それぞれの朝
朝になりました。
工房の寄宿舎では、朝食のホットケーキとコーヒーを前に、コロンさんとフォーラさんが向き合って、無言のまま座っています。
明け方、コロンさんが寄宿舎に帰ると、いくらか傷ついた”アディーナ2号機”が既にガレージに帰っており、ベットには、気まずそうな顔のフォーラさんが座っていました。
それから二人は、ひとことも言葉を交わしていません。
いいかげんコーヒーも冷めてしまった頃、コロンさんが沈黙を破りました。
「フォーラちゃん。昨日の夜、あなた、どこへ行ってたの?あたし、心配したのよ。」
「…すいません。」
「”アディーナ”ちゃんの予備まで持ち出して。無事帰ってきたから良かったようなものの…。
フォーラちゃん、あなた、まだ敵討ちのこと考えていたのね?」
「…。」
フォーラさんはうつむいたままです。
コロンさんは、小さなため息を一つついて、言葉をつなぎました。
「…言うべきかどうか迷ったんだけど。昨日の夜、あなたを探しに町に出て、チューマーを見つけたの。」
「…!」
フォーラさんは、はっと顔を上げました。
コロンさんは、昨夜の教会で見たことを、全て話しました。
チューマーが、自分の行いを悔やみ、悩んでいること。
チューマー自身、大切な人を殺され、敵討ちのためにレイヴンとなったこと。
ついに敵を討った後、目標を失い、ただ殺しを続けるだけの生活を送っていること。
そして、自分を止める相手が現れるのを待っていること。
話し終わって、コロンさんは冷めてしまったコーヒーを一口啜りました。
「どう?フォーラちゃん。あなたに重なって見えない?あなたの行く末は、チューマーそのものよ。」
フォーラさんは、呆然と天井を見つめたままです。
コロンさんは言葉を続けます。
「あたしね、どうしてチューマーが『癌』って呼ばれているのかわかったの。覚えてる?ほら、ノデュールさんが最初に言ってたでしょう。
癌細胞は、元は普通の細胞だったもの。それが何かの原因で突然変異して、自分の増殖を抑えきれなくなり、周りに迷惑をかけるの。
チューマーだって、元は普通の人だったのよ。
それが、どこかで道を間違えて、もう取り返しのつかないことになってしまった。
でも、フォーラちゃん。あなたはまだ、間に合うのよ?」
「…。」
フォーラさんが、がたんと席を立ちました。
「フォーラちゃん?」
「…すいません。先輩。私にもう少し時間を下さい…!」
フォーラさんは、くるりと後ろを向くと、廊下に駆け出しました。
コロンさんも慌てて追いかけます。
しかし、先にガレージに駆け込んだフォーラさんが、がちゃりと中から鍵をかけました。
「フォーラちゃん!!」
ガレージの戸に体当たりするコロンさんですが、鋼鉄の戸はびくともしません。
ガレージのシャッターがするすると開き、”アディーナ2号機”が発進していきます。ブースターの熱風に煽られ、コロンさんは目をつむりました。
青い涙のようなブースト光を残し、”アディーナ2号機”は朝もやの中に消えていきました。
コロンさんは、乱れた髪をそのままに、ただそれを見送るのみでした。
風が少し強くなってきたようです。
------------------------------------
丁度同じ頃。
クレストの軍事工場内を、二人の男が並んで歩いていました。
一人は、ジャック=ファイザー少佐。もう一人は、チューマー=マリグナントです。
朝だというのに、工場内は暗く、所々に灯された照明が瞬きのように明滅しています。
二人は、最奥の格納庫へ向かっていました。
「アルピニー准尉から、大体の話はお聞きと思います。
依頼内容は、我が社の新型兵器”ダークネススカイ”のテストです。」
「…ああ。」
「詳細は後ほど、マニュアルでお渡ししますが、操作方法は簡単です。攻撃目標を頭でイメージしていただければ、あとはAIが機体を操作します。」
「…そうか。AIか。」
ファイザー少佐は、淡淡と依頼の内容を説明していきます。
「搭乗の際には、”サイココネクター”と呼ばれるセンサーを頭につけさせていただきます。多少の苦痛を伴いますが、その分、報酬に上乗せしてあります。」
「…構わない。」
「テストの実行は、一ヵ月後です。それまでは、貴校のデータを採らせて頂くため、別館の研究所に待機していただきます。」
「…一ヶ月か。長いな…。」
二人が廊下の突き当りまで来ると、音もなくシャッターが開きました。
暗い格納庫にぱっと明かりが灯ります。
そこには、人型と呼ぶにはやや厳しい形状の巨大兵器が鎮座していました。
”ダークネススカイ”。
黒光りするその異形の悪魔を、チューマーは無言で見つめていました。
