ある死刑囚の物語(仮称)
※初めに
本作品は、アーマード・コアXを題材にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれます。
0.プロローグ
今日も朝から蒸し暑い…。
8月。もう夏も真っ盛りで、外は薄着になった子どもたちが公園の水場ではしゃぎ、サラリーマン風の中年男性や主婦は、鬱陶しい太陽を時折見あげ、汗をぬぐっている。
そんな状況を何者かによって差し入れられた新聞から知った私は、こうして暇つぶしに、ただ日記じみた文章を綴る。
私のいる部屋も暑い…。特に朝日が直接差し込む東側の壁は、日中あまり近づきたくない。
まぁ、ここは決してホテルの一室でもなければ、ましてや自分の部屋でもなく、単なる独房であるから、当たり前といえば当たり前である。
独房−受刑者を1人だけ入れておく部屋。独居監房。
ベッドと洗面台とトイレとテーブルとイスだけの部屋。
8畳にもみたない四面を分厚い耐火耐爆コンクリートに囲まれ、東の壁には小鳥が通れるくらいの大きさの小窓がある。もちろん強化繊維製。
そして、南の壁には大きく分厚く重たい耐爆耐火ドアがある。
そこにも小さなのぞき窓がついていて、定期的に監視兵が中の様子を確認するため覗き込む。
今こうして、私が日記を記述している間にも、その欲望に満ちた目が何度も私を見ていた。
そういうのには、これまで嫌というほど経験しているし、特に今さら嫌悪を感じることはないので、私はそっけない態度でそれをやり過ごしている。
そう、ここには私の人権はない。いや、正確には私の人権は剥奪されたのも同然だ。
理由は、明白。最近流通し始めたアーマード・コアと呼ばれる新型の戦術機動兵器を駆り、国家中枢区への奇襲を行ったからだ。
世間一般的には、私はこの国で最大最悪のテロ事件を起こした首謀者であり、実行犯として名が通っている。
そして、一週間前。私に司法なき判決が下され、私は死刑となった。
−今さらだが、私は、祖国が自分を救ってくれると信じていた。しかし、それはなかった。
自国と敵国の利害の一致。そして、その背後にいる軍事企業との密約。
事の全てを面会来た者から知らされた時、私は全ての希望を捨てた。
国に捨てられたのだ。そして、私の存在は亡き者にされたのだ。
社会的に死んだ者にされた私に、人権など存在しない。
そして、これから30分後。私は死刑が実行される。
だから、こうして日記として記述しているのは、最後の私なりの悪足掻きなのだ。
自分がこの世にいた存在を残したい。誰でもいいので、誰かが覚えていてほしい。
もしかしたら、そう心のどこかで叶わずとも希望を見いだそうとしているのかもしれない−
突然、ドアの方で誰かと監視兵の話声が聞こえ、エリーゼは筆を止めた。
(…何者?)
ドアの向こうにいるであろう何者かと兵士の会話に耳を傾ける。
「−いいか?会話できるのは5分だけだ。それ以上は許さん。それと、何かトラブルをすれば俺達はアンタと共にあの囚人を殺してもいいことになっている」
「…あぁ、分かっているよ。心配しなくてもいい。すぐに終わる」
その会話の後、分厚いドアのロックが解錠され、扉がゆっくりと開いた。
そして、小柄な、どう見てもこの場と不釣り合いなスーツを着た若い男が入ってきた。
「何かあったら叫んでくれ」
“面倒は起こすなよ”と目で訴える監視兵にその男はコクリと頷き、その者は独房の中へ入ってきた。
そして、分厚いドアが閉まる−
「…日記か。僕が毎日差し入れている新聞や雑誌がネタ作りに役立っているかな?」
その男は開口一番そう告げた。フォルテ・インプレス。
