第6話
※初めに
本作品は、アーマード・コアXを元にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれます。
ARMORED CORE X
Spirit of Salvation
6.『最後の攻防戦(後篇)』
閃光。
硝煙。
爆発。
轟音。
目まぐるしく、目の前で事が移り変わっていく。
「ハァァッ…!!」
烈火のごとく、人機一体となったジュンは、愛機タイプTLの左腕を思いっきり振り出した。
風を切り、特殊金属で形成された刃が敵の頭部へと向かっていく−
だが、次の瞬間それは寸前の所でゆらりと交わされ、変わりにジュンの視界へ銃口が入った。
「ッ…?!」
歯を食いしばって声にならない声を漏らし、ブースト制御のフットペダルを思いっきり踏み込む。
後方へ飛びながらのハイブースト。
タイプTLが一機分の回避スペースを確保した瞬間、GLKの右手に握られたバトルライフルが火を噴いた。
飛んでくる炸薬弾をタイプTLは、八艘跳びのように跳び、駆けまわって当たらぬよう回避していく。
素早く動く相手に苛立ったのか、さらに左手のプラズマガンも構え、放ってきた。
それを確認したジュンの耳へ警告音が飛び込んでくる。
後方から敵機。数は二機。
「クソッ…!!」
背後に迫る機動兵器の気配を察したジュンは、愛機の右足が地についたと同時に、それを軸にして反転した。
「邪魔だ!」
その両手には、ガトリングガンとショットガンが握られている。
刹那の咆哮。複数の弾丸が眼前の兵器を容赦なく鉄屑に変える−
「敵に背を向けるとは…、愚かだな−」
それを狙っていたGLKがタイプTLに照準を合わせた。
「そういうお前もな!」
…が、刹那上空より跳んできたライフル弾がGLKの装甲を削り取った−
舌打ちし、リグシヴはブーストと味方機を利用し、タイプTLから大きく間合いを取る。
「サンキュー、リューク!」
空から降りてきたタイプTRに敬礼のような仕草をしながら、ジュンは改めて自機の状態を確認する。
稼働限界まで、残り30パーセント。
タイプTRも恐らくそれ前後だ。
敵機の数は目の前のGLKを入れて、10機。
改めて大多数の敵機相手にここまでやれたと思う。
長期間戦闘を維持できたのは、出撃前にタイプTRにある左右のハンガー搭載武装をオミットし、予備の携帯弾奏に換装したからだ。
時折タイプTRから銃器の弾を補充しながら、かつ連携で戦ってきたので、消耗を最小限に抑えることができた。
(…あとは、目の前のボスキャラをどう倒すか、だな)
改めてジュンが身構えた時、外部スピーカーを通してリグシヴの鼻で笑う声が聞こえた。
「実に惜しい。実に惜しいな。お前達」
“クククッ…”とせせら笑いながら、リグシヴは言う。
「何がおかしい。ついに狂気で気までふれたか?」
冷たく突き放すようにリュークが答える。
「お前達のような実力があるものが、何もできない小娘のために命を張るのが、実におかしくてたまらないのだよ…」
「黙れ!貴様もかつてはあの街のために戦っていた者だろう…!?」
リュークのその問いにリグシヴは、“そういう時もあったか”とあっけらかんとした様子で答えた。
「だが、今は過去の話をするために来たのではない。残念だが、お前たちにはここで視ていてもらおう」
「どういう意味だ?」
「私は“道化師(ピエロ)”だよ」
それを聞いて、リュークは堪らず“クソッ!”と叫んだ。
「ジュン!嵌められた!これは陽動だ!」
「何だって!?」
「もう遅いッ!」
残る味方を引き連れ、二人へと襲いかかるGLK。
「街へは急襲用の殲滅兵器を派遣した!お前達はゲームオーバーだ!」
“アハハハハッ…!!”と狂ったように笑うリグシヴ。−いや、完全に狂っていた。
気がふれた、というべきか。それは息子を失ったことからなのか、それとも狂気のテロ集団を立ちあげた時からなのか、それは今となっては分からない。
ただ、分かっていることは、この狂人に二人は応戦し、倒さなければならないこと。
そして、一刻も早く街へと戻ることだった…
長い通路の先、兵士に“こちらです”と通されたイグニスとエリーゼは、ある格納庫に足を踏み入れていた。
「軽量2脚か…」
目の前に鎮座する鋼鉄の巨兵を見て、イグニスは声を上げる。
(これ…、私が昔乗っていた機体?どうしてここに?)
エリーゼは、内心驚きながら、だがそれを決して表情に出すことなく、それを見つめる。
「Phantom(ファントム)バージョンL。先代代表であった“ユーリ”はそう呼んでいた」
声がした方を見ると、女性の様にウェーブのかかった長い髪を伸ばし、白衣を着た男が立っていた。
「アンタは?」
「クラークソン・S・クラリオン。僕の事は、クラークソンと呼んでくれ」
そう自己紹介しながら、イグニスの前にやってきた彼は、イグニスを頭のてっぺんからつま先まで視るような仕草をして、そして、彼の後ろへ回ると、
「ふむ…」
と、一人相槌を打ちながらそうつぶやいた。
「何だよ、人をじろじろ見て…」
目くじら立て、イグニスはクラークソンに言う。
「いや、ブラッド姉妹が君を“救世主”のように言っていたからね。どんな男か気になっていたんだ」
と、はにかみながらクラークソンは答えると、イグニスの後ろにいたエリーゼへ視線を向け、
「でも、なんとなくだけど普通の感じじゃないね。ちょっと変わった空気持っているよ、君。そして、隣の貴女も−」
目付きを一瞬鋭く変え、そう続けた。
「…それはどういう意味かしら、ミスタークラークソン」
それにサラリと笑顔で訊き返すエリーゼ。どことなくだが、顔が引きつっているように見える。
「あぁ、気に障ったら謝るよ。色々とあるとね、変な習性がついてしまって…」
“あはは”と苦笑いしながらクラークソンは平謝りする。先の言葉は何かの確信犯だったのだろうか?
