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 観光列車の特集番組を観た。国内の名だたる観光列車、特別仕様の高級列車が次々と紹介された。そんな中に、一風変わった観光列車があった。列車そのものは、これと言った特徴も無いのだが、大勢の人が乗りに来るという。その人気の理由は、列車が走るのに合わせて、沿線のいたる所で住民が手を振ると言うのである。ただそれだけの事で、遠方からわざわざ乗りに来る。100回以上も繰り返し乗っていると言う、リピーターも多いとのことだった。

 番組で、ある男性を取り上げていた。やはり手を振って貰うのが嬉しくて、何度も乗車した。そのうちに、「お手振り」をする沿線の住民の一人と知り合うようになり、自宅に招かれて、食事を共にする仲になった。そして、自分も「お手振り」をやってみることになった。

 「それがじつに楽しいんですよ」と男性は言った。列車の中から、手を振る人たちを眺め、それに手を振って応えるだけでも、心が通う気がして十分に楽しいのだが、それが逆の立場になると、つまり列車が来るのを待ち、それに向かって手を振ることを経験すると、「やみ付き」になるほど楽しいのだそうである。手を振り、振られるという事が、それほど楽しいのかと、不思議な気がしたが、自分でも一つ思い当る事があった。

 我が家の娘二人は、それぞれ大阪と神戸に住んでいるので、帰省する際に飛行機を利用することが多い。だから、松本空港まで車で迎えに行ったり、送ったりすることが、年に何回かある。そんな時は、ターミナルビルの屋上の送迎デッキで、着陸、離陸を見るのが常である。

 出発便の場合は、窓越しに待合室から搭乗口に向かう娘家族を見届けると、屋上へ上がる。旅客の搭乗が終わると、ボーディング・ブリッジが切り離され、トーイングカーに押されて、機体はゆっくりと後退し、所定の位置まで移動する。その動き始めの時に、ほとんどの場合操縦士が送迎デッキにいる人々に向かって手を振る。それに対して、デッキの人たちも手を振り返す。

 なんとも和やかな風景だが、初めの頃の私は、何だか子供じみている気がして、あるいは照れ臭いように感じて、手を振らずに黙って見ていた。そんな自分に、無意味な頑なさを覚えることもあり、ある時意を決して、手を振ってみた。すると心が晴れ晴れとして、別の次元に置かれたような気がした。見知らぬ人が相手でも、いや見知らぬ人だからなおさら、手を振って気持ちを届けようとする行為には、心に響くものがあると、その時初めて気が付いたのである。