連載小説
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爆走兄妹
弘樹とあかりが出発したのは時間ギリギリの7時40分。
早歩き、小走りぐらいしないと少々危険な残り時間だった。

弘樹自身はその5分前に身支度を終えていたのだが___

「弘樹、制服のネクタイ曲がってる。あと襟もちょっとおかしいんじゃない?」
「…しょうがないだろ、時間無かったんだから」

「ほうら、ちょっと見せて」

あかりが服装の乱れに難癖をつけてきたのである。
大急ぎで済ませたのだからそれは仕方ないだろうと思っていたのだが、あかりはそれを許さなかった。

「はい、これで良しと」

得意げに太鼓判を押すあかり。
……走ったらすぐにネクタイがズレる気がするが、これ以上面倒は御免なので弘樹は軽くありがとうと礼をした。
___この行動で残り半分の5分が費やされた。





日向丘市は都会と比べると「片田舎」というイメージが強い。
ある程度町として発展しているものの、山が隣接しているため自然が多い。
商店街やデパートが立ち並ぶのは西側の夕日ヶ丘で、動物園や森林公園といったものがあるのが東側の日向丘だ。
水白河高等学園はその丁度中間点に位置し、西と東を区切る大きな目印になっている。
弘樹とあかりの住所はやや東寄りになり、学園のへの通学路は国道の大通りを真っ直ぐ西へ向かうことになる。途中で大きな凸の字の迂回ルートを抜けなければならないのが難である。
さらに、一部区域で交通整備が行き届いてない場所もあり、現在も舗装作業が続いている。

そして不運にも弘樹達はその現場に出くわしたのである。


「え、ウソぉ!?」
予想外な事態に、あかりは思わず声をあげた。

「……なんで今朝に限って」
あきらめ気味に溜め息をつく弘樹。
交通整備により、学園への最短ルートが通行止めになってしまっていたのだ。
新聞配達のルートともかぶらないため、早朝の時点でも気がつかなかった。

「やっばぁ……どうしよう、タクシーでも拾おうか?」
「……ごめん、そんなお金持ってきてない」

「じゃあ、どこかその辺にポイ捨てしてるチャリ(※自転車)探して___」
「……あかり、それ自転車盗難って言うんだけど…」

「じゃあどうすればいいのよ!?」
「……走って回ってくしか無いんじゃないかなぁ……」


___協議の結果、小走りが全力疾走へグレードUPする形となった。
そして、いざ走り出そうしたその時、
不意に背後から猛突進する人影があった。

「………?」
「どうしたの、弘樹?」

ふと後ろを見て、迫り来る人物を発見した弘樹。
よく見ると自分と同じ制服を着ている事に気付いた。あの人も水白高の生徒なのだろうか。

さらに、人影はひとつだけではなかった。
やや遅れてもう一人、負けじと凄まじい足捌きで駆け抜ける小さな影が見えた。
___驚いた事に片方は女の子らしい。制服もあかりと同一のものからして間違いないだろう。


が、


迫り来る二人の顔が確認できる距離まで近づいて、弘樹達はぼう然とした。
それは、彼等にとって顔見知りだったという事もある。
それよりも___その異常な足の速さに驚かざるを得ない。

「た、橘兄妹!!!??」


橘 明彦
橘 由佳
両名とも、3年前に隣町へ引っ越したはずの隣人である。

あかりが弘樹の目線の先を見ると、すぐに二人が何者であるか悟った。彼女も同じくよく知る人物だったからだ。

「ねぇねぇ、アレってもしかして、ユカとアキヒコじゃない?」
「………もしかしなくても、」

速い。
異常に速い。
これでもか、という程に疾い。
足の速さが、である。

こんな馬鹿みたいに速い人間はそうそう居ない。
それほどまでに速い。

向こうも弘樹達に気がついたらしく、足を止めようと____



ズザザザザザザザザザザザザァァッ




ガコン


____止めようとしたが、止まりきれずに工事現場の看板に衝突した。
ぶつかったのは兄の明彦だけで、妹の由佳はその兄をクッション代わりにしてブレーキをかけた。

ガシャァアン!!


