やまのはな 日本語だけ  

更新:2013年2月10日(2002年11月10日頃開始)  このページの最後へ

 

    方丈記(鴨長明、講談社文庫、川瀬一馬注)より

  
一0 いほりの四季

  春は、藤浪をみる。紫雲のごとくして、西方に匂ふ。
 夏は、郭公を聞く。語らふごとに、死出の山路をちぎ
 る。秋は、日暮の声、耳に満てり。空蝉の世をかなしむ
 かときこゆ。冬は、雪をあはれぶ。つもり消ゆるさま、
 罪障にたとへつべし。
  もし、念仏ものうく、読経まめならぬときは、みづか
 ら休み、みづからおこたる。さまたぐる人もなく、また
 恥づべき人もなし。ことさらに無言をせざれども、ひと
 りをれば、口業を修めつべし。かならず禁戒をまもると
 しもなくとも、境界なければ、なににつけてかやぶらん。
  もし、跡の白波に、この身を寄する朝には、岡の屋
 に、行き交ふ船を眺めて、満沙弥が風情をぬすみ、もし
 桂の風、葉を鳴らす夕には、潯陽の江をおもひやりて、
 源都督の行ひをならふ。もし、余興あれば、しばしば、
 松の響に、秋風楽をたぐへ、水の音に、流泉の曲をあや
 つる。芸は。これつたなけれども、人の耳をよろこばし
 めんとにはあらず。独り調べ、独り詠じて、みづから情
 をやしなふばかりなり。



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