スーツの右胸にある見慣れた企業の刺繍を見ると、彼が何者かはすぐに特定できた。
表向き、様々な事業を展開する国際企業のトップでありながら、実質的には世界の主要行政機関と密接に係わり、政治を動かしてきた人間である。
若くして、世界の全てを手中に入れた男。だが、その華々しい経歴は、今の彼の状態を見るととても想像できなかった。
血の気があまりよくない、やや頬がこけ、やつれが入った顔。せっかくのきれいに整った美系男子が台無しである。
「…世界の覇者が、私のような人間に何の様ですか?」
日記帳を閉じ、エリーゼは彼と距離を取るように席を立った。
「エリーゼ。君は自分を貶し過ぎだ」
その後を追うように、ゆっくりとテーブルの側へと歩み寄る。
「確かに表向き君はこの国の天敵主だ。だが、僕の目は違う。君は、これから来る時代の救世主になる」
そして、彼女がつけていた日記帳を指でなぞりながらそう続けた。
「貴方、何が目的?今さら私がもっている情報で、どこかの国を揺さぶろうというの?」
嫌悪感を覚えたエリーゼは、眉間に皺をよせそう聞き返した。
「それもいいが…。残念ながら、今格別こうしたいという国はないし、何かをしようという気もないよ。むしろ−」
クスッと口元で笑い、
「この世界はもうじき終わる。その流れは、この僕でさえ止められない」
彼は右手の一指し指を立てそう続けた。
「…今回の一件。まさか、貴方が?」
「時間がない。担当直入に言おう。これはビジネスだ」
急に声のトーンが変わる。そして、それと同時に彼の雰囲気も変わった。
「僕は今、人の進化を促す研究を行っている。そして、それが完成すれば人の可能性はさらに広がり、そして、それは新たな世界を生み出すかもしれない」
静かに力強くフォルテは、エリーゼに熱弁する。
「君は今日、これから30分後に死ぬ。死を齎す薬によって。そして、その肉体と魂はこの見知らぬ土地のどこかに埋められ、肥しにされる」
そして、彼はエリーゼの前にやってきて、彼女を見上げた。
「君という存在が、この世界によって完全に抹消されるんだ。これまで君はこの世界のために尽くしてきたのにね…」
「何が言いたいの…?」
「君の魂と、君の肉体。僕に売ってくれないか?」
しばしの間。そして、
「飛んだ変態ね、あなた…」
蔑んだ目でエリーゼはフォルテを見た。
「そうじゃなきゃ、今ここに僕はいないよ。この世を統べるには、変態で異端じゃなきゃ駄目なんだよ」
それに嬉しそうな目でフォルテは視線を返す。
「…―いいわ。気にいった。どうせ死ぬのだから、この『私』を、貴方に売ってやるわ」
「では、交渉成立だね」
そう告げて、彼は胸元から折りたたまれた契約書とペンを取りだした。
「ここにサインを」
彼に勧められ、エリーゼはペンを取り、その書類に契約のサインをした。表題は、“魂の電子化”。
「時間だ−」
彼女がサインを書き終わった時、監視兵がそう告げてフォルテに出ていくように諭した。
彼は去り際、『いつか、また会おう』と告げた。
エリーゼは答えた。
「また会うことがあれば、ね−」
重い扉の閉まる音で、その言葉は遮れた。
死。
肉体の死。
魂の死。
存在の死。
モルモットのように、貼り付けられたベッドの上で、今まさに死にゆこうという時、彼女はふと考えていた。
フォルテの言葉。新聞と共に時折彼からのメッセージらしきものが紛れ込んでいた。
哲学者じみた言葉の数々。偏った物の考え方、捉え方。
彼自身、病魔に肉体を侵されていた。しかも、手がつけられないぐらいに。
それ故の一つの悟りの境地だったのだろうか?
