エレン・バレーナ・アース OK
「俺は元々民間の…あ、嫌。
やってる事は傭兵もどきだから『民間』と言って良いかは分からないが…。
所謂非公式傭兵団…ギルドの方が近いか?――に所属していた男の遺伝子を企業が買ったらしい。
確か…60億コーム…か」
その言葉に三人は勿論、近くで不届き者を叱っていた女性や、叱られ組でさえも凍り付いた。
当のエグは、何でもないかの様に話を続ける。
「何処の企業だったかなぁ?
如月グループの…そうそう、バレーナだ」
「あの…何の話してるんですか?」
「俺の生い立ちだろ?」
「「「………………」」」
「結論から言うと、俺の出身は地下世界だぞ?
フライトナーズの件で隠れてたり、レイヴン達を引っ張って来たりとかは真逆の地区だけど。
地下世界に飽きた俺は、こっそりギルドから抜け出したんだ――――――――――アース家のお嬢様、エレンと一緒にな」
「「「…へ!?」」」
「最も、飽きて出れる程、優しい世界じゃなかったけどな」
絶句しか出来ない言葉の後に続く驚愕の生い立ち。
最早、怒涛の津波と言わず何と言う、としか言えないレベルである。
「アース家って…バレーナ社の……えっ!?
何で…えっ!?」
バレーナ社とアース家の関係。
それを考えると困惑しか出来ない。
しかし、エグは容赦なく告白した。
「俺達のオペレーターはエレン・バレーナ・アースだ」
「「「「「「……………………………………………………………」」」」」」
「あ、でも自己紹介の時エレンですって言ったけど、あれって当代社長の父親が家族とか本社の人とか含めて大嫌いだからで…。
間違ってもバレーナのお嬢様なんて言うなよ?
じゃなけりゃMT相手に拳なんか振るわん。
ふははははは!!」
隊員Aが呟く。
「MT相手に…」
続く言葉を不届き者Aが引き継ぐ。
「拳を…」
隊員Cが締め括る。
「振るう…?」
「何の冗談ですか?」
「全て実話だ」
隊員Bの言葉に、そう断言するエグ。
「……………………在り得ねェ…………」
「てか、隊長、何で生い立ちの話で遺伝子の事なんか…。
てか、バレーナが買ったんならエレンさんの生い立ち的に思い出せるでしょうに…」
「そう言うな。
実は俺は強化人間…嫌、一般的な意味とは違うから何て言えば良いんだろうか。
人工ドミナント…コーディナイター?
まあ、そんな感じでな。
さっきの凄腕レイヴンの話だが、そいつが…遺伝子的には父親なのか。
何処のレイヴンか知らないから生きてるのか知らないんだけどな」
そう言って軽く吹き笑うエグ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
何処に行っても暗い戦場ばかり。
俺は、もう飽き飽きしていた。
この頃の俺は未だ、エレンと出会ってない。
誰とも知らぬ父の血を継ぎ、母は度の過ぎた魔改造で正真正銘の改造人間となって制御が付かなくなった所を如月がバレーナに押し付けた。
困ったバレーナ社は…施設の連中は『人間製造機』だなんて言ってた。
そんな扱いを受けていたらしい。
両親の顔を知らぬ心の中で人間を製造する、と言う表現に嫌悪感を感じていた俺は、毎日銃を撃つ事に疑問を感じていた。
ある日、ギルドマスターに話し掛けると、あからさまに社会の事の話題を嫌った。
あれでは話をするのが嫌と抗議するも同然である。
嘘でも、それなりのシステムを語れば子供を騙せた物を。
『造られた命』。
それを知るには余りにも小さ過ぎた心は、何時しか、それを殺す事で生き延びる術を学んでしまっていた。
敵を撃つ。
眼前の障害の排除、それが生き延びる術。
余りにも機械的な『人生』と言う事が烏滸がましい許されざる、そんな毎日。
だが、殺していたつもりの心は、気付けば俺を支配していた。
エレン。
それが俺を変えた少女の名。
訊けば、本人は生れ出を言うのを渋っており、マスターすら全てを把握していない様だ。
年不相応の『眼』は経済を鋭く捉えていた。
エレンが加わった事で資金が浮き上がり、それによって生まれて初めてMTを宛てがって貰えた。
だが、兵器である事に変わりはない。
それでも死亡率が大幅に下がるのは目に見えている事だ。
俺もギルドメンバーも、エレンを慕い、感謝した。
そんな、ある日の事だった。
哨戒任務の依頼を遂行していた俺のMTにギルドから緊急通信が入って来た。
マスターの声だ。
『本部に戻って来い!!
