フェアリ=メイ
「…いったいどれほどの敵を倒したのかは、わからない。日暮れが近づいたころ、ようやく”奴ら”は姿を消した。
シティーガードのMTは大方やられてしまったが、俺たち5機のACは全機無事だった。コロンのACが、使っていた狙撃銃を失ったが、これだけの敵を相手に考えれば軽微な損害と言えよう。
味方が多かったのが幸いした。ばらばらだったなら、一人も生き残れなかったかもしれない。
『終わったのかな?』
ACのコクピットから乗り出したコロンが、双眼鏡を片手につぶやく。
『もう、これ以上は御免ですわ。何ですの?あいつらは。』
リンダもコクピットハッチを開けた。かなり疲労しているように見える。
『本社からの応答もない。やられてしまったのか。情報が欲しいが、自力で戻るには距離があるな…。』
ジャックも、あまりのことに判断に窮しているようだ。無理もあるまい。
『本社が?フェアレさんがそこに行っているはずです。大丈夫でしょうか。』
フォーラは、貴様のことを最後まで心配していた。
しかし、情報網は既にずたずたで、知れたことと言えば、この被害が世界規模だったということくらいのものだった。」
--------------------------------------------
「フォーラさん…!御無事なんでしょうか。」
私はチューマーの話を遮りました。
あの特攻兵器の中を生き延びたなら、きっと…!
「まぁ、話は最後まで聞け。今までのは前振りだ。」
チューマーはコップの水を少し飲み、話を続けました。
--------------------------------------------
「日没後、”奴ら”の襲撃が完全に収まったのを確認し、俺たちはACを降りた。避難民のキャンプにテントを借り、そこで一夜を明かすこととした。
俺たち5人は焚き火を囲み、避難民にもらった簡単な食事を終えた。皆、疲労のためか口数は少ない。
『…そう。”ジュピター”、沈んだんだ。』
ジャックの話に、コロンはがっくりと肩を落とした。
コロンは過去にノルバスクに仕えた時期がある。戦友たちの死に、ショックは隠せなかった。
『力及ばなかった。残念ながら。』
ジャックも辛そうだ。歯を食いしばり、感情を必死に押さえ込んでいるようにも見える。
『そうよ。力不足だわ!』
そう言い放って立ち上がったのはリンダだ。
ジャックはサングラスを外し、黙ってリンダを見た。
『ジャック、あなたが戻ってくるのが遅すぎたのよ!
何?敵の攻撃が激しかったから遅れた?冗談じゃないわ!
腕の二、三本なくなってもいいからさっさと戻ってくればよかったのよ。
あなたがもっと早ければ、閣下は死なずにすんだかもしれないし、アルサーだって…!』
『ちょっと、リンダちゃん…。』
止めに入ったコロンだったが、無駄だった。
『コロンさん?アンタには何も言われたくありませんわ。
閣下を捨てて、勝手にクレストを退社して、守るべきものも守らずに、のうのうと暮らしていたのは誰かしら?』
『な、なんですって!それで結局守れなかったのは誰?大きな口ばかりたたいて、結果はそれ?挙句に人のせいにして。はッ、笑わせるんじゃないわ。』
コロンも頭に血が上ったらしい。売り言葉に買い言葉、こうなれば、もはやどうにもならぬ。
『やめてください、二人とも!』
割って入ったのはフォーラだ。
目には涙をため、肩はわなわなと震えている。
『みんな、みんな、精一杯やったんです!それでいいじゃないですか!それなのに、喧嘩なんてみっともない!』
『…ごめん。』
『言い過ぎましたわ。』
コロンとリンダは喧嘩をやめ、場はまた静寂に包まれた。ジャックは外したサングラスをかけなおし、腕組みのまま俯いた。
テントは闇に閉ざされ、夜は更けていく。
コロンとフォーラが、かすかな寝息を立てはじめた。
ときどき聞こえる嗚咽は、リンダだろうか。
ジャックは腕組みで座ったままだ。寝ているのか、あるいは瞑想しているのか。
俺は目を閉じた。
堕ちる戦闘機、沈みゆく艦、四散するAC、廃墟と化した市街地…。
一日の出来事が、瞼の裏に浮かんでは消える。
あまりの出来事に自分の記憶を疑いたくなるが、それが現実だった。