彼の考えは、大衆の考えで言えば、一言でそれは変態であり、異端者であった。
だが、彼は先言った。『この世を統べるには、変態で異端じゃなきゃ駄目なんだよ』と。
先交わした契約も、恐らくエリーゼが考えもつかないくらい深い彼の考えの一部なのかもしれない。
ただ、少なくとも自分は何らかの形でこの世に跡を残すことができそうだ。
少なくとも最も恐れていた事態は回避することができた。あの変態という名の異端者によって。
ゆっくりと着実に、死へと誘う薬がエリーゼを眠りへと誘う。
思っていたよりもそれは早く、確実に肉体が活動を停止していく…。
薄れゆく意識の中、最後に彼女が見えたのは、走馬灯でも、処置室の電灯でも、執行人の顔でも、両親や友人らの顔でもなく、最初の任務で生き別れた初恋の相手の顔だった。
(あの時、もう少し利口にやれば、よかったなぁ…−)
おぼろげな彼女の思いは、刹那、無限の闇に呑まれた−
0.終
本作品は、アーマード・コアXを題材にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれます。
0.プロローグ
今日も朝から蒸し暑い…。
8月。もう夏も真っ盛りで、外は薄着になった子どもたちが公園の水場ではしゃぎ、サラリーマン風の中年男性や主婦は、鬱陶しい太陽を時折見あげ、汗をぬぐっている。
そんな状況を何者かによって差し入れられた新聞から知った私は、こうして暇つぶしに、ただ日記じみた文章を綴る。
私のいる部屋も暑い…。特に朝日が直接差し込む東側の壁は、日中あまり近づきたくない。
まぁ、ここは決してホテルの一室でもなければ、ましてや自分の部屋でもなく、単なる独房であるから、当たり前といえば当たり前である。
独房−受刑者を1人だけ入れておく部屋。独居監房。
ベッドと洗面台とトイレとテーブルとイスだけの部屋。
8畳にもみたない四面を分厚い耐火耐爆コンクリートに囲まれ、東の壁には小鳥が通れるくらいの大きさの小窓がある。もちろん強化繊維製。
そして、南の壁には大きく分厚く重たい耐爆耐火ドアがある。
そこにも小さなのぞき窓がついていて、定期的に監視兵が中の様子を確認するため覗き込む。
今こうして、私が日記を記述している間にも、その欲望に満ちた目が何度も私を見ていた。
そういうのには、これまで嫌というほど経験しているし、特に今さら嫌悪を感じることはないので、私はそっけない態度でそれをやり過ごしている。
そう、ここには私の人権はない。いや、正確には私の人権は剥奪されたのも同然だ。
理由は、明白。最近流通し始めたアーマード・コアと呼ばれる新型の戦術機動兵器を駆り、国家中枢区への奇襲を行ったからだ。
世間一般的には、私はこの国で最大最悪のテロ事件を起こした首謀者であり、実行犯として名が通っている。
そして、一週間前。私に司法なき判決が下され、私は死刑となった。
−今さらだが、私は、祖国が自分を救ってくれると信じていた。しかし、それはなかった。
自国と敵国の利害の一致。そして、その背後にいる軍事企業との密約。
事の全てを面会来た者から知らされた時、私は全ての希望を捨てた。
国に捨てられたのだ。そして、私の存在は亡き者にされたのだ。
社会的に死んだ者にされた私に、人権など存在しない。
そして、これから30分後。私は死刑が実行される。
だから、こうして日記として記述しているのは、最後の私なりの悪足掻きなのだ。
自分がこの世にいた存在を残したい。誰でもいいので、誰かが覚えていてほしい。
もしかしたら、そう心のどこかで叶わずとも希望を見いだそうとしているのかもしれない−
突然、ドアの方で誰かと監視兵の話声が聞こえ、エリーゼは筆を止めた。
(…何者?)
ドアの向こうにいるであろう何者かと兵士の会話に耳を傾ける。
「−いいか?会話できるのは5分だけだ。それ以上は許さん。それと、何かトラブルをすれば俺達はアンタと共にあの囚人を殺してもいいことになっている」
「…あぁ、分かっているよ。心配しなくてもいい。すぐに終わる」
その会話の後、分厚いドアのロックが解錠され、扉がゆっくりと開いた。
そして、小柄な、どう見てもこの場と不釣り合いなスーツを着た若い男が入ってきた。
「何かあったら叫んでくれ」
“面倒は起こすなよ”と目で訴える監視兵にその男はコクリと頷き、その者は独房の中へ入ってきた。
そして、分厚いドアが閉まる−
「…日記か。僕が毎日差し入れている新聞や雑誌がネタ作りに役立っているかな?」
その男は開口一番そう告げた。フォルテ・インプレス。
