序章
「ほら、あった!あったよー!」
____水白河中学3年、15歳の少年。
彼の名前が白いボードの片隅にしっかりと書かれていた。
「ほらっ、385番、向井 弘樹」
その向井弘樹当人は何も言葉を発せず、ただただボードに記載された自分の名前を眺めていた。
まるで、そこに載っているのが信じられないという目で口をぽかんと開けていた。
「・・・ホントだ だぶはぁっ」
しかし、唐突に背中へ強烈な衝撃を受け、体が前のめりに倒れそうになった。
その一撃を放ったのは、少年の隣で当人よりはしゃいでいる女の子である。
無口な弘樹をつまらないと感じたのか、はたまた無感動さに痺れを切らしたのか、力任せにビンタを叩き込んだのだ。
「もうちょっと驚いたらどうなの?全然嬉しそうに見えないんだけど」
と、彼女は眉を逆への字にして腕を組み、呆れたように吐き捨てる。
弘樹より背丈はやや小さいが、態度は彼より大きいらしい。
上から目線で彼女は次にこう言った。
「アンタって、本っ当に、無愛想」
事あるごとに、少女が弘樹に向かって例えるあだ名である。
そして反論しようと口を開くと___
「…あのな、オ」
「男の子のくせにグダグダうるさいっ!」
「・・・・・」
必ずと言っていいほど2秒以内に迎撃、そして撃沈。南無。
諦めずにもう一度チャレンジして___
「…オレより、そっちの方はどうなんだよ?」
自分の名前は見つけた。
では彼女の名前は載っているのだろうか。
自分よりも成績が遥かに良く、とても要領が良いと褒められていた彼女の名前が載っていないはずがない。そう思っていたのだが___
「……あれ?………あれぇ……」
無い。
「………そんな………うそ、だよね」
その彼女の名前は何処にも見当たらなかった。
常に学年上位を維持し、登校日数においては皆勤賞、優等生であった彼女の名前が載っていないのは有り得ない事だった。
しかし、何処を探しても____
「無い………無い………」
「たくさん名前が並んでるから、見落としてるだけじゃないか?」
「…さっきから探してる!でもっ」
何人か見知ったクラスメートの名前はいくつか見かけた。しかし彼女の名前だけが無かった。
どうして彼女だけ?
自分はあったのに?
他の有人達もあったのに?
「もしかして、名前間違えたんじゃないかな?ほら、同じ読み方だけど字が違うから間違えやすいとか___」
「…………いい」
「え?」
「もういいって言ってる!気休め言わないで」
気休めを言ったつもりは無かった。
本当にそうであって欲しいと思ったのだから。
「信じたくない…信じたくないけどっ…」
少女は力無く、振り返り___
「……もういい、帰る」
「ちょ、ちょっと待てよ」
「とりあえず、おめでとう弘樹……………」
そして少し間を置いて___
「……………じゃあね」
何気ない、さようならの挨拶をしてその場を去っていく少女。
そのさようならの一言が、とても切なく聞こえたのは気のせいだろうか。
何かの間違いであって欲しい。
そう天にすがるような気持ちで現実を受け入れられないでいる二人の前に、
「すいませーん、ちょっとどいてくださーい」
スーツ姿の男性が慌てて走り寄ってきた。
「きゃっ」
「おっととととと、ごめんね、ちょっと急いでたもんでねー」
駆け寄ってきた男性とぶつかりそうになり少女は脚を止めた。
ぶしつけな態度の相手に、思い切り怒鳴りつけてやろうかと大きく息を吸い込んで____
「すまないけど、キミそこをどいてもらえるかな?」
___いた少女には目もくれず、少年の前にある白いボードへとたどり着いていた。
「え、あ、はい」
弘樹は素直にその場を退き、男性に場所を譲った。
そしてスーツの男性は一目散に、ボードに書かれた名前の一つをサインペンで潰し始めた。
「なっ」
「ちょっと!おじさん、何してるんですか!!」
そして、黒く塗りつぶされた隣の空白にこう書いたのである。
235番 穂之村 あかり
「あ………」
その名前を見て、今度は少女が硬直した。
「あー、もしかして、キミが穂之村あかりちゃんかい?」
「は、はい。そう……です」
「いやいやいや、すまない事をしたねぇ。」
少年と少女は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「合格者の通知書類を一枚間違えちゃって、アハハハハ」
