第四話「un sourire vert」
ローゼンタールの輸送機が絨毯のように敷かれている雲の上を飛んでいる。
今回、二人に入ってきた依頼はローゼンタールの偽輸送部隊によって旧マーハシティにおびき寄せられたGA所属のネクスト、メリーゲートを撃破することだった。
二人にとってはこれが初めての対ネクスト戦となる。
出撃前のネクストのコクピット内でフランシスは前日に見た母親の夢の事を思っていた。
思えば、何故自分は父に歯向かうことなくリンクスになったのだろうか?
何かを変えたいから。当初はそう思っていたが、あの夢を見て以来なにか引っかかるように彼女は思っていた。
「お姉様」
不意に、フランシスの下へユリエールから通信が入ってきた。その声にはどこか心配そうな響きが含まれている。
「ユリエール。どうかした?」
コクピットのモニターに映る心配そうな妹の顔に微笑みかけるフランシス。
だが、その微笑みにどこか淀みがあるのをユリエールは感じ取っていた。
「いえ…朝から様子が変だったので…。何かあったのかと思いまして」
「そ、そんな事無いわよ。今回の相手は初めてのネクストだから少し緊張しているの」
妹になんとなく感づかれていたのに気付き、フランシスは慌てて否定した。
ただ、それでもユリエールの疑問の念は消えない。
「緊張、だとしたらお姉様らしくないです。お姉様は現実を受け入れてから対処する方ですから…」
ユリエールのそんな不安にフランシスが言葉を繕おうとしたとき、今度はオペレーターのクレアが通信に割り込んできた。
『間も無く作戦領域上空に到達。降下します』
「ユリエール、油断しないでね。私は大丈夫だから」
「…分かりました」
そう言い残して、通信を一旦終わると二人は愛機を限りない空へと飛びこませた。
『…ネクスト?なるほど、騙されたのね』
広大な砂漠と、それに飲み込まれた建造物からなる旧マーハシティの中心部に目標はいた。
カラードのランク18、スマイリーの通称を持つメイ・グリンフィールドのネクストメリーゲートである。
薄い鮮やかな緑色に塗装されたGA標準重量機GAN01-SUNSHINEベースのその機体は大型ミサイルWHEELING03などの高火力兵装により、支援に向いたものとなっている。
因みに通常機と違い、同社の新標準機GAN02-NEW-SUNSHINEのパーツも頭部や胴体部に使用されている。
『リンクス達、敵は格上と言えど支援を目的に構成された機体です。お二人の連携なら充分に渡り合えるはずです。確実な撃破をお願いします』
「了解。ユリエール、右に回って。挟撃しましょう」
「分かりました」
その通信を皮切りに二機が同時に散開。
砂塵を巻き上げながらフランシスのジャンティ・アムールがメリーゲートを中心に弧を描くように移動。
だがメイは背部に積んだ太い筒のようなレーダー「MARIAS02」からの情報により、既に二人の位置を掴んでいた。
重量のあるメリーゲートが装甲を軋ませながらバックブーストで距離をとりつつフランシスの方へ旋回する。
『シャリティ…あの名門のところのリンクスか。少々骨が折れそうね』
メリーゲートのコクピットから聞こえる声はまだ若い女性のものだったが、淡々とした落ち着いた口調がそれなりに経験のあるリンクスであることを物語っている。
そしてどうやら彼女はシャリティ家のことを知っているようだった。
メリーゲートが背部のミサイルハッチを展開。波のように次々と開いていくハッチの中から十数発の弾頭が煙の尾をひいて上空へ上がる。
突如として始まった攻撃は、その場で三機の戦闘開始を告げる。
更にフランシスは攻撃の意図に気付いて叫んだ。
「ユリエール!」
「分かってます!」
メイの背後に回ろうとしていたユリエールへそのミサイル群が襲い掛かる。
牽制だった。交戦開始直後から連携を乱されれば戦いの主導権はメイが握ることになるだろう。
ユリエールは両腕に握った刃のような鋭利なデザインの突撃ライフル「AR-O700」でミサイルを幾つか撃ち落しつつ、進行方向と真逆へ切り返してそれらを回避。
地面の砂が信管の爆発により撒き上がり、雨の様に降り注いだ。
フランシスは右手のライフル「MR-R100R」でバースト射撃。
メイは真横へのクイックブーストでそれを交わし、その勢いのままやや上昇してGAのライフル「GAN02-NSS-WR」で撃ち下ろし気味に反撃。
