女で運び屋だけど、何か?
遠くで爆音が響いてる。
戦場なんだから爆音ぐらい響くのは当たり前だけど、そんな音を耳にしても、アタシはまるで現実味を感じる事が出来なかった。
ここが戦場から比較的離れた安全な場所だからかもしれない。
「くぁ……」
思わず欠伸が出てしまう。
でも流石に眠りはしない。ていうか眠れない。
さっき『安全な』とは言ったけど、実際には絶対安全と言い切れる場所じゃあない。
飛んできた流れ弾がギリギリ届くぐらいの範囲、そこに待機するヘリの中にアタシ達はいた。
「あ、あのお嬢様? い、一応、この辺りも戦場な訳ですし……。も、もう少し緊張感を持ってですね……」
隣から、オドオドとした、遠慮がちな声が聞こえる。
アタシが声のする方へ首だけ向けると、声と同じで顔も情けない男が操縦席に座っていた。肩をすくめてビクビクしている様子は、まるで子犬だ。
年はアタシより上のはずなんだけど……。
「RD。別にアタシが緊張して無くても、アンタがその分緊張しているから良いでしょ?」
自分で言っておいて何だけど、滅茶苦茶な理屈ね……。
RDもそう感じているのか、反論しようと口を開きかける。
でもアタシは自分の子分に言い負かされるのは、はっきり言って嫌だ。
だから言葉の矛先をずらしてみる事にした。
「RD? アンタの危険センサーは何か引っかかってるの? 危ない?」
質問されたRDは開きかけた口を閉じ、少し考え込むような顔をした。
こういう顔を日頃見せてれば、女性からも少しはモテルと思うんだけど……。
でも、この前お姫様がRDのオドオドした態度を「可愛い」とか言ってたし、その辺は好みの差かしら?
「……危険は無いですね。むしろ……」
答えるRDの顔はオドオドした様子は無い。
臆病な性格だからこそ、誰よりも危険を感知する能力に長けたRDは、自分のその能力には絶対の自信があるらしい。
「もう終わったようです」
アタシが「えっ?」と聞き返すのと同じタイミングで、頭上がパッと光った。
それが二回、三回と連続して、ようやく信号弾の光だと悟る。
よく見ると逃げるように(実際逃げてるんだろうけど)、戦場から離れるACが三機確認できた。
戦う前は四機だったことを考えると、あと一機は撃墜されたみたいね。
「よっし! もう一方が離れた頃を見計らって、回収に行くわよ!」
「りょ、了解しました!」
またオドオドした態度に戻りながら、RDが答えた。
さーてと、売り物になりそうな品が残ってると良いんだけどね。
ああ、自己紹介がまだだったわね。
アタシはロザリィ。
若くて美人な運び屋よ。
隣の男はRD。
アタシの相棒でも恋人でも旦那でも無い。
ただの子分だから、その辺はよろしく。
荒れ果てた。
アタシ達の生きている世界を一言で表現するなら、それが一番しっくり来る。
戦争、環境破壊、天災……。
どれが原因じゃなく、どれも原因なんだろうと思う。
けど、どうしてそうなったのかなんて、アタシには正直興味が無い。
これからどうするのか、大事なのはそこなんじゃないかしら?
辛うじて人が生きていける生存可能地域を行き来し、物資をやり取りする運び屋、ミグラントがアタシの選んだ道だった。
危険と隣り合わせの運び屋なんて道を何で選んだのか?
