Oh My Soldier
「俺はコロンの助けを借りて、潰れたコクピットから脱出することができた。
俺たちは”ダークネススカイ”のコクピットハッチをこじ開けたが、そこに収まっていたのは、やはり人形だった。
ケイは小部屋の中で絶命したらしい。
俺たち二人の他に、動くものはなかった。
『みんな、みんな…、死んじゃったね…。
チューマー、あたしたち、これからどうする?』
ケイが死んだ今、俺たちに課せられた依頼は成功に終わった。
しかし、犠牲はあまりにも大きかった。
『どうするか…。帰り道もない。先へ、進むしかあるまい。』
『そうね。きっと、この先には、兄さんが…。』
そうだ。
未だ一人も顔を見ることのなかった、人形を操っていたレイヴンたちは、この奥にいる。
それを確かめない限りは、終わることなどできない…。
『行こうか。』
俺たちは破壊されたケイの小部屋の横を抜け、格納庫の奥へ進んだ。
シャッターの隣にドアがある。
しかし、そこには鍵がかかっていた。他に出入り口はない。
俺が鍵に向かって拳銃を構えたとき、音もなく、そのドアが開いた。
そこに立っていたのは…、
フェアリ=メイ…の、人形。
『お前は…!』
『フェアリ…ちゃん?』
俺たちは一瞬後ずさった。
冷静に考えれば、こいつは遠隔操作で動く人形だから、一度止まっても、また現れて不思議ではないのだが。
『ありがとう…。怖いの、いなくなった…。』
フェアリの人形は、そう俺たちにつぶやくと、ドアの奥へ向かって歩き始めた。
『来て…。コロンに、会いたがっている…人が、いる…。』
俺たちは、無言でそれに従った。
元より、それ以外にできることはないのだから。
-----------------------------------------------------
幾重にも閉ざされたシャッターを抜け、俺たちは奥へ進んだ。
立ちこめる、消毒薬の臭い。
最後のシャッターを開け、中に入るると、フェアリは立ち止まった。
天井からスプレーノズルが突き出し、霧状の消毒薬が俺たちに降り注いだ。
ここから先は、滅菌室ということか。
噴霧が終わると、フェアリは、ちらりと俺たちを振り返り、そして、部屋の戸を開けた。
そこには、白衣をまとったレイピアと、カプセル状の寝台。
その寝台の上には…、フォーラが、いた。
『フォーラちゃん!?』
飛び出したコロンが、カプセルにしがみついた。
フォーラは眠っているのか、ピクリとも動かない。
いや…、よくみれば、そのわき腹はゴッソリとえぐれている。
その傷口は、何か白いゼリー状のもので保護されていた。
『コロンさん…。フォーラさんは、必ず助けます。落ち着いて。』
レイピアは、静かに歩み寄った。
『レイピアさん…!こんな傷…、治るわけないよ!
フォーラちゃん、フォーラちゃんが…!』
『コロンさん。私を信じてください。
貴女を待っている人は、この先にいます。
…さ、フェアリ。』
フェアリは、とことこと、さらに部屋の奥へ進んでいく。
コロンは、気丈にも涙を拭いて立ち上がった。俺もそれに従う。
部屋を抜け、細く長い通路を通り、螺旋階段を下へ降りていく。
最奥と思われるところで、フェアリは行き止まりのシャッターを開けた。
部屋は暗く、はじめは何も見えなかったが、徐々に目が慣れてくると、無数のカプセルが並んでいるのが見えた。
そして、その中には…人間の、脳髄が、収められていたのだ。
一つ一つ、カプセルに中で、培養液に浸されて並ぶ、無数の脳髄。
俺は辛うじて平静を保ったが、コロンは後ろへよろめき、壁を背にしゃがみこんだ。
『フェアリ。これは、なんだ。どういうことなんだ。』
俺の問いに、フェアリは、一つのカプセルの前に立ち止まった。
そして、何かのスイッチを入れた。
声が、聞こえてきた。
『君が…チューマー…か。
改めて名乗ろう…。私が、ヴァーテブラ=トランスバースだ。
見ての通り…、今の私は…脳だけなのだ。』
あまりの事に、俺は二の句が告げなかった。
『クレストの人形式強化人間の…実態が、これだ。
人間の脳から直接、エーテルを介した信号を人形へ送り、まるで本人の肉体であるかのように、動かすのだ。
そして…脳には、思うままに暗示をかけることができるのだ。
私は…、ケイの罠にかかり、捕らえられ、このような姿にされてしまった。
そして、暗示をかけられ、君たちの仲間を、手にかけた。コロンも私の目には止まらなかった。
しかし、コロンの声に、私の暗示は解けた。
そして、ここへの侵入に成功したフェアリに、他の者の暗示も解かせた。
見てくれ…。周りのみんなを。みんな…脳、だけ、なんだ。』