「…………」
絶句する弘樹。
そして別の意味で絶句するあかり。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
どうやら彼女の名前が載っていなかったのは、本当に「間違い」だったらしい。
「ふ、ざ、け、る、なぁああああああああ」
近所迷惑な大絶叫が、周囲にこだました。
___水白河中学3年、15歳の少年と少女。二人は一週間前に受けた進学先の入試の結果を見に、発表場所を訪れていた。
その結果、いや…厳密にはスタート地点の切符を手に入れたに過ぎないのだが
。
「ぜぇっ、ぜぇっ」
最大音量・最大出力で遠くの猫までビビる大絶叫の後、息を切らせているあかりに、弘樹は嬉しそうな笑顔で彼女の背中を軽く叩いた。
「あかり」
「ぜぇっ……ぜぇっ………ん?」
声をかけられ顔をあげると、そこには弘樹が立っている。
自分の合格を知った時なんてそんな表情の欠片も見せなかったはずなのに、どうしてそれを私に向けてくるのか…そう考えて硬直していた少女に、少年は更に声をかけた。
「おめでとう、あかり」
弘樹からの心を込めた賛辞。
先刻の自分のはやとちりを思い返すとひどくこっぱずかしいのか、あかりは顔を赤くして目を背けた。
「…この皮肉屋」
「いや、皮肉で言ったつもりは…」
途中まで言って言葉を止める弘樹。
反論に対し2秒でカウンターされると思って止めたのだが、今回は違う反応が返ってきた。
「…わかってるわよ、そんなの」
「……?」
困惑する少年を無視し、彼女は唐突に命令してきた。
「弘樹、手あげて」
「え、………こ、こう?」
言われるがままに右手を上にあげ、
少女の方も反対側で同じように右手をあげていた。
パァンッ
二人の手が交差すると、クラッカーのような音が鳴り響いた。
「これからもよろしくね、弘樹♪」
落ちたと思った時とは比べ物にならないような明るさで、その日で一番の笑顔を見せるあかり。
一時はどうなるかと冷や冷やしていた弘樹も安堵の息をおろしていた。
「……ああ、よろしくな、あかり」
向井 弘樹、
穂之村 あかり、
名門と言われる”水白河高等学園”へ見事、合格決定である。
____水白河中学3年、15歳の少年。
彼の名前が白いボードの片隅にしっかりと書かれていた。
「ほらっ、385番、向井 弘樹」
その向井弘樹当人は何も言葉を発せず、ただただボードに記載された自分の名前を眺めていた。
まるで、そこに載っているのが信じられないという目で口をぽかんと開けていた。
「・・・ホントだ だぶはぁっ」
しかし、唐突に背中へ強烈な衝撃を受け、体が前のめりに倒れそうになった。
その一撃を放ったのは、少年の隣で当人よりはしゃいでいる女の子である。
無口な弘樹をつまらないと感じたのか、はたまた無感動さに痺れを切らしたのか、力任せにビンタを叩き込んだのだ。
「もうちょっと驚いたらどうなの?全然嬉しそうに見えないんだけど」
と、彼女は眉を逆への字にして腕を組み、呆れたように吐き捨てる。
弘樹より背丈はやや小さいが、態度は彼より大きいらしい。
上から目線で彼女は次にこう言った。
「アンタって、本っ当に、無愛想」
事あるごとに、少女が弘樹に向かって例えるあだ名である。
そして反論しようと口を開くと___
「…あのな、オ」
「男の子のくせにグダグダうるさいっ!」
「・・・・・」
必ずと言っていいほど2秒以内に迎撃、そして撃沈。南無。
諦めずにもう一度チャレンジして___
「…オレより、そっちの方はどうなんだよ?」
自分の名前は見つけた。
では彼女の名前は載っているのだろうか。
自分よりも成績が遥かに良く、とても要領が良いと褒められていた彼女の名前が載っていないはずがない。そう思っていたのだが___
「……あれ?………あれぇ……」
無い。
「………そんな………うそ、だよね」
その彼女の名前は何処にも見当たらなかった。
常に学年上位を維持し、登校日数においては皆勤賞、優等生であった彼女の名前が載っていないのは有り得ない事だった。
しかし、何処を探しても____
「無い………無い………」
「たくさん名前が並んでるから、見落としてるだけじゃないか?」
「…さっきから探してる!でもっ」
何人か見知ったクラスメートの名前はいくつか見かけた。しかし彼女の名前だけが無かった。
どうして彼女だけ?