聞かれても特に理由は無い。
ただ、生存可能地域の中で限られた物資を奪い合い、惰性的に日々を過ごすよりはずっと生きていると実感できるからかもしれない。
戦場で破壊された兵器の中から、まだ使えそうな物を探して、直して、売り払う。
そんなアタシ達の仕事をハイエナ稼業と揶揄する声もあるけど、限られた資源は大事に使わなきゃね。
「そ、それにしても今日はついてましたね。撃破されたACが『KARASAWA』を持っていたなんて……。撃破した相手の部隊は相当な実力者ですよ」
隣でヘリを操縦するRDの声が、珍しく興奮していた。
まあ、気持ちは分かる。
RDが口にしたKARASAWAっていうのは、ACが装備できるレーザーライフルの一つで、高いスペックを誇る一品だからね。
当然それなりに値も張るわけで、アタシ達にとっては実に美味しい商品というわけ。
しかも今回アタシ達にとって幸運だったのは、撃破されたACもコアを除いては殆ど無傷の状態だった事ね。
おかげでKARASAWAを含めて、パーツの殆どが良い状態で回収できたわ。
欲を言うなら、コアももう少し綺麗に潰しておいてくれれば良かったんだけど……。
残念な事に、コアは何かがぶつかったかの様な衝撃で、グシャグシャに潰れてた。
……多分あれは蹴ったわね。
「お、お嬢様。もうすぐ着きますよ」
RDの声に促されてヘリの窓から下を覗くと、眩い明かりに照らされた建物がいくつも見える。
『シティ』……。
『代表』と呼ばれる人物が支配する、大規模な生存可能地域に造られた街だ。
アタシ達の顧客が住む街……。
まあ、この街には『住んでいない』んだけどね。
「さーて……、稼ぎますか」
そう呟いたアタシの声は、自分でも驚くくらい昂っていた。
しかしその昂りも、ヘリから降りて数分で冷めた。
原因はアタシの目の前で両手を大げさに広げて軽薄な笑顔で話しかけてきた男が原因だ。
「おや? おやおやおや? これはこれは、ロザリィお嬢さん! お久しぶりだねぇ!」
アタシは嫌そうな顔を隠さず、男を見た。
『主任』、本名は知らないけど、周りの人間は彼をそう呼んでいる。
代表と契約を結んでいる傭兵集団『企業』の一員であり、シティでの現場責任者……、まあ平たく言えば指揮官ね。
女性受けしそうな端整な顔立ちの青年に見えるけど、あまり良い噂は聞かない。
目的達成のためなら平然と部下を犠牲にする。
反シティの武装組織『レジスタンス』のリーダーを殺害した時も、リーダーを拘束した部下ごと撃ち殺したとか……。
確証は無いけど、おそらく事実だと思う。
だからアタシはこの男の笑顔に吐き気を覚えるのだ。
「ねえ、お嬢さん? 例の件、考えてくれた?」
例の件、その言葉が何を指すのか察したアタシは、こみ上げてきた吐き気を抑えながら答えた。
「ええ、せっかくのお申し出に残念ですけど、長い付き合いもありますので、今回は無かった事に……!?」
最後まで言い切ろうとした言葉は出なかった。
顔に笑みを浮かべたまま、主任の手がアタシの首を掴んだからだ。
「うーん……、良く聞こえなかったや。耳を近づけるから、もう一度言ってくれないかな?」
先程までの軽薄な笑みと変わらない様に見えるけど、逆にそれが狂気じみた危うさを感じる。
「あっ……、かっ……」
息が出来ないほどの力で咽を圧迫されて、自分の顔が苦しげに歪んでいるのが分かる。
RDが止めに入ろうとするが、主任に一瞥されると蛇に睨まれた蛙の様に動かなくなった。
周りの人間も遠巻きに見るだけで助けようとはしない。
つまり、助かりたければ彼の望む答えを言わなければならない、というわけだ。
ふざけるな。
「……そ……」
咽を圧迫されながらも、何とか声を出す。
「んっ? 何だって?」
近づけてきた主任の耳元に、アタシは精一杯の声を出して言ってやった。
「おこ……とわり……よ……、ク、ソ、や、ろ……う」
耳を離して此方を見る主任の顔は愉快だった。
こんな状態で断られるとは思わなかった?