少しでも体を休める必要があった。しかし、俺は、まだ何か起こるような気がして眠れなかった。
嫌な感じがする。
まだ、何か…。
誰かがやってくる気配がして、テントの入り口が、す、と開いた。
月明かりに、誰かが、そこに立っているのが見える。
少女のようだ。
長い、薄紫の髪に、金の瞳。痩せて細長い手足。
それを見た俺は思わず息を飲んだ。
見覚えがあったからだ。しかし、俺の記憶の人物とは少し違うような気もした。
『…コロン=トランスバースさん、…ここに、いる?』
その少女が、そう呟いた。コロンのことを知っているのか。
『いる。起こしたほうがいいか?』
俺は動揺を隠しつつ、小声で答えた。コロンはよく眠っている。
『…寝ているの?起こさなくていい。これをあげる。』
その少女は、小さな紙切れを俺に手渡した。
その小さな手には血が通っていないように見えた。俺は全身総毛立つのがわかった。
『私は、フェアリ=メイ…。
生きようとして生きられなかった子…。死のうとして死ねなかった子…。永遠の少女…。』
そいつは囁くと、音もたてずに出て行った。
半開きになったテントの入り口が、風にゆらいでいる。
『誰だ、今のは。』
ジャックの声で、俺はわれに帰った。
起きているのなら少しは反応すればいいのに、気の利かない奴だ。
『…知らん。これを渡された。見てみるか?』
俺の返事にジャックは立ち上がり、隣でライターに火をつけた。
薄明かりの下、紙片に文字が浮かび上がる。
そこに書いてあったのは、こうだった。
”レイヴンたちに、最後の依頼です。
明日の夜明け前、ミクリッツダムの湖底で待っています。人が、人らしく生きるために。
レイピア=ドルナー”
俺とジャックは黙って顔を見合わせた。」
シティーガードのMTは大方やられてしまったが、俺たち5機のACは全機無事だった。コロンのACが、使っていた狙撃銃を失ったが、これだけの敵を相手に考えれば軽微な損害と言えよう。
味方が多かったのが幸いした。ばらばらだったなら、一人も生き残れなかったかもしれない。
『終わったのかな?』
ACのコクピットから乗り出したコロンが、双眼鏡を片手につぶやく。
『もう、これ以上は御免ですわ。何ですの?あいつらは。』
リンダもコクピットハッチを開けた。かなり疲労しているように見える。
『本社からの応答もない。やられてしまったのか。情報が欲しいが、自力で戻るには距離があるな…。』
ジャックも、あまりのことに判断に窮しているようだ。無理もあるまい。
『本社が?フェアレさんがそこに行っているはずです。大丈夫でしょうか。』
フォーラは、貴様のことを最後まで心配していた。
しかし、情報網は既にずたずたで、知れたことと言えば、この被害が世界規模だったということくらいのものだった。」
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「フォーラさん…!御無事なんでしょうか。」
私はチューマーの話を遮りました。
あの特攻兵器の中を生き延びたなら、きっと…!
「まぁ、話は最後まで聞け。今までのは前振りだ。」
チューマーはコップの水を少し飲み、話を続けました。
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「日没後、”奴ら”の襲撃が完全に収まったのを確認し、俺たちはACを降りた。避難民のキャンプにテントを借り、そこで一夜を明かすこととした。
俺たち5人は焚き火を囲み、避難民にもらった簡単な食事を終えた。皆、疲労のためか口数は少ない。
『…そう。”ジュピター”、沈んだんだ。』
ジャックの話に、コロンはがっくりと肩を落とした。
コロンは過去にノルバスクに仕えた時期がある。戦友たちの死に、ショックは隠せなかった。
『力及ばなかった。残念ながら。』
ジャックも辛そうだ。歯を食いしばり、感情を必死に押さえ込んでいるようにも見える。
『そうよ。力不足だわ!』
そう言い放って立ち上がったのはリンダだ。
ジャックはサングラスを外し、黙ってリンダを見た。
『ジャック、あなたが戻ってくるのが遅すぎたのよ!