バレーナ社のMT部隊がわんさかだぞ!!!』
「何故企業が僕らを撃つんです?」
『知るかぁあ!!
戻ってこねぇと企業部隊にエレンが攫われちまうぞ!!』
「何の冗談です、企業がエレンに何を求めてるんです?」
声音こそあしらう様にするつもりだったが、その実俺は焦りで一杯だった。
気が付けば、本部の方へ機体を歩行させていた。
(エレンが攫われる…)
考えただけで怒りが体を支配せんと暴れ出す。
「移動モード」
呟き、コンパターを操作する。
脚部のローラーに全出力を注ぎ込み、最大回転速度でモーターを駆動させた。
微かに残る記憶を思い出す限り、速度ゲージ一杯だった気がする。
ともあれ、俺は最高速度で愛機を走らせた。
けれども、現実は無慈悲だった。
本部――ギルドが燃え盛る姿と、バレーナ社に雇われたレイヴンが搭乗しているであろう紅色の鋭利な形状をしたAC、それを囲うMT達しか居ない。
レイレナード製AC用頭部パーツ――アリーヤと呼ばれるレイレナード社の基本モデルである頭部パーツの複数の列に並んだライトが示す『眼』の真っ赤な光が俺をギラリと睨んだ。
ライール系腕部に握られたアブゼブラ製空戦向けのライフルの銃口が俺の乗ったMTに向けられる。
俺は状況に付いて行けなかった。
如何して、何故?
そんな思いが胸を襲う。
「嘘だ…何で!?
何で、何でだあああああああああああああ!!!!!」
ナックルバンカーをACにぶつけようとローターダッシュする。
けれど、もう俺の記憶は其処で途絶えてしまっていた。
気付けば真っ白な天井と、自分の周りに居る白衣の大人達。
もう一度意識が暗転して、目が覚める。
ベッドに寝ていると分かったが、動けないとも分かった。
拘束されている感触は無いが、体が重過ぎる。
ふと横を見ると、初老の白衣の男が本を読んでいた。
小さいから小説だろう。
「目が覚めたかい?」
暖かい手が額を撫でる。
「全く。
君のMTも一応高性能らしいが…じゃからと言うて、企業に敵う訳なかろう。
何をしておった、うん?」
「俺は…エレン…――エレン…!!」
「…混乱中、と。
まあ良かろう。
どうせ儂は孤児院の院長じゃ。
お前さんが子供である以上、保護せんとな」
「事情は後だ」と言いながらワッハッハと笑うお爺さん。
その暖かさに俺は随分と安心した。
安心して落ち着いたから気付いたが、俺は飽く迄エレンの名前を叫んだだけであって、名乗った訳じゃない。
が、聞き様によっては、あのお爺さんの中で俺の名前がエレンになってしまった可能性が高い。
事実、お爺さんは首を傾げてしまった。
「しかし…のぅ。
所謂『男の娘』とやらか?」
そんな事を言っちゃった訳だ。
けど、俺は『子供として』育てられた経験がない。
つまり、世間の会話ネタを仕入れた事がない。
結果、俺はこう答えてしまった。
「え、ええ『男の子』ですけど…?」
日本語を話すなんてギルドリーダーやエレン位だと思っていたので、不思議な人だなぁ、としか思わなかったのだが、俺が自分の過ちに気づいたのは後々の事である。
「ふうむ、孫が喜ぶ様な人種じゃな訳じゃな?」
(黄色人種が特別好きな人って、一体誰なんだ?)