ところが、妹が運んできた衝撃力を緩和しきれず、明彦はさらに突っこんだ。
南無。

「おーっす、あかりーん、ひろぽーん、おひさ〜〜〜〜♪」
急停止後何事も無かったかのように、小さな女の子は後ろへ振り向き弘樹達の方へ駆け寄ってくる。
3年ぶりの再会の挨拶に手をぶんぶんと振る姿は、まるで無邪気な子供のようである。
……兄貴の安否はどうでもいいのだろうか。

「やっぱりユカだー、久しぶりー♪」
あかりと小さな女の子は互いに手を握り、喜びはしゃぐ。

橘 由佳。
橘兄妹の双子の妹だ。双子というだけあって、兄の明彦と目つきが非常に良く似
ている。
そして特筆すべきはやはり兄妹揃ってずば抜けた身体能力だろう。
ただ、妹の由佳は兄の明彦と比べて極端に背が小さい。制服を着ていなければ小学生と思われかねない体型だった。
しかしその小さな体に似合わず、大柄な兄に負けず劣らずのスポーツ万能っぷりを発揮する異端児である。
現に足の速さは明彦とほぼ互角のようだ。

「…おーい、生きてるかぁ〜」
女の子二人が感動の再会に浸っているのを尻目に、弘樹は工事現場に突っこんだ可愛そうな兄貴を拾い上げに行った。

橘 明彦。
橘兄妹双子の兄。

体格はまさにスポーツマンと呼べるほどがっしりしており、身長も弘樹より大きい。妹と頭一個分以上の差があるこの二人を初見で双子と看破するのは難しい。
それでも非常に似通った点がいくつも見られるので、いざ付き合ってみれば「ああ、双子なんだな」と納得するだろう。先に述べた通り、ずば抜けた身体能力はさることながら妹よりも体格の面も勝っており、陸上競技では無類の強さを誇る。

ただ、


二人揃ってテストの点数が悪い。
二人揃って遅刻常習犯。
ついでに二人揃ってアニメ大好き。
やはり双子である。

弘樹の呼びかけにかろうじて反応し、満身創痍な感を漂わせながら明彦は立ち上がった。

「由佳ぁああああッ!テメェ今ぶつかる時に『えいっ♪(はぁと』って言いやがったなぁアアアアッッ!」
「…あー、元気そうで…なにより……」

こっちの方は感動の再会もへったくれもない。

「お兄ちゃんの拾い背中で由佳を受け止めてくれると思ってー、遠慮な〜く甘えちゃった、てへ」
「なぁにが『てへ』だ!!この素敵極まりないお兄様を跳ね飛ばすとは、何という兄不孝者な妹かッ」

「………」

既に弘樹の存在はアウトオブ眼中なのか、橘兄妹は外野を無視して一触即発な雰囲気である。

「ふっふっふ、お兄ちゃーん。兄とは妹の踏み台となるべくして存在しているのだよ♪」
「ほざいたな我が愚妹よ!今日こそは、兄より優れた妹など存在しねェという事を証明してくれるわッ」

