小さな命
クレスト本社第二機動大隊大会議室。
そこでは、大隊の主だった仕官が集められ、会議と通達が行われていた。
今日の議題は、「フェアレ=フィー捕獲作戦」。
所在のわからない強化人間、フェアレ=フィーを捕獲し、クレスト側の戦力に取り込もうというのが、その作戦内容だ。
現時点では情報が少ないため、フェアレ=フィーを発見次第、作戦が発動される。
長引いた会議が終わり、会議室からぞろぞろと人が出てくる。
その中に、リンダ君の姿もあった。
「あー。終わった、終わった。今日はお買い物にでも行こうかしら。」
そんなことを言いながら、リンダ君は人ごみを逃れて、社の中庭に下りていく。
中庭には大きな池があり、木立の間に並ぶベンチが社員の憩いの場となっている。
季節は秋。池には木々の紅葉が影を落としている。
そのベンチのひとつに、一人の女性が腰掛けている。
ヴェーナ君だ。
リンダ君も、ヴェーナ君に気がついたようだ。
「あっ?ヴェーナさん!」
「あら、リンダちゃん。会議は終わったの?」
実動部隊に勤めていたときからは考えられないほど、柔和な表情を浮かべたヴェーナ君が、そこにいた。
「はい。もう、長くて長くて面倒で。ヴェーナさんは、今日は?」
「アーテリーを待っているの。遅いわね。」
「アーテリー中佐も、もうすぐ来られると思います。
…あ、そうだ。ヴェーナさん、赤ちゃんができたんですって?」
「あら…。そうよ。もう10ヶ月。」
リンダ君は、ヴェーナ君の向かいのベンチに腰掛けた。
「そうなんですか?ヴェーナさんもお母さんになるんですね…。
母親になるって、どんな気分ですか?」
「そうね。私も、自分が母親になるなんて、不思議。」
ヴェーナ君は、くすりと笑って言った。
「赤ちゃんが生まれたら…、ヴェーナさんは、赤ちゃんに何をしてあげるんですか?えぇっと…うまく言えないんですけど。」
「…うーん…なにかな。
ね、リンダちゃんは、お母さんに何をしてもらいたかった?」
「えっ…!?」
戦災孤児だったリンダ君には、いささか酷な質問だったかもしれない。
「あはは、ごめん。急に言われてもわかんないよね。
そうね。まず、抱きしめてあげようかな。 こう、きゅーっと、ね。」
「そうですか…。私、よくわからなくて。」
「天から授かった、たった一つの小さな命だもの。大事にしてあげなきゃね。
…ほら、リンダちゃん、あの池をみてごらん。」
ヴェーナ君が指差した池の水面には、小さな波紋がたくさん広がっている。
「…?」
「波紋が、たくさんあるでしょう?あれ、みんな、池の魚たちが作ったものよ。
よく見てごらん。やっとわかるくらいの、小さな魚たちがいるの。
この池に比べたら、とっても小さくて、一匹くらいいなくなってもわかんないくらいの。
でもね、
そんな小さな小さな魚が作った波紋は、池全体に広がっていくの。
よく見てごらん。落ち葉が落ちても風がふても、その波紋はかすかだけど、ずっと、池の端まで広がっていくの。
人間も同じ。
この広い世界に数え切れないほどたくさんの人がいて、一人くらいいなくなってもわかんないんじゃないか、って思えるけど、そうじゃないの。みんな、この広い世界にとって意味があるの。
…
私のお腹のこの子も、この世界にとって意味があるわ。
きっと、立派に育てて見せるわよ。」
リンダ君は、よくわかったようなわからないような顔をしている。
戦場で敵兵を殺すだけが日常だったリンダ君には、ちょっと世界が違う話だったのかもしれない。
そのとき、
「おーい、待たせたな。おお、リンダ君も一緒か。」
アーテリー中佐だ。
「ええ。少しお話をね。さ、行きましょう、あなた。またね、リンダちゃん。」
「は、はい!またお会いしましょう!」
敬礼で二人を見送るリンダ君であった。
木立はさわさわと揺れ、池にひらひらと木の葉を落とした。
和やかな秋の夕方。
リンダ君も、落ち葉を踏んで社を後にした。