工房の寄宿舎では、朝食のホットケーキとコーヒーを前に、コロンさんとフォーラさんが向き合って、無言のまま座っています。
明け方、コロンさんが寄宿舎に帰ると、いくらか傷ついた”アディーナ2号機”が既にガレージに帰っており、ベットには、気まずそうな顔のフォーラさんが座っていました。
それから二人は、ひとことも言葉を交わしていません。
いいかげんコーヒーも冷めてしまった頃、コロンさんが沈黙を破りました。
「フォーラちゃん。昨日の夜、あなた、どこへ行ってたの?あたし、心配したのよ。」
「…すいません。」
「”アディーナ”ちゃんの予備まで持ち出して。無事帰ってきたから良かったようなものの…。
フォーラちゃん、あなた、まだ敵討ちのこと考えていたのね?」
「…。」
フォーラさんはうつむいたままです。
コロンさんは、小さなため息を一つついて、言葉をつなぎました。
「…言うべきかどうか迷ったんだけど。昨日の夜、あなたを探しに町に出て、チューマーを見つけたの。」
「…!」
フォーラさんは、はっと顔を上げました。
コロンさんは、昨夜の教会で見たことを、全て話しました。
チューマーが、自分の行いを悔やみ、悩んでいること。
チューマー自身、大切な人を殺され、敵討ちのためにレイヴンとなったこと。
ついに敵を討った後、目標を失い、ただ殺しを続けるだけの生活を送っていること。
そして、自分を止める相手が現れるのを待っていること。
話し終わって、コロンさんは冷めてしまったコーヒーを一口啜りました。
「どう?フォーラちゃん。あなたに重なって見えない?あなたの行く末は、チューマーそのものよ。」
フォーラさんは、呆然と天井を見つめたままです。
コロンさんは言葉を続けます。
「あたしね、どうしてチューマーが『癌』って呼ばれているのかわかったの。覚えてる?ほら、ノデュールさんが最初に言ってたでしょう。
癌細胞は、元は普通の細胞だったもの。それが何かの原因で突然変異して、自分の増殖を抑えきれなくなり、周りに迷惑をかけるの。
チューマーだって、元は普通の人だったのよ。
それが、どこかで道を間違えて、もう取り返しのつかないことになってしまった。
でも、フォーラちゃん。あなたはまだ、間に合うのよ?」
「…。」
フォーラさんが、がたんと席を立ちました。
「フォーラちゃん?」
「…すいません。先輩。私にもう少し時間を下さい…!」
フォーラさんは、くるりと後ろを向くと、廊下に駆け出しました。
コロンさんも慌てて追いかけます。
しかし、先にガレージに駆け込んだフォーラさんが、がちゃりと中から鍵をかけました。
「フォーラちゃん!!」
ガレージの戸に体当たりするコロンさんですが、鋼鉄の戸はびくともしません。
ガレージのシャッターがするすると開き、”アディーナ2号機”が発進していきます。ブースターの熱風に煽られ、コロンさんは目をつむりました。
青い涙のようなブースト光を残し、”アディーナ2号機”は朝もやの中に消えていきました。
コロンさんは、乱れた髪をそのままに、ただそれを見送るのみでした。
風が少し強くなってきたようです。
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丁度同じ頃。
クレストの軍事工場内を、二人の男が並んで歩いていました。
一人は、ジャック=ファイザー少佐。もう一人は、チューマー=マリグナントです。
朝だというのに、工場内は暗く、所々に灯された照明が瞬きのように明滅しています。
二人は、最奥の格納庫へ向かっていました。
「アルピニー准尉から、大体の話はお聞きと思います。
依頼内容は、我が社の新型兵器”ダークネススカイ”のテストです。」
「…ああ。」
「詳細は後ほど、マニュアルでお渡ししますが、操作方法は簡単です。攻撃目標を頭でイメージしていただければ、あとはAIが機体を操作します。」
「…そうか。AIか。」
ファイザー少佐は、淡淡と依頼の内容を説明していきます。
「搭乗の際には、”サイココネクター”と呼ばれるセンサーを頭につけさせていただきます。多少の苦痛を伴いますが、その分、報酬に上乗せしてあります。」
「…構わない。」
「テストの実行は、一ヵ月後です。それまでは、貴校のデータを採らせて頂くため、別館の研究所に待機していただきます。」
「…一ヶ月か。長いな…。」
二人が廊下の突き当りまで来ると、音もなくシャッターが開きました。
暗い格納庫にぱっと明かりが灯ります。
そこには、人型と呼ぶにはやや厳しい形状の巨大兵器が鎮座していました。
”ダークネススカイ”。
黒光りするその異形の悪魔を、チューマーは無言で見つめていました。
10/02/25 19:04更新 / YY