更新:2013年2月23日(2002年11月10日頃開始) このページの最後へ
方丈記(鴨長明、講談社文庫、川瀬一馬注)より
六 大地震
また、同じころとかとよ。おびただしく大地震の振るこ
とはべりき。そのさま、尋常ならず。山は崩れて、河を
埋み、海は傾ぶきて、陸地(くがち)をひたせり。土裂けて、水湧
きいで、巌割れて、谷に転(まろ)びいる。渚漕ぐ船は、波にた
だよひ、道行く馬は、脚の立処(たちど)をまどはす。都のほとり
には、在在所所、堂舎塔廟、一つとして完からず。或は
崩れ、或は倒れぬ。塵灰たちのぼりて、盛りなる、煙の
ごとし。地の動き、家の破るる音、雷にことならず。家
のうちにをれば、たちまちに拉げなんとす。走りいづれ
ば、地割れ裂く。羽無ければ、空をも飛ぶべからず。龍
ならばや、雲にも乗らん。恐れの中に、恐るべかりける
は、ただ地震なりけりとこそ、おぼえはべりしか。
かくおびただしく振ることは、しばしにて、止みにし
かども、そのなごりしばしは絶えず。世の常、驚くほど
の地震、二・三十度振らぬ日はなし。十日・二十日過ぎ
にしかば、やうやう間遠になりて、或は、四・五度、
二、三度、もしは、一日交ぜ、二・三日に一度など、大
方、そのなごり、三月ばかりやはべりけん。
四大種の中に、水・火・風は、つねに害をなせど、大
地にいたりては、ことなる変をなさず。昔、斉衡のころ
とか。大地震振りて、東大寺の仏の御首落ちなど、いみ
じきことどもはべりけれど、なほこのたびにはしかずと
ぞ。
すなはちは、人皆あじきなきことを述べて、いささ
か、心の濁りも、うすらぐとみえしかど、月日重なり、
年経にし後は、言葉にかけて言ひいづる人だになし。
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