この勘違いもだ。
この場合の人種とは白人や黒人と言った類の意味ではなく、【ヲタク】と呼ばれるに値する方向性と進み方をした連中の事を言う。
要は黒人だろうが白人だろうが、その手のアニメとかが好きなら『ヲタク』と呼ばれる人種な訳だ。
因みに大和でMT部隊を率いる様になってから、部下とのメールのやり取りでヲタクの『ヲ』を『オ』にした事がある。
そうしたら、隣のガレージの隊長が、その間違いを怒鳴りながら指摘して来たのだ。
まだヲタクレベルの低い隊員達が腰を抜かしていたが、あれは冗談抜きで色々怖かった。
話を戻す。
お爺さんは見た目からして北欧の人っぽかった。
今から考えれば、随分器用だと感じるが、大和に来てからなら今更な事に拍車が掛かっているのは考える迄もなく分かり切ってる事だ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「それから俺はお爺さんの孤児院で育てられたんだ」
「院長の名前は?」
「クル・アズ・ヴェレッヴェ…。
クル爺と呼ばれていた」
「ああ、うん。
連れて来たレイヴンに結構名の売れた奴居たから、隊長ならとは思ってたけども…」
「ああ、分かる。
隊長だからって、クル・アズ・ヴェレッヴェは流石に…」
「本当だぞ?
エグって名前だってクル爺が名付け親な訳だし」
「「「へ!?」」」
しかしエグは三人の反応より時間が気になった。
「ああ、もう時間なのか」
腕時計を確認して少し慌てるエグ。
「お前らもそろそろ休憩終わるぞ」
「ですね」
「じゃあ、片付けましょうか」
「っちょ、まだ食って―――食った!
片付ける!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
結局救えなかった。
16になった頃、バレーナ社が孤児院に俺がいる事を突き止めた。
クオ爺が何度も否定して、その度に連中は収穫なしで帰ってった。
でも、クオ爺も何度も付き飛ばされた所為で、遂に頭を打って入院する事になった。
結局俺は何も出来なかった。
兄弟に等しい、あいつらを一人も救えなかった。
悔しい、そう感じながら牢獄で目を覚ます。
衰退し切った俺は何も考えたくないと思った。
其処がバレーナ社かバレーナ社が所有する施設だとは分かり切った事だ。
けれども、気力がなかった。
辛すぎる、そう感じてしまった俺は弱虫になっていたから。
そんな俺に兆しが見えたのは18の誕生日を翌日に控えた1月の事だった。
何せ爆音と凄い揺れに叩き起こされたんだ、俺は『生きる気力』云々を放り投げて何があったんだと叫んだ。
何度も何度も叫んでいると、物凄い数の足音が忙しなく聞こえて来た。
戦場で鍛えた判断力だ、間違いない。
それは姿を見て、やはりと思う奴らだった。
強化歩兵スーツを着込んだ兵士が数人。
流石に怖かった。
「おい、逃げるぞ」
「…逃げる?」
本気で「何言ってんだ、こいつは?」と真顔で思ってしまった。
何せ、俺に暴力を振るった奴らが同じ装備をしていたんだ。
流石に火器の携帯は禁じられてたっぽいが、そいつらは完全武装状態だった。
殺されると思ったら、自分を殺すのかと思っていた相手に逃げるぞと言われて納得出来る奴がいる訳ない。
事実俺もそうだった。
そうだったけど、半ば強引に牢獄から出された。
その時の力加減が妙に優しかったのは今でも憶えてる。
俺が衰退していると分かった矢先に、腕を引っ張った奴が舌打ちしながら俺をおぶった。
(あれ?)
全力で、だが素朴な疑問を抱いた。
強引に出されたので、やっぱり嫌な事されるんだと思ったら、これだからだ。
それに「逃げるぞ」と言う台詞は、逃げるメンバーに明らかに俺を含めた言葉だ。
「貴方達は…俺を何処へ?」
「トラックだ」
車に乗せるんだ。
やっぱり遠くへ行くんだ。
その程度しか思わなかったのは衰退して頭の利きが悪かったからだろうか、今も分からない。
俺が、この後何処へ向かわされたかは…。
又機会があれば語ろうか。
お前達に興味があれば、な。
やってる事は傭兵もどきだから『民間』と言って良いかは分からないが…。
所謂非公式傭兵団…ギルドの方が近いか?――に所属していた男の遺伝子を企業が買ったらしい。
確か…60億コーム…か」
その言葉に三人は勿論、近くで不届き者を叱っていた女性や、叱られ組でさえも凍り付いた。
当のエグは、何でもないかの様に話を続ける。
「何処の企業だったかなぁ?