けど次の瞬間、彼の浮かべた笑みを見て、アタシははっきりと自分が死ぬと悟った。
言わずにはいられなかったけど、余計な一言だったかしらね。
咽の圧迫が少しずつ強まってくる。
呼吸すら出来ず、少しずつ意識が遠のいていく……。
ところがそんな咽の圧迫が突然無くなり、アタシは膝をついた。
「……げほっ! げほっ!」
咳き込みながらも、アタシは必死で息をした。
まだ咽の辺りに圧迫感を感じながらもアタシが見上げると、彼はアタシを見ておらず、一緒に来ていた女性と向き合っている。
意外にも彼女が助け舟を出してくれたらしい。
「主任、そろそろ代表との約束の時間ですが……」
シティでの作戦補佐であり、主任の秘書を務めるキャロル。
端整ながら冷たい人間味を感じさせない表情は、つい先程の凶事を目の当たりにしても崩れる事は無い。
彼女の冷たく事務的な口調で冷静さを取り戻したのか、主任の表情から狂気じみた笑顔が引っ込んでいる。
「……ああ、そうだね。約束は守らないと……」
そう言って立ち去ろうとするが、その足がピタリと止まった。
振り返った表情にはいつも通りの軽薄な笑顔がある。
「……良く考えるんだね、お嬢さん。『彼ら』に未来は無いよ? 目端の利く運び屋なら、どっちにつくのが得か解るはずだけど?」
「……ご忠告ありがとう。でも……」
アタシは立ち上がると、はっきりと言ってやった。
「いつ退くかはアタシが決めるわ」
アタシの言葉に、主任は一度肩をすくめて見せると、踵を返して立ち去っていく。
キャロルが此方に軽い会釈をし、その後についていった。
彼らの背中が見えなくなった途端、緊張の糸が途切れたのか、身体の力が抜けていき、その場に座り込んだ。
その様子を見たRDが慌ててアタシの方に駆け寄ってくるけど、もっと早く来なさいっての。
「だ、大丈夫ですか、お嬢様!?」
アタシは差し出されたRDの手を取って立ち上がる。
「心配しなくても平気よ」
「それなら良いですけど……。あの、さっき主任の言っていた例の件って何なんですか……?」
どこか遠慮がちにRDが聞いてきた。
まあ、聞いてくるのは当然よね……?
彼としては騒動の種となった話だし、知っておきたいのだろう。
別に隠すような話でもないし、アタシは教える事にした。
「単純な話よ。『レジスタンスに物資の提供を止めて、自分達に提供しろ』ってさ……」
「えっ!?」
そう、主任が要求してきたのはそれだけだ。
企業は契約しているシティから物資の援助を受けているが、それ以外のパイプも繋いでおきたいのだろう。
「ど、どうして断ったんですか?」
RDの疑問は最もだ。
アタシ達の顧客はシティに対して反抗の意を示すレジスタンスだ。
しかし、一時は代表の独裁体制を打破できるのではと思わせる程の勢力も、反抗作戦の失敗後は見る影もない。
普通に考えれば、そんな将来性の薄い組織と手を結んだところで、何の得にもならないだろう。
実際、そう考えた同業者には、既に企業と手を結んでいる者もいると聞く。
だけどね……。
「大勢が群がった餌場に行ったって、旨味が無いでしょうが?」
「……えっ?」
理解できないといった様子でRDが聞いてくる。
アタシは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「確かにレジスタンスには後が無いかも知れない。いいえ、今のままなら確実に近い将来潰れるわね。けどね? だからこそ、アタシ達は今、この瞬間、この顧客との取引を独占できるのよ?」
そう、確かにレジスタンスには将来性が薄い。
しかし、だからといって既に同業者といくつも契約を結んでいる企業と取引したところで、それでは儲けにならないのだ。
「心配しなくても、旗色が悪くなってきたら撤収するわよ。でもそれまでは……」
稼げるだけは稼がせて貰うけどね。
「さーて、アタシ達も約束は守らないとね?」
「そうですか……。上でそんな事が……。もう大丈夫なんですか?」
少女は心からアタシを気遣ってくれているのだろう。
アタシの咽元に優しく手を当てて、青い瞳を心配そうに揺らす姿は歳相応の少女にしか見えない。
むしろその礼儀正しい話し方や仕草は良いとこのお嬢様か、物語に出てくるお姫様って感じね。
アタシも初めて会った時はお姫様かと思ったもの。
だけど残念ながら、フランはごく普通の少女ではない。
良いとこのお嬢様でも、ましてやお姫様でもない。
シティ地下に存在する武装組織、レジスタンスのリーダー。
それが彼女だ。
――『彼ら』に未来は無いよ?
主任の言葉を思い出す。
確かに歳の若い少女がリーダーを務めるというのは、はっきり言って頼りない。
彼女の力不足から、補佐役を務める男が実質的なリーダーだと言う声も少なくない。
けれど……。
アタシはフランの後ろに回ると、そっとその身体を抱きしめた。
細い身体……。
小さな肩は緊張のせいか、強張っている。
その身体に圧し掛かる、リーダーとしての重圧は、どれほどのものだろう?
