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>>過去のマルタケ

 我が家を建築した当初から、居間には天井扇が設置されていた。父の好みで取り付けられた物だったと思う。天井扇という、一般家庭では馴染みの薄かった器具をあえて採用した背景には、父の何がしかの思い出があったのかも知れない。

 天井扇といえば、私自身にも思い出がある。会社勤めをしていた頃、インドに出張をした。地方の安い宿に泊まり、ベッドに横になると、真上に天井扇があった。大きなプロペラがグオーングオーンと回っていた。回りながら軸がユラユラと揺れていて、壊れて落ちそうな気配だった。回ったまま落ちてきたら怖い、と思った記憶がある。

 さて、我が家の天井扇は、白い塗装の金属製で、どう見てもオシャレな品物では無かった。事務所や作業場で使うような仕様だった。私はそれが気に入らなかった。

 機能としても、さほど必要性を感じない物だった。夏場に回しても、別に涼を感じるわけではない。冬場に回しても、天井付近の暖かい空気を下に吹き降ろすという効果が、さほど感じられたわけでもない。回転速度は二段階になっていたが、速い方はまず論外。遅い方でも、結構なスピードで回るので、落ち着かない。結局、ほとんど全く使われずに、ただ天井からぶら下がっていた。その姿が、とても無粋に感じられた。

 この天井扇を撤去しようという考えは、これまで再三頭に浮かんだ。しかしその作業をするには、天井裏に入らなければならない。そこは、夏は暑くてとても入る気がしない。冬は入ったことが無いが、たぶん寒いだろう。というわけで、なかなか実行に移す機会が無かった。

 秋も終わりに近付いたある日、急に思い立って、撤去作業に踏み切った。押入れの天井を開けて、屋根裏に入った。屋根裏は一種異様な雰囲気があり、ちょっとスリリングである。梁伝いに移動するのだが、入り組んでいて通過し難い所がある。移動をスムーズにさせるために、ツーバイの角材で良いから、一本持参すると便利である。それを梁に渡して、足がかりにするのである。ところで、梁にはホゾ穴が開けっ放しになっていたりして面白い。たぶん大工が間違えた跡だろう。

 天井扇の取り付け部にたどり着いた。まず配線を切断して、その末端を処理する。それから固定ボルトを外し、下でスタンバイしている家内に号令をかけて、引き降ろして貰った。居間に戻り、軸が貫通していた穴を塞いで作業完了。

 目障りな物体が無くなり、天井の辺りが何ともスッキリした。板張りの天井の木目の美しさも、グッと引き立つように感じられた。

 頭上にある物は、常時目に入ることは無くても、いわば無意識のうちに圧迫感を与える。上方の空間というものは、スッキリとして心地良い状態にあることが大切なのだと、あらためて気付かされた。

 この記事を書きながら窓の外を眺めたら、いつも通り、敷地の隅に立つ電柱と、それに繋がって前後左右に展開するいく筋もの電線が見えた。電柱の上には、トランス、開閉器、腕木、碍子などがゴチャゴチャと固まって付いている。これらの物体も、生活に必要なものではあるが、頭上を覆う憂鬱であることは間違いない。