ノギス 


 私は、メートル法の物差しで仕事をしている。木工家の中には、曲尺(かねじゃく)を使っている人もいるだろう。曲尺は、伝統的な尺、寸の単位である。大工の世界では、曲尺を使っている人の方が多いかも知れない。曲尺の最小目盛は五厘(約1.5ミリ)である。建築の仕事なら、この精度で十分なのだろう。不必要に細かいことを追求しても意味が無いのは当然である。

 私は初めからセンチ、ミリの単位で木工を学んだから、仕事で使っている差し金もメートル法のものである。これの最小目盛りは1ミリ。曲尺と比べると1.5分の1だが、実際に見て比べると、曲尺の目盛はずいぶん大雑把に見える。

 私は日常的に、ノギスも使う。これは20分の1ミリまで測定できるが、私はだいたい0.1ミリ単位で使っている。こんな精度で測定をする必要があるのかと言われれば、正直なところ、ほとんどの場合必要ないだろう。木材は環境の湿度で寸法が変化するから、そんな精度で測ることに意味が無いという意見もあると思う。しかし、厳密に寸法を測定することが求められる場合があるのも事実である。寸法が変化する可能性があるからと言って、ラフに測定しても良いというわけではない。 

 制作する物や、材種によって事情は変わるのだが、たとえば椅子の場合などは、厳密さが要求される。ホゾの接合部にかかる負担が大きいので、嵌め合いが緩いと後でガタが生じてしまう。かといって、あまりホゾをきつく作ると、加工時に割れてしまったりする。一般的に椅子類は部材の大きさに制限があり、強度的な余裕が少ないので、大雑把な加工は許されないのである。

さて、ノギスの使用例をいくつか。

 画像の一枚目は、ノギスで部材の厚みを測っているところ。おかしなもので、ノギスに慣れている身としては、こういう場面でもノギスを使わないと落ち着かない。差し金で測っても、別に問題はないだろう。しかし、より精密に測定できる道具があると、たとえあまり意味が無くても、それを使うのが普通になってしまう。






 二枚目は、ホゾ穴の深さをチェックしているところ。椅子などのきわどい加工では、ホゾ穴の深さにも、大きすぎる余裕は許されない。ホゾ穴の底を厳密に、隅々までチェックするには、ノギスが有効である。

 








 三枚目は角ノミ盤でホゾ穴を開ける際に、一旦浅く掘って、その位置をチェックしているシーン。これで寸法通りなら、ズブッと開ける。ずれていたら調整をする。シラガキ(スミ付け用の刃物)でスミ付けをして、慎重に狙っても、0.2ミリくらい狂うこともある。それをチェックするのである。もっとも、ここまで厳密にやるケースは多くない。ある種の椅子の場合にやるくらいである。この使い方をするときは、ストッパーのネジは邪魔になるので外しておく。



 
 ところで私のノギスは、先端部分をグラインダーで細く削ってある。これは、ホゾ加工をする際、丸ノコで試しにちょっと切り込んで寸法をチェックするときに、切った溝にノギスの先端が入るようにしたもの。こんなことでも使い易くなり、測定精度も向上する。


 




 私の工房から道を挟んだ向かいに、金属加工の工場があった。そこの親方とノギスの話をしたことがあった。親方は、ノギスはどんなに注意をしていても床に落としてしまう。そうすると精度が狂う。だからプラスチック製の安いものをいくつか準備しておき、落としたら捨てるつもりで使っていると言った。

 私も床に落としたことが何度もある。しかし、金属加工ほど神経を使う必要はないとみなし、そのまま使っている。開業以来、この一本で通している。



(Copy Right OTAKE 2009.9.29)

→Topへもどる