だからこそ……。
「えっ!? ロ、ロザリィさん?」
顔を真っ赤にして慌てる姿に、アタシはクスリと笑った。
「うーん、フランが可愛いから、つい抱きついちゃった。それにしても細い身体よねー? お姉さん羨ましいわー」
フランはますます顔を赤くした。
「か、からかわないでください!」
彼女の肩の強張りがフッと軽くなった様に感じた。
良かった。少しは緊張が解れたみたいね。
確かに彼女は力不足かもしれない。
でも、だからこそ周りの皆が支えなくちゃね。
アタシがレジスタンスと取引しているのは、もしかしたら儲け以外にそれもあるかもしれない。
こんな恥ずかしい事、絶対RDにも言えないけど……。
「……ゴホンッ!」
アタシ達のじゃれ合いが一通り済んだ頃を見計らった様に、わざとらしい空咳が室内に響いた。
「……そろそろ話を進めても良いかな?」
そう言ってきたのは眼光の鋭い顎に立派な髭を蓄えた男だった。
「ご、ごめんなさいっ! レオンさん」
恥ずかしそうに謝るフランには何も言わず、レオンはアタシに対して「さっさと始めろ」といった眼差しを向けてきた。
はいはい、話を脱線させて悪かったわよ。
「えーと……、今回お渡しする物資は先程渡したリストの通りなんですけど……、何か不備でもありましたか?」
「不備は無い……が」
レオンはそこで言葉を区切ると、手に持ったリストの一部を指し示した。
「このKARASAWAについてはリストから外しておいて欲しい」
……はあ?
何寝言言ってんのかしら、この髭は?
今回の目玉商品よ、これ。
「どうしてです?」
アタシは笑顔で訊ねた。
何故かRDの顔が青くなってるけど、どういう意味かしらね?
レオンは何処か自嘲めいた笑みを浮かべて答えた。
「使える人間がいない」
あー、成る程……。
アタシは納得したと同時に弱った。
確かに使える人間がいない武器なんて、買っても何の役にも立たないもんね。
しかし、だとしたら一体誰に売ったものかしら……?
「いいえ、一人います」
凛とした、力強い声が室内に響いた。
その場にいた誰もが、驚いた表情で声の主を見た。
アタシも驚いている。
だって今の声は……。
「……フラン?」
この子……、誰?
そう思うほど、彼女の印象はガラリと変わっていた。
真っ直ぐに伸びた背筋、信念を持った力強い瞳。
良いとこのお嬢様? お姫様?
違う……。
今の彼女は間違いなく、指導者だ……!
「『あの人』に託しましょう。あの人ならきっと扱えるはずです」
有無を言わさない一言に、レオンは息を呑みながらも反論する。
「まさか、契約を結んだばかりで間も無い傭兵にですか!?」
馬鹿なと呟くレオンに、フランは眉一つ動かさずに答える。
「結んだばかりで挙げた戦果を考えれば、当然の判断だと思いますが?」
その一言が決め手となったのだろう。
レオンはそれ以上フランには何も言わず、アタシに対して「先程言った事は無かった事にして欲しい」と言って来た。
アタシはフランの変貌っぷりに唖然としながらも、曖昧に頷いた。
後でフランから聞いた話だと、彼女の言っていた『あの人』とは、最近雇った傭兵の事だったらしい。
それを聞いたアタシは、今更ながらレオンが反対していた理由が理解できた。
そりゃ契約したばかりの腕前も分からない傭兵に、KARASAWA渡すのはちょっとねえ……?
けどあのフランがあそこまで強く(ていうか頑固に?)推した傭兵に、アタシは強い興味を抱いた。
そこでその傭兵の経歴をRDに調べて貰ったのだが……。
彼から渡されたプロフィールを見て、アタシは頭を抱える事となった。
「年齢不明……。性別不明……。出身地も不明……って、不明だらけじゃない!?」
そう、渡されたプロフィールは、RDがサボったんじゃないかと思えるほどに不確かなものだった。
唯一分かったものは、その傭兵の名前……。
「『レイヴン』……ねぇ?」
『鴉』なんて名前、どう考えても偽名だし……。
駄目ね。正直、名前だけじゃさっぱりだわ。
「こうなりゃ、直接自分の目で見極めさせて貰いましょうか?」
レイヴン。
アンタがフランにそこまで言わせる程の存在か?
アタシの儲けに繋がる存在か否か?