自分はあったのに?
他の有人達もあったのに?
「もしかして、名前間違えたんじゃないかな?ほら、同じ読み方だけど字が違うから間違えやすいとか___」
「…………いい」
「え?」
「もういいって言ってる!気休め言わないで」
気休めを言ったつもりは無かった。
本当にそうであって欲しいと思ったのだから。
「信じたくない…信じたくないけどっ…」
少女は力無く、振り返り___
「……もういい、帰る」
「ちょ、ちょっと待てよ」
「とりあえず、おめでとう弘樹……………」
そして少し間を置いて___
「……………じゃあね」
何気ない、さようならの挨拶をしてその場を去っていく少女。
そのさようならの一言が、とても切なく聞こえたのは気のせいだろうか。
何かの間違いであって欲しい。
そう天にすがるような気持ちで現実を受け入れられないでいる二人の前に、
「すいませーん、ちょっとどいてくださーい」
スーツ姿の男性が慌てて走り寄ってきた。
「きゃっ」
「おっととととと、ごめんね、ちょっと急いでたもんでねー」
駆け寄ってきた男性とぶつかりそうになり少女は脚を止めた。
ぶしつけな態度の相手に、思い切り怒鳴りつけてやろうかと大きく息を吸い込んで____
「すまないけど、キミそこをどいてもらえるかな?」
___いた少女には目もくれず、少年の前にある白いボードへとたどり着いていた。
「え、あ、はい」
弘樹は素直にその場を退き、男性に場所を譲った。
そしてスーツの男性は一目散に、ボードに書かれた名前の一つをサインペンで潰し始めた。
「なっ」
「ちょっと!おじさん、何してるんですか!!」
そして、黒く塗りつぶされた隣の空白にこう書いたのである。
235番 穂之村 あかり
「あ………」
その名前を見て、今度は少女が硬直した。
「あー、もしかして、キミが穂之村あかりちゃんかい?」
「は、はい。そう……です」
「いやいやいや、すまない事をしたねぇ。」
少年と少女は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「合格者の通知書類を一枚間違えちゃって、アハハハハ」
「…………」
絶句する弘樹。
そして別の意味で絶句するあかり。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
どうやら彼女の名前が載っていなかったのは、本当に「間違い」だったらしい。
「ふ、ざ、け、る、なぁああああああああ」
近所迷惑な大絶叫が、周囲にこだました。
___水白河中学3年、15歳の少年と少女。二人は一週間前に受けた進学先の入試の結果を見に、発表場所を訪れていた。
その結果、いや…厳密にはスタート地点の切符を手に入れたに過ぎないのだが
。
「ぜぇっ、ぜぇっ」
最大音量・最大出力で遠くの猫までビビる大絶叫の後、息を切らせているあかりに、弘樹は嬉しそうな笑顔で彼女の背中を軽く叩いた。
「あかり」
「ぜぇっ……ぜぇっ………ん?」
声をかけられ顔をあげると、そこには弘樹が立っている。
自分の合格を知った時なんてそんな表情の欠片も見せなかったはずなのに、どうしてそれを私に向けてくるのか…そう考えて硬直していた少女に、少年は更に声をかけた。
「おめでとう、あかり」
弘樹からの心を込めた賛辞。
先刻の自分のはやとちりを思い返すとひどくこっぱずかしいのか、あかりは顔を赤くして目を背けた。
「…この皮肉屋」
「いや、皮肉で言ったつもりは…」
途中まで言って言葉を止める弘樹。
反論に対し2秒でカウンターされると思って止めたのだが、今回は違う反応が返ってきた。
「…わかってるわよ、そんなの」
「……?」
困惑する少年を無視し、彼女は唐突に命令してきた。
「弘樹、手あげて」
「え、………こ、こう?」
言われるがままに右手を上にあげ、
少女の方も反対側で同じように右手をあげていた。
パァンッ
二人の手が交差すると、クラッカーのような音が鳴り響いた。
「これからもよろしくね、弘樹♪」
落ちたと思った時とは比べ物にならないような明るさで、その日で一番の笑顔を見せるあかり。
一時はどうなるかと冷や冷やしていた弘樹も安堵の息をおろしていた。
「……ああ、よろしくな、あかり」
向井 弘樹、
穂之村 あかり、
名門と言われる”水白河高等学園”へ見事、合格決定である。
10/03/14 02:57更新 / レヴィン・ナイル