スーツの右胸にある見慣れた企業の刺繍を見ると、彼が何者かはすぐに特定できた。
表向き、様々な事業を展開する国際企業のトップでありながら、実質的には世界の主要行政機関と密接に係わり、政治を動かしてきた人間である。
若くして、世界の全てを手中に入れた男。だが、その華々しい経歴は、今の彼の状態を見るととても想像できなかった。
血の気があまりよくない、やや頬がこけ、やつれが入った顔。せっかくのきれいに整った美系男子が台無しである。
「…世界の覇者が、私のような人間に何の様ですか?」
日記帳を閉じ、エリーゼは彼と距離を取るように席を立った。
「エリーゼ。君は自分を貶し過ぎだ」
その後を追うように、ゆっくりとテーブルの側へと歩み寄る。
「確かに表向き君はこの国の天敵主だ。だが、僕の目は違う。君は、これから来る時代の救世主になる」
そして、彼女がつけていた日記帳を指でなぞりながらそう続けた。
「貴方、何が目的?今さら私がもっている情報で、どこかの国を揺さぶろうというの?」
嫌悪感を覚えたエリーゼは、眉間に皺をよせそう聞き返した。
「それもいいが…。残念ながら、今格別こうしたいという国はないし、何かをしようという気もないよ。むしろ−」
クスッと口元で笑い、
「この世界はもうじき終わる。その流れは、この僕でさえ止められない」
彼は右手の一指し指を立てそう続けた。
「…今回の一件。まさか、貴方が?」
「時間がない。担当直入に言おう。これはビジネスだ」
急に声のトーンが変わる。そして、それと同時に彼の雰囲気も変わった。
「僕は今、人の進化を促す研究を行っている。そして、それが完成すれば人の可能性はさらに広がり、そして、それは新たな世界を生み出すかもしれない」
静かに力強くフォルテは、エリーゼに熱弁する。
「君は今日、これから30分後に死ぬ。死を齎す薬によって。そして、その肉体と魂はこの見知らぬ土地のどこかに埋められ、肥しにされる」
そして、彼はエリーゼの前にやってきて、彼女を見上げた。
「君という存在が、この世界によって完全に抹消されるんだ。これまで君はこの世界のために尽くしてきたのにね…」
「何が言いたいの…?」
「君の魂と、君の肉体。僕に売ってくれないか?」
しばしの間。そして、
「飛んだ変態ね、あなた…」
蔑んだ目でエリーゼはフォルテを見た。
「そうじゃなきゃ、今ここに僕はいないよ。この世を統べるには、変態で異端じゃなきゃ駄目なんだよ」
それに嬉しそうな目でフォルテは視線を返す。
「…―いいわ。気にいった。どうせ死ぬのだから、この『私』を、貴方に売ってやるわ」
「では、交渉成立だね」
そう告げて、彼は胸元から折りたたまれた契約書とペンを取りだした。
「ここにサインを」
彼に勧められ、エリーゼはペンを取り、その書類に契約のサインをした。表題は、“魂の電子化”。
「時間だ−」
彼女がサインを書き終わった時、監視兵がそう告げてフォルテに出ていくように諭した。
彼は去り際、『いつか、また会おう』と告げた。
エリーゼは答えた。
「また会うことがあれば、ね−」
重い扉の閉まる音で、その言葉は遮れた。
死。
肉体の死。
魂の死。
存在の死。
モルモットのように、貼り付けられたベッドの上で、今まさに死にゆこうという時、彼女はふと考えていた。
フォルテの言葉。新聞と共に時折彼からのメッセージらしきものが紛れ込んでいた。
哲学者じみた言葉の数々。偏った物の考え方、捉え方。
彼自身、病魔に肉体を侵されていた。しかも、手がつけられないぐらいに。
それ故の一つの悟りの境地だったのだろうか?
彼の考えは、大衆の考えで言えば、一言でそれは変態であり、異端者であった。
だが、彼は先言った。『この世を統べるには、変態で異端じゃなきゃ駄目なんだよ』と。
先交わした契約も、恐らくエリーゼが考えもつかないくらい深い彼の考えの一部なのかもしれない。
ただ、少なくとも自分は何らかの形でこの世に跡を残すことができそうだ。
少なくとも最も恐れていた事態は回避することができた。あの変態という名の異端者によって。
ゆっくりと着実に、死へと誘う薬がエリーゼを眠りへと誘う。
思っていたよりもそれは早く、確実に肉体が活動を停止していく…。
薄れゆく意識の中、最後に彼女が見えたのは、走馬灯でも、処置室の電灯でも、執行人の顔でも、両親や友人らの顔でもなく、最初の任務で生き別れた初恋の相手の顔だった。
(あの時、もう少し利口にやれば、よかったなぁ…−)
おぼろげな彼女の思いは、刹那、無限の闇に呑まれた−
0.終
12/03/29 21:17更新 / F.S.S.(作者サムソン)