隅から隅まで、そりゃもうきっちりとね。
戦場なんだから爆音ぐらい響くのは当たり前だけど、そんな音を耳にしても、アタシはまるで現実味を感じる事が出来なかった。
ここが戦場から比較的離れた安全な場所だからかもしれない。
「くぁ……」
思わず欠伸が出てしまう。
でも流石に眠りはしない。ていうか眠れない。
さっき『安全な』とは言ったけど、実際には絶対安全と言い切れる場所じゃあない。
飛んできた流れ弾がギリギリ届くぐらいの範囲、そこに待機するヘリの中にアタシ達はいた。
「あ、あのお嬢様? い、一応、この辺りも戦場な訳ですし……。も、もう少し緊張感を持ってですね……」
隣から、オドオドとした、遠慮がちな声が聞こえる。
アタシが声のする方へ首だけ向けると、声と同じで顔も情けない男が操縦席に座っていた。肩をすくめてビクビクしている様子は、まるで子犬だ。
年はアタシより上のはずなんだけど……。
「RD。別にアタシが緊張して無くても、アンタがその分緊張しているから良いでしょ?」
自分で言っておいて何だけど、滅茶苦茶な理屈ね……。
RDもそう感じているのか、反論しようと口を開きかける。
でもアタシは自分の子分に言い負かされるのは、はっきり言って嫌だ。
だから言葉の矛先をずらしてみる事にした。
「RD? アンタの危険センサーは何か引っかかってるの? 危ない?」
質問されたRDは開きかけた口を閉じ、少し考え込むような顔をした。
こういう顔を日頃見せてれば、女性からも少しはモテルと思うんだけど……。
でも、この前お姫様がRDのオドオドした態度を「可愛い」とか言ってたし、その辺は好みの差かしら?
「……危険は無いですね。むしろ……」
答えるRDの顔はオドオドした様子は無い。
臆病な性格だからこそ、誰よりも危険を感知する能力に長けたRDは、自分のその能力には絶対の自信があるらしい。
「もう終わったようです」
アタシが「えっ?」と聞き返すのと同じタイミングで、頭上がパッと光った。
それが二回、三回と連続して、ようやく信号弾の光だと悟る。
よく見ると逃げるように(実際逃げてるんだろうけど)、戦場から離れるACが三機確認できた。
戦う前は四機だったことを考えると、あと一機は撃墜されたみたいね。
「よっし! もう一方が離れた頃を見計らって、回収に行くわよ!」
「りょ、了解しました!」
またオドオドした態度に戻りながら、RDが答えた。
さーてと、売り物になりそうな品が残ってると良いんだけどね。
ああ、自己紹介がまだだったわね。
アタシはロザリィ。
若くて美人な運び屋よ。
隣の男はRD。
アタシの相棒でも恋人でも旦那でも無い。
ただの子分だから、その辺はよろしく。
荒れ果てた。
アタシ達の生きている世界を一言で表現するなら、それが一番しっくり来る。
戦争、環境破壊、天災……。
どれが原因じゃなく、どれも原因なんだろうと思う。
けど、どうしてそうなったのかなんて、アタシには正直興味が無い。
これからどうするのか、大事なのはそこなんじゃないかしら?
辛うじて人が生きていける生存可能地域を行き来し、物資をやり取りする運び屋、ミグラントがアタシの選んだ道だった。
危険と隣り合わせの運び屋なんて道を何で選んだのか?
