよ。
最後の地下室でチューマーと別れたアタシは、レイピアさんとフォーラちゃんの所まで行くことができたの。施設の破壊は思ったより大きくなく、レイピアさんの研究室はほぼ無傷のままだったわ。
振動で狂った機材とかの修理を手伝っていると、チューマーが帰ってきたの。施設の破壊で、ミクリッツダムの出入り口が開かなくなってたんだって。バッカよね〜。」
「…ふん。」
チューマーは、バツが悪そうに水をお代わりします。
「外へは出られないし、アタシたちはレイピアさんの手伝いをしたわ。レイピアさん、凄いんだよ。キサラギ系の最先端医療技術を使って、どんな傷でも治しちゃうんだ。未分化細胞から組織を培養して、なくなっちゃった組織を再生するの。わかりやすく言えば、トカゲの尻尾やイモリの目玉と同じかな。時間はかかるけどね。」
「俺の左目は、そのついでってわけだ。」
「チューマー、アンタの目はイモリ並ってことね。」
「…酷いな。」
「結局、ミクリッツダムの出入り口の開き方がわからないまま、3年も経っちゃったの。地下でこのまま年取っちゃうんじゃないかって、正直不安だったわ。おかげで、重症の人もすっかりよくなったけどね。
覚えてる?去年の大地震。その振動で、ダム湖の底に亀裂が入ったの。アタシたちは、やっと外に出られたわ。
3年よ!
永かったわ〜。太陽の光がね、嬉しくて嬉しくて。」
「それからだ。フェアレ、貴様を探し出すのに一年かかったわけだ。何しろ、世界が一変していたからな。企業もレイヴンも欠片もありはしないじゃないか。驚いたぞ。」
私の中で、霧が晴れていくのがわかりました。
「さぁ、みんな待ってるわ。行きましょう!」
私とリンは、コロンさんとチューマーに続いて、店の外へ出ました。
真っ青な空に、太陽がまばゆく輝いています。
その太陽に照らされて、一台のオープンカーが私たちを待っていました。
「おおい、チューマー。お前、話、長ぇぞ。」
運転席からくわえタバコで足を投げ出しているのは、ノデュールさん。
「さっきから聞いていれば、私なんか死んでもいいって感じね。え、ヒーローさん?」
車の外で綺麗な金髪をかき上げているのは、リンダさん。
「お前が死んでればよかったのにな。ああ、結局、私は最後まで脇役か。」
後部座席で毒づくのは、サングラスのジャックさん。
「まぁまぁ。皆、こうやって笑っていられるんだから、万歳でいいでしょう?」
助手席でころころと笑っているのは、フォーラさん。
潰れていた右目はぱっちり開き、輝く黒髪は綺麗なロングになっています。
「そうよね。」
と、笑顔のコロンさん。
「レイピアさんが、ミクリッツシティーで待ってるわ。彼女は今、そこで医院を開いてるの。
フェアレちゃん、あなたに仕事を手伝ってもらいたいんだって。
お望みなら、あなたの強化人間手術も解除してくれるんだってよ?」
「は、はい!喜んで!」
私は、リンの手を引いて、車に飛び込みました。
「みんな…みんな…、本当に…!
無事で嬉しいです。また会えて、本当に良かったです!」
「やめてよ〜。照れくさいじゃない。」
照れ笑いのコロンさんに、私は抱きつきました。
暖かい。
私がずっと遭いたかった暖かさが、やっと、私の所に戻ってきました。
レイヴンたちの戦いで、たくさんの人が傷つき、死んでいきました。長かった戦いは終わり、今、人々が待ち望んだ平和が訪れています。
コロンさんとフォーラさんは、レイピアさんの医院でお手伝いを、
リンダさんとジャックさんは、ミクリッツシティーの自警団を、
チューマーとノデュールさんは、世界の各地を旅し、その土地の復興に力を貸しているんだそうです。
車は走りだしました。
地平線の彼方へ。
ふと、私は振り返りました。
私たちが後にした店の横に、一人の女の人が立っています。
その人は、私たちに微笑み、小さく手を振っています。
車は走り、その人はあっという間に小さくなり、霞んでいきました。
でも、私には、その人が誰か、わかりました。
私と同じように成長した、フェアリ。
本当なのか、幻なのか、それはわかりません。
でも、私は、フェアリは生きているのだと、信じたいのです。
ありがとう、レイヴンたち。
Fin.
