第一話「出会ったあの娘はトップランカー」
今日も見事に負けた。
それもただの負けじゃない。ボロ負けだ。
アリーナの観客席で俺の勝ちに賭けてた連中は、今頃俺に対する悪態と共に投票権を破り捨てている事だろう。
もっとも……、俺に賭ける奴など金をドブに捨てるようなもので、そんな奴は現実を見てない大穴狙いの馬鹿か、観戦に来て日の浅い初心な坊やとお嬢さんくらいだろう。
つけっぱなしのテレビには俺の負け試合のリプレイ映像が流されている。
ついさっき終わったばかりの試合だから、リプレイを流すのは当然かもしれないが、次の試合の準備が終わるまでの繋ぎとして流されるのは、はっきり言って胸糞が悪い。
とはいえ、待つ間の余興として観客の評判は上々なこのサービスを、一介のレイヴン如きが口を挟んだところで止める筈もない。
レイヴンに対する依頼が減った今、コーテックスの収入源はアリーナだけなのだから……。
俺はどうにもならない状況に溜め息を吐きつつ、テレビの電源を切った。
おっと、自己紹介が遅れたな。
俺の名前はレオンハート。
これまで一度もアリーナで勝った事が無く、ついさっき九十八敗目を迎えたばかりのレイヴンだ。
アーマードコア、ACは戦場の花形……。
そう呼ばれる時代は、とっくの昔に過ぎていた。
ミラージュ、クレスト、キサラギ。グローバル・コーテックスに所属する俺達レイヴンは、コーテックスを通じてこれら三企業の依頼を受けていた。
まあ簡単に言えば、俺達レイヴンは派遣の兵士みたいなもんだ。
傭兵と言えば自由そうな響きで聞こえは良いだろうけど、実際には報酬の半分以上はコーテックスがピンハネしている。
はっきり言ってコーテックスは違法な斡旋企業で、俺達はそこで働かされている不遇な派遣社員にしか思えない。全く……、こっちは命懸けてるんだから、待遇の改善を求めたいところだ。
そんなコーテックスの業務に徐々に陰りが見え始めた。
きっかけは三企業が開発した無人機等の新兵器だ。
柔軟な思考能力を持った人工知能の開発に、遠隔操作を可能とした兵器、またはコントロールに成功した生物兵器。
それらの登場によって俺達レイヴンの戦場での仕事は大幅に減少した。
けどそれも当然といえば当然だろう。
そもそも俺達レイヴンというのは実力によって大きく戦力が左右されやすい。
一人で何十機のMTを相手に出来る奴もいれば、ほんの数機のMT相手に撃墜される奴もいる。
そんな不安定な戦力を雇うよりは、一定の安定した戦闘力を持ち、なおかつ数を揃えられる方が断然良いに決まっている。俺だってそうする。
いっそあいつらが暴走してくれたら、俺達の仕事も増えるんだろうが……、ちょっと不謹慎すぎるな。今のは心のゴミ箱にポイっと捨てておこう。
とにかく戦場での仕事が殆ど無くなったレイヴンにとって、唯一の稼ぎ場所となったのがアリーナだった。
それはコーテックスにとっても同じ事だ。
しかし、観客のチケット料やグッズの売り上げだけでは大した収入にもならず、日を重ねるごとに赤字の幅は大きくなっていく。
だが、アリーナ企画部長を務めるアルバート=ミュラーの提案がその状況を大きく変えることになる。
彼の提案はシンプルなものだった。
「アリーナでの賭博を許可しよう」
元々公式上では賭け試合を認めていないコーテックスだったが、裏で密かに行われている賭博を取り締まるでもなく、半ば黙認している形となっていた。
アルバートの提案はそうしたアリーナでの賭博を黙認ではなく公式に認め、コーテックスの新たな事業として運営しようというものだ。
この提案がどういうわけか、すんなり受け入れられ、アリーナはコーテックス運営の公営競技場として生まれ変わる事となった。
そして俺達レイヴンとACは賭けの対象として、騎手と競走馬、選手と自転車、選手とモーターボートのような関係になったわけだ。