聞かれても特に理由は無い。
ただ、生存可能地域の中で限られた物資を奪い合い、惰性的に日々を過ごすよりはずっと生きていると実感できるからかもしれない。
戦場で破壊された兵器の中から、まだ使えそうな物を探して、直して、売り払う。
そんなアタシ達の仕事をハイエナ稼業と揶揄する声もあるけど、限られた資源は大事に使わなきゃね。
「そ、それにしても今日はついてましたね。撃破されたACが『KARASAWA』を持っていたなんて……。撃破した相手の部隊は相当な実力者ですよ」
隣でヘリを操縦するRDの声が、珍しく興奮していた。
まあ、気持ちは分かる。
RDが口にしたKARASAWAっていうのは、ACが装備できるレーザーライフルの一つで、高いスペックを誇る一品だからね。
当然それなりに値も張るわけで、アタシ達にとっては実に美味しい商品というわけ。
しかも今回アタシ達にとって幸運だったのは、撃破されたACもコアを除いては殆ど無傷の状態だった事ね。
おかげでKARASAWAを含めて、パーツの殆どが良い状態で回収できたわ。
欲を言うなら、コアももう少し綺麗に潰しておいてくれれば良かったんだけど……。
残念な事に、コアは何かがぶつかったかの様な衝撃で、グシャグシャに潰れてた。
……多分あれは蹴ったわね。
「お、お嬢様。もうすぐ着きますよ」
RDの声に促されてヘリの窓から下を覗くと、眩い明かりに照らされた建物がいくつも見える。
『シティ』……。
『代表』と呼ばれる人物が支配する、大規模な生存可能地域に造られた街だ。
アタシ達の顧客が住む街……。
まあ、この街には『住んでいない』んだけどね。
「さーて……、稼ぎますか」
そう呟いたアタシの声は、自分でも驚くくらい昂っていた。
しかしその昂りも、ヘリから降りて数分で冷めた。
原因はアタシの目の前で両手を大げさに広げて軽薄な笑顔で話しかけてきた男が原因だ。
「おや? おやおやおや? これはこれは、ロザリィお嬢さん! お久しぶりだねぇ!」
アタシは嫌そうな顔を隠さず、男を見た。
『主任』、本名は知らないけど、周りの人間は彼をそう呼んでいる。
代表と契約を結んでいる傭兵集団『企業』の一員であり、シティでの現場責任者……、まあ平たく言えば指揮官ね。
女性受けしそうな端整な顔立ちの青年に見えるけど、あまり良い噂は聞かない。
目的達成のためなら平然と部下を犠牲にする。
反シティの武装組織『レジスタンス』のリーダーを殺害した時も、リーダーを拘束した部下ごと撃ち殺したとか……。
確証は無いけど、おそらく事実だと思う。
だからアタシはこの男の笑顔に吐き気を覚えるのだ。
「ねえ、お嬢さん? 例の件、考えてくれた?」
例の件、その言葉が何を指すのか察したアタシは、こみ上げてきた吐き気を抑えながら答えた。
「ええ、せっかくのお申し出に残念ですけど、長い付き合いもありますので、今回は無かった事に……!?」
最後まで言い切ろうとした言葉は出なかった。
顔に笑みを浮かべたまま、主任の手がアタシの首を掴んだからだ。
「うーん……、良く聞こえなかったや。耳を近づけるから、もう一度言ってくれないかな?」
先程までの軽薄な笑みと変わらない様に見えるけど、逆にそれが狂気じみた危うさを感じる。
「あっ……、かっ……」
息が出来ないほどの力で咽を圧迫されて、自分の顔が苦しげに歪んでいるのが分かる。
RDが止めに入ろうとするが、主任に一瞥されると蛇に睨まれた蛙の様に動かなくなった。
周りの人間も遠巻きに見るだけで助けようとはしない。
つまり、助かりたければ彼の望む答えを言わなければならない、というわけだ。
ふざけるな。
「……そ……」
咽を圧迫されながらも、何とか声を出す。
「んっ? 何だって?」
近づけてきた主任の耳元に、アタシは精一杯の声を出して言ってやった。
「おこ……とわり……よ……、ク、ソ、や、ろ……う」
耳を離して此方を見る主任の顔は愉快だった。
こんな状態で断られるとは思わなかった?