如月グループの…そうそう、バレーナだ」
「あの…何の話してるんですか?」
「俺の生い立ちだろ?」
「「「………………」」」
「結論から言うと、俺の出身は地下世界だぞ?
フライトナーズの件で隠れてたり、レイヴン達を引っ張って来たりとかは真逆の地区だけど。
地下世界に飽きた俺は、こっそりギルドから抜け出したんだ――――――――――アース家のお嬢様、エレンと一緒にな」
「「「…へ!?」」」
「最も、飽きて出れる程、優しい世界じゃなかったけどな」
絶句しか出来ない言葉の後に続く驚愕の生い立ち。
最早、怒涛の津波と言わず何と言う、としか言えないレベルである。
「アース家って…バレーナ社の……えっ!?
何で…えっ!?」
バレーナ社とアース家の関係。
それを考えると困惑しか出来ない。
しかし、エグは容赦なく告白した。
「俺達のオペレーターはエレン・バレーナ・アースだ」
「「「「「「……………………………………………………………」」」」」」
「あ、でも自己紹介の時エレンですって言ったけど、あれって当代社長の父親が家族とか本社の人とか含めて大嫌いだからで…。
間違ってもバレーナのお嬢様なんて言うなよ?
じゃなけりゃMT相手に拳なんか振るわん。
ふははははは!!」
隊員Aが呟く。
「MT相手に…」
続く言葉を不届き者Aが引き継ぐ。
「拳を…」
隊員Cが締め括る。
「振るう…?」
「何の冗談ですか?」
「全て実話だ」
隊員Bの言葉に、そう断言するエグ。
「……………………在り得ねェ…………」
「てか、隊長、何で生い立ちの話で遺伝子の事なんか…。
てか、バレーナが買ったんならエレンさんの生い立ち的に思い出せるでしょうに…」
「そう言うな。
実は俺は強化人間…嫌、一般的な意味とは違うから何て言えば良いんだろうか。
人工ドミナント…コーディナイター?
まあ、そんな感じでな。
さっきの凄腕レイヴンの話だが、そいつが…遺伝子的には父親なのか。
何処のレイヴンか知らないから生きてるのか知らないんだけどな」
そう言って軽く吹き笑うエグ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
何処に行っても暗い戦場ばかり。
俺は、もう飽き飽きしていた。
この頃の俺は未だ、エレンと出会ってない。
誰とも知らぬ父の血を継ぎ、母は度の過ぎた魔改造で正真正銘の改造人間となって制御が付かなくなった所を如月がバレーナに押し付けた。
困ったバレーナ社は…施設の連中は『人間製造機』だなんて言ってた。
そんな扱いを受けていたらしい。
両親の顔を知らぬ心の中で人間を製造する、と言う表現に嫌悪感を感じていた俺は、毎日銃を撃つ事に疑問を感じていた。
ある日、ギルドマスターに話し掛けると、あからさまに社会の事の話題を嫌った。
あれでは話をするのが嫌と抗議するも同然である。
嘘でも、それなりのシステムを語れば子供を騙せた物を。
『造られた命』。
それを知るには余りにも小さ過ぎた心は、何時しか、それを殺す事で生き延びる術を学んでしまっていた。
敵を撃つ。
眼前の障害の排除、それが生き延びる術。
余りにも機械的な『人生』と言う事が烏滸がましい許されざる、そんな毎日。
だが、殺していたつもりの心は、気付けば俺を支配していた。
エレン。
それが俺を変えた少女の名。
訊けば、本人は生れ出を言うのを渋っており、マスターすら全てを把握していない様だ。
年不相応の『眼』は経済を鋭く捉えていた。
エレンが加わった事で資金が浮き上がり、それによって生まれて初めてMTを宛てがって貰えた。
だが、兵器である事に変わりはない。
それでも死亡率が大幅に下がるのは目に見えている事だ。
俺もギルドメンバーも、エレンを慕い、感謝した。
そんな、ある日の事だった。
哨戒任務の依頼を遂行していた俺のMTにギルドから緊急通信が入って来た。
マスターの声だ。
『本部に戻って来い!!
