mind & body〜癌とつきあう

“無理を重ねた生き方を変え
体の声に耳を傾けながら
乳ガンと元気につきあっている。”

マキノ出版「安心」2004年10月号別冊
『ガンの再発を防ぐ免疫アップ事典』に
寄せた原稿です。

過去は変えられないが、未来は決まっていない

 2003年1月23日、乳ガンの告知を受けました。その五日前にシャワーを浴びているとき、 左の乳首が陥没していることに気づき、三日後、総合病院でマンモグラフィ、エコー、細胞診の検査を受けました。 そしてその日、一人で結果を聞きました。ガンである確率は100、大きさは2.7cm、温存の範囲内だけれど、 乳首の根元なので、乳首は残せない……
 そのときの私の気持ちは、「そうか!そう来たか!」という感じでした。私は両親とも数十年前にガンで亡くしているので、 自分もいずれガンになるだろうと、若いころから覚悟していました。ですから、医師から説明を受けている間も、 重要な仕事をまかされて、なんとかそれを成功させるぞ!と決心したときのような、気合いの入った状態でした。 それと、仕事を休む段取りをなんとかしなければ、という気持ちが先行していましたので、「落ち込む」とか「泣く」とは、ほど遠い心理状態でした。
 告知の直後に夫と子供たちに、翌日には「直接自分の口から伝えたい」と思った友人たちに知らせました。
「隠しておく」という発想は、まったくありませんでした。この日以来ずっと、まわりの方々から数え切れないほどの応援をいただき、 ガンになったことよりも、「自分がいままで、こんなに大きな温かいパワーの中で生かされて来たのだ」ということに、 大きく心を動かされ続けました。
 それでも、乳ガンについて情報を収集するうちに、「なぜもっと早く検査しなかったのだろう」、「すでにあちこちに転移しているのではないか」と、 いろいろな想いがわいてきて、気を張って続けていた最後の仕事が終わったときに、パニックになりそうになりました。
 そんなときに助けになったのが、友達に教えてもらったe?クリニックでした。「ガン細胞は、自分の細胞が変化したもの。 それには理由があるはず。そのことに気づいて考え方と生活を変え、必要なことを自分の選択で続けていけば、治る可能性は広がる」  e?クリニックのこの考え方が、パニック寸前の私の胸の奥に届きました。「ガンを作ってしまった私の過去は変えられないけれど、 未来はまだ何も決まっていない。自分の人生は自分で生きよう。自分のガンは自分で治そう」
 そう思えたときに、初めて前に道が見えました。
 転移、再発の確率が低いと思われること、術後に放射線治療をしなくてすむことを考えて、乳房の全摘手術を選びました。 前向きの気持ちになってからの入院手術でしたので、一度もマイナスの気持ちに陥ることもなく、食欲がなくなったこともありませんでした。

 当たり前だったことが 新鮮に感じられる

 ガンだとわかってから変えたことで、いちばん大きいのが食事です。主食は玄米。肉、卵、乳製品、砂糖をまったくやめて、 油はオリーブオイルだけ。キノコ、豆類、海藻、根菜を、毎食必ずとるようにしました。また、病院の治療(ホルモン療法の飲み薬と注射) 以外にニンジンジュースを飲み、マルチビタミンなどのサプリメント、ガンによいといわれている機能性食品の何種類かを、 体が慣れて効きが悪くならないように、交互にローテーションしながらとりました。
 また、それらの栄養がすみずみの細胞にまで届くように血行をよくし、体内の悪いものをどんどん外に出すように代謝をよくすることを 心がけました。私が実行したのは、自力整体、ビワの葉を使ったコンニャク湿布、アロマバスで下半身浴、爪もみ、足のマッサージ、 ペットボトルの湯たんぽなどです。
「しなければならない」と思ってすると、ストレスになりますが、自分で決めて「これをすることで、ガン細胞がどんどん消えてゆく」と 思いながら実行すると、ストレスどころか、楽しみになってきます。
 なによりも大事なのは、自分の体の声に耳を傾けることだと思います。食事療法ひとつとってみても、とても様々な種類があります。 それらの中の、どれを選択するかの最終的な決め手は、自分の体の感覚だと思います。そうして選択した方法を、自分の体の声を聞きながら 続けていくと、体がいとおしくなり、いま生きていることが本当にありがたい、と思えるようになります。
 それから、ガンになったことで、図らずも大きく変えられたことがあります。それは、失敗を恐れなくなったことです。以前の私は、 自分が傷ついたり人を傷つけたりすることに臆病になって、いいたいことをなかなかいえずにいました。それが、 自分の死と直面したからでしょうか「その程度の行き違いなら、いくらでも修正できる。命に別状があるわけじゃないんだから」と思えるように なりました。いまの自分を、まるごと受けいれられるようになったのだと思います。
 そして、それまで当たり前だと思っていた様々なことに対して、新鮮な驚きを感じるようになりました。人の言葉、道に咲いている小さな花、 やさしい音楽に、敏感に心が反応するようになったのです。
 考えてみると、私がガンになったのは、こういうことが足りなかったからではないでしょうか。スケジュールをどんどん埋めていくことに 快感を覚え、仕事にも遊びにも積極的で、立ち止まることなく、いつも何かを追い求めていました。いいたいことをいわずにがまんしている 自分に気づかずに、心のどこかにあせりを抱えながら。
 そのうえ、食事の時間も寝る時間も不規則、お通じは三日に一回。水分の代謝も悪く、揚げ物と甘い物が大好きで、 体に悪いと知りつつ、勢いで病気をはね返せる、と傲慢にも思っていたのです。ガンになって当たり前です。
 これから、完治といえるまでの十年近く、つきあっていかなければならないガンとのかかわりで、いま私が大事だと思っていることは……
   1)自分なりの死生観を持つ。自分は、生きているいまも、死んだあとも、世界に
    受けいれられている、と信じる。
   2)一人でがんばるのではなく、喜びもつらさも、家族、まわりの人と共有する。
    とくに、同じ病気の友達と情報交換し、エールを送りあう。
    ただし、傷をなめあうような関係はダメ。
   3)治るための行動は、自分で決めて自分で進める。
    検査の結果や現状から目をそらさずに、事実と直面する。
    悪くなっているんじゃないか、と疑って不安でいることは、とても免疫力を下げる
    けれど、事実に対してなら、力がわいてくる。
   4)自分の心にウソをつかずに、つらいときは泣く、うれしいときは声を出して笑う。
    感謝の気持ちを声に出して表現する。感動の涙をたくさん流す。
   5)強いストレスや、うらみ、ねたみといった、負の感情は免疫力を下げるから、
    極力排除する。

 現在は、手術の傷跡が、たまにほんの少し痛む程度で、手の動きもまったく問題なく、乳ガンの手術後に懸念されるリンパ浮腫による 腕のむくみも、いまのところまったくありません。
 腫瘍マーカーをはじめ、血液検査の結果もすべて正常値で、体調は至って良好です。食事、睡眠時間に気を配るようになったおかげで、 ガンがわかる以前よりもずっと健康に暮らしています。
 考えてみれば、ガンはとてもありがたい病気です。人は誰でも一回は死にます。いつか必ず訪れる「死」を視野に入れながら、 いまを生きることができる幸せを思いながら、一日一日味わって暮らしていきましょう。

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