「ところで、これの説明をしてくれるんじゃないのか?」
場に流れ始めた気不味い雰囲気を読み取ってか、イグニスは強い口調で話を切り出した。
「そうだね、今は一刻を争うんだ。手短に説明する−」
そういうとクラークソンはイグニスをACのコクピットと案内した。
開かれたコクピットハッチでイグニスは、半身だけ入れるようにして、コクピットの中を覗き込んだ。
その中は、タイプOと同じく普通のACにはないサブコンソールが取り付けられていた。
「このACは、元々此処で発掘された技術研究用らしき機体にユーリが武装を取り付けたものだ」
「だから、余計なものがついているわけか」
“タイプOと同じか”とイグニスは小さくため息をついた。
「まぁ、元々は研究用だからね」
「−戦えないわけじゃないんでしょう?」
エリーゼの問いにクラークソンは“問題ない”と手短に答えた。
「じゃあ、これには私が搭乗します」
「「えっ?」」
その言葉にイグニスとクラークソンの声が重なった。
「イグニスは“戦闘専門”じゃない。これから戦場に戻るのに、プロが乗っていないとACもただの人形よ」
“昔から、餅は餅屋といいますし”と彼女は付け加え、コクピットへ体を滑り込ませる。
そして、手慣れた手付きでコンソールを操作し、機体の電源を起動させた。
目まぐるしい速さで内蔵された機体管制コンピュータが作動を開始し、連動してジェネレーターや各種センサー類が作動を開始する。
「…どうやら彼女の言うことは間違いないようだ。イグニス。君には特注のヘリとパイロットスーツを用意するよ」
それを見ていたクラークソンはため息交じりに、しかし、どこか楽しげに、イグニスへそう告げると、キャットウォークを歩き始めた。
「それって、新手のブラック・ジョークか?」
呆れた様子でイグニスは言葉を返し、彼の後を追う。
5分後。
森の中に、大きな□のスペースがあった。
整地され、コンクリートの敷地に、大きなヘリポート兼発射台。
まるでジャングルジムのように組まれたそれに巨大な輸送ヘリと、それとワイヤーで連結されたファントムの姿があった。
連結作業が終わり、今まさに飛び立たんとしている。
『それじゃあ、二人とも。気をつけて−』
通信機越しに、レベッカは二人にそう告げた。
「あぁ。アンタにはまだ訊きたいことが山ほどある。必ず戻るさ」
パイロットスーツに身を包んだイグニスは、手慣れた手付きで各種機器をチェックしながらそう告げた。
「イグニス、行きましょう」
エリーゼの言葉に促され、イグニスは短く“了解”とだけ答えると、スロットルを開けた。
左右二つのローターの回転が上がり、ACを吊り下げヘリは飛翔する。
やがて、それは機体の前方を傾かせると風を切り、黒き森の空を駆け抜けた−
“陽だまりの街”にある広杉邸に不穏な空気が流れ始めていた。
理由は、数分前に確認された敵の部隊。
報告によれば、ほぼ無人機で構成されたソレらは、規模は小さいものの、その中に含まれる一個体が、司令のフィーナに衝撃を与えた。
“タイプD No.5”
そう呼ばれるソレは、ACをはるかにしのぐ巨体に重火器と重装甲で身を固め、投入された場所でプログラムされた対象を破壊し尽くまで戦闘をやめない殲滅兵器である。
(あの男は、もうこの街の事などどうでもいいのかもしれない…)
目の前にある中継モニター画面の中で、繰り広げられる防衛ラインの戦闘映像を見ながら、フィーナはそう思った。
画面の中で、街の外壁に設置したセントリーガンとわずかに残った砲台が目標を認識し、再び攻撃を開始する。
対機動兵器用であり、本来なら並みのACであれば侵攻をためらうほどの銃撃を受けてもなお、その鋼の暴君は侵攻をやめない。
タイプDは、目的地へ侵攻するのに阻害するそれらを認識すると、一斉に両手の火器を掃射し始めた。
瞬く間に、火線はそれを上回る業火にやられ、街が火に包まれる−
「クッ−」
映像が途切れ砂嵐になった画面を見ながら、フィーナは堪らず口昼を強くかみしめた。
“冗談じゃない”
それが心の中に浮かんだ第一声。
“勝てるわけがない−…。いや、勝つのではない”
それが次に出てきた言葉だった。
「残っている戦力は全てアレの足止めに廻しなさい!なんとしてでも、“彼ら”が戻ってくるまで耐えるのです!!」
右手を振り、指令室にいる部下へ号令を飛ばす。
指示を受け、兵士たちが慌しく動き、様々な怒号や言葉が乱れ跳ぶ。そして、視線を隣のレオナへ飛ばした。
「レオナさん。リュークやジュンさんたちの様子は?」
「駄目です!先までモニタリングできていたのですけど、ジャミングが酷くて…」
何も映さない、何も届けない通信機器を睨みつけながら、レオナは焦りと心配を顔に浮かべ、フィーナへ答えた。
「…信じましょう。彼らは必ず帰ってきます」
フィーナはそれに対し、レオナの肩に静かに右手をおいて、落ち着いた口調で静かにそう告げた。
彼女なりの、精いっぱいの励ましだった。
「司令!第二、第三防衛ライン突破されました!!」
だが、フィーナの心を砕くかのように形勢不利の報告は続く。
今のままではここが10分と持たない。
「司令!敵機中央、高エネルギー反応!」
それに部屋の空気が凍りついた。
タイプDは、分かっている。ここがこの街の頭脳であることを。
モニタリングされ、映し出された画像には大きく開いた胸部に主砲らしきものを展開し、禍々しいエネルギーを帯びたタイプDが映っていた。
それを確認した兵士数人が慌てて部屋を飛び出す。また、ある者は逃げようと席を立つ。
だが、それが全て無意味であることをフィーナとレオナは直感で感じ取った。あの“劫火”はそんな生易しいものではない。
「お父様…」
今まさに放たれんとする劫火を前にフィーナは胸の前で握りこぶしを作り、目を閉じて小さくつぶやいた。
だが−
それが放たれることはなかった−
『いっけえぇぇぇッ………!!!』
聞き覚えのある声にフィーナは閉じていた目を驚いたように見開いた−
それと同時に画面の中でタイプDがよろめき、町中へ倒れ、空へ向け一瞬閃光を放った後、爆発した。
“特攻”
いや、これは特攻ではない。空中魚雷のような何かだ。
タイプDの制御AIは一瞬何が起こったか、理解できなかった。
ただ言えることは胸部に大きな質量を受け、それとほぼ同時にそれが爆発したこと。
そして、その衝突の衝撃で姿勢を崩し、さらに爆発によって胸部に蓄積されていた膨大なエネルギーが流失。主兵装のキャノン砲が破裂し、ダメージを負ったということだった。
各部を支える巨大なサーボモーターとスラスターを必死で動かし、タイプDは立ちあがる。
再び立ちあがり、目標の方角へカメラアイを向けると、そこに先にはない新たな二つの熱源反応があった。
「…輸送ヘリを胸部に喰らってまだ動くとはね」
エリーゼは、落ち着いた口調で独白した。初見とはいえ、タイプDがただの兵器ではないことを彼女は感じ取っていた。
「エリーゼ。お前も相当キレてるよ。ヘリを自動操縦で“アレにぶつける”なんて…」
通信機越し、エリーゼの声を聞いてイグニスは答える。
目の前では各部システムが目まぐるしい速さで立ちあがり、内蔵COMが“戦闘モード起動します”と告げていた。
思い返せば、ヘリを一旦市内で下ろし、広杉邸へと向かったイグニスは、タイプ0へと搭乗した。
誰一人いない仮設の作業場でタイプ0はほぼ全修復さされた姿で主の搭乗を待っていた。
“あのジュンっていう人がやってくれたんだな…”
右手で微かに読み取った情報から察し、イグニスは機体を飛ばす。
そして、その間にエリーゼの手によって座標指定されたヘリは人を乗せず再び飛び立ち、そして、今に至るわけである。
「代表、待たせたな。アレは俺たちがなんとかするから、今のうちに安全なところまで退避して、態勢を整えてくれ」
通信を通して、一方的にそう告げてイグニスはブースト制御のフットペダルを強く踏み込んだ。
タイプ0は、背に強い光を吹いて、砲弾のごとく街を駆けた−
イグニスたちがタイプDと交戦を開始したその頃。
朽ち果てた名もなき戦場での戦いもクライマックスを迎えようとしていた。
「シャハアァァァッ………!!!」
狂いきった精神からなのか、リグシヴは狂気を含んだ笑いの様な奇声を上げながら、トリガーの引き金を引いた。
連動してGLKがガトリングガンとプラズマガンを乱れ撃つ。
それは狙い定めたものではない、ただの乱射だった。
(コイツ…、どんどん機動が鬼畜じみたものになっている…?!頭がイッてやがる…!)
一定の距離を保ち、ハイブーストと周囲の廃墟で飛んでくる弾丸の嵐を交わしながら、ジュンは踏み込む時をねらっていた。
「ジュン!もうこれ以上は私でも持たないぞ…!」
通信機越しでリュークの余裕がない叫び声が飛ぶ。
少し離れた場所でリュークのタイプTRは、GLKと共に現れた僚機である機動兵器数機と相手していた。
タイプTRの弾丸も残りわずか。そうなれば残る兵装はブーストチャージしかない。
この戦いに終止符を打つには、やはりリーダー機であるGLKを撃破するしかない。
「ハハハッ、どうする!?どうする!?流れの傭兵!!お前の今の兵装で私を倒せるか?!」
リグシヴは手を緩めない。弾が尽きることを忘れているのか、それともこれも計算のうちなのか、逃げるタイプTLを周到に追いまわす撃ち方をしてくる。
近接・機動戦闘主体のソルジット・タイプTLにとって、重装甲・重兵装のGLKはやりつらい相手だ。
ジュンはチラリとサブモニターに映る愛機の残弾を見た。
銃器は、右のガトリングガン“LOWENZAHN GT21”が残り30発。左のショットガン“KO−3K/NOCTUIDAE”が残り1発。
そして、サブで持つ右のパイルバンカーが残り1発。そして−
(それらが無くなったら、俺が鍛えたブレード“刹羅”だけだ)
BD−0 MURAKUMO型ブレードをベースに刀身を特殊合金で換えたオンリーワンの実剣。
それが最後の兵装であると同時に、ジュンの切り札だった。
「一か八か…!」
ジュンは機体を制御しながら、右手をコンソールに伸ばし、表示画面を見ないまま素早く何かを打ちこんだ。
(親友、アンタの残した戦闘プログラム、使わせてもらうぜ…)
次の瞬間、画面に”プログラムロック解除”の表示が流れると、途端にタイプTLは地面を大きく蹴り、旋回しながらGLKと向かい合うように止まった。
「スクランブル・ブーストッ…!!」
ジュンが叫んだ刹那、コクピットモニターに強いノイズが入り、画面が大きく乱れると同時にジェネレーターが設定された出力限界を超え、暴走を始める。
「…!?」
異変に気付いたリグシヴが機体の動きを止めようとした刹那、タイプTLは突如弾丸のごとくGLKの懐へと飛び込んできた。
(な…んだと−!?)