バレーナ社のMT部隊がわんさかだぞ!!!』
「何故企業が僕らを撃つんです?」
『知るかぁあ!!
戻ってこねぇと企業部隊にエレンが攫われちまうぞ!!』
「何の冗談です、企業がエレンに何を求めてるんです?」
声音こそあしらう様にするつもりだったが、その実俺は焦りで一杯だった。
気が付けば、本部の方へ機体を歩行させていた。
(エレンが攫われる…)
考えただけで怒りが体を支配せんと暴れ出す。
「移動モード」
呟き、コンパターを操作する。
脚部のローラーに全出力を注ぎ込み、最大回転速度でモーターを駆動させた。
微かに残る記憶を思い出す限り、速度ゲージ一杯だった気がする。
ともあれ、俺は最高速度で愛機を走らせた。
けれども、現実は無慈悲だった。
本部――ギルドが燃え盛る姿と、バレーナ社に雇われたレイヴンが搭乗しているであろう紅色の鋭利な形状をしたAC、それを囲うMT達しか居ない。
レイレナード製AC用頭部パーツ――アリーヤと呼ばれるレイレナード社の基本モデルである頭部パーツの複数の列に並んだライトが示す『眼』の真っ赤な光が俺をギラリと睨んだ。
ライール系腕部に握られたアブゼブラ製空戦向けのライフルの銃口が俺の乗ったMTに向けられる。
俺は状況に付いて行けなかった。
如何して、何故?
そんな思いが胸を襲う。
「嘘だ…何で!?
何で、何でだあああああああああああああ!!!!!」
ナックルバンカーをACにぶつけようとローターダッシュする。
けれど、もう俺の記憶は其処で途絶えてしまっていた。
気付けば真っ白な天井と、自分の周りに居る白衣の大人達。
もう一度意識が暗転して、目が覚める。
ベッドに寝ていると分かったが、動けないとも分かった。
拘束されている感触は無いが、体が重過ぎる。
ふと横を見ると、初老の白衣の男が本を読んでいた。
小さいから小説だろう。
「目が覚めたかい?」
暖かい手が額を撫でる。
「全く。
君のMTも一応高性能らしいが…じゃからと言うて、企業に敵う訳なかろう。
何をしておった、うん?」
「俺は…エレン…――エレン…!!」
「…混乱中、と。
まあ良かろう。
どうせ儂は孤児院の院長じゃ。
お前さんが子供である以上、保護せんとな」
「事情は後だ」と言いながらワッハッハと笑うお爺さん。
その暖かさに俺は随分と安心した。
安心して落ち着いたから気付いたが、俺は飽く迄エレンの名前を叫んだだけであって、名乗った訳じゃない。
が、聞き様によっては、あのお爺さんの中で俺の名前がエレンになってしまった可能性が高い。
事実、お爺さんは首を傾げてしまった。
「しかし…のぅ。
所謂『男の娘』とやらか?」
そんな事を言っちゃった訳だ。
けど、俺は『子供として』育てられた経験がない。
つまり、世間の会話ネタを仕入れた事がない。
結果、俺はこう答えてしまった。
「え、ええ『男の子』ですけど…?」
日本語を話すなんてギルドリーダーやエレン位だと思っていたので、不思議な人だなぁ、としか思わなかったのだが、俺が自分の過ちに気づいたのは後々の事である。
「ふうむ、孫が喜ぶ様な人種じゃな訳じゃな?」
(黄色人種が特別好きな人って、一体誰なんだ?)
