連載小説
[TOP][目次]
北へ
静かな夜だった。
それもそのはず、辺りには人の気配さえしない。あるのは、生い茂った草木、それに捕らわれた様な車や建物の廃墟。もう随分北へ歩いてきた。父から預かった一枚のメモだけを頼りにひたすら歩いた。生物はみな死に絶えたのか、虫の音も小鳥の囀りも、犬や猫の鳴き声さえもしない。地球に僕しかいない様な錯覚さえ覚えてしまう。
土や小石を踏み歩き進める音だけが、今の世界にある唯一つの音の様に思えてきた矢先、そんな思いはすぐに打ち壊された。
……音だ。
あり得ないことだが、風にのって微かに聴こえる。
歌声が聴こえる。
この、北の世界に生存者が?!
それだけでも胸が踊ったが、それよりもこの歌を何処かで聴いた気がして気になっていた。
今は声が聴こえた方へ駆けた。
聴こえる方向には少し険しい丘がある、その頂上には
「人影?」
意を決して丘を歩き進んだ。途中滑りそうになりながらも、緑の丘を登った。
そこには大きな石があった。その上に小さくちょこんと座っている少女の後ろ姿が月に照らされていた。
少女は気持ち良さそうに歌を歌っている。その声は細くて強く、透明で芯かある、思わず聴き入ってしまう歌声だった。
邪魔するのは無粋な気がして躊躇ったが、意を決して声をかけようとした、その時だった。
不意に歌声が消えた。
少女がいない?一体何処へ行ったのか。まさか、あの姿は僕自身が生んだ幻影だったとでも言うのか。思考を巡らせてたとき、不意に背中から声をかけられた。
「お兄ちゃん、何してるの?」
思考が停止したのと同時に間抜けな声がでる。
「うわぁあ?!」
「ひゃっ?!」
僕の声に声をかけた人も驚いたらしく尻餅をついていた。
「ご、ごめんよ?!大丈夫かい?」
尻餅をついた少女に手を差し伸べるも、無視されたのか1人で起きた。
「大丈夫ですぅ、あの、お兄ちゃんは何してるの?」
それはこちらも聞きたいことなのだが、今はこの少女に誤解を生まないことを優先すべきかな、と思った。
「僕かい?僕は、北を目指して旅をしてるんだ。今流行っている病気を治すための手がかりがあるかも知れないから。」
「北に病気を……?」
一瞬少女の表情が険しくなるが、また元に戻った。
少女の顔立ちは幼く、実年齢よりさらに幼く見える、それにどことなく猫っぽく可愛らしい。
「もしかして、お父さんお医者さん?」
!?
今度はこっちが驚いた。なぜその事を知ってるのか。一か八かで、少女に聞いて見る事にした。
「羽佐間 玄士って知ってる?眼鏡に、あご髭生やした人なんだけど。僕の父はお医者さんなんだ。」
学者が本業なのだが、仕方ない。少女にはお医者さんと言った方が解りやすいと思ったのかも知れないし。
「知ってるよ!優しいゲンジおじさんのことでしょ?お兄ちゃんがソーヤ?、って言う人?」
どうやら正解だったようだ。
ゲンジおじさんって言われてたんだな。娘も欲しかったなと、たまに呟いてたから嬉しかったのかもな。僕は内心、苦笑いした。
ある繋がりができて少女との距離が近づいた様に感じた。
「あ、君、名前は?」
少女の名前を聞いておきたかった。多分、この少女とはこの先何かがあると感じたのだ。無論、直感だが。
「あ、えっと……」
少女は俯いたまま、なかなか話そうとしない。
「言いたくないかな?無理には聞かないけど」
少女は戸惑った感じに言ってきた。
「ち、違うの。えっと、あのね」

どうしたのだろうか、少女は下を向きキョロキョロしている。まるで、イタズラをしてばれた時の子供みたいに。
「私、名前わからないの……」



しばらく2人で、研究所に向かい歩いてた。
少女は名前を話したくなかったわけではなく、話せなかったのだ。
少し悪い事をしたと反省した。
月は煌々と青く光り、僕たちの道を示しているかのようだった。
「月や星がこんなに明るいなんて」
心の声が思わず漏れてしまっていた。でも、そのくらい人口的な光が極端に少なくなったこの世界でとても強く輝いているように見えて、綺麗だった。
吸い込まれそうなくらいの夜の闇に、生命の灯火を燃やしてるかの様な星達の輝きに手が届きそうな気がして思わず手を伸ばした。
「綺麗だよね。私、夜が好きなの。」
少女も立ち止まり星を見ていた。
「ごめんなさい」
「え?」
少女は今何に対して謝ったのだろうか。



「さあ、つきましたー!」
周りは木々に囲まれてるがある程度の設備は整ってるようだった。
「ここが研究所か」
プレハブより少しマシなその建物はつい最近まで使われていたのか、蔓や草はあまりない。
早速なかに入った。
中は実験を主にするような空間になっていて、ベッドは一つ、ソファやテーブルは小さめだった。キッチンも小さくなっている。最低限の設備だけになっているようだ。
その小さなテーブルに白い花が咲いていた。
百合の花だった。
「この花は?」
少女がトテトテと歩いてくる。
白いワンピースに白い肌、髪飾りの向日葵がとても似合うロングヘア。
少しドキッとしてしまったのは内緒だ。
「この花は私が好きな花なの。」
「そっか、ならユリは?」
少女は目を丸くして首を傾げた。
「何が?」
「君の名前だよ、ユリはどうかな?」
安易な考えに内心苦笑いしつつも、良い名前だとも思った。
「うん!私は今日からまた、ユリ!」
少女ユリは顔を赤らめながら喜んだ。
また?前に呼んでた人がいたのだろうか?
その答えもすぐに辿り着いた。父がそう呼んでたのか。
偶然にも被ってしまった名前に恥ずかしさが少し込み上げた。
気がつくと少女はソファで丸くなって寝ていた。
「風邪ひくぞ?」
猫みたいなその少女を抱き上げて、ベッドに寝かせる。
寝顔は微笑んでるように見えたが、どことなく悲しいような寂しいような気もした。
ユリが歌ってた歌が時折耳をこだましならがら、微睡んでいた。
あの、歌はなんだったかな?確か、ローレ、ら……。
そのまま歌とともに眠りについた。
13/02/10 21:15更新 / 田中かなた
次へ

TOP | 目次

まろやか投稿小説 Ver1.50