何?敵の攻撃が激しかったから遅れた?冗談じゃないわ!
腕の二、三本なくなってもいいからさっさと戻ってくればよかったのよ。
あなたがもっと早ければ、閣下は死なずにすんだかもしれないし、アルサーだって…!』
『ちょっと、リンダちゃん…。』
止めに入ったコロンだったが、無駄だった。
『コロンさん?アンタには何も言われたくありませんわ。
閣下を捨てて、勝手にクレストを退社して、守るべきものも守らずに、のうのうと暮らしていたのは誰かしら?』
『な、なんですって!それで結局守れなかったのは誰?大きな口ばかりたたいて、結果はそれ?挙句に人のせいにして。はッ、笑わせるんじゃないわ。』
コロンも頭に血が上ったらしい。売り言葉に買い言葉、こうなれば、もはやどうにもならぬ。
『やめてください、二人とも!』
割って入ったのはフォーラだ。
目には涙をため、肩はわなわなと震えている。
『みんな、みんな、精一杯やったんです!それでいいじゃないですか!それなのに、喧嘩なんてみっともない!』
『…ごめん。』
『言い過ぎましたわ。』
コロンとリンダは喧嘩をやめ、場はまた静寂に包まれた。ジャックは外したサングラスをかけなおし、腕組みのまま俯いた。
テントは闇に閉ざされ、夜は更けていく。
コロンとフォーラが、かすかな寝息を立てはじめた。
ときどき聞こえる嗚咽は、リンダだろうか。
ジャックは腕組みで座ったままだ。寝ているのか、あるいは瞑想しているのか。
俺は目を閉じた。
堕ちる戦闘機、沈みゆく艦、四散するAC、廃墟と化した市街地…。
一日の出来事が、瞼の裏に浮かんでは消える。
あまりの出来事に自分の記憶を疑いたくなるが、それが現実だった。
少しでも体を休める必要があった。しかし、俺は、まだ何か起こるような気がして眠れなかった。
嫌な感じがする。
まだ、何か…。
誰かがやってくる気配がして、テントの入り口が、す、と開いた。
月明かりに、誰かが、そこに立っているのが見える。
少女のようだ。
長い、薄紫の髪に、金の瞳。痩せて細長い手足。
それを見た俺は思わず息を飲んだ。
見覚えがあったからだ。しかし、俺の記憶の人物とは少し違うような気もした。
『…コロン=トランスバースさん、…ここに、いる?』
その少女が、そう呟いた。コロンのことを知っているのか。
『いる。起こしたほうがいいか?』
俺は動揺を隠しつつ、小声で答えた。コロンはよく眠っている。
『…寝ているの?起こさなくていい。これをあげる。』
その少女は、小さな紙切れを俺に手渡した。
その小さな手には血が通っていないように見えた。俺は全身総毛立つのがわかった。
『私は、フェアリ=メイ…。
生きようとして生きられなかった子…。死のうとして死ねなかった子…。永遠の少女…。』
そいつは囁くと、音もたてずに出て行った。
半開きになったテントの入り口が、風にゆらいでいる。
『誰だ、今のは。』
ジャックの声で、俺はわれに帰った。
起きているのなら少しは反応すればいいのに、気の利かない奴だ。
『…知らん。これを渡された。見てみるか?』
俺の返事にジャックは立ち上がり、隣でライターに火をつけた。
薄明かりの下、紙片に文字が浮かび上がる。
そこに書いてあったのは、こうだった。
”レイヴンたちに、最後の依頼です。
明日の夜明け前、ミクリッツダムの湖底で待っています。人が、人らしく生きるために。
レイピア=ドルナー”
俺とジャックは黙って顔を見合わせた。」
10/02/28 08:31更新 / YY