依頼
「その鉄製の戸には、外から鍵がかかっていた。
鍵を外して戸を開けると、そこは場違いに整った空間だった。派手ではないが綺麗な絨毯が敷かれ、照明は明るく灯り、木製の家具がきちんと並んでいた。そして、その一番奥のデスクに、一人の白衣姿の女性が座っていた。
『ようこそ、レイヴンたち。どうかこちらへ。』
小さい声だが、はっきりした口調で、その女性は俺たちを招いた。
俺たちはそれぞれの顔を見合わせ、室内に踏み入った。
『私たちを呼んだのは、貴女か。』
ジャックは、昨夜の紙片をその女性に差し出した。
女性は、ジャックの肩に担がれた”フェアリ”に目をやると、目を伏せて小さなため息をついた。
『はい。私は、レイピア=ドルナー。昨夜、その子に頼んであなた達をお呼びした者です。突然のお願いを聞いてくださり、感謝致します。』
『ね、あなた、知ってるんでしょう?この”フェアリ”って子は何?兵隊たちは何故人形ばかりなの?何故人形が動くの?ここで何をしているの?何故あたしたちを呼んだの?この子が、アタシの名前を知っているのは何故?』
矢継ぎ早に質問を繰り出したのはコロンだ。ジャックは、黙ってそれを制した。
レイピアは、クスリと笑った。
『ごめんなさい。順番にお話します。
既にお気づきと思いますが、ここは旧時代に築かれた地下都市の一部です。それを発見したクレスト社は、それを改造し、軍事施設としました。入り口はダム湖の底に作り、周辺を市街地とすることでカモフラージュを図りました。
私はキサラギ社で生物科学の研究に携わっていましたが、クレスト社の潜入部隊によって捕縛され、ここへ連れて来られました。目的は、クレスト社独自の強化人間の開発でした。』
クレスト社の強化人間は実用に至らず、廃案となったことは、ノルバスクから聞いたことがある。
『研究には、非人道的な実験がためらいなく行われました。被験者には、他企業の捕虜などが用いられました。実験で命を落とした犠牲者は数え切れません。”フェアリ”も捕虜として連れてこられ、実験の犠牲となりました。そして、実験の失敗から首から下が動かない体となってしまったのです…。
当時の開発責任者だったノルバスク准将は、それを見かねて、遂に実験を中止しました。地下基地は閉鎖され、全ての証拠は闇に葬られました。全ては、それで終わったかのように思われたのです。
ところが、その地下基地の封印を再び解く者が現れたのです。元クレスト実働部隊司令官、ケイ=リュウガタケ大佐でした。ケイはかつて、キサラギ社に内通した疑いで罷免され、以後行方がわからなくなっていました。ある日突然姿を現したケイは、閉鎖された地下基地を再び作動させ、私をこの一室に幽閉し、多数の同志と共に、密かに強化人間の研究を再開しました。そして、ついに研究は完成したのです。その結果が、”フェアリ”であり、あなたたちが倒してきた人形たちなのです。外にいたACも、人形が操縦していたものです。』
『ちょ、ちょっと待ってよ。なんで、人形が強化人間なのよ?』
『はい。人間そのものを強化することは、結局できなかったのです。強化人間とは、常人を越えた耐久力と反射神経を持つものです。そこで考え出されたのが、”人間の意志を受け、身代わりとして動く人形”だったのです。人形を遠隔操作で自分の体と同じように動かすことができれば、その人形は強化人間の条件を満たすことになります。また、人形であればいくらでも替えが効き、人材の消耗も防ぐことができるのです。』
『じゃ、なによ。この”フェアリ”も、あの人形たちも、誰かが何どこかから遠隔操作しているってわけ?遠隔操作で、あんないい動きができるのはおかしいわよ。大体、通信妨害でもされたらお仕舞いじゃない?』
『コロンさん、あなたは”異質性空間エネルギー論”という言葉を、聞いたことはありませんか?』
コロンはかぶりを振った。
『そうですか。あなたなら知っていると思ったのですが…。この空間は”エーテル”という力場で余すことなく満たされており、一点からのエーテル波動は減衰することなくどこまでも届く、というものです。この理論の応用で、人形たちは遠隔操作に答えることができるのです。』
コロンは、納得したようなしないような微妙な顔をしている。
遠隔操作の問題はそれでいいかもしれないが、肝心の操作の部分はどうなっているのだ。人間の手動では、反射能力に限界がある。どうあっても、自分の体より、人形が速く動くわけはないのだ。そもそも、首から下が動かなくなったフェアリ本人は、どうやって人形を操作しているというのだ。