けど次の瞬間、彼の浮かべた笑みを見て、アタシははっきりと自分が死ぬと悟った。
言わずにはいられなかったけど、余計な一言だったかしらね。
咽の圧迫が少しずつ強まってくる。
呼吸すら出来ず、少しずつ意識が遠のいていく……。
ところがそんな咽の圧迫が突然無くなり、アタシは膝をついた。
「……げほっ! げほっ!」
咳き込みながらも、アタシは必死で息をした。
まだ咽の辺りに圧迫感を感じながらもアタシが見上げると、彼はアタシを見ておらず、一緒に来ていた女性と向き合っている。
意外にも彼女が助け舟を出してくれたらしい。
「主任、そろそろ代表との約束の時間ですが……」
シティでの作戦補佐であり、主任の秘書を務めるキャロル。
端整ながら冷たい人間味を感じさせない表情は、つい先程の凶事を目の当たりにしても崩れる事は無い。
彼女の冷たく事務的な口調で冷静さを取り戻したのか、主任の表情から狂気じみた笑顔が引っ込んでいる。
「……ああ、そうだね。約束は守らないと……」
そう言って立ち去ろうとするが、その足がピタリと止まった。
振り返った表情にはいつも通りの軽薄な笑顔がある。
「……良く考えるんだね、お嬢さん。『彼ら』に未来は無いよ? 目端の利く運び屋なら、どっちにつくのが得か解るはずだけど?」
「……ご忠告ありがとう。でも……」
アタシは立ち上がると、はっきりと言ってやった。
「いつ退くかはアタシが決めるわ」
アタシの言葉に、主任は一度肩をすくめて見せると、踵を返して立ち去っていく。
キャロルが此方に軽い会釈をし、その後についていった。
彼らの背中が見えなくなった途端、緊張の糸が途切れたのか、身体の力が抜けていき、その場に座り込んだ。
その様子を見たRDが慌ててアタシの方に駆け寄ってくるけど、もっと早く来なさいっての。
「だ、大丈夫ですか、お嬢様!?」
アタシは差し出されたRDの手を取って立ち上がる。
「心配しなくても平気よ」
「それなら良いですけど……。あの、さっき主任の言っていた例の件って何なんですか……?」
どこか遠慮がちにRDが聞いてきた。
まあ、聞いてくるのは当然よね……?
彼としては騒動の種となった話だし、知っておきたいのだろう。
別に隠すような話でもないし、アタシは教える事にした。
「単純な話よ。『レジスタンスに物資の提供を止めて、自分達に提供しろ』ってさ……」
「えっ!?」
そう、主任が要求してきたのはそれだけだ。
企業は契約しているシティから物資の援助を受けているが、それ以外のパイプも繋いでおきたいのだろう。
「ど、どうして断ったんですか?」
RDの疑問は最もだ。
アタシ達の顧客はシティに対して反抗の意を示すレジスタンスだ。
しかし、一時は代表の独裁体制を打破できるのではと思わせる程の勢力も、反抗作戦の失敗後は見る影もない。
普通に考えれば、そんな将来性の薄い組織と手を結んだところで、何の得にもならないだろう。
実際、そう考えた同業者には、既に企業と手を結んでいる者もいると聞く。
だけどね……。
「大勢が群がった餌場に行ったって、旨味が無いでしょうが?」
「……えっ?」
理解できないといった様子でRDが聞いてくる。
アタシは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「確かにレジスタンスには後が無いかも知れない。いいえ、今のままなら確実に近い将来潰れるわね。けどね? だからこそ、アタシ達は今、この瞬間、この顧客との取引を独占できるのよ?」
そう、確かにレジスタンスには将来性が薄い。
しかし、だからといって既に同業者といくつも契約を結んでいる企業と取引したところで、それでは儲けにならないのだ。
「心配しなくても、旗色が悪くなってきたら撤収するわよ。でもそれまでは……」
稼げるだけは稼がせて貰うけどね。
「さーて、アタシ達も約束は守らないとね?」
「そうですか……。上でそんな事が……。もう大丈夫なんですか?」
少女は心からアタシを気遣ってくれているのだろう。
アタシの咽元に優しく手を当てて、青い瞳を心配そうに揺らす姿は歳相応の少女にしか見えない。
むしろその礼儀正しい話し方や仕草は良いとこのお嬢様か、物語に出てくるお姫様って感じね。
アタシも初めて会った時はお姫様かと思ったもの。
だけど残念ながら、フランはごく普通の少女ではない。
良いとこのお嬢様でも、ましてやお姫様でもない。
シティ地下に存在する武装組織、レジスタンスのリーダー。
それが彼女だ。
――『彼ら』に未来は無いよ?
主任の言葉を思い出す。
確かに歳の若い少女がリーダーを務めるというのは、はっきり言って頼りない。
彼女の力不足から、補佐役を務める男が実質的なリーダーだと言う声も少なくない。
けれど……。
アタシはフランの後ろに回ると、そっとその身体を抱きしめた。
細い身体……。
小さな肩は緊張のせいか、強張っている。
その身体に圧し掛かる、リーダーとしての重圧は、どれほどのものだろう?