リグシヴがそれを認識した瞬間、激しい打撃音と共にGLKは大きく弾き飛ばされた。
「ぐッ…!?」
息を詰まらせたリグシヴが最後に視たタイプTLは、表面の塗装が熱でチヂれ、風で剥がしながら修羅と化していた。
『不明なプログラムが実行されました。システムに深刻なエラーが発生しています。ただちに使用を−』
コクピット内では、各種警告音と共に操縦者へ使用中止を訴えるCOMの声が響く。
身を容赦なく襲う高Gの中、コクピットに座るジュンはいつものジュン・クロスフォードではなかった。
そこには、野獣のような瞳で獲物を狙う狩人がいた。
容赦なく怯んだGLKのコアへ、グライドブースト状態でタイプTLは右手のガトリングガンをほぼゼロ距離で放った−
弾切れのアラートが響く中、眼前の分厚いGLKのコア装甲に亀裂が入り始める。
「叩きこむ!!」
右手のガトリングガンを投げ捨てながら、間髪いれず左手のショットガンの銃口をコアへ押し付け、さらに追撃の一撃を叩きこむ−
「あがぁァァ−…!?」
ショットガンがその銃身を裂きながらGLKのコアを形成するフレームが軋み、装甲が砕ける−
「ストライクッ!」
ジュンの鋭い視線は相手の急所を捕えて離さない。彼の意思を体現するかのように神槍のような一撃がGLKを射抜く−
“パイルバンカー”
紙くず同然の装甲が裂け、フレームに鉄杭が撃ち込まれる−
刹那、炸薬が破裂。バンカーが右腕からパージされる。
その時、既にタイプTLは、左手にBD−0 MURAKUMO“刹羅”を構え居合抜きのような姿勢を取っていた。
「エンドォッ…!!」
そして、GLKのボディを横にかまいたちのような一閃が駆け抜ける−
その斬られた勢いのまま、コントロールを失ったGLKは廃墟へと突っ込んだ。
次の瞬間、大きく炎と砂塵が舞い上がり、この戦いに決着がついたことを告げた。
それと同時にタイプTLもオーバーロードした各部から白い煙を上げ、沈黙した。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
サウナルームと同等になったコクピットでジュンは口を大きく開き、うなだれながら、愛機のカメラアイの映像を視た。
センサーにGLKの反応はない−
「倒したのか…?」
横目で指揮官を失い、繊維を失い逃げる敵軍を横目で見ながら、それをリュークも確認した。
機をタイプTLの側へ着地させ、未だ砂塵の上がる廃ビルを視る。
大きく深呼吸をし、息を整えジュンは目の前の大穴を凝視した。そして、
「…リューク。あの男は、どうやら人間やめたらしいぜ…」
そう小さく告げる。
それに“どういうことだ?”とリュークが聞き返そうとした時、砂塵の中に蠢く影が現れた。
「そんな…、バカな!?」
リュークが目を大きく見開き、驚きの声を上げる。
“GLKだ”
二人の意思が目の前のシルエットの正体を認識する。
「やれやれ…。全身全霊、全力全開、全弾叩きこむ、フルアタックだったのになぁ…」
タイプTLは左手に残る唯一の武器であるブレードを構える。
「クソッ…」
タイプTRも残り数発のライフルを構える。
やがて砂塵から腹部が割れ、人型を辛うじて保っているAC“GLK”が現れた。
「ド−ヤラ…、ワタシは…−でオワ…ら…ぃ…」
ノイズ交じり、途切れ途切れに機械のような声がスピーカーから聞こえてくる。
「リグシヴ…。貴様−」
壊れたGLKのコクピット。そこに乗っているリグシヴ・ウェーバーという人間は既に死んでいた。
しかし、そこに人らしき機械が、焼けた皮膚の間から見えるその機械の紅い瞳をこちらへ向け、何かを語ろうとしている。
「…ダガ、お前たちも−…オワリ…」
GLKがゆっくりとその身を崩壊させながら、二機の方へと歩いてくる。
「“アレ”は止ま−ナイ…。例え、トリニティシス……で−っても−!?」
刹那、ジェネレーター内に残っていた可燃物に引火したのかGLKのコアらしきものから大きく火柱が上がった。
思わずリュークとジュンは、息をのみ、背筋に冷や汗が流れる。
「フフ…。ハ…fuhaッ…、ハッhaッ…ahhhhhハハhhッ………!!!」
刹那、大きく燃え盛りながらリグシヴは、GLKは、二機へと獣のごとく飛びあがり、襲い掛かる−…が、
“バキンッ”と火柱を貫き、一発の銃弾がGLKの腰を射抜き、刹那GLKはバラバラに爆散した。
「何だ?何が…」
何が起こったか、分からないジュンに対し、リュークは冷静だった。
「間違いない。キャノンタイプの−」
リュークの口調が変わる。
「えっ?」
ジュンがタイプTRの方を見た時、タイプTRは銃弾が飛んできた方を向いていた。
『久しぶりだな。アルトセーレ…』
通信機からジュンにとって聞きなれぬ初老らしき男の声が聞こえてくる。
それと同時に息が詰まりそうな殺気じみた強い視線を感じ、ジュンは動けなくなった。これほどまでの殺気は、自分の探す“あの男”と同じだった。
リュークにとっては、聞き覚えのあるあの男の声だった。静かに、しかし、今まで視たことが無いくらい顔を怒りに歪ませ、リュークは辺りを睨みつける。
「どこにいる?スモークマン…。黄泉へと送り届けてやる…」
『随分いきり立っているな?…まぁ、いい。今日は顔見せだ。いずれ正式に挨拶に参ろう』
そう告げ、通信は一方的に切れた。
やがて周囲を包んでいた“殺気じみた空気”も消える。
「リューク、今のは…?」
訊ねるジュンの言葉を無視し、リュークは愛機の向きを街の方へ向け、ブースターを点火した。
「ジュン、街へと急ぐぞ」
冷たく突き放す口調でそう告げグライドブーストを起動する−
「お、おぅ」
彼の知っているリュークとは違う今の彼にジュンは戸惑いを感じながらも、彼のタイプTRの後を追うように自身も愛機のブースターを点火させた。
もはやそこに“陽だまりの街”と呼ばれる街はない。そこは、ある組織の最終兵器と街の最後の防衛ラインがぶつかる戦場だ。
破壊の限りを尽くされたコンクリートの街に巨人兵が一つ。
そして、それを倒すべく戦う二つの光。
イグニスにとって、これが初めてのACによる本格戦闘になった。
「イグニスッ!!とにかく動き回って!!逃げるのよ!!」
エリーゼの指示が飛ぶ。目の前には、飛んでくるミサイルの束。
「あ、あぁ!!」
Δ(トリニティ)システムのサポートなのか、イグニスの頭の中に連続で回避機動が送り届けられてくる。
それに従い、イグニスも機体を制御し、ギリギリの回避機動でミサイルを交わす。
後方では真新しい炎の壁が空へ向かって立ち上っている。
その壁を貫き、ファントムは、右手のライフルと左手の榴弾砲をタイプDへと向け、その懐へと素早く駆け込む−
そして、ロックオン。
放たれた弾丸が連続で火花と火炎を生み、やがてそれが大きな火柱へと変わった。
“確実に敵兵器へダメージを与える”
エリーゼにとって、それが対大型兵器の対処法だった。
例えどんなに巨大だろうと、どんな化物だろうと、確実に物理的なダメージは発生し、それは蓄積されてゆく。
やがて、それは弱点の発見につながり、しいては敵機の撃破にもつながる。
全ては、遠い昔に習ったことだ。
“こんなことが、今となって役立つとは…”と、言葉に出さず呆れ、エリーゼは機体を飛ばす。
「すげぇ…。火力のない機体でタイプDを手玉にとっている…」
ロックオンしたタイプDの右背部ミサイルランチャーへ追加装備された左手のライフルと右手のガトリングガンを乱射しながら、イグニスは驚いていた。
“やはり、彼女は只者ではない”
そう思いながら、右手の武装をブレードへ切り替え、眼前の巨大な兵装に斬りかかる。
「俺だって!!」
大きな火花を散らしながら、レーザーブレードの刃が鋼鉄を焼き切る−
大きな爆炎を上げ、右背部のミサイルランチャーが爆散した。
既にその時、タイプ0はタイプDとの間合いを取るべく、空中でハイブーストを吹かし、後退。それは全てシステムの想定通り。だが−
「!?」
眼前に上がる黒煙を着きやぶり、目の前を蔽う巨大な掌は想定できなかった。
「イグニス!」
エリーゼの目の前で、まるで蚊を叩き落とすかのようにタイプDの右手が振り下ろされ、タイプ0は、無人と化したビルへと叩きつけられた。
大きな砂塵を上げ、タイプ0は崩れたビルの中へとその体をめり込ませた。
そこへ容赦なくタイプDの右手の先から複数の火線がそのビルへと掃射される。
「ガッァ−……!?」
激しい衝撃に息を詰まらせ、身を捩らせるイグニス。
激しく内部、外部にプラズマや火花が走る。
ACそのものに設計以上の強い力がかかった証拠だ。
『稼働限界までわずかです。回避を最優先にしてください−』
警告音と共にモニターがブラックアウト。飛んできた一発の弾丸でカメラアイがやられた。
(やられるのか…)
「イグニス!脱出しろ!」
無線の向こう、エリーゼが叫ぶ。
(脱出しろって…。体がまともに動かないのに−)
血の味がする口元を食いしばり、イグニスはぼやける視界の中、手探りで必死にコクピット内でハッチの強制解放レバーを探す。
タイプDは、時機に部位の欠損を齎したACを『最優先に排除すべき目標』と設定し、止めと刺すべく、両手の砲身をビルの建屋内にめり込んだそれへと向ける。
「イグニスッ!!チィッ!!」
ファントムが榴弾砲とバトルライフルを握り、駆ける−
“間に合わない!!”