「おう、今日も一日お疲れちゃん。これ今日のファイトマネーね」
そう言って紙に印刷された簡単な明細書を渡してくる男、スマイル=グッドマンは好感の持てる笑顔を見せた。相変わらず名前の通り気持ちよく笑うな、この人……。
スマイル=グッドマン。アリーナ運営スタッフの一人で、俺達レイヴンのファイトマネーの計算やら振込みやらを行ってくれている人だ。他にも仕事は在るんだろうけど、俺は良く知らん。
俺の思い込みで悪いが、給与計算やら事務処理やってる人って、何だか頭の固そうなイメージで取っ付きにくい感じがするんだ。
だけど、このグッドマンは元レイヴンって事もあってか、他愛の無い世間話に応じてくれたり、相談に乗ってくれたりで親しみやすい。
「はあ、また負けちまったよ」
「あらら、またか。これで九十九敗目だっけ?」
「いや、九十八敗目だ」
「おっと、そりゃ悪かったね。まあ、いつか芽が出る日も来るって」
「だと良いけどな」
と、まあこんな感じだ。俺の場合は世間話でも相談でもなく、只の愚痴だけどな。
俺は受け取った明細に目を通す。数字の二の横にゼロが三つ、二千コームか。
その何倍、いや何十倍、それとももっと儲けているかもしれないが、俺達レイヴンに支払われるファイトマネーは雀の涙程度だ。
もっとも、勝てばファイトマネー以外に賞金が入るし、賞品として企業やコーテックスからパーツが支給される事もある。上位にランクインすれば、ファイトマネー自体も上がるらしいから、出場するだけでも……止めよう。
未だにアリーナで一度も勝った事が無い俺が、そんな話をしたところで夢物語もいいところだ。
「そうそう。また来てるぜ、あの可愛い子」
そんなグッドマンの言葉に、俺の足はピタリと……止まることも無く、出口へと向かっていく。
「おいおい。あんな可愛い子に追いかけられといて、つれない奴だな」
面白がるようなニヤニヤ笑いが腹立つな……。これじゃスマイル=グッドマンじゃなくて、スマイル=バッドマンだ。
だが悪いな、バッドマン。可愛い子の追っかけなんて言葉に浮き足立つような気持ちには、俺はとうに卒業しているのさ……。
正体が性悪女記者だと分かっている以上、俺はその程度の誘惑になど……。
「ふーん、性悪女記者って誰の事?」
そりゃ勿論、カレン=アスナという顔は良いが、性格と胸の発育は悪い女記者に決まってる。ところで何で口をパクパクとさせてるんだ、グッドマン?
「えー? カレンさんなら僕も会った事あるけど、良い人だよ?」
良い人、だと……? 人の事を『連敗記録更新中!! この記録はどこまで伸びるのか!?』って見出しで記事にするような女がか?
「あはは、仕方ないよ。だって新聞記者の仕事は事実を書く事だもん」
そんな無邪気な返答に俺は少し、というよりかなりへこんだ。
……いや、ちょっと待て。
さっきから俺の心の独白に相槌を打ってるのは誰だ?
「僕だよ」
いや、僕って誰だよ?
「僕は僕だよ。ほら、ここだよ」
ここだよって、どこだよ?
「だからさっきから、君の後ろにいるじゃん」
……はい?
後ろって、まさか……。
俺は背筋がゾクリとした。はっきり言って、俺は怖い話が苦手だ。
特に『貴方の後ろにいるの……』とか電話や、文字で知らされて、振り返ったら……みたいな話は駄目だ。相槌を打つ声の幼い様子からするに、きっとレイヴンに殺された子供の霊とかに違いない。
よりにもよって何で俺に……! そう思いながらも、どうすればいいのかと、俺の頭の中はフル回転していた。そうして出た結論はこうだ。
よし、逃げよう。
そう思って一歩を踏み出そうとしたその時だった。
「ねえ? 何で無視するの?」
そんな言葉と共に、俺の服の裾がガシッと掴まれた。
しまった! 遅かったか!
「ねえねえ、こっち向いてよ」
声の主はそう言いながら、服の裾をぐいぐいと引っ張る。
振り向くな!