回避を試みるが数発ジャンティ・アムールのPAを掠め取り、周囲のコジマ粒子を歪ませた。
追撃を考慮してすぐさまクイックブーストで後ろへ距離をとる。
「外見と違って洗練された動きね…」
『撃ち合いにしか能が無いだけよ。細かいのは性に合わないの』
自身をそう謙虚に、自嘲気味に表現するメイ。
物静かな雰囲気だが戦い方はなかなか豪快で、なにより今のフランシスのような迷いが無い。
メイが再びミサイルを打ち上げる。それらは上空で二方向に分かれ、その半分ずつが二機に対して飛来した。
ユリエールがそれに反応して後退するがそれにより二機が離れ、標的がフランシスに絞られる。
ミサイルの反動を上回るブースト推力と本人の制動技術によって既に体勢を立て直していたメイが腕のみで照準を定めてライフルを連射。上と前方から、実弾が波状攻撃を行う。
フランシスは機体を左右に切り返しさせながら、ライフルでミサイルを迎撃。間際までひきつけてからクイックで横へ回避するが――
「お姉様っ!!」
「しまっ…!」
――回避した先にライフルではない大きな弾が空気を切り裂いて延びてくる。大口径の砲弾だ。
反応しきれずにジャンティ・アムールのPAに着弾。大爆発と共に、PAを吹き飛ばす。
衝撃で大きく後退したフランシスの下へ更にメイがライフルを乱射。攻撃は止まなかった。
「くっ、あ”っ…!」
薄くなったPAを貫いて、コアと右腕に被弾。ジャンティ・アムールの装甲を抉り取る。
AMSを通じて苦痛が。コアの衝撃を通じて更に鈍痛がフランシスを襲った。
すぐさまユリエールが大きく踏み込み、二丁の突撃ライフルを掲げて連射。
メリーゲートのPAは貫くものの、それによって減速したライフル弾はGAの誇る重装甲にやすやすと受け止められ有効なダメージは与えられない。
メイは狙いをつけずにユリエールへ向けてライフルを発射。その後、牽制をしながら大きくクイックで後退して距離をとる。
『悪いけど、負けられないの』
メリーゲートの背部では再びミサイルハッチが波打ち、展開する。
経験の差を物語る動きにユリエールは戦慄した。
一方、被弾したフランシスは頭を振ってなんとか意識を保つ。
対照的に、彼女の瞳には怯えた色などまだ滲んでいなかった。
今回、二人に入ってきた依頼はローゼンタールの偽輸送部隊によって旧マーハシティにおびき寄せられたGA所属のネクスト、メリーゲートを撃破することだった。
二人にとってはこれが初めての対ネクスト戦となる。
出撃前のネクストのコクピット内でフランシスは前日に見た母親の夢の事を思っていた。
思えば、何故自分は父に歯向かうことなくリンクスになったのだろうか?
何かを変えたいから。当初はそう思っていたが、あの夢を見て以来なにか引っかかるように彼女は思っていた。
「お姉様」
不意に、フランシスの下へユリエールから通信が入ってきた。その声にはどこか心配そうな響きが含まれている。
「ユリエール。どうかした?」
コクピットのモニターに映る心配そうな妹の顔に微笑みかけるフランシス。
だが、その微笑みにどこか淀みがあるのをユリエールは感じ取っていた。
「いえ…朝から様子が変だったので…。何かあったのかと思いまして」
「そ、そんな事無いわよ。今回の相手は初めてのネクストだから少し緊張しているの」
妹になんとなく感づかれていたのに気付き、フランシスは慌てて否定した。
ただ、それでもユリエールの疑問の念は消えない。
「緊張、だとしたらお姉様らしくないです。お姉様は現実を受け入れてから対処する方ですから…」
ユリエールのそんな不安にフランシスが言葉を繕おうとしたとき、今度はオペレーターのクレアが通信に割り込んできた。
『間も無く作戦領域上空に到達。降下します』
「ユリエール、油断しないでね。私は大丈夫だから」
「…分かりました」
そう言い残して、通信を一旦終わると二人は愛機を限りない空へと飛びこませた。
『…ネクスト?なるほど、騙されたのね』
広大な砂漠と、それに飲み込まれた建造物からなる旧マーハシティの中心部に目標はいた。
カラードのランク18、スマイリーの通称を持つメイ・グリンフィールドのネクストメリーゲートである。
薄い鮮やかな緑色に塗装されたGA標準重量機GAN01-SUNSHINEベースのその機体は大型ミサイルWHEELING03などの高火力兵装により、支援に向いたものとなっている。