だからこそ……。
「えっ!? ロ、ロザリィさん?」
顔を真っ赤にして慌てる姿に、アタシはクスリと笑った。
「うーん、フランが可愛いから、つい抱きついちゃった。それにしても細い身体よねー? お姉さん羨ましいわー」
フランはますます顔を赤くした。
「か、からかわないでください!」
彼女の肩の強張りがフッと軽くなった様に感じた。
良かった。少しは緊張が解れたみたいね。
確かに彼女は力不足かもしれない。
でも、だからこそ周りの皆が支えなくちゃね。
アタシがレジスタンスと取引しているのは、もしかしたら儲け以外にそれもあるかもしれない。
こんな恥ずかしい事、絶対RDにも言えないけど……。
「……ゴホンッ!」
アタシ達のじゃれ合いが一通り済んだ頃を見計らった様に、わざとらしい空咳が室内に響いた。
「……そろそろ話を進めても良いかな?」
そう言ってきたのは眼光の鋭い顎に立派な髭を蓄えた男だった。
「ご、ごめんなさいっ! レオンさん」
恥ずかしそうに謝るフランには何も言わず、レオンはアタシに対して「さっさと始めろ」といった眼差しを向けてきた。
はいはい、話を脱線させて悪かったわよ。
「えーと……、今回お渡しする物資は先程渡したリストの通りなんですけど……、何か不備でもありましたか?」
「不備は無い……が」
レオンはそこで言葉を区切ると、手に持ったリストの一部を指し示した。
「このKARASAWAについてはリストから外しておいて欲しい」
……はあ?
何寝言言ってんのかしら、この髭は?
今回の目玉商品よ、これ。
「どうしてです?」
アタシは笑顔で訊ねた。
何故かRDの顔が青くなってるけど、どういう意味かしらね?
レオンは何処か自嘲めいた笑みを浮かべて答えた。
「使える人間がいない」
あー、成る程……。
アタシは納得したと同時に弱った。
確かに使える人間がいない武器なんて、買っても何の役にも立たないもんね。
しかし、だとしたら一体誰に売ったものかしら……?
「いいえ、一人います」
凛とした、力強い声が室内に響いた。
その場にいた誰もが、驚いた表情で声の主を見た。
アタシも驚いている。
だって今の声は……。
「……フラン?」
この子……、誰?
そう思うほど、彼女の印象はガラリと変わっていた。
真っ直ぐに伸びた背筋、信念を持った力強い瞳。
良いとこのお嬢様? お姫様?
違う……。
今の彼女は間違いなく、指導者だ……!
「『あの人』に託しましょう。あの人ならきっと扱えるはずです」
有無を言わさない一言に、レオンは息を呑みながらも反論する。
「まさか、契約を結んだばかりで間も無い傭兵にですか!?」
馬鹿なと呟くレオンに、フランは眉一つ動かさずに答える。
「結んだばかりで挙げた戦果を考えれば、当然の判断だと思いますが?」
その一言が決め手となったのだろう。
レオンはそれ以上フランには何も言わず、アタシに対して「先程言った事は無かった事にして欲しい」と言って来た。
アタシはフランの変貌っぷりに唖然としながらも、曖昧に頷いた。
後でフランから聞いた話だと、彼女の言っていた『あの人』とは、最近雇った傭兵の事だったらしい。
それを聞いたアタシは、今更ながらレオンが反対していた理由が理解できた。
そりゃ契約したばかりの腕前も分からない傭兵に、KARASAWA渡すのはちょっとねえ……?
けどあのフランがあそこまで強く(ていうか頑固に?)推した傭兵に、アタシは強い興味を抱いた。
そこでその傭兵の経歴をRDに調べて貰ったのだが……。
彼から渡されたプロフィールを見て、アタシは頭を抱える事となった。
「年齢不明……。性別不明……。出身地も不明……って、不明だらけじゃない!?」
そう、渡されたプロフィールは、RDがサボったんじゃないかと思えるほどに不確かなものだった。
唯一分かったものは、その傭兵の名前……。
「『レイヴン』……ねぇ?」
『鴉』なんて名前、どう考えても偽名だし……。
駄目ね。正直、名前だけじゃさっぱりだわ。
「こうなりゃ、直接自分の目で見極めさせて貰いましょうか?」
レイヴン。
アンタがフランにそこまで言わせる程の存在か?
アタシの儲けに繋がる存在か否か?
隅から隅まで、そりゃもうきっちりとね。
11/10/02 21:51更新 / 謎のレイブン