椅子の座面


 私の工房に隣接した事務所兼作品展示室には、所狭しと椅子が並んでいる。工房の来訪者をこの部屋に案内して、椅子を見てもらい、座ってもらって感想を聞くことが、私の楽しみの一つとなっている。

 私が持っている考え方と、来訪者の表明する意見に食い違いを感じることがある。それは当たり前のことであるが、一つの傾向があって興味深い。

 私が作る椅子は、座面の違いで三種類に分かれる。一つは編み座。二つ目はクッション座。最後は板座である。

 編み座というのは、座面の四周を木枠で構成し、その木枠に細いロープを掛け回しながら編んで、お尻が乗る面を作るものである。このタイプの椅子は、ヨーロッパの田舎の生活の中から生まれたようである。ゴッホの絵にも登場する。洗練された形というよりは、おおらかで無骨な印象の椅子である。その編み座が、戦後北欧のモダンなデザインの椅子にも使われるようになった。デンマークの家具デザイナーの巨匠ハンス・ウェグナーが設計した椅子にも、編み座のものが多い。

 クッション座の椅子は、国内でも見慣れたものであろう。いや、ほとんどの実用向けの椅子、量産家具の椅子は、クッション座で作られていると言えるかも知れない。これは、下地板にウレタンやスポンジのクッション材を張り、その上からレザーあるいはファブリック(布)で包んだものである。色や柄を自由に選べ、また張り替えも安価にできるので、レストランや喫茶店などの業務用には向いているのだろう。もちろん家庭向けの椅子にもこのタイプが多い。

 板座の椅子は、英国のウインザー・チェアに代表されるような、木の板の上に座るタイプ。座面となる板に穴を開けて脚を取り付ける構造が、よく用いられる。すなわち、座面自体が構造部材となっている。座面には、お尻の納まりが良くなるよう、板を掘り込んで凹みを付けるのが一般的。

 私の個人的な好みから言うと、クッション座が一番好きで、次が編み座、最後が板座となる。それは純粋に実用的な面からの評価である。

 クッション座は、まずそのまま座れるのが良い。座布団などを敷かなくても、固くないし冷たくもない。汚れが付いても拭き取れる。色を変えて張り直せば、気分が変わって楽しい。

 編み座は、薄めの座布団を敷いた方が良いという点で、実用面の評価が少し下がる。もちろんそのままで座れるが、やはり何か敷いた方が座り心地が良いと私は感じる。それでも編み座は敷いたものが滑らないので具合が良い。欠点としては、編み目に汚れが入ると取れないということがある。小さいお子様が居るご家庭では敬遠されるかも知れない。

 板座は、まず重い。そして、そのまま座るのはちょっと抵抗がある。固いので長い時間座るとお尻が痛くなる。また、冬の朝など冷たくて座れない。仕方なく座布団を敷いて使うのだが、板の上で滑るので落ち着かない。それを紐で縛ったりするとみっともない。

 さて、来訪者の意見はどうだろうか。

 まず人気があるのが板座である。制作者自身としては一番評価が低いものが、一般の方には人気があるというわけだ。自分が好きでないものを何故作り、また置いているのかと疑問に思うかも知れない。しかし、自分は好きでなくとも、お客様が気に入ってくれることはあるわけで、そのために見本を作っておくということは、むしろ当然のことである。しかし、展示室に置いてある板座の椅子は、私が積極的に勧めないということが原因なのか、今まで売れたことがない。見本として置いてある一脚は、この展示室の最古参である。

 何故板座の椅子に人気があるのか。それは、純粋に見た目の印象によるものだと思われる。板座の椅子は、全てが木材で作られている。従って、使われている木材のボリュームが多い。当然のこととして、木から受ける印象が強くなる。また、板座の部材そのものも、日常ではなかなかお目にかかれないくらいの大きさの、ムクの木の固まりである。そこに施す掘り込み加工や周囲の面取り加工などは、木工芸的な価値をアピールする。つまり板座の椅子は木工品としての魅力が大きいのである。

 私が実用的な意味でランク付けするのに対して、一般の方は見た目の魅力を優先する。そこに食い違いの元があるようだ。もちろんそのように外見で判断することが悪いというわけではない。市販の量産家具に対して、手作りの家具を見に来る人の期待というものが、木そのものの魅力や工芸的価値に置かれていても不思議はない。

 編み座の椅子も、見た目勝負のところがあると思う。もちろん板座に比べれば、重さは軽いし、座面は固くなく冷たくなく座り易いという実用的なメリットはある。しかし、その点の評価よりも、やはり見た目の魅力が大きいようである。まず、国産の市販品、量産椅子にはこのようなものはほとんど無い。編むのは人手でやるしかなく、手間と時間がかかるからである。市販品に無いから、目新しい印象を与える。しかも量産とは違う手作りの雰囲気がはっきりと見て取れる。丁寧な手仕事の素朴な味わいが、じっくりと伝わって来る。わざわざ手作り家具を見に来る人の気持ちを、この座面はしっかりと掴むのである。