因みに通常機と違い、同社の新標準機GAN02-NEW-SUNSHINEのパーツも頭部や胴体部に使用されている。
『リンクス達、敵は格上と言えど支援を目的に構成された機体です。お二人の連携なら充分に渡り合えるはずです。確実な撃破をお願いします』
「了解。ユリエール、右に回って。挟撃しましょう」
「分かりました」
その通信を皮切りに二機が同時に散開。
砂塵を巻き上げながらフランシスのジャンティ・アムールがメリーゲートを中心に弧を描くように移動。
だがメイは背部に積んだ太い筒のようなレーダー「MARIAS02」からの情報により、既に二人の位置を掴んでいた。
重量のあるメリーゲートが装甲を軋ませながらバックブーストで距離をとりつつフランシスの方へ旋回する。
『シャリティ…あの名門のところのリンクスか。少々骨が折れそうね』
メリーゲートのコクピットから聞こえる声はまだ若い女性のものだったが、淡々とした落ち着いた口調がそれなりに経験のあるリンクスであることを物語っている。
そしてどうやら彼女はシャリティ家のことを知っているようだった。
メリーゲートが背部のミサイルハッチを展開。波のように次々と開いていくハッチの中から十数発の弾頭が煙の尾をひいて上空へ上がる。
突如として始まった攻撃は、その場で三機の戦闘開始を告げる。
更にフランシスは攻撃の意図に気付いて叫んだ。
「ユリエール!」
「分かってます!」
メイの背後に回ろうとしていたユリエールへそのミサイル群が襲い掛かる。
牽制だった。交戦開始直後から連携を乱されれば戦いの主導権はメイが握ることになるだろう。
ユリエールは両腕に握った刃のような鋭利なデザインの突撃ライフル「AR-O700」でミサイルを幾つか撃ち落しつつ、進行方向と真逆へ切り返してそれらを回避。
地面の砂が信管の爆発により撒き上がり、雨の様に降り注いだ。
フランシスは右手のライフル「MR-R100R」でバースト射撃。
メイは真横へのクイックブーストでそれを交わし、その勢いのままやや上昇してGAのライフル「GAN02-NSS-WR」で撃ち下ろし気味に反撃。
回避を試みるが数発ジャンティ・アムールのPAを掠め取り、周囲のコジマ粒子を歪ませた。
追撃を考慮してすぐさまクイックブーストで後ろへ距離をとる。
「外見と違って洗練された動きね…」
『撃ち合いにしか能が無いだけよ。細かいのは性に合わないの』
自身をそう謙虚に、自嘲気味に表現するメイ。
物静かな雰囲気だが戦い方はなかなか豪快で、なにより今のフランシスのような迷いが無い。
メイが再びミサイルを打ち上げる。それらは上空で二方向に分かれ、その半分ずつが二機に対して飛来した。
ユリエールがそれに反応して後退するがそれにより二機が離れ、標的がフランシスに絞られる。
ミサイルの反動を上回るブースト推力と本人の制動技術によって既に体勢を立て直していたメイが腕のみで照準を定めてライフルを連射。上と前方から、実弾が波状攻撃を行う。
フランシスは機体を左右に切り返しさせながら、ライフルでミサイルを迎撃。間際までひきつけてからクイックで横へ回避するが――
「お姉様っ!!」
「しまっ…!」
――回避した先にライフルではない大きな弾が空気を切り裂いて延びてくる。大口径の砲弾だ。
反応しきれずにジャンティ・アムールのPAに着弾。大爆発と共に、PAを吹き飛ばす。
衝撃で大きく後退したフランシスの下へ更にメイがライフルを乱射。攻撃は止まなかった。
「くっ、あ”っ…!」
薄くなったPAを貫いて、コアと右腕に被弾。ジャンティ・アムールの装甲を抉り取る。
AMSを通じて苦痛が。コアの衝撃を通じて更に鈍痛がフランシスを襲った。
すぐさまユリエールが大きく踏み込み、二丁の突撃ライフルを掲げて連射。
メリーゲートのPAは貫くものの、それによって減速したライフル弾はGAの誇る重装甲にやすやすと受け止められ有効なダメージは与えられない。
メイは狙いをつけずにユリエールへ向けてライフルを発射。その後、牽制をしながら大きくクイックで後退して距離をとる。
『悪いけど、負けられないの』
メリーゲートの背部では再びミサイルハッチが波打ち、展開する。
経験の差を物語る動きにユリエールは戦慄した。
一方、被弾したフランシスは頭を振ってなんとか意識を保つ。
対照的に、彼女の瞳には怯えた色などまだ滲んでいなかった。
10/02/27 13:53更新 / セーフティハマー