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 テレビで天気予報を見ると、気象予報士(主に女性)が、説明に使うために手に持つボードは、手書きである物が多い。それも、予報士自身が書いたと思われるような物。良く言えば面白味がある、悪く言えは稚拙。グラフィックのプロが作った物とは明らかに違う、素人っぽさがある。

 そもそも、女性の予報士が、屋外に立って「今日は寒いですねー」などと言う場面が、何故必要なのかとも思う。スタジオで、大きな天気図を棒で指しながら、予報の事だけ喋れば事足りるではないかと思うのである。しかしそれは、私なんかの素人考えであり、ちゃんとした理由があるのだろう。

 事務的、機械的な天気の説明では、味気なくて、視聴者が退屈し、気が逸れる。そうなると、天気のことも伝わり難くなる。それよりも、ワンポイントで美形の女性が登場し、笑顔で「今日は寒いですから、凍結した道路で転んだりしないように気を付けて下さいね 」などとコメントをした方が、印象が良い。そして、外気の中で寒いとか暑いとか言うだけでも、視聴者の共感を呼び、天気を身近に感じたりする。大都市圏では、そのような自然を感じさせる配慮が、大切なのかも知れない。

 彼女らが使うボードが、手書きと言うのも、上に述べた経緯(推察だが)の延長として理解できる。印刷された物より、手書きの方が温かみがあり、味がある。文字やイラストが上手でなくても、ちゃんと伝わる物であり、不快を感じさせない程度の物であれば、問題は無い。むしろ書いた人の個性や人柄が現れて、ほのぼのと楽しい印象を受けたりする。

 時代は変わってきたのだと思う。20〜30年前だったら、公共の電波を使って、素人の遊び半分のような物を見せられては困る、という意見が多かったかも知れない。現在では、画一的な価値観はむしろダサイとされる。個性が重んじられる世の中になってきたのである。

 ところで、会社勤めをしていた、今から40年ほど前の頃、出張でパリに滞在したことがあった。ホテルで朝のテレビ番組を観ていた。もちろんフランス語だから何を言ってるのかは分からない。ニュースの後に、天気予報が始まった。見慣れた日本列島では無く、フランスの地図が表示されていたのは当然だが、新鮮だった。晴れや雨のマークが並んでいて、若い女性が説明をしていた。天気予報は、国が違っても同じだなと感じた。ところが、よく見てみると、並んでいるお天気マークや、その他のイラスト、文字などが、とても幼稚な代物だったのである。たぶん小さい子供に書かせた物だと直感した。それを見て、ちょっと驚いた。

 部屋を出て食堂へ行き、数名の同僚と朝食をとった時、誰からとなくその話になった。彼らも一様に、驚いたと言っていた。