 私が編み座の椅子を初めて世に出したのは、13年前である。その当時は、手作り木工家の作る椅子に、編み座のものはほとんど無かった。板座の椅子が主流だったのである。民芸家具から独立した職人が多かったせいかも知れない。民芸家具は板座椅子であるウインザー・チェアの作り方が基本である。編み座の椅子も民芸家具のカタログにはあるが、飲み屋で見かけるようなスツールくらいであった。

 私は自分を手作り木工家具の世界における、編み座椅子の草分け的存在と思っている。もちろんそのようなことで世に知られているわけではなく、勝手な思い込みだが。現在では編み座椅子を作る木工家は多くなった。それでも、本当に座り心地に配慮した、完成度の高い編み座椅子となると、そう簡単には見つからないように思う。

 ちなみに私の編み座椅子は、ペーパーコードという紙ひもで編んである。編むのは私ではなく、専門の職人である。金沢さんという、民芸家具出身の方で、編む加工が実に上手い。技術専門校から依頼されて、座編み技術の指導をすることもあるとか。私の編み座椅子は、金沢さんの存在無しには有り得ないと言える。

 その紙ひもの素材も、これまでに若干の変遷があった。以前使っていたものが製造中止となり、それに変わるものが登場したりした。紙の品質は、機械で漉いた和紙というふれこみであった。それが正しいかどうか、第三者に問い合わせたことがある。和紙の業者に聞いてみたら、「そんな和紙があるはずがない」と一蹴された。もっと詳しく調べたいと言ったら、四国の和紙の産地の試験場を紹介された。試験場にサンプルを送って分析をしてもらった。返事は「いわゆる和紙とは違います。しかしこれを和紙と呼んで悪いかというと、そうとも言えません」であった。どういう事かと言うと、素材の中に靭皮繊維が入っており、その点では和紙の構造に類似している。しかし製法から言えば、和紙とは違うと言うことであった。

 ともかく優れた素材である。和紙のような性質を持っており、切れないし延びない。とても丈夫である。そして現在のものは耐水性も加えられている。以前の品物は、編み上がった後に耐水塗料を塗らなければならなかった。現在のものは編み上がれば完成である。編み手の金沢さんによると、民芸家具に使われているガマやイグサよりも、このペーパーコードの方が性能が良いそうである。見た目の雰囲気でガマやイグサを好むお客様もいるが、そうでなければペーパーコードを勧めると。ちなみに30年くらいはもつだろうとのことであった。もちろん編みかえも可能である。

 私が一番好きなクッション座は、一般の方に人気が無い。その理由を推察するに、まずありふれた印象が強いからだと思われる。家具店で普通に売っているような椅子と、見た目に変わりが無い。わざわざ手作り家具を見に来て、量産品と同じようなものではもの足りないということだろう。また、クッション座にはマイナスのイメージもあるようだ。夏の暑い時期に座ると、腿の裏に汗をかく、お尻の下が蒸れる。また使っているうちに表面がはげて汚くなる、など。大衆食堂やパチンコ屋の椅子から来る、クッション座の悪いイメージである。

 私がクッション座に使っているレザーは、最高級品である。合成皮革であるが、本皮よりも性能が良いと言われる代物である。レザーの価格にはピンからキリまである。私が使っているものはメートル単価が9500円。ところが安いものでは1500円などというものもある。価格が6倍も違うのである。当然ながら、価格は品質とリンクしている。私が使っているものは、夏でも汗ばんだり蒸れたりしない。適度な伸縮性と適度な摩擦があり、しっとりとした肌触りで受け止めてくれる。通気性があり、防菌、防臭効果がある。耐久性が高い、など、様々な点で優れている。試しに安物のレザーを張って比べてみたことがある。同じ椅子でも、レザーが違うと座り心地に歴然とした差が現れて、改めて驚いたものであった。

 手作り木工家具の世界で、クッション座の椅子を作る作家はまだまだ少ない。やはり作り手も、木工芸的な価値を作品の真価として位置づけたいのか。その点で私は変わっているのかも知れない。私の椅子も、木工芸的な価値が無いわけではない。いや、並の木工家が舌を巻くくらいの完成度で作っているという自負はある。しかし、私は椅子の命は実用性にあり、座り心地にあると信じている。その上で、形が美しく、愛着を感じる雰囲気をもっていれば、それが最良の椅子である。

 椅子を見た目で判断する部分があっても当然だとは思う。しかし、座ってみてどうなのかということに、注意を払ってもらうことも大切だ。生活の中で使われて、良い椅子という評価が得られるのは、最終的には座り心地が良い椅子に間違いない。

 我が家ではしばらくの間、結婚当時に買って以来使い続けてきた量産椅子と、私の作った椅子が混在していた時期があった。その時に気が付いたのだが、私が新らたに座り心地の良い椅子を作って、ダイニングルームに持ち込むと、家族は次第にその椅子に集中するようになった。私が座っていないときは家内、家内が立っているときは子供たちというふうに、その椅子が空けばすぐに誰かが座るのである。比べる対象があり、選択肢があれば、少しでも座り心地の良い椅子に納まろうとする。人間の体は正直だと感じたものであった。

 椅子は使ってなんぼのもの。それは自分が作った椅子を、ここ十数年に渡って使い続けている私の、確固たる思いである。



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