2004.8 塔50周年記念合同歌集『風神』掲載作品


   不幸について

ケータイを忘れて出た日はあやふやなものでしかないわれはきえさう

日溜まりに少女の小さな影ひとつ能古の空気と戯れてゐる

野の花は自己主張する君のごと赤い黄色い白い哀しい

銀色の雨が小さな思ひ出を塗りつぶしてゆく君の居た街

さつきまで幸せだつたと言ひたげな轢かれし犬のピンクの首輪

弱き妻は水深四十糎の川に逝き逝き損ねたる老夫は咎人

あとどのくらい保つのだらう穏やかな桜舞ふ道病院へ行く

「あなたがね、友人代表になるだろうよ」まだ逝かぬ友の葬儀について

人は皆遺影に向かひて語りをり君は棺に眠れるものを

幸せか不幸せかは知らねども小さな笑ひ絶えぬ葬列

ひらかなのおけいこノートを買ひにゆく老いの進んだ義父の求めで

こんな時死なれては困ると手帳繰る親不孝なる吾等あさまし
しがらみ
柵に呼び戻されて夕べには季節のちがふ故郷に降りる

気がつけば組織の中で浮いてゐる哀しい小さな邪魔者として

またひとつ潰されてゆく才能を研究室は冷たく見送り