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>>過去のマルタケ

 テレビ番組の中で、「胃は直接外界に接する、もっとも過酷な条件の臓器である」という意見があった。そういう見方もあるかも知れないが、私は違うと思った。私の考えでは、それは肺である。

 木工業を始めて数年経った頃、咳や痰が出るようになった。そして、しょっちゅう風邪をひくようになった。月に二回ほどのペースで医者に通った。医者から「あなたはよく風邪をひくね」と言われたくらいである。

 ある日、ついに血痰が出た。この時は驚いた。すぐに掛かり付けの医院へ行った。名前を呼ばれ、診察室へ入るとき、最悪の事態を想定して鳥肌が立った。診察した結果は、特に重大なことではなく、ただの風邪とのことだった。

 ただの風邪で血痰が出るとは、素人ながら思えなかった。そこで、松本の総合病院へ行った。いろいろ検査をした挙句、気管支炎が進行していて、肺の機能がいちじるしく低下していると言われた。レントゲンの画像では、肺のかなりの部分が白くなっていた。風邪を引き易かったのも、気管支の炎症が原因だったとのこと。

 さて、前置きが長くなったが、本題に入る。一連の検査の中に、内視鏡検査があった。口から内視鏡を飲み込み、気管支から肺にかけて、内部を観るのである。内視鏡の先端にはノズルがあり、医者が操作をするとそこから麻酔薬が噴霧される仕組みだと説明された。麻酔を噴霧して暫く間を置き、効いたころを見計らって内視鏡を先に進める。それを繰り返しながら、徐々に奥へと進んでいく。

 途中で、ちょっとタイミングを外したようである。麻酔が効く前に内視鏡を進めてしまったのだろう。突如、激しくむせこんだ。それはもう、尋常のむせ方ではなかった。胸の周りの筋肉と腹筋を総動員したような、断末魔の叫びのようなむせ方だった。医者は「あっ、失礼」と軽く言った。別に実害のある現象ではなかったようである。異物の進入を感知した肺が、それを排除する行動に出ただけの事であると説明された。医者が麻酔の操作をすると、肺は穏やかになり、検査は続行された。

 塵や埃ではなく、内視鏡が進入しているのである。むせたところで排出できるはずもない。それでも肺は、なんとかしようと、それこそ全力を尽くすのである。私は、自分の肺ながら、そのけなげさにある種の感動を覚えた。

 肺は外気を直接取り込む。そして入れるものをえり好みする事はできない。入れるのを拒もうとして息を止めたとしても、せいぜい一分程度しかもたない。それに比べて胃は、ラクである。嫌なものは食べなければ良いし、一日くらい食べなくても問題は無い。調子が悪くなれば、休ませる事もできるのである。

 だから私は、最も過酷な条件に晒されているのは、肺だと思うのである。

 ところで、そのときの肺の病について、その後の経緯について少し触れておこう。

 医者からは、このまま放っておけば、10年以内に酸素マスク無しでは暮らせなくなると言われた。タバコは吸っていなかったが、もし吸えば自殺行為だと言われた。結局その病院に、一ヶ月ほど入院した。退院してからも月に一回のペースで通い、薬をもらって飲み続けた。一年以上通ってから、全快を告げられた。

 気管支炎の原因は、体質的なものもあるが、木工作業の埃が引き金になったのだと言われた。それ以来、埃が舞う作業の際には、必ずマスクを着用することにしている。肺の調子は良くなり、今では風邪を引くことが無くなった。