エリーゼの顔に初めて感情が露わになった。
不思議なことだった。こんなにも赤の他人の為に心が揺れることなど、この世界で目覚めた頃の彼女は想像できただろうか…。
“何でこんな気持ちになる!?”
眠る前の世界で、こんなシーンは幾度も経験した。そして、その結果こんな気持ちなど等に枯れ果ててしまっていたとエリーゼは思っていた。
“もしかして、私は−”
眼前に見える砲身に光が灯る。
“あの青年が…、『彼』と似た存在だから…。だからッ!”
『システム、Atroposを確認。Klothoとのデータリンクを開始』
頭の中に響いた声にエリーゼはハッとして、刹那黙り込んだ。
『システム、Klothoを確認。リンク開始』
イグニスははっきりとそのコンピュータの声を聞きとると、同時に脳内に強い電気の様な物を感じ、意識を失った。
人の手を離れた両者が背部に強い光を灯してそれぞれその場から消える―
タイプDは、突然消えた敵の反応にロックオンエラーを起こし、そして、すぐに消えた目標を探すべく、索敵モードで周囲を調べる。
そして、少し離れたビルの屋上にいる両者を発見した。
大破寸前のタイプ0は跪き、その肩へ白と紫で象られたACが手を置いている。
「『状況データ、分析完了。機動データ、統合完了』」
エリーゼは小さく、まるでコンピュータのように淡々とつぶやく。
「『システムバックアップのため、タイプ0より生体ユニットを分離』」
紅き瞳がタイプ0の胸部を視た瞬間。タイプ0のコクピットハッチが小さな爆発を上げて弾け飛び、刹那力なくそこからイグニスが滑り落ちた。
それを横目で確認するとエリーゼは無人となったタイプ0を立たせ、タイプDへと向き直った。
「『ターゲット再確認。目標、敵巨大兵器…。排除を開始する』」
彼女の人ではない紅き瞳が、ACのカメラアイが、タイプDを捕えた次の瞬間、ファントムはグライドブーストでその場から飛び出した。
それと寸分狂いなく、無人と化したタイプ0も同じようにグライドブーストで飛びだす。
それを視たタイプDは、こちらへ向かってくる二機へ全ての砲身を向け、掃射を開始する。
まさに弾幕地獄。だが、その地獄の中をまるでサーフィンでもするかのように両者は華麗に宙を舞い、そして、時には近くの高層ビルを蹴り、華麗に避けながら、タイプDとの距離を詰める。
その間にAtroposとKlothoと呼ばれる高度なシステムプログラムは、この戦いを終結させる戦術を導き出していた。
「『タイプ0、攻撃開始』」
エリーゼの命令に従うように、ボロボロのタイプ0はガトリングガンを壊れたタイプDの胸部へ向け掃射しながら、自身もその進路を胸部へと向けた。
主砲であるプラズマ砲が壊れ、今はそれを支えていた架橋部だけとなったタイプDの胸部。
そこが現状でこの巨大兵器を倒せる唯一のチャンスだった。そこだけ他よりも『装甲が薄い』。
やがて、タイプ0が近接戦域へと踏み込む。直線的な機動となり、弾丸のごとくタイプDの胸部へと突っ込む。
その身は飛んでくる弾丸でボロボロに朽ち果てながら、それでもシステムの命令するプログラムに忠実に従い、グライドブーストのまま、右足を大きく着き出し、構えた。
刹那、激しい打撃音と共に機体が、タイプDの胸部へ突き刺さる。
グライドブーストからのブーストチャージ。タイプ0のフルパワーブーストチャージがリクシヴの時と同様に装甲を歪ませ、内部機構を露わにさせる。
弾幕の嵐が一瞬止む。大きくタイプDがその巨体を仰け反らせる。
「『ありがとう。そして、さよなら…』」
ファントムのライフルがロックオン。ロックオンするのは、タイプDへとめり込んだAC“タイプ0”。
放たれた弾丸がタイプ0の白き装甲を射抜き、刹那爆散。
それを受けたタイプDの内部機構は、断末魔の様な機械が壊れる音を上げ、街の地面へと倒れこんだ。
そして、激しく何回も爆散。
最後に周囲に強い衝撃波を齎すとともに大きなきのこ雲が上げ、その巨体は果てた…。
「………」
我に返ったエリーゼは、眼前に広がる光景に言葉を失っていた。
“コレは、自分がやったことなのか?”