…こんな朝からどうしてこうもテンションが激しく高いのだろうか。

由佳は某特撮ヒーローのような構えをとり、
明彦は某聖闘士アニメのような怪しい動きで構えをとった。
…小学生かお前等は、と弘樹が心の中で呟いた。

しかし、その二人の間にあかりが強引に割って入り___

「ひょわぁっ!?」
「あん?…いでででででで!!」

橘兄妹の耳を片方ずつ思いっきり引っ張り上げ、大きく怒鳴り散らした。

「あんた達!今何時だと思ってるのよ!あともうちょっとしたら遅刻しちゃうのよ!」
さながら小学生の子供を叱り付ける母親である。

「痛い痛い、痛いよあかりん」
「ああ゛ッごめんなさいごめんなさい」

さっきまであれほど意気込んでいた威勢は何処へ行ったのやら。
そしてあかりは次に弘樹の方を睨みつける。

「………!」

矛先がこちらに向き冷や汗がタラタラと流れる。
自分は何も悪い事してないとアピール……しても無駄なんだろうか。

「元はと言えば、弘樹が遅れるから遅刻しそうになっちゃってるのよ」
「…いや、だから先に行けば良かっ____」

「いいからさっさと走りなさいよ!もし皆勤賞逃しちゃったら弘樹のせいだからねっ!」

何気に皆勤賞を狙っていたらしい。
だったら尚のこと自分を置いて先に行けば良かっただろうに。全く以って理解できない。

「別に、あたし達はヨユーで間に合うんだけどねー」
そこで由佳がぽそり一言。

「弘樹とあかりは無理かもしんないけどま、オレ等にとっちゃ楽勝なんだよな」

とんでもない事をさらりと言っているが、あの異常なまでの脚力を見せ付けられては否定できない。
化物かこの兄妹は。

「だ・か・ら!昔っから遅刻ギリギリなんでしょアンタ達は!」
「えへへー、ごもっとも♪」
「結果良ければ全てヨッシャァ。間に合えばいんだよ」

「…………あのー、急がないと…遅刻するよ」

弘樹一人だけ酷く温度差を感じているのは気のせいだろうか。

「ど〜〜しても間に合わないんだったら、あたしがあかりんとひろぽんを紐で繋いで引っ張ってあげるよー」

 ………

「ごめん、由佳。それは遠慮しとく」
少し沈黙の後、あかりは青ざめた顔で由佳の申し出を断った。

「んじゃ、ひろぽんどーお?」
ちゃっかり持ってきていたのか、カバンの中からロープ取り出した由佳。

「…あー、それを何処に結ぶつもりなのかな」
「どこって?…うんとー、腰とかー、首とかー♪」

昨晩、時代劇を観覧していた弘樹の脳裏に一つの言葉がよぎった。


____市中引き回しの刑。


「…遠慮しとくよ。さっきみたいな走りで首を紐なんかで引っ張ったら危ないよ」
「大丈夫だよひろぽんー」

「…?」
「あたしが本気で走ったら多分ひろぽんの足は地面につかないから、引きずっちゃうなんて事はないと思うよ♪」

___全力でお断りします。
引きずる以前に、引きちぎられそうだ。


「ああ、そういや近道あったっけここ」
突如、明彦が何か思い出したように工事現場の隣を指差した。
彼も昔はこの町の住人である。引っ越したとはいえ、地元で遊びまわっていた子供の頃の記憶は今も克明に残っている。

「やっぱそうだ、ここ、ここ。ここの裏道通れば、あっち通んなくて済むぜ」
「うーん、確かにこっち通ればあかりんとひろぽんでも間に合うかもねー」

「裏道って、そんなのあったの?」
「………そこは、やめといた方が……」

あかりは知らなようだが、弘樹は橘兄妹とよく遊んでいたのでその裏道を知っていた。
当然、”そこがどんなところであるか”という事も知っていた。

「この際だから多少の事は多目に見るわよ。その裏道っていうのを行こうよ」
「……だから、そこは_____」

弘樹が止めようとあかりを促すが、遅刻まで残り時間が少ない状況では聞き入れて貰えなかった。

「もし遅刻したら弘樹の責任だからね」


あかりに押し切られ、一行は裏道ルートを選択する事となった。
しかし、そこは___

「ねぇねぇ、あかりん。ホントにいいのー?」
「この際だからしょうがないでしょ」

「度胸あんなぁ、あかりは」
「…? どういう意味よ」

「………やめとけば良かったのに」
「ちょっと弘樹、それどういう意味なのよ?」

自分以外の3名の反応がおかしい事に気付いたあかり。
なぜなら…。

「あかりん、裏道ってー、実はヤクザ屋さんの敷地内なんだよねー」


詳細を語られ、あかりの顔から血の気が引いていった。
10/03/27 21:27更新 / レヴィン・ナイル
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作者病欠中(風邪w

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まろやか投稿小説 Ver1.50