俺がその点を聞こうとしたとき、ジャックが口を挟んだ。
『話は大体わかった。それで、俺たちが呼ばれた理由は、結局何だ。』
『本題がまだでしたね。私の依頼は、この施設の停止です。
今、地上は旧時代の兵器による特攻を受けて、壊滅的な被害を受けています。ケイは、キサラギ社に内通することでそれを予見していました。企業が力を弱めたその時、ここに蓄えた戦力で一気に攻め込み、自分を追放した企業への復讐を果たすつもりなのです。
今、ここでは、旧時代の技術を応用した超兵器が量産されつつあります。今をおいて、それを止めることはできないのです。』
これに反応したのはリンダだ。
『それを何故、今になって私たちに依頼するわけ?早くわかっていたのなら、企業に依頼でも出せばよかったじゃないですか。”フェアリ”はここから出入りできるんでしょう?』
『それは、この施設のセキュリティーが弱まるのが、今しかなかったからです。特攻兵器の来襲は、キサラギ社が眠っていた旧時代のプラントを起動してしまったために起こりました。特攻兵器は、そのプラントから”エーテル”を介した遠隔操作で制御されています。地下基地のセキュリティーには、旧時代の技術が流用されているため、プラントの制御の影響を受けて誤動作する恐れがありました。このため、特攻兵器の来襲に合わせて、ケイは、基地のセキュリティーを一時的に低下させました。それが、フェアリを地上へ出す最後のチャンスだったのです。』
なるほど、艦上での”ダークネススカイ”の暴走は、その影響だったと見える。”ダークネススカイ”に旧時代の技術が使われていれば、可能性としては十分だった。
『なんだか、よくわかりませんけど、わかりましたわ。』
半分納得いかない顔のリンダは、口をつぐんだ。
『つまりだ。この施設に蓄えられた軍備を破壊し、ケイを捕まえればいいわけだな。了解した。
この人形はここに置いていくぞ。いいな。』
ジャックは”フェアリ”を床に下ろし、ジャケットを整えた。
コロンも、ずれた肩アーマーを正し、踵をそろえた。
そして、俺はレイヴンとして抑えるべき点を問うた。
『報酬は。』
レイピアは、一息ついて答えた。
『私の研究資金の全てと、世界の復興と平和。』
しかしその時、外では信じられないことが起こっていたのだ…。」
鍵を外して戸を開けると、そこは場違いに整った空間だった。派手ではないが綺麗な絨毯が敷かれ、照明は明るく灯り、木製の家具がきちんと並んでいた。そして、その一番奥のデスクに、一人の白衣姿の女性が座っていた。
『ようこそ、レイヴンたち。どうかこちらへ。』
小さい声だが、はっきりした口調で、その女性は俺たちを招いた。
俺たちはそれぞれの顔を見合わせ、室内に踏み入った。
『私たちを呼んだのは、貴女か。』
ジャックは、昨夜の紙片をその女性に差し出した。
女性は、ジャックの肩に担がれた”フェアリ”に目をやると、目を伏せて小さなため息をついた。
『はい。私は、レイピア=ドルナー。昨夜、その子に頼んであなた達をお呼びした者です。突然のお願いを聞いてくださり、感謝致します。』
『ね、あなた、知ってるんでしょう?この”フェアリ”って子は何?兵隊たちは何故人形ばかりなの?何故人形が動くの?ここで何をしているの?何故あたしたちを呼んだの?この子が、アタシの名前を知っているのは何故?』
矢継ぎ早に質問を繰り出したのはコロンだ。ジャックは、黙ってそれを制した。
レイピアは、クスリと笑った。
『ごめんなさい。順番にお話します。
既にお気づきと思いますが、ここは旧時代に築かれた地下都市の一部です。それを発見したクレスト社は、それを改造し、軍事施設としました。入り口はダム湖の底に作り、周辺を市街地とすることでカモフラージュを図りました。
私はキサラギ社で生物科学の研究に携わっていましたが、クレスト社の潜入部隊によって捕縛され、ここへ連れて来られました。目的は、クレスト社独自の強化人間の開発でした。』
クレスト社の強化人間は実用に至らず、廃案となったことは、ノルバスクから聞いたことがある。
『研究には、非人道的な実験がためらいなく行われました。被験者には、他企業の捕虜などが用いられました。実験で命を落とした犠牲者は数え切れません。”フェアリ”も捕虜として連れてこられ、実験の犠牲となりました。そして、実験の失敗から首から下が動かない体となってしまったのです…。
当時の開発責任者だったノルバスク准将は、それを見かねて、遂に実験を中止しました。地下基地は閉鎖され、全ての証拠は闇に葬られました。全ては、それで終わったかのように思われたのです。