目の前に広がる巨大な炎。爆散し、燃え盛る敵機。もはや廃墟と化した街。
「私…、ヒッ―」
気づけば、日が落ちようとしている。
その光景を見ながら、薄ら映った自身の横顔に気づき、彼女は顔を歪ませ、声にならない悲痛な声を上げた…。
その日。
Phantom Childrenと呼ばれる異教徒テログループは崩壊した。
しかし、それと同時に”陽だまりの街”と呼ばれる街は壊滅的な損害を受けた…。
そして、一つの戦いの終わりは、また新たな戦いの始まりでもあった。
6.『最後の攻防戦(後篇)』
終
あとがき
すみません、大変遅くなりました(滝汗
な〜かなか、落ち着いて、かつコレに集中して書く時間が取れず&悪いだらけ癖が出てしまい…―、もう反省しまくりです。
とりあえず、今回で"陽だまりの街"編は終わりです。
次回からは、新作『RDの奇妙な大冒険』が始まりますw
…ウソです。酔っ払いの悪い冗談です(ォィ
改めてこれからの展望を話しますと、次回から主観をイグニスやエリーゼからある人物に移して、その人中心で物語を描こうと考えています。
その中には、かつて10年近く前に私が書いていたAC小説作品のネタや人物も入れるつもりです。(ごく一部の分かる人しか分からないネタですみません)
ただし、私が社会人となり、それなりに時間経過して、物の見方やとらえ方も変わっているため、恐らくそのまま使うことはないと思います。
まぁ、とにもかくにも、次回は10月末〜11月上旬頃投稿予定です。
本作品は、アーマード・コアXを元にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれます。
ARMORED CORE X
Spirit of Salvation
6.『最後の攻防戦(後篇)』
閃光。
硝煙。
爆発。
轟音。
目まぐるしく、目の前で事が移り変わっていく。
「ハァァッ…!!」
烈火のごとく、人機一体となったジュンは、愛機タイプTLの左腕を思いっきり振り出した。
風を切り、特殊金属で形成された刃が敵の頭部へと向かっていく−
だが、次の瞬間それは寸前の所でゆらりと交わされ、変わりにジュンの視界へ銃口が入った。
「ッ…?!」
歯を食いしばって声にならない声を漏らし、ブースト制御のフットペダルを思いっきり踏み込む。
後方へ飛びながらのハイブースト。
タイプTLが一機分の回避スペースを確保した瞬間、GLKの右手に握られたバトルライフルが火を噴いた。
飛んでくる炸薬弾をタイプTLは、八艘跳びのように跳び、駆けまわって当たらぬよう回避していく。
素早く動く相手に苛立ったのか、さらに左手のプラズマガンも構え、放ってきた。
それを確認したジュンの耳へ警告音が飛び込んでくる。
後方から敵機。数は二機。
「クソッ…!!」
背後に迫る機動兵器の気配を察したジュンは、愛機の右足が地についたと同時に、それを軸にして反転した。
「邪魔だ!」
その両手には、ガトリングガンとショットガンが握られている。
刹那の咆哮。複数の弾丸が眼前の兵器を容赦なく鉄屑に変える−
「敵に背を向けるとは…、愚かだな−」
それを狙っていたGLKがタイプTLに照準を合わせた。
「そういうお前もな!」
…が、刹那上空より跳んできたライフル弾がGLKの装甲を削り取った−
舌打ちし、リグシヴはブーストと味方機を利用し、タイプTLから大きく間合いを取る。
「サンキュー、リューク!」
空から降りてきたタイプTRに敬礼のような仕草をしながら、ジュンは改めて自機の状態を確認する。
稼働限界まで、残り30パーセント。
タイプTRも恐らくそれ前後だ。
敵機の数は目の前のGLKを入れて、10機。
改めて大多数の敵機相手にここまでやれたと思う。
長期間戦闘を維持できたのは、出撃前にタイプTRにある左右のハンガー搭載武装をオミットし、予備の携帯弾奏に換装したからだ。
時折タイプTRから銃器の弾を補充しながら、かつ連携で戦ってきたので、消耗を最小限に抑えることができた。
(…あとは、目の前のボスキャラをどう倒すか、だな)
改めてジュンが身構えた時、外部スピーカーを通してリグシヴの鼻で笑う声が聞こえた。
「実に惜しい。実に惜しいな。お前達」
“クククッ…”とせせら笑いながら、リグシヴは言う。
「何がおかしい。ついに狂気で気までふれたか?」
冷たく突き放すようにリュークが答える。
「お前達のような実力があるものが、何もできない小娘のために命を張るのが、実におかしくてたまらないのだよ…」
「黙れ!貴様もかつてはあの街のために戦っていた者だろう…!?」
リュークのその問いにリグシヴは、“そういう時もあったか”とあっけらかんとした様子で答えた。
「だが、今は過去の話をするために来たのではない。残念だが、お前たちにはここで視ていてもらおう」
「どういう意味だ?」
「私は“道化師(ピエロ)”だよ」
それを聞いて、リュークは堪らず“クソッ!”と叫んだ。
「ジュン!嵌められた!これは陽動だ!」
「何だって!?」
「もう遅いッ!」
残る味方を引き連れ、二人へと襲いかかるGLK。
「街へは急襲用の殲滅兵器を派遣した!お前達はゲームオーバーだ!」
“アハハハハッ…!!”と狂ったように笑うリグシヴ。−いや、完全に狂っていた。
気がふれた、というべきか。それは息子を失ったことからなのか、それとも狂気のテロ集団を立ちあげた時からなのか、それは今となっては分からない。
ただ、分かっていることは、この狂人に二人は応戦し、倒さなければならないこと。
そして、一刻も早く街へと戻ることだった…
長い通路の先、兵士に“こちらです”と通されたイグニスとエリーゼは、ある格納庫に足を踏み入れていた。
「軽量2脚か…」
目の前に鎮座する鋼鉄の巨兵を見て、イグニスは声を上げる。
(これ…、私が昔乗っていた機体?どうしてここに?)
エリーゼは、内心驚きながら、だがそれを決して表情に出すことなく、それを見つめる。
「Phantom(ファントム)バージョンL。先代代表であった“ユーリ”はそう呼んでいた」
声がした方を見ると、女性の様にウェーブのかかった長い髪を伸ばし、白衣を着た男が立っていた。
「アンタは?」
「クラークソン・S・クラリオン。僕の事は、クラークソンと呼んでくれ」
そう自己紹介しながら、イグニスの前にやってきた彼は、イグニスを頭のてっぺんからつま先まで視るような仕草をして、そして、彼の後ろへ回ると、
「ふむ…」
と、一人相槌を打ちながらそうつぶやいた。
「何だよ、人をじろじろ見て…」
目くじら立て、イグニスはクラークソンに言う。
「いや、ブラッド姉妹が君を“救世主”のように言っていたからね。どんな男か気になっていたんだ」
と、はにかみながらクラークソンは答えると、イグニスの後ろにいたエリーゼへ視線を向け、
「でも、なんとなくだけど普通の感じじゃないね。ちょっと変わった空気持っているよ、君。そして、隣の貴女も−」
目付きを一瞬鋭く変え、そう続けた。
「…それはどういう意味かしら、ミスタークラークソン」
それにサラリと笑顔で訊き返すエリーゼ。どことなくだが、顔が引きつっているように見える。
「あぁ、気に障ったら謝るよ。色々とあるとね、変な習性がついてしまって…」
“あはは”と苦笑いしながらクラークソンは平謝りする。先の言葉は何かの確信犯だったのだろうか?