まるで、アタシが死んじゃったみたいじゃん。」
不意に、後ろから懐かしい声が降ってきました。
振り返ると、オレンジの髪にグリーンの瞳の女の人が、太陽を背にスラリと立っていました。
「コロンさん!?」
私は驚きと喜びで立ち上がりました。
髪はショートカットにまとめられ、私の記憶とは少し違ったイメージでしたが、間違いありません。コロン=トランスバースさん、その人です。
「ごめんね。フェアレちゃん。こいつが、変な話聞かせてさ。見てのとおり、アタシは元気だよ。」
コロンさんは手を上げ、肩をすくめてみせます。
「変な話とは何だ…。大体、本当のことだろう?」
目を白黒させる私の目の前で、チューマーは、左目の所に埋め込まれたレンズをつまみ、顔から外しました。
そこには、右目と代わらない、凛々しい左目がありました。
チューマーは、私の驚いた顔を見て、ニヤッと笑いました。
「チューマー、その目…?」
「ああ…。強化人間手術で、二度と戻らないはずだったのだが…。レイピアの技術は、想像以上だった、というわけだ。
そうだ。俺はもう、強化人間じゃない。」
コロンさんが、くすくす笑います。
話がわからないのは、私だけ。
「あー、もう。フェアレちゃん、びっくりしちゃってるじゃない。
いいわ。アタシが話してあげる。
チューマーの話は、まぁ、大体その通りよ。
最後の地下室でチューマーと別れたアタシは、レイピアさんとフォーラちゃんの所まで行くことができたの。施設の破壊は思ったより大きくなく、レイピアさんの研究室はほぼ無傷のままだったわ。
振動で狂った機材とかの修理を手伝っていると、チューマーが帰ってきたの。施設の破壊で、ミクリッツダムの出入り口が開かなくなってたんだって。バッカよね〜。」
「…ふん。」
チューマーは、バツが悪そうに水をお代わりします。
「外へは出られないし、アタシたちはレイピアさんの手伝いをしたわ。レイピアさん、凄いんだよ。キサラギ系の最先端医療技術を使って、どんな傷でも治しちゃうんだ。未分化細胞から組織を培養して、なくなっちゃった組織を再生するの。わかりやすく言えば、トカゲの尻尾やイモリの目玉と同じかな。時間はかかるけどね。」
「俺の左目は、そのついでってわけだ。」
「チューマー、アンタの目はイモリ並ってことね。」
「…酷いな。」
「結局、ミクリッツダムの出入り口の開き方がわからないまま、3年も経っちゃったの。地下でこのまま年取っちゃうんじゃないかって、正直不安だったわ。おかげで、重症の人もすっかりよくなったけどね。
覚えてる?去年の大地震。その振動で、ダム湖の底に亀裂が入ったの。アタシたちは、やっと外に出られたわ。
3年よ!
永かったわ〜。太陽の光がね、嬉しくて嬉しくて。」
「それからだ。フェアレ、貴様を探し出すのに一年かかったわけだ。何しろ、世界が一変していたからな。企業もレイヴンも欠片もありはしないじゃないか。驚いたぞ。」
私の中で、霧が晴れていくのがわかりました。
「さぁ、みんな待ってるわ。行きましょう!」
私とリンは、コロンさんとチューマーに続いて、店の外へ出ました。
真っ青な空に、太陽がまばゆく輝いています。
その太陽に照らされて、一台のオープンカーが私たちを待っていました。
「おおい、チューマー。お前、話、長ぇぞ。」
運転席からくわえタバコで足を投げ出しているのは、ノデュールさん。
「さっきから聞いていれば、私なんか死んでもいいって感じね。え、ヒーローさん?」
車の外で綺麗な金髪をかき上げているのは、リンダさん。
「お前が死んでればよかったのにな。ああ、結局、私は最後まで脇役か。」
後部座席で毒づくのは、サングラスのジャックさん。
「まぁまぁ。皆、こうやって笑っていられるんだから、万歳でいいでしょう?」
助手席でころころと笑っているのは、フォーラさん。
潰れていた右目はぱっちり開き、輝く黒髪は綺麗なロングになっています。
「そうよね。」
と、笑顔のコロンさん。
「レイピアさんが、ミクリッツシティーで待ってるわ。彼女は今、そこで医院を開いてるの。
フェアレちゃん、あなたに仕事を手伝ってもらいたいんだって。
お望みなら、あなたの強化人間手術も解除してくれるんだってよ?」
「は、はい!喜んで!」
私は、リンの手を引いて、車に飛び込みました。
「みんな…みんな…、本当に…!
無事で嬉しいです。また会えて、本当に良かったです!」
「やめてよ〜。照れくさいじゃない。」
照れ笑いのコロンさんに、私は抱きつきました。
暖かい。
私がずっと遭いたかった暖かさが、やっと、私の所に戻ってきました。
レイヴンたちの戦いで、たくさんの人が傷つき、死んでいきました。長かった戦いは終わり、今、人々が待ち望んだ平和が訪れています。
コロンさんとフォーラさんは、レイピアさんの医院でお手伝いを、
リンダさんとジャックさんは、ミクリッツシティーの自警団を、
チューマーとノデュールさんは、世界の各地を旅し、その土地の復興に力を貸しているんだそうです。
車は走りだしました。
地平線の彼方へ。
ふと、私は振り返りました。
私たちが後にした店の横に、一人の女の人が立っています。
その人は、私たちに微笑み、小さく手を振っています。
車は走り、その人はあっという間に小さくなり、霞んでいきました。
でも、私には、その人が誰か、わかりました。
私と同じように成長した、フェアリ。
本当なのか、幻なのか、それはわかりません。
でも、私は、フェアリは生きているのだと、信じたいのです。
ありがとう、レイヴンたち。
Fin.
10/02/28 08:45更新 / YY