木は縦には接げない


 木は長いものである、と普通は考えるのだろうが、いくらでも長いものがあるわけではない。建築に使う木は、いわゆる針葉樹。真直ぐがとりえの木である。それに対して、家具に使う広葉樹は、そんなに真直ぐでは無い。少なくとも、植林で育てられた針葉樹のように、ことさら真直ぐ真ん丸になるように作られたものではない。曲って成長してしまったものもあるし、途中で枝分かれしているものもある。真直ぐで長い丸太が、いつでも簡単に取れるものではない。

 ところで、一般的に広葉樹の丸太は、長さが2.2メートル前後のものが多い。これは、大型トラックの荷台の幅から決まっていると聞いたことがある。効率良くトラックに積むには、横から見て丸太の断面が見えるように積むのが良いそうである。そのためには、丸太の長さは荷台の幅より小さくなければならないというわけだ。

 福島県の山奥に、小椋木材工業という材木屋さんがある。ここで、大型トラックの荷台に積まれた丸太を、地面に下ろす作業を見せてもらったことがある。これがなんとも荒っぽい。「一発下ろし」という名前が付いている。丸太を満載したトラックを猛然とバックさせ、突然ブレーキをかける。そうすると、慣性の付いた丸太の山は後方に放り出される。一瞬のうちに丸太の山はトラックの荷台から地上に場所を移すというわけだ。社長の小椋敏光さんの話では、以前こんなことがあったと言う。一発下ろしをやったら、何か具合が悪くて、丸太が全部落ちずに、一部が荷台の後ろの方に残ってしまった。それだけでも何トンもの重量で、大型トラックの前の方が持ち上がってしまった。そしたら、トラックのフレームが耐えられなくなり、ヒビが入ってしまった。社長はさっそく自動車業者に「トラックにヒビが入った」とクレームをした。そうしたら、事情を聞いた自動車屋いわく、「トラックをそんな使い方をしては困ります」。

 さて、木工家具というものは、木でできているものの中で、家ほど大きくはなく、お椀やお盆のように小さくもなく、これでなかなかやっかいなサイズのものである。例えば、長さ1.8メートルのテーブルを作ることを考える。丸太から切り出された板の長さは2.2メートルくらいだから、それで十分ではないかとおっしゃるかも知れない。しかし、乾燥を終えた材というものは、両端からひび割れが入っているのが当たり前で、その部分を取り除かなければ使えない。また、大きな節や割れなどが存在する場合には、長さ丸ごとを使うことができない。2.2メートルの材から、1.8メートルの部材が取れるのは、かなり幸運なのである。また、原材料の板が縦方向に反っている場合は、長いまま使おうとすると、削って平にする過程で、板の厚みが極端に減ってしまう。そのような原材料は、長い部材を取るのは無理なので、短く切って使う用途に回すしかない。長い部材を手に入れる条件は、けっこう厳しいのである。

 長い部材を入手しにくいことに加えて、木は縦に接げないからやっかいだ。集製材などは、小割りにした材を、言わば縦にも接いでいるわけで、これは素晴らしい発明だ。しかし、それは専用の巨大な機械設備が無ければ製造できない。木工の基本はあくまで、「木は縦には接げない」である。横には接ぐことができる。「板矧ぎ」という技術がそれである。これは、私の工房でも、自由自在にできることだ。しかし、縦にはダメだ。

 いや、ダメだと決めつけると、専門家筋から反論が出そうだ。大工さんが登場する建築の分野では、土台や梁などの部材を縦に接ぐことがある。これは優れた伝統的工法で、接続すべき部材の端を複雑な形状に加工し、がっちりと組み合わせるのである。いわゆる継ぎ手と呼ばれる技法である。これにもいろいろな種類があり、専門書をひもとけば、木工技術の見本市の様相を呈してる。

 余談になるが、オーストリアの木工関係者と交流を持ったことがある。柱を縦に接ぐ日本式の継ぎ手の見本を見せて、同じような技術がオーストリアにも有るかと聞いてみた。彼の返答は、「祖父の時代にはこれと同じような技術が使われていたらしいが、集製材が現れてからはほとんど見られなくなった」であった。