ところが、その地下基地の封印を再び解く者が現れたのです。元クレスト実働部隊司令官、ケイ=リュウガタケ大佐でした。ケイはかつて、キサラギ社に内通した疑いで罷免され、以後行方がわからなくなっていました。ある日突然姿を現したケイは、閉鎖された地下基地を再び作動させ、私をこの一室に幽閉し、多数の同志と共に、密かに強化人間の研究を再開しました。そして、ついに研究は完成したのです。その結果が、”フェアリ”であり、あなたたちが倒してきた人形たちなのです。外にいたACも、人形が操縦していたものです。』
『ちょ、ちょっと待ってよ。なんで、人形が強化人間なのよ?』
『はい。人間そのものを強化することは、結局できなかったのです。強化人間とは、常人を越えた耐久力と反射神経を持つものです。そこで考え出されたのが、”人間の意志を受け、身代わりとして動く人形”だったのです。人形を遠隔操作で自分の体と同じように動かすことができれば、その人形は強化人間の条件を満たすことになります。また、人形であればいくらでも替えが効き、人材の消耗も防ぐことができるのです。』
『じゃ、なによ。この”フェアリ”も、あの人形たちも、誰かが何どこかから遠隔操作しているってわけ?遠隔操作で、あんないい動きができるのはおかしいわよ。大体、通信妨害でもされたらお仕舞いじゃない?』
『コロンさん、あなたは”異質性空間エネルギー論”という言葉を、聞いたことはありませんか?』
コロンはかぶりを振った。
『そうですか。あなたなら知っていると思ったのですが…。この空間は”エーテル”という力場で余すことなく満たされており、一点からのエーテル波動は減衰することなくどこまでも届く、というものです。この理論の応用で、人形たちは遠隔操作に答えることができるのです。』
コロンは、納得したようなしないような微妙な顔をしている。
遠隔操作の問題はそれでいいかもしれないが、肝心の操作の部分はどうなっているのだ。人間の手動では、反射能力に限界がある。どうあっても、自分の体より、人形が速く動くわけはないのだ。そもそも、首から下が動かなくなったフェアリ本人は、どうやって人形を操作しているというのだ。
俺がその点を聞こうとしたとき、ジャックが口を挟んだ。
『話は大体わかった。それで、俺たちが呼ばれた理由は、結局何だ。』
『本題がまだでしたね。私の依頼は、この施設の停止です。
今、地上は旧時代の兵器による特攻を受けて、壊滅的な被害を受けています。ケイは、キサラギ社に内通することでそれを予見していました。企業が力を弱めたその時、ここに蓄えた戦力で一気に攻め込み、自分を追放した企業への復讐を果たすつもりなのです。
今、ここでは、旧時代の技術を応用した超兵器が量産されつつあります。今をおいて、それを止めることはできないのです。』
これに反応したのはリンダだ。
『それを何故、今になって私たちに依頼するわけ?早くわかっていたのなら、企業に依頼でも出せばよかったじゃないですか。”フェアリ”はここから出入りできるんでしょう?』
『それは、この施設のセキュリティーが弱まるのが、今しかなかったからです。特攻兵器の来襲は、キサラギ社が眠っていた旧時代のプラントを起動してしまったために起こりました。特攻兵器は、そのプラントから”エーテル”を介した遠隔操作で制御されています。地下基地のセキュリティーには、旧時代の技術が流用されているため、プラントの制御の影響を受けて誤動作する恐れがありました。このため、特攻兵器の来襲に合わせて、ケイは、基地のセキュリティーを一時的に低下させました。それが、フェアリを地上へ出す最後のチャンスだったのです。』
なるほど、艦上での”ダークネススカイ”の暴走は、その影響だったと見える。”ダークネススカイ”に旧時代の技術が使われていれば、可能性としては十分だった。
『なんだか、よくわかりませんけど、わかりましたわ。』
半分納得いかない顔のリンダは、口をつぐんだ。
『つまりだ。この施設に蓄えられた軍備を破壊し、ケイを捕まえればいいわけだな。了解した。
この人形はここに置いていくぞ。いいな。』
ジャックは”フェアリ”を床に下ろし、ジャケットを整えた。
コロンも、ずれた肩アーマーを正し、踵をそろえた。
そして、俺はレイヴンとして抑えるべき点を問うた。
『報酬は。』
レイピアは、一息ついて答えた。
『私の研究資金の全てと、世界の復興と平和。』
しかしその時、外では信じられないことが起こっていたのだ…。」
10/02/28 08:34更新 / YY