「ところで、これの説明をしてくれるんじゃないのか?」
場に流れ始めた気不味い雰囲気を読み取ってか、イグニスは強い口調で話を切り出した。
「そうだね、今は一刻を争うんだ。手短に説明する−」
そういうとクラークソンはイグニスをACのコクピットと案内した。
開かれたコクピットハッチでイグニスは、半身だけ入れるようにして、コクピットの中を覗き込んだ。
その中は、タイプOと同じく普通のACにはないサブコンソールが取り付けられていた。
「このACは、元々此処で発掘された技術研究用らしき機体にユーリが武装を取り付けたものだ」
「だから、余計なものがついているわけか」
“タイプOと同じか”とイグニスは小さくため息をついた。
「まぁ、元々は研究用だからね」
「−戦えないわけじゃないんでしょう?」
エリーゼの問いにクラークソンは“問題ない”と手短に答えた。
「じゃあ、これには私が搭乗します」
「「えっ?」」
その言葉にイグニスとクラークソンの声が重なった。
「イグニスは“戦闘専門”じゃない。これから戦場に戻るのに、プロが乗っていないとACもただの人形よ」
“昔から、餅は餅屋といいますし”と彼女は付け加え、コクピットへ体を滑り込ませる。
そして、手慣れた手付きでコンソールを操作し、機体の電源を起動させた。
目まぐるしい速さで内蔵された機体管制コンピュータが作動を開始し、連動してジェネレーターや各種センサー類が作動を開始する。
「…どうやら彼女の言うことは間違いないようだ。イグニス。君には特注のヘリとパイロットスーツを用意するよ」
それを見ていたクラークソンはため息交じりに、しかし、どこか楽しげに、イグニスへそう告げると、キャットウォークを歩き始めた。
「それって、新手のブラック・ジョークか?」
呆れた様子でイグニスは言葉を返し、彼の後を追う。
5分後。
森の中に、大きな□のスペースがあった。
整地され、コンクリートの敷地に、大きなヘリポート兼発射台。
まるでジャングルジムのように組まれたそれに巨大な輸送ヘリと、それとワイヤーで連結されたファントムの姿があった。
連結作業が終わり、今まさに飛び立たんとしている。
『それじゃあ、二人とも。気をつけて−』
通信機越しに、レベッカは二人にそう告げた。
「あぁ。アンタにはまだ訊きたいことが山ほどある。必ず戻るさ」
パイロットスーツに身を包んだイグニスは、手慣れた手付きで各種機器をチェックしながらそう告げた。
「イグニス、行きましょう」
エリーゼの言葉に促され、イグニスは短く“了解”とだけ答えると、スロットルを開けた。
左右二つのローターの回転が上がり、ACを吊り下げヘリは飛翔する。
やがて、それは機体の前方を傾かせると風を切り、黒き森の空を駆け抜けた−
“陽だまりの街”にある広杉邸に不穏な空気が流れ始めていた。
理由は、数分前に確認された敵の部隊。
報告によれば、ほぼ無人機で構成されたソレらは、規模は小さいものの、その中に含まれる一個体が、司令のフィーナに衝撃を与えた。
“タイプD No.5”
そう呼ばれるソレは、ACをはるかにしのぐ巨体に重火器と重装甲で身を固め、投入された場所でプログラムされた対象を破壊し尽くまで戦闘をやめない殲滅兵器である。
(あの男は、もうこの街の事などどうでもいいのかもしれない…)
目の前にある中継モニター画面の中で、繰り広げられる防衛ラインの戦闘映像を見ながら、フィーナはそう思った。
画面の中で、街の外壁に設置したセントリーガンとわずかに残った砲台が目標を認識し、再び攻撃を開始する。
対機動兵器用であり、本来なら並みのACであれば侵攻をためらうほどの銃撃を受けてもなお、その鋼の暴君は侵攻をやめない。
タイプDは、目的地へ侵攻するのに阻害するそれらを認識すると、一斉に両手の火器を掃射し始めた。
瞬く間に、火線はそれを上回る業火にやられ、街が火に包まれる−
「クッ−」
映像が途切れ砂嵐になった画面を見ながら、フィーナは堪らず口昼を強くかみしめた。
“冗談じゃない”
それが心の中に浮かんだ第一声。
“勝てるわけがない−…。いや、勝つのではない”
それが次に出てきた言葉だった。
「残っている戦力は全てアレの足止めに廻しなさい!なんとしてでも、“彼ら”が戻ってくるまで耐えるのです!!」
右手を振り、指令室にいる部下へ号令を飛ばす。
指示を受け、兵士たちが慌しく動き、様々な怒号や言葉が乱れ跳ぶ。そして、視線を隣のレオナへ飛ばした。
「レオナさん。リュークやジュンさんたちの様子は?」
「駄目です!先までモニタリングできていたのですけど、ジャミングが酷くて…」
何も映さない、何も届けない通信機器を睨みつけながら、レオナは焦りと心配を顔に浮かべ、フィーナへ答えた。
「…信じましょう。彼らは必ず帰ってきます」
フィーナはそれに対し、レオナの肩に静かに右手をおいて、落ち着いた口調で静かにそう告げた。
彼女なりの、精いっぱいの励ましだった。
「司令!第二、第三防衛ライン突破されました!!」
だが、フィーナの心を砕くかのように形勢不利の報告は続く。
今のままではここが10分と持たない。
「司令!敵機中央、高エネルギー反応!」
それに部屋の空気が凍りついた。
タイプDは、分かっている。ここがこの街の頭脳であることを。
モニタリングされ、映し出された画像には大きく開いた胸部に主砲らしきものを展開し、禍々しいエネルギーを帯びたタイプDが映っていた。
それを確認した兵士数人が慌てて部屋を飛び出す。また、ある者は逃げようと席を立つ。
だが、それが全て無意味であることをフィーナとレオナは直感で感じ取った。あの“劫火”はそんな生易しいものではない。
「お父様…」
今まさに放たれんとする劫火を前にフィーナは胸の前で握りこぶしを作り、目を閉じて小さくつぶやいた。
だが−
それが放たれることはなかった−
『いっけえぇぇぇッ………!!!』
聞き覚えのある声にフィーナは閉じていた目を驚いたように見開いた−
それと同時に画面の中でタイプDがよろめき、町中へ倒れ、空へ向け一瞬閃光を放った後、爆発した。
“特攻”
いや、これは特攻ではない。空中魚雷のような何かだ。
タイプDの制御AIは一瞬何が起こったか、理解できなかった。
ただ言えることは胸部に大きな質量を受け、それとほぼ同時にそれが爆発したこと。
そして、その衝突の衝撃で姿勢を崩し、さらに爆発によって胸部に蓄積されていた膨大なエネルギーが流失。主兵装のキャノン砲が破裂し、ダメージを負ったということだった。
各部を支える巨大なサーボモーターとスラスターを必死で動かし、タイプDは立ちあがる。
再び立ちあがり、目標の方角へカメラアイを向けると、そこに先にはない新たな二つの熱源反応があった。
「…輸送ヘリを胸部に喰らってまだ動くとはね」
エリーゼは、落ち着いた口調で独白した。初見とはいえ、タイプDがただの兵器ではないことを彼女は感じ取っていた。
「エリーゼ。お前も相当キレてるよ。ヘリを自動操縦で“アレにぶつける”なんて…」
通信機越し、エリーゼの声を聞いてイグニスは答える。
目の前では各部システムが目まぐるしい速さで立ちあがり、内蔵COMが“戦闘モード起動します”と告げていた。
思い返せば、ヘリを一旦市内で下ろし、広杉邸へと向かったイグニスは、タイプ0へと搭乗した。
誰一人いない仮設の作業場でタイプ0はほぼ全修復さされた姿で主の搭乗を待っていた。
“あのジュンっていう人がやってくれたんだな…”
右手で微かに読み取った情報から察し、イグニスは機体を飛ばす。
そして、その間にエリーゼの手によって座標指定されたヘリは人を乗せず再び飛び立ち、そして、今に至るわけである。
「代表、待たせたな。アレは俺たちがなんとかするから、今のうちに安全なところまで退避して、態勢を整えてくれ」
通信を通して、一方的にそう告げてイグニスはブースト制御のフットペダルを強く踏み込んだ。
タイプ0は、背に強い光を吹いて、砲弾のごとく街を駆けた−
イグニスたちがタイプDと交戦を開始したその頃。
朽ち果てた名もなき戦場での戦いもクライマックスを迎えようとしていた。
「シャハアァァァッ………!!!」
狂いきった精神からなのか、リグシヴは狂気を含んだ笑いの様な奇声を上げながら、トリガーの引き金を引いた。
連動してGLKがガトリングガンとプラズマガンを乱れ撃つ。
それは狙い定めたものではない、ただの乱射だった。
(コイツ…、どんどん機動が鬼畜じみたものになっている…?!頭がイッてやがる…!)
一定の距離を保ち、ハイブーストと周囲の廃墟で飛んでくる弾丸の嵐を交わしながら、ジュンは踏み込む時をねらっていた。
「ジュン!もうこれ以上は私でも持たないぞ…!」
通信機越しでリュークの余裕がない叫び声が飛ぶ。
少し離れた場所でリュークのタイプTRは、GLKと共に現れた僚機である機動兵器数機と相手していた。
タイプTRの弾丸も残りわずか。そうなれば残る兵装はブーストチャージしかない。
この戦いに終止符を打つには、やはりリーダー機であるGLKを撃破するしかない。
「ハハハッ、どうする!?どうする!?流れの傭兵!!お前の今の兵装で私を倒せるか?!」
リグシヴは手を緩めない。弾が尽きることを忘れているのか、それともこれも計算のうちなのか、逃げるタイプTLを周到に追いまわす撃ち方をしてくる。
近接・機動戦闘主体のソルジット・タイプTLにとって、重装甲・重兵装のGLKはやりつらい相手だ。
ジュンはチラリとサブモニターに映る愛機の残弾を見た。
銃器は、右のガトリングガン“LOWENZAHN GT21”が残り30発。左のショットガン“KO−3K/NOCTUIDAE”が残り1発。
そして、サブで持つ右のパイルバンカーが残り1発。そして−
(それらが無くなったら、俺が鍛えたブレード“刹羅”だけだ)
BD−0 MURAKUMO型ブレードをベースに刀身を特殊合金で換えたオンリーワンの実剣。
それが最後の兵装であると同時に、ジュンの切り札だった。
「一か八か…!」
ジュンは機体を制御しながら、右手をコンソールに伸ばし、表示画面を見ないまま素早く何かを打ちこんだ。
(親友、アンタの残した戦闘プログラム、使わせてもらうぜ…)
次の瞬間、画面に”プログラムロック解除”の表示が流れると、途端にタイプTLは地面を大きく蹴り、旋回しながらGLKと向かい合うように止まった。
「スクランブル・ブーストッ…!!」
ジュンが叫んだ刹那、コクピットモニターに強いノイズが入り、画面が大きく乱れると同時にジェネレーターが設定された出力限界を超え、暴走を始める。
「…!?」
異変に気付いたリグシヴが機体の動きを止めようとした刹那、タイプTLは突如弾丸のごとくGLKの懐へと飛び込んできた。
(な…んだと−!?)