 大工仕事とは異なるジャンルであるが、三味線の棹も縦に接いである。接いであると言うよりは、分解できるようになっている。胴が付いている部分を下棹、糸巻きが付いている部分を上棹、その中間が中棹と、全体を三つに分解できるようになっている。棹には糸の張力が働いて、棹を曲げようとする力が発生するのだから、この継ぎ手は丈夫で、しかもかなり精密なものでなければならない。棹職人の腕の見せどころであろう。

 このように、ジャンルによっては木を縦に接ぐ技術もあるが、基本的には木を縦に接ぐことは避けられる。それは身近な木製品を見てみれば、理解されるであろう。テーブルの天板は、横に接いだものは一般的だが、縦に接いだものは無い。椅子の脚も、縦に接いだものは無いし、鉛筆やお箸だって縦に接いだものは無い。ちなみに鉛筆は芯を挟んで、二つの部材を横に接いである。また、ベニヤ板の表面を見てもに、横に接いだものはあるが、縦に接いであるものは無い。「木に竹を接ぐ」という諺があるが、木と木を接ぐのだって、縦に接ぐのは始末が悪い。

 木工作業をしている最中に、間違って部材の長さを短く切ってしまったら、一巻の終わりである。巾方向を間違えたのなら、また接着剤でくっつければ良いのだが、長さ方向は付けられない。木を縦に接ぐことができないのは、接着のメカニズムが関係している。

 木材を横に切断した面、つまり木材繊維の垂直断面が表れる面を木口(こぐち)と呼ぶ。この木口は、接着剤の利きが極めて悪い。同じ木材でも、繊維に平行な方向で接着するのと、繊維の断面が向き合う方向で接着するのでは、接着力が全く異なるのである。木が縦に接げないのは、このような木の性質によっている。鋼鉄のパイプなら、溶接という強力な接合技術で縦に接ぐことができる。しかし木材の場合は、接着力という点で、縦に接ぐのは実用的ではないのである。

 どうしても縦に接ぎたい、つまり木口を接着したいと言う場合には、それなりの工夫もある。そもそも木口の接着力が弱いというのは、接着剤を塗布しても木材繊維の断面、つまり導管の中に入ってしまい、接着に寄与しないことが原因らしい。それを防ぐために、サイジングという方法があると、米国の木工家から聞いたことがある。接着剤を水で半分くらいに薄め、それを接着面に塗ってすぐに拭き取るのである。それが乾いてから、あらためて本番の接着をするのである。水で薄めるというのは、もちろん水溶性の接着剤の場合である。このサイジングは、接着剤を木口に摺り込んで、導管の断面を埋める、つまり「目止め」をすることを狙っている。水で半分に薄め、塗布したらすぐに拭き取るというのは、接着剤がこんもりと付着したまま固まるのを避けるためである。

 米国の木工界では、これは常識とのことであった。それでは国内ではどうかと思って、ボンドの接着相談室に電話をして聞いてみたら、似たような方法が有ると教えてくれた。それは「プライマー」と呼ばれる技法で、目的は同じだが、やり方は少し違って、「原液しごき」とのことであった。接着剤を原液のまま塗布し、拭き取るというのである。

 サイジングにしろプライマーにしろ、その技法は木口の接着力を少しでも高めようという工夫に過ぎない。程度の問題であって、木口の接着力が弱いという本質を覆すほどのものではない。

 ところで、木口の接着効果が低いということは置いておくとして、木を縦に接ぐことがそぐわない本質的な理由は、次のようなことにあるのではないかと思う。

 それは、樹木は太陽に向かって、上へ成長するものだということである。従って細く長く伸びるものだということである。細く長く伸びることが樹木の根源的性質であり、長さを断ち切られることは、木が持っている特質を一瞬のうちに失うことを意味する。切られて失った木の長さは、もはや元には戻らないのであり、戻すべきでもないのである。もし樹木が、もっぱら水平方向に成長する生き物で、高さよりも太さの方が数倍大きい形態のモノであったなら、ここのところの事情は恐らく違っていたのではなかろうか。


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