立ち上がったコロンは、兄に覆いかぶさった。
『兄さん…!兄さん…!!』
後が続かない。コロンの涙が、兄の脳を包んだカプセルを濡らしていく。
『コロン…。悪い兄ですまなかった。
あのクリスマスの日…、お前を置いていかなければ、こんなことには…。
辛い思いをさせてしまったな。
私も、お前を抱きしめてやりたいが、あいにくこの姿だ。
元に戻ることなど、できない。レイピアの力をもってしてもだ。』
コロンは涙も流れるままに、兄の言葉を聞く。
『ここのみんなは、ただ、戦わせる為だけに、ここにつれてこられた。
戦うことしかできない体にされてしまった。
美しいものを、美しいと感じることも
悲しいことを、悲しいと感じることも
嬉しいことを、嬉しいと感じることも
食事を楽しむことも
音楽を聴くことも
本を読むことも
花に水をやることも
公園を散歩することも
スポーツで汗を流すことも
大切な人を抱きしめることも
愛することも
…できないんだ。
戦うこと以外には、何一つ、できないんだ。
でも、人間は戦う為だけに生まれてくるんじゃない。もっともっと、いろんな、いろんなことができるんだ。
コロン。
君は、もう立派な大人だ。
自分がやりたいことをやるがいい。
君の可能性は無限なんだ。
私の代わりに、ここのみんなの為にも…、精一杯、生きてくれ。』
何処かで、カチリ、と音がした。
そして、全てのカプセルの培養液が、抜けていく。
さー、と流れる水音。
『兄さん!?』
コロンの悲痛な叫び。
『みんなも…、同じ意見だ…。私たちは…、やっと、天に召される…。
最後に、こんな兄に会いにきてくれて、ありがとう。
君に会えて… 本当に…
よかった 』
ふっつりと、言葉は途切れ、
フェアリが、カタンと倒れた。
もう、動かない。
あたりを静寂が包んだ。
彼らは、自らの命を終わらせたのだ。
自らの希望を、生き残った者に託して。」
俺たちは”ダークネススカイ”のコクピットハッチをこじ開けたが、そこに収まっていたのは、やはり人形だった。
ケイは小部屋の中で絶命したらしい。
俺たち二人の他に、動くものはなかった。
『みんな、みんな…、死んじゃったね…。
チューマー、あたしたち、これからどうする?』
ケイが死んだ今、俺たちに課せられた依頼は成功に終わった。
しかし、犠牲はあまりにも大きかった。
『どうするか…。帰り道もない。先へ、進むしかあるまい。』
『そうね。きっと、この先には、兄さんが…。』
そうだ。
未だ一人も顔を見ることのなかった、人形を操っていたレイヴンたちは、この奥にいる。
それを確かめない限りは、終わることなどできない…。
『行こうか。』
俺たちは破壊されたケイの小部屋の横を抜け、格納庫の奥へ進んだ。
シャッターの隣にドアがある。
しかし、そこには鍵がかかっていた。他に出入り口はない。
俺が鍵に向かって拳銃を構えたとき、音もなく、そのドアが開いた。
そこに立っていたのは…、
フェアリ=メイ…の、人形。
『お前は…!』
『フェアリ…ちゃん?』
俺たちは一瞬後ずさった。
冷静に考えれば、こいつは遠隔操作で動く人形だから、一度止まっても、また現れて不思議ではないのだが。
『ありがとう…。怖いの、いなくなった…。』
フェアリの人形は、そう俺たちにつぶやくと、ドアの奥へ向かって歩き始めた。
『来て…。コロンに、会いたがっている…人が、いる…。』
俺たちは、無言でそれに従った。
元より、それ以外にできることはないのだから。
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幾重にも閉ざされたシャッターを抜け、俺たちは奥へ進んだ。
立ちこめる、消毒薬の臭い。
最後のシャッターを開け、中に入るると、フェアリは立ち止まった。
天井からスプレーノズルが突き出し、霧状の消毒薬が俺たちに降り注いだ。
ここから先は、滅菌室ということか。
噴霧が終わると、フェアリは、ちらりと俺たちを振り返り、そして、部屋の戸を開けた。
そこには、白衣をまとったレイピアと、カプセル状の寝台。
その寝台の上には…、フォーラが、いた。
『フォーラちゃん!?』
飛び出したコロンが、カプセルにしがみついた。
フォーラは眠っているのか、ピクリとも動かない。
いや…、よくみれば、そのわき腹はゴッソリとえぐれている。
その傷口は、何か白いゼリー状のもので保護されていた。
『コロンさん…。フォーラさんは、必ず助けます。落ち着いて。』
レイピアは、静かに歩み寄った。
『レイピアさん…!こんな傷…、治るわけないよ!