この勘違いもだ。
この場合の人種とは白人や黒人と言った類の意味ではなく、【ヲタク】と呼ばれるに値する方向性と進み方をした連中の事を言う。
要は黒人だろうが白人だろうが、その手のアニメとかが好きなら『ヲタク』と呼ばれる人種な訳だ。
因みに大和でMT部隊を率いる様になってから、部下とのメールのやり取りでヲタクの『ヲ』を『オ』にした事がある。
そうしたら、隣のガレージの隊長が、その間違いを怒鳴りながら指摘して来たのだ。
まだヲタクレベルの低い隊員達が腰を抜かしていたが、あれは冗談抜きで色々怖かった。
話を戻す。
お爺さんは見た目からして北欧の人っぽかった。
今から考えれば、随分器用だと感じるが、大和に来てからなら今更な事に拍車が掛かっているのは考える迄もなく分かり切ってる事だ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「それから俺はお爺さんの孤児院で育てられたんだ」
「院長の名前は?」
「クル・アズ・ヴェレッヴェ…。
クル爺と呼ばれていた」
「ああ、うん。
連れて来たレイヴンに結構名の売れた奴居たから、隊長ならとは思ってたけども…」
「ああ、分かる。
隊長だからって、クル・アズ・ヴェレッヴェは流石に…」
「本当だぞ?
エグって名前だってクル爺が名付け親な訳だし」
「「「へ!?」」」
しかしエグは三人の反応より時間が気になった。
「ああ、もう時間なのか」
腕時計を確認して少し慌てるエグ。
「お前らもそろそろ休憩終わるぞ」
「ですね」
「じゃあ、片付けましょうか」
「っちょ、まだ食って―――食った!
片付ける!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
結局救えなかった。
16になった頃、バレーナ社が孤児院に俺がいる事を突き止めた。
クオ爺が何度も否定して、その度に連中は収穫なしで帰ってった。
でも、クオ爺も何度も付き飛ばされた所為で、遂に頭を打って入院する事になった。
結局俺は何も出来なかった。
兄弟に等しい、あいつらを一人も救えなかった。
悔しい、そう感じながら牢獄で目を覚ます。
衰退し切った俺は何も考えたくないと思った。
其処がバレーナ社かバレーナ社が所有する施設だとは分かり切った事だ。
けれども、気力がなかった。
辛すぎる、そう感じてしまった俺は弱虫になっていたから。
そんな俺に兆しが見えたのは18の誕生日を翌日に控えた1月の事だった。
何せ爆音と凄い揺れに叩き起こされたんだ、俺は『生きる気力』云々を放り投げて何があったんだと叫んだ。
何度も何度も叫んでいると、物凄い数の足音が忙しなく聞こえて来た。
戦場で鍛えた判断力だ、間違いない。
それは姿を見て、やはりと思う奴らだった。
強化歩兵スーツを着込んだ兵士が数人。
流石に怖かった。
「おい、逃げるぞ」
「…逃げる?」
本気で「何言ってんだ、こいつは?」と真顔で思ってしまった。
何せ、俺に暴力を振るった奴らが同じ装備をしていたんだ。
流石に火器の携帯は禁じられてたっぽいが、そいつらは完全武装状態だった。
殺されると思ったら、自分を殺すのかと思っていた相手に逃げるぞと言われて納得出来る奴がいる訳ない。
事実俺もそうだった。
そうだったけど、半ば強引に牢獄から出された。
その時の力加減が妙に優しかったのは今でも憶えてる。
俺が衰退していると分かった矢先に、腕を引っ張った奴が舌打ちしながら俺をおぶった。
(あれ?)
全力で、だが素朴な疑問を抱いた。
強引に出されたので、やっぱり嫌な事されるんだと思ったら、これだからだ。
それに「逃げるぞ」と言う台詞は、逃げるメンバーに明らかに俺を含めた言葉だ。
「貴方達は…俺を何処へ?」
「トラックだ」
車に乗せるんだ。
やっぱり遠くへ行くんだ。
その程度しか思わなかったのは衰退して頭の利きが悪かったからだろうか、今も分からない。
俺が、この後何処へ向かわされたかは…。
又機会があれば語ろうか。
お前達に興味があれば、な。
13/05/23 20:46更新 / 天