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>>過去のマルタケ

 先日、数名で立ち話をしているとき、ある人が「私は、会社勤めをしていた頃、上司の命令に従わずに、よく始末書を書かされたものでした」と言った。すると別の人が「それで良いのですよ。組織というのはイエスと言う人とノーと言う人の両方がいてまともに機能するのです。イエスと言う人ばかりでは、方向を誤ったりするものです」とフォローした。それを聞いて、ある事を思い出した。

 私は会社員の頃、週末にはよく山登りに出かけた。仕事が溜まっていても、そっちのけで山に行った。労働者としての意識が強く、時間外労働に対して批判的な気持ちを持っていたことも関係していたと思う。休日を自分の思い通りに使って何が悪いのか、という思いがあった。会社にとっては、ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)だったろう。

 その当時、職場に10歳ほど年上の、管理職の社員K氏がいた。そのK氏を中心にして、職場の仲間で、しょっちゅう就業後に飲みに行った。メンバーはいずれも機知に富み、何度飲み会を重ねても、話題が底をつくことはなく、楽しかった。そのK氏は、私が会社に在籍した期間を通じ、知り合った数多くの社員の中で、最も素敵な人物の一人でもあった。

 ある飲み会で、私は「自分のような社員は、会社から嫌われているでしょうね」というようなことを述べた。するとK氏は即座に返した。

 「山登りばかりしてちっとも仕事をしない。しかし、どういうわけかクビにもなってない。そういう社員が、会社には必要なんだよ」

 経済的に豊かだった時代の、しかも余裕があった会社だから言えた事だったとは思う。それでも、そういうことを平然と言ってのける管理職は、私が知る限り、他には居なかった。その後、世の中の景気は傾き、会社の勢いも衰えていった。K氏は、これといった出世もせずに会社生活を終えたと人伝てに聞いた。

 私は今でも、K氏の言葉を思い出す。そして、「どんな人にもそれぞれ役割はあるんだよ、たとえ目先の利益には結び付かなくてもね」というメッセージを、周りの人たちと共有したいと願っている。経済的な不安を抱え、全ての人が同じ方向に進みそうな時代であればこそ。