更新:2013年3月23日(2002年11月10日頃開始) このページの最後へ
方丈記(鴨長明、講談社文庫、川瀬一馬注)より
八 五十の出家
わが身、父方の祖母の家をつたへて、ひさしくかのと
ころに住む。その後、縁欠けて、身おとろへ、しのぶか
たがた、しげかりしかど、終に跡留むることをえず。三
十歳あまりにして、さらにわが心と、一つの庵を結
ぶ。これを、ありし住居にならぶるに、十分が一なり。
居家ばかりをかまへて、はかばかしく家をつくるにおよ
ばず。わづかに築地を築けりといへども、門をたつるた
づきなし。竹を柱として、車を宿せり。雪降り、風吹く
ごとに、危ふからずしもあらず。ところ、河原近けれ
ば、水難も深く、白波の恐れもさわがし。
すべて、あられぬ世を念じ過しつつ、心をなやませる
こと、三十余年なり。その間、折折のたがひめ、おのづ
から、みじかき運をさとりぬ。乃ち、五十の春をむかへ
て、家を出で、世をそむけり。もとより、妻子なけれ
ば、捨てがたきよすがもなし。身に官禄あらず、何につ
けてか、執を留めん。むなしく、大原山の雲に伏して、
また五かへりの春秋をなん経にける。
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