リグシヴがそれを認識した瞬間、激しい打撃音と共にGLKは大きく弾き飛ばされた。
「ぐッ…!?」
息を詰まらせたリグシヴが最後に視たタイプTLは、表面の塗装が熱でチヂれ、風で剥がしながら修羅と化していた。
『不明なプログラムが実行されました。システムに深刻なエラーが発生しています。ただちに使用を−』
コクピット内では、各種警告音と共に操縦者へ使用中止を訴えるCOMの声が響く。
身を容赦なく襲う高Gの中、コクピットに座るジュンはいつものジュン・クロスフォードではなかった。
そこには、野獣のような瞳で獲物を狙う狩人がいた。
容赦なく怯んだGLKのコアへ、グライドブースト状態でタイプTLは右手のガトリングガンをほぼゼロ距離で放った−
弾切れのアラートが響く中、眼前の分厚いGLKのコア装甲に亀裂が入り始める。
「叩きこむ!!」
右手のガトリングガンを投げ捨てながら、間髪いれず左手のショットガンの銃口をコアへ押し付け、さらに追撃の一撃を叩きこむ−
「あがぁァァ−…!?」
ショットガンがその銃身を裂きながらGLKのコアを形成するフレームが軋み、装甲が砕ける−
「ストライクッ!」
ジュンの鋭い視線は相手の急所を捕えて離さない。彼の意思を体現するかのように神槍のような一撃がGLKを射抜く−
“パイルバンカー”
紙くず同然の装甲が裂け、フレームに鉄杭が撃ち込まれる−
刹那、炸薬が破裂。バンカーが右腕からパージされる。
その時、既にタイプTLは、左手にBD−0 MURAKUMO“刹羅”を構え居合抜きのような姿勢を取っていた。
「エンドォッ…!!」
そして、GLKのボディを横にかまいたちのような一閃が駆け抜ける−
その斬られた勢いのまま、コントロールを失ったGLKは廃墟へと突っ込んだ。
次の瞬間、大きく炎と砂塵が舞い上がり、この戦いに決着がついたことを告げた。
それと同時にタイプTLもオーバーロードした各部から白い煙を上げ、沈黙した。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
サウナルームと同等になったコクピットでジュンは口を大きく開き、うなだれながら、愛機のカメラアイの映像を視た。
センサーにGLKの反応はない−
「倒したのか…?」
横目で指揮官を失い、繊維を失い逃げる敵軍を横目で見ながら、それをリュークも確認した。
機をタイプTLの側へ着地させ、未だ砂塵の上がる廃ビルを視る。
大きく深呼吸をし、息を整えジュンは目の前の大穴を凝視した。そして、
「…リューク。あの男は、どうやら人間やめたらしいぜ…」
そう小さく告げる。
それに“どういうことだ?”とリュークが聞き返そうとした時、砂塵の中に蠢く影が現れた。
「そんな…、バカな!?」
リュークが目を大きく見開き、驚きの声を上げる。
“GLKだ”
二人の意思が目の前のシルエットの正体を認識する。
「やれやれ…。全身全霊、全力全開、全弾叩きこむ、フルアタックだったのになぁ…」
タイプTLは左手に残る唯一の武器であるブレードを構える。
「クソッ…」
タイプTRも残り数発のライフルを構える。
やがて砂塵から腹部が割れ、人型を辛うじて保っているAC“GLK”が現れた。
「ド−ヤラ…、ワタシは…−でオワ…ら…ぃ…」
ノイズ交じり、途切れ途切れに機械のような声がスピーカーから聞こえてくる。
「リグシヴ…。貴様−」
壊れたGLKのコクピット。そこに乗っているリグシヴ・ウェーバーという人間は既に死んでいた。
しかし、そこに人らしき機械が、焼けた皮膚の間から見えるその機械の紅い瞳をこちらへ向け、何かを語ろうとしている。
「…ダガ、お前たちも−…オワリ…」
GLKがゆっくりとその身を崩壊させながら、二機の方へと歩いてくる。
「“アレ”は止ま−ナイ…。例え、トリニティシス……で−っても−!?」
刹那、ジェネレーター内に残っていた可燃物に引火したのかGLKのコアらしきものから大きく火柱が上がった。
思わずリュークとジュンは、息をのみ、背筋に冷や汗が流れる。
「フフ…。ハ…fuhaッ…、ハッhaッ…ahhhhhハハhhッ………!!!」
刹那、大きく燃え盛りながらリグシヴは、GLKは、二機へと獣のごとく飛びあがり、襲い掛かる−…が、
“バキンッ”と火柱を貫き、一発の銃弾がGLKの腰を射抜き、刹那GLKはバラバラに爆散した。
「何だ?何が…」
何が起こったか、分からないジュンに対し、リュークは冷静だった。
「間違いない。キャノンタイプの−」
リュークの口調が変わる。
「えっ?」
ジュンがタイプTRの方を見た時、タイプTRは銃弾が飛んできた方を向いていた。
『久しぶりだな。アルトセーレ…』
通信機からジュンにとって聞きなれぬ初老らしき男の声が聞こえてくる。
それと同時に息が詰まりそうな殺気じみた強い視線を感じ、ジュンは動けなくなった。これほどまでの殺気は、自分の探す“あの男”と同じだった。
リュークにとっては、聞き覚えのあるあの男の声だった。静かに、しかし、今まで視たことが無いくらい顔を怒りに歪ませ、リュークは辺りを睨みつける。
「どこにいる?スモークマン…。黄泉へと送り届けてやる…」
『随分いきり立っているな?…まぁ、いい。今日は顔見せだ。いずれ正式に挨拶に参ろう』
そう告げ、通信は一方的に切れた。
やがて周囲を包んでいた“殺気じみた空気”も消える。
「リューク、今のは…?」
訊ねるジュンの言葉を無視し、リュークは愛機の向きを街の方へ向け、ブースターを点火した。
「ジュン、街へと急ぐぞ」
冷たく突き放す口調でそう告げグライドブーストを起動する−
「お、おぅ」
彼の知っているリュークとは違う今の彼にジュンは戸惑いを感じながらも、彼のタイプTRの後を追うように自身も愛機のブースターを点火させた。
もはやそこに“陽だまりの街”と呼ばれる街はない。そこは、ある組織の最終兵器と街の最後の防衛ラインがぶつかる戦場だ。
破壊の限りを尽くされたコンクリートの街に巨人兵が一つ。
そして、それを倒すべく戦う二つの光。
イグニスにとって、これが初めてのACによる本格戦闘になった。
「イグニスッ!!とにかく動き回って!!逃げるのよ!!」
エリーゼの指示が飛ぶ。目の前には、飛んでくるミサイルの束。
「あ、あぁ!!」
Δ(トリニティ)システムのサポートなのか、イグニスの頭の中に連続で回避機動が送り届けられてくる。
それに従い、イグニスも機体を制御し、ギリギリの回避機動でミサイルを交わす。
後方では真新しい炎の壁が空へ向かって立ち上っている。
その壁を貫き、ファントムは、右手のライフルと左手の榴弾砲をタイプDへと向け、その懐へと素早く駆け込む−
そして、ロックオン。
放たれた弾丸が連続で火花と火炎を生み、やがてそれが大きな火柱へと変わった。
“確実に敵兵器へダメージを与える”
エリーゼにとって、それが対大型兵器の対処法だった。
例えどんなに巨大だろうと、どんな化物だろうと、確実に物理的なダメージは発生し、それは蓄積されてゆく。
やがて、それは弱点の発見につながり、しいては敵機の撃破にもつながる。
全ては、遠い昔に習ったことだ。
“こんなことが、今となって役立つとは…”と、言葉に出さず呆れ、エリーゼは機体を飛ばす。
「すげぇ…。火力のない機体でタイプDを手玉にとっている…」
ロックオンしたタイプDの右背部ミサイルランチャーへ追加装備された左手のライフルと右手のガトリングガンを乱射しながら、イグニスは驚いていた。
“やはり、彼女は只者ではない”
そう思いながら、右手の武装をブレードへ切り替え、眼前の巨大な兵装に斬りかかる。
「俺だって!!」
大きな火花を散らしながら、レーザーブレードの刃が鋼鉄を焼き切る−
大きな爆炎を上げ、右背部のミサイルランチャーが爆散した。
既にその時、タイプ0はタイプDとの間合いを取るべく、空中でハイブーストを吹かし、後退。それは全てシステムの想定通り。だが−
「!?」
眼前に上がる黒煙を着きやぶり、目の前を蔽う巨大な掌は想定できなかった。
「イグニス!」
エリーゼの目の前で、まるで蚊を叩き落とすかのようにタイプDの右手が振り下ろされ、タイプ0は、無人と化したビルへと叩きつけられた。
大きな砂塵を上げ、タイプ0は崩れたビルの中へとその体をめり込ませた。
そこへ容赦なくタイプDの右手の先から複数の火線がそのビルへと掃射される。
「ガッァ−……!?」
激しい衝撃に息を詰まらせ、身を捩らせるイグニス。
激しく内部、外部にプラズマや火花が走る。
ACそのものに設計以上の強い力がかかった証拠だ。
『稼働限界までわずかです。回避を最優先にしてください−』
警告音と共にモニターがブラックアウト。飛んできた一発の弾丸でカメラアイがやられた。
(やられるのか…)
「イグニス!脱出しろ!」
無線の向こう、エリーゼが叫ぶ。
(脱出しろって…。体がまともに動かないのに−)
血の味がする口元を食いしばり、イグニスはぼやける視界の中、手探りで必死にコクピット内でハッチの強制解放レバーを探す。
タイプDは、時機に部位の欠損を齎したACを『最優先に排除すべき目標』と設定し、止めと刺すべく、両手の砲身をビルの建屋内にめり込んだそれへと向ける。
「イグニスッ!!チィッ!!」
ファントムが榴弾砲とバトルライフルを握り、駆ける−
“間に合わない!!”