フォーラちゃん、フォーラちゃんが…!』
『コロンさん。私を信じてください。
貴女を待っている人は、この先にいます。
…さ、フェアリ。』
フェアリは、とことこと、さらに部屋の奥へ進んでいく。
コロンは、気丈にも涙を拭いて立ち上がった。俺もそれに従う。
部屋を抜け、細く長い通路を通り、螺旋階段を下へ降りていく。
最奥と思われるところで、フェアリは行き止まりのシャッターを開けた。
部屋は暗く、はじめは何も見えなかったが、徐々に目が慣れてくると、無数のカプセルが並んでいるのが見えた。
そして、その中には…人間の、脳髄が、収められていたのだ。
一つ一つ、カプセルに中で、培養液に浸されて並ぶ、無数の脳髄。
俺は辛うじて平静を保ったが、コロンは後ろへよろめき、壁を背にしゃがみこんだ。
『フェアリ。これは、なんだ。どういうことなんだ。』
俺の問いに、フェアリは、一つのカプセルの前に立ち止まった。
そして、何かのスイッチを入れた。
声が、聞こえてきた。
『君が…チューマー…か。
改めて名乗ろう…。私が、ヴァーテブラ=トランスバースだ。
見ての通り…、今の私は…脳だけなのだ。』
あまりの事に、俺は二の句が告げなかった。
『クレストの人形式強化人間の…実態が、これだ。
人間の脳から直接、エーテルを介した信号を人形へ送り、まるで本人の肉体であるかのように、動かすのだ。
そして…脳には、思うままに暗示をかけることができるのだ。
私は…、ケイの罠にかかり、捕らえられ、このような姿にされてしまった。
そして、暗示をかけられ、君たちの仲間を、手にかけた。コロンも私の目には止まらなかった。
しかし、コロンの声に、私の暗示は解けた。
そして、ここへの侵入に成功したフェアリに、他の者の暗示も解かせた。
見てくれ…。周りのみんなを。みんな…脳、だけ、なんだ。』
立ち上がったコロンは、兄に覆いかぶさった。
『兄さん…!兄さん…!!』
後が続かない。コロンの涙が、兄の脳を包んだカプセルを濡らしていく。
『コロン…。悪い兄ですまなかった。
あのクリスマスの日…、お前を置いていかなければ、こんなことには…。
辛い思いをさせてしまったな。
私も、お前を抱きしめてやりたいが、あいにくこの姿だ。
元に戻ることなど、できない。レイピアの力をもってしてもだ。』
コロンは涙も流れるままに、兄の言葉を聞く。
『ここのみんなは、ただ、戦わせる為だけに、ここにつれてこられた。
戦うことしかできない体にされてしまった。
美しいものを、美しいと感じることも
悲しいことを、悲しいと感じることも
嬉しいことを、嬉しいと感じることも
食事を楽しむことも
音楽を聴くことも
本を読むことも
花に水をやることも
公園を散歩することも
スポーツで汗を流すことも
大切な人を抱きしめることも
愛することも
…できないんだ。
戦うこと以外には、何一つ、できないんだ。
でも、人間は戦う為だけに生まれてくるんじゃない。もっともっと、いろんな、いろんなことができるんだ。
コロン。
君は、もう立派な大人だ。
自分がやりたいことをやるがいい。
君の可能性は無限なんだ。
私の代わりに、ここのみんなの為にも…、精一杯、生きてくれ。』
何処かで、カチリ、と音がした。
そして、全てのカプセルの培養液が、抜けていく。
さー、と流れる水音。
『兄さん!?』
コロンの悲痛な叫び。
『みんなも…、同じ意見だ…。私たちは…、やっと、天に召される…。
最後に、こんな兄に会いにきてくれて、ありがとう。
君に会えて… 本当に…
よかった 』
ふっつりと、言葉は途切れ、
フェアリが、カタンと倒れた。
もう、動かない。
あたりを静寂が包んだ。
彼らは、自らの命を終わらせたのだ。
自らの希望を、生き残った者に託して。」
10/02/28 08:39更新 / YY