そんな思いとは裏腹に、好奇心が首を持ち上げてきたのか、俺の身体は徐々に後ろを振り向こうとする。
そして振り向いた先で見たものに、俺は息を呑んだ。
怖いものを見たからじゃない。
そこにいたのは幽霊ではなく、薄い桃色の髪と瞳の美しい女の子だったからだ。
「……誰?」
彼女に見惚れていた俺の口から、かろうじて質問の形を成した間抜けな声が出た。
「自己紹介がまだだったね」
彼女はクスリと笑うと、両手を腰に当て、胸を張ってこう答えた。
「僕の名前はプラナス。強くて可愛いトップランカーさ」
それもただの負けじゃない。ボロ負けだ。
アリーナの観客席で俺の勝ちに賭けてた連中は、今頃俺に対する悪態と共に投票権を破り捨てている事だろう。
もっとも……、俺に賭ける奴など金をドブに捨てるようなもので、そんな奴は現実を見てない大穴狙いの馬鹿か、観戦に来て日の浅い初心な坊やとお嬢さんくらいだろう。
つけっぱなしのテレビには俺の負け試合のリプレイ映像が流されている。
ついさっき終わったばかりの試合だから、リプレイを流すのは当然かもしれないが、次の試合の準備が終わるまでの繋ぎとして流されるのは、はっきり言って胸糞が悪い。
とはいえ、待つ間の余興として観客の評判は上々なこのサービスを、一介のレイヴン如きが口を挟んだところで止める筈もない。
レイヴンに対する依頼が減った今、コーテックスの収入源はアリーナだけなのだから……。
俺はどうにもならない状況に溜め息を吐きつつ、テレビの電源を切った。
おっと、自己紹介が遅れたな。
俺の名前はレオンハート。
これまで一度もアリーナで勝った事が無く、ついさっき九十八敗目を迎えたばかりのレイヴンだ。
アーマードコア、ACは戦場の花形……。
そう呼ばれる時代は、とっくの昔に過ぎていた。
ミラージュ、クレスト、キサラギ。グローバル・コーテックスに所属する俺達レイヴンは、コーテックスを通じてこれら三企業の依頼を受けていた。
まあ簡単に言えば、俺達レイヴンは派遣の兵士みたいなもんだ。
傭兵と言えば自由そうな響きで聞こえは良いだろうけど、実際には報酬の半分以上はコーテックスがピンハネしている。
はっきり言ってコーテックスは違法な斡旋企業で、俺達はそこで働かされている不遇な派遣社員にしか思えない。全く……、こっちは命懸けてるんだから、待遇の改善を求めたいところだ。
そんなコーテックスの業務に徐々に陰りが見え始めた。
きっかけは三企業が開発した無人機等の新兵器だ。
柔軟な思考能力を持った人工知能の開発に、遠隔操作を可能とした兵器、またはコントロールに成功した生物兵器。
それらの登場によって俺達レイヴンの戦場での仕事は大幅に減少した。
けどそれも当然といえば当然だろう。
そもそも俺達レイヴンというのは実力によって大きく戦力が左右されやすい。
一人で何十機のMTを相手に出来る奴もいれば、ほんの数機のMT相手に撃墜される奴もいる。
そんな不安定な戦力を雇うよりは、一定の安定した戦闘力を持ち、なおかつ数を揃えられる方が断然良いに決まっている。俺だってそうする。
いっそあいつらが暴走してくれたら、俺達の仕事も増えるんだろうが……、ちょっと不謹慎すぎるな。今のは心のゴミ箱にポイっと捨てておこう。
とにかく戦場での仕事が殆ど無くなったレイヴンにとって、唯一の稼ぎ場所となったのがアリーナだった。
それはコーテックスにとっても同じ事だ。
しかし、観客のチケット料やグッズの売り上げだけでは大した収入にもならず、日を重ねるごとに赤字の幅は大きくなっていく。
だが、アリーナ企画部長を務めるアルバート=ミュラーの提案がその状況を大きく変えることになる。
彼の提案はシンプルなものだった。
「アリーナでの賭博を許可しよう」
元々公式上では賭け試合を認めていないコーテックスだったが、裏で密かに行われている賭博を取り締まるでもなく、半ば黙認している形となっていた。
アルバートの提案はそうしたアリーナでの賭博を黙認ではなく公式に認め、コーテックスの新たな事業として運営しようというものだ。
この提案がどういうわけか、すんなり受け入れられ、アリーナはコーテックス運営の公営競技場として生まれ変わる事となった。
そして俺達レイヴンとACは賭けの対象として、騎手と競走馬、選手と自転車、選手とモーターボートのような関係になったわけだ。
「おう、今日も一日お疲れちゃん。これ今日のファイトマネーね」