エリーゼの顔に初めて感情が露わになった。
不思議なことだった。こんなにも赤の他人の為に心が揺れることなど、この世界で目覚めた頃の彼女は想像できただろうか…。
“何でこんな気持ちになる!?”
眠る前の世界で、こんなシーンは幾度も経験した。そして、その結果こんな気持ちなど等に枯れ果ててしまっていたとエリーゼは思っていた。
“もしかして、私は−”
眼前に見える砲身に光が灯る。
“あの青年が…、『彼』と似た存在だから…。だからッ!”
『システム、Atroposを確認。Klothoとのデータリンクを開始』
頭の中に響いた声にエリーゼはハッとして、刹那黙り込んだ。
『システム、Klothoを確認。リンク開始』
イグニスははっきりとそのコンピュータの声を聞きとると、同時に脳内に強い電気の様な物を感じ、意識を失った。
人の手を離れた両者が背部に強い光を灯してそれぞれその場から消える―
タイプDは、突然消えた敵の反応にロックオンエラーを起こし、そして、すぐに消えた目標を探すべく、索敵モードで周囲を調べる。
そして、少し離れたビルの屋上にいる両者を発見した。
大破寸前のタイプ0は跪き、その肩へ白と紫で象られたACが手を置いている。
「『状況データ、分析完了。機動データ、統合完了』」
エリーゼは小さく、まるでコンピュータのように淡々とつぶやく。
「『システムバックアップのため、タイプ0より生体ユニットを分離』」
紅き瞳がタイプ0の胸部を視た瞬間。タイプ0のコクピットハッチが小さな爆発を上げて弾け飛び、刹那力なくそこからイグニスが滑り落ちた。
それを横目で確認するとエリーゼは無人となったタイプ0を立たせ、タイプDへと向き直った。
「『ターゲット再確認。目標、敵巨大兵器…。排除を開始する』」
彼女の人ではない紅き瞳が、ACのカメラアイが、タイプDを捕えた次の瞬間、ファントムはグライドブーストでその場から飛び出した。
それと寸分狂いなく、無人と化したタイプ0も同じようにグライドブーストで飛びだす。
それを視たタイプDは、こちらへ向かってくる二機へ全ての砲身を向け、掃射を開始する。
まさに弾幕地獄。だが、その地獄の中をまるでサーフィンでもするかのように両者は華麗に宙を舞い、そして、時には近くの高層ビルを蹴り、華麗に避けながら、タイプDとの距離を詰める。
その間にAtroposとKlothoと呼ばれる高度なシステムプログラムは、この戦いを終結させる戦術を導き出していた。
「『タイプ0、攻撃開始』」
エリーゼの命令に従うように、ボロボロのタイプ0はガトリングガンを壊れたタイプDの胸部へ向け掃射しながら、自身もその進路を胸部へと向けた。
主砲であるプラズマ砲が壊れ、今はそれを支えていた架橋部だけとなったタイプDの胸部。
そこが現状でこの巨大兵器を倒せる唯一のチャンスだった。そこだけ他よりも『装甲が薄い』。
やがて、タイプ0が近接戦域へと踏み込む。直線的な機動となり、弾丸のごとくタイプDの胸部へと突っ込む。
その身は飛んでくる弾丸でボロボロに朽ち果てながら、それでもシステムの命令するプログラムに忠実に従い、グライドブーストのまま、右足を大きく着き出し、構えた。
刹那、激しい打撃音と共に機体が、タイプDの胸部へ突き刺さる。
グライドブーストからのブーストチャージ。タイプ0のフルパワーブーストチャージがリクシヴの時と同様に装甲を歪ませ、内部機構を露わにさせる。
弾幕の嵐が一瞬止む。大きくタイプDがその巨体を仰け反らせる。
「『ありがとう。そして、さよなら…』」
ファントムのライフルがロックオン。ロックオンするのは、タイプDへとめり込んだAC“タイプ0”。
放たれた弾丸がタイプ0の白き装甲を射抜き、刹那爆散。
それを受けたタイプDの内部機構は、断末魔の様な機械が壊れる音を上げ、街の地面へと倒れこんだ。
そして、激しく何回も爆散。
最後に周囲に強い衝撃波を齎すとともに大きなきのこ雲が上げ、その巨体は果てた…。
「………」
我に返ったエリーゼは、眼前に広がる光景に言葉を失っていた。
“コレは、自分がやったことなのか?”
目の前に広がる巨大な炎。爆散し、燃え盛る敵機。もはや廃墟と化した街。
「私…、ヒッ―」
気づけば、日が落ちようとしている。
その光景を見ながら、薄ら映った自身の横顔に気づき、彼女は顔を歪ませ、声にならない悲痛な声を上げた…。
その日。
Phantom Childrenと呼ばれる異教徒テログループは崩壊した。
しかし、それと同時に”陽だまりの街”と呼ばれる街は壊滅的な損害を受けた…。
そして、一つの戦いの終わりは、また新たな戦いの始まりでもあった。
6.『最後の攻防戦(後篇)』
終
あとがき
すみません、大変遅くなりました(滝汗
な〜かなか、落ち着いて、かつコレに集中して書く時間が取れず&悪いだらけ癖が出てしまい…―、もう反省しまくりです。
とりあえず、今回で"陽だまりの街"編は終わりです。
次回からは、新作『RDの奇妙な大冒険』が始まりますw
…ウソです。酔っ払いの悪い冗談です(ォィ
改めてこれからの展望を話しますと、次回から主観をイグニスやエリーゼからある人物に移して、その人中心で物語を描こうと考えています。
その中には、かつて10年近く前に私が書いていたAC小説作品のネタや人物も入れるつもりです。(ごく一部の分かる人しか分からないネタですみません)
ただし、私が社会人となり、それなりに時間経過して、物の見方やとらえ方も変わっているため、恐らくそのまま使うことはないと思います。
まぁ、とにもかくにも、次回は10月末〜11月上旬頃投稿予定です。
12/09/25 22:36更新 / F.S.S.