そこでは、大隊の主だった仕官が集められ、会議と通達が行われていた。
今日の議題は、「フェアレ=フィー捕獲作戦」。
所在のわからない強化人間、フェアレ=フィーを捕獲し、クレスト側の戦力に取り込もうというのが、その作戦内容だ。
現時点では情報が少ないため、フェアレ=フィーを発見次第、作戦が発動される。
長引いた会議が終わり、会議室からぞろぞろと人が出てくる。
その中に、リンダ君の姿もあった。
「あー。終わった、終わった。今日はお買い物にでも行こうかしら。」
そんなことを言いながら、リンダ君は人ごみを逃れて、社の中庭に下りていく。
中庭には大きな池があり、木立の間に並ぶベンチが社員の憩いの場となっている。
季節は秋。池には木々の紅葉が影を落としている。
そのベンチのひとつに、一人の女性が腰掛けている。
ヴェーナ君だ。
リンダ君も、ヴェーナ君に気がついたようだ。
「あっ?ヴェーナさん!」
「あら、リンダちゃん。会議は終わったの?」
実動部隊に勤めていたときからは考えられないほど、柔和な表情を浮かべたヴェーナ君が、そこにいた。
「はい。もう、長くて長くて面倒で。ヴェーナさんは、今日は?」
「アーテリーを待っているの。遅いわね。」
「アーテリー中佐も、もうすぐ来られると思います。
…あ、そうだ。ヴェーナさん、赤ちゃんができたんですって?」
「あら…。そうよ。もう10ヶ月。」
リンダ君は、ヴェーナ君の向かいのベンチに腰掛けた。
「そうなんですか?ヴェーナさんもお母さんになるんですね…。
母親になるって、どんな気分ですか?」
「そうね。私も、自分が母親になるなんて、不思議。」
ヴェーナ君は、くすりと笑って言った。
「赤ちゃんが生まれたら…、ヴェーナさんは、赤ちゃんに何をしてあげるんですか?えぇっと…うまく言えないんですけど。」
「…うーん…なにかな。
ね、リンダちゃんは、お母さんに何をしてもらいたかった?」
「えっ…!?」
戦災孤児だったリンダ君には、いささか酷な質問だったかもしれない。
「あはは、ごめん。急に言われてもわかんないよね。
そうね。まず、抱きしめてあげようかな。 こう、きゅーっと、ね。」
「そうですか…。私、よくわからなくて。」
「天から授かった、たった一つの小さな命だもの。大事にしてあげなきゃね。
…ほら、リンダちゃん、あの池をみてごらん。」
ヴェーナ君が指差した池の水面には、小さな波紋がたくさん広がっている。
「…?」
「波紋が、たくさんあるでしょう?あれ、みんな、池の魚たちが作ったものよ。
よく見てごらん。やっとわかるくらいの、小さな魚たちがいるの。
この池に比べたら、とっても小さくて、一匹くらいいなくなってもわかんないくらいの。
でもね、
そんな小さな小さな魚が作った波紋は、池全体に広がっていくの。
よく見てごらん。落ち葉が落ちても風がふても、その波紋はかすかだけど、ずっと、池の端まで広がっていくの。
人間も同じ。
この広い世界に数え切れないほどたくさんの人がいて、一人くらいいなくなってもわかんないんじゃないか、って思えるけど、そうじゃないの。みんな、この広い世界にとって意味があるの。
…
私のお腹のこの子も、この世界にとって意味があるわ。
きっと、立派に育てて見せるわよ。」
リンダ君は、よくわかったようなわからないような顔をしている。
戦場で敵兵を殺すだけが日常だったリンダ君には、ちょっと世界が違う話だったのかもしれない。
そのとき、
「おーい、待たせたな。おお、リンダ君も一緒か。」
アーテリー中佐だ。
「ええ。少しお話をね。さ、行きましょう、あなた。またね、リンダちゃん。」
「は、はい!またお会いしましょう!」
敬礼で二人を見送るリンダ君であった。
木立はさわさわと揺れ、池にひらひらと木の葉を落とした。
和やかな秋の夕方。
リンダ君も、落ち葉を踏んで社を後にした。
10/02/28 07:58更新 / YY