そう言って紙に印刷された簡単な明細書を渡してくる男、スマイル=グッドマンは好感の持てる笑顔を見せた。相変わらず名前の通り気持ちよく笑うな、この人……。
スマイル=グッドマン。アリーナ運営スタッフの一人で、俺達レイヴンのファイトマネーの計算やら振込みやらを行ってくれている人だ。他にも仕事は在るんだろうけど、俺は良く知らん。
俺の思い込みで悪いが、給与計算やら事務処理やってる人って、何だか頭の固そうなイメージで取っ付きにくい感じがするんだ。
だけど、このグッドマンは元レイヴンって事もあってか、他愛の無い世間話に応じてくれたり、相談に乗ってくれたりで親しみやすい。
「はあ、また負けちまったよ」
「あらら、またか。これで九十九敗目だっけ?」
「いや、九十八敗目だ」
「おっと、そりゃ悪かったね。まあ、いつか芽が出る日も来るって」
「だと良いけどな」
と、まあこんな感じだ。俺の場合は世間話でも相談でもなく、只の愚痴だけどな。
俺は受け取った明細に目を通す。数字の二の横にゼロが三つ、二千コームか。
その何倍、いや何十倍、それとももっと儲けているかもしれないが、俺達レイヴンに支払われるファイトマネーは雀の涙程度だ。
もっとも、勝てばファイトマネー以外に賞金が入るし、賞品として企業やコーテックスからパーツが支給される事もある。上位にランクインすれば、ファイトマネー自体も上がるらしいから、出場するだけでも……止めよう。
未だにアリーナで一度も勝った事が無い俺が、そんな話をしたところで夢物語もいいところだ。
「そうそう。また来てるぜ、あの可愛い子」
そんなグッドマンの言葉に、俺の足はピタリと……止まることも無く、出口へと向かっていく。
「おいおい。あんな可愛い子に追いかけられといて、つれない奴だな」
面白がるようなニヤニヤ笑いが腹立つな……。これじゃスマイル=グッドマンじゃなくて、スマイル=バッドマンだ。
だが悪いな、バッドマン。可愛い子の追っかけなんて言葉に浮き足立つような気持ちには、俺はとうに卒業しているのさ……。
正体が性悪女記者だと分かっている以上、俺はその程度の誘惑になど……。
「ふーん、性悪女記者って誰の事?」
そりゃ勿論、カレン=アスナという顔は良いが、性格と胸の発育は悪い女記者に決まってる。ところで何で口をパクパクとさせてるんだ、グッドマン?
「えー? カレンさんなら僕も会った事あるけど、良い人だよ?」
良い人、だと……? 人の事を『連敗記録更新中!! この記録はどこまで伸びるのか!?』って見出しで記事にするような女がか?
「あはは、仕方ないよ。だって新聞記者の仕事は事実を書く事だもん」
そんな無邪気な返答に俺は少し、というよりかなりへこんだ。
……いや、ちょっと待て。
さっきから俺の心の独白に相槌を打ってるのは誰だ?
「僕だよ」
いや、僕って誰だよ?
「僕は僕だよ。ほら、ここだよ」
ここだよって、どこだよ?
「だからさっきから、君の後ろにいるじゃん」
……はい?
後ろって、まさか……。
俺は背筋がゾクリとした。はっきり言って、俺は怖い話が苦手だ。
特に『貴方の後ろにいるの……』とか電話や、文字で知らされて、振り返ったら……みたいな話は駄目だ。相槌を打つ声の幼い様子からするに、きっとレイヴンに殺された子供の霊とかに違いない。
よりにもよって何で俺に……! そう思いながらも、どうすればいいのかと、俺の頭の中はフル回転していた。そうして出た結論はこうだ。
よし、逃げよう。
そう思って一歩を踏み出そうとしたその時だった。
「ねえ? 何で無視するの?」
そんな言葉と共に、俺の服の裾がガシッと掴まれた。
しまった! 遅かったか!
「ねえねえ、こっち向いてよ」
声の主はそう言いながら、服の裾をぐいぐいと引っ張る。
振り向くな!
そんな思いとは裏腹に、好奇心が首を持ち上げてきたのか、俺の身体は徐々に後ろを振り向こうとする。
そして振り向いた先で見たものに、俺は息を呑んだ。
怖いものを見たからじゃない。
そこにいたのは幽霊ではなく、薄い桃色の髪と瞳の美しい女の子だったからだ。
「……誰?」
彼女に見惚れていた俺の口から、かろうじて質問の形を成した間抜けな声が出た。
「自己紹介がまだだったね」
彼女はクスリと笑うと、両手を腰に当て、胸を張ってこう答えた。
「僕の名前はプラナス。強くて可愛いトップランカーさ」
11/07/03 21:47更新 / 謎のレイブン