道具は自分で作る(1)

 ホンダの創始者だった本田宗一郎氏は、自社の工場の作業員に対して「買って来た道具をそのまま使ってはイカン」と言ってたそうである。どんなに些細なことでも良いから、自分なりに改造して使えという意味だったとか。使う人はそれぞれ体つきも手の大きさも腕力も違うのだから、売っている道具が誰にでもしっくりとくるはずは無い。自分に合うように手を加えて、初めて道具はその人のものになるということだろう。

 ところで、木工の世界の道具は、買ってきてそのまま使えるものはほとんど無い。ホームセンターの道具売り場で、「直使い」などというラベルが貼ってあるのは、素人向けの品物であって、プロが使えるグレードのものではない。例えば鉋。道具屋から買って帰ったら、まず刃を抜いて、裏押しという作業をする。次に刃を研ぐ。そして裏金を調整する。さらに台(刃が納まる木の部分)への仕込みを行ない、最後に台の表面を整える。これらの作業のどれ一つもないがしろにできない。スルスルと鉋屑が出て来る切れ味は、この最初の準備でほぼ決まるのである。

 なぜ売っている時点で調整していないのか。それは、一つには木で出来ている台が時間と共に狂うからだろう。しかし、もっと重要なのは、使う人の目的によって仕込みが違ってくることである。軟らかい針葉樹を削る鉋と、硬い広葉樹を削る鉋では刃の角度が違う。荒削りに使う鉋と仕上げ削りに使う鉋では、台の表面の調整が異なる。そのように、使い手によって仕込みに対するニーズが違うので、製造元で最後までやるのは、無駄な加工賃を上乗せすることになるのである。

 一度仕込みを終えた鉋でも、使ううちに刃は丸くなるし、台は狂ってくる。従って、しょっちゅう刃を研いだり、台の調整をしなければならない。研ぐと刃は短くなるから、ときには裏押しの作業をしなければならない。刃の裏側は凹になっているので、刃が短くなると先端が凹部にかかる(これを裏切れという)。そうなる前に裏面を研摩して、平にする作業を裏押しと呼ぶ。

 このように、買ってきた道具を使うにも、初期作業とメンテナンスが必要なのである。これは鉋に限らず、小刀、ノミ、ケヒキ、シラガキなどの道具についても、多かれ少なかれ同様である。私が使っている小刀は、ほとんどが刃だけで売っているものであった。まず柄を作って入れなければ握ることもできないのである(右写真)。そして、刃物はどのような種類、サイズでも、必ず研ぎを繰り返さなければならない。手道具の刃物の中で、自分で研ぐことが出来ないのは、ノコギリくらいのものである。ノコギリは道具屋へ目立てに出すしかない。

 さて、買ってきた道具に手を加えて使うのは、プロの木工の世界では当たり前なのだが、自分で道具を作るということも、また一つの大切な部分である。

 世界的に有名な木工家具作家ジェームズ・クレノフ氏が教鞭を取る木工学校、カレッジ・オブ・レッドウッドに於いては、新入生の最初の課題は鉋を作ることであった。欧米の鉋は、伝統的に金属製である。日本のように木製ではない。しかしクレノフ氏は、木製の鉋を自作する。それは、氏の初期の著書にも見ることができる。木工学校のカリキュラムで、鉋を作らせるところからスタートさせるというのは、自分が作った道具を使って木工作品を作るということに、大きな意味を与えているということであろう。その指導方針を聞いただけで、クレノフ氏の類い希な感性と創造性を感じることができる。ちなみに、氏の才能に引かれて集まって来る生徒は、世界各国にまたがっている (この話は私が現地を訪れた2001年当時のことである。クレノフ氏は高齢のため、現在は引退している)。

 私自身も、数多くの道具を作ってきた。その中には汎用的な道具もあれば、特定の機械を使った加工のための補助具もある。また、定番品となっている家具専用として作られた加工補助具もある。ここでその全てを披露するのはとうてい無理であるから、ごく一部について紹介してみよう。

 この写真の道具は、丸い棒の先端の面取りをするためのものである。サイズとしては、直径40ミリの棒を想定している。他にもっと小さい直径用のものも作ってあるが、原理は同じである。

 使い方は右の写真で分るだろうか。この道具の裏側には、直径40ミリの棒がちょうど入る大きさの穴が開けられている。そこに丸棒を突っ込むと、先端が斜面に開いた三日月形の窓から顔を出す。その窓の端に刃が付いているので、丸棒をくるりと回せば、窓から出ている部分が刃に当り、削り取られるという仕組みだ。もちろん道具の方を回しても良い。

 刃は金ノコの刃を折り、鋭利に研いだもの。金ノコの刃は、このような用途に案外便利である。金属板を当て、木ネジで固定してあるが、金ノコの刃はギザギザが張り出しているので、木部に食い込んでずれないのが良い。

 面取りの大きさを変えたいときは、木ネジを緩め、刃の位置をずらせば良い。刃が大きく当るようにセットすれば、大きな面取りが可能になる。

 棒の材種によっては、一回で削ると削り肌が荒れる場合がある。そのようなときは、まずボール紙製の円盤をかませて削り、次に円盤を外して削るというふうに、二段階で削ると綺麗に仕上がる。

 この道具を、私は主にアームチェア93SSチェアの脚端の面取りに使っている。その場合は、椅子が組み上がった後に、椅子をひっくり返して各々の脚を順番に削るのである。椅子は組み上がった段階で必ずしも4本の脚端の平面が出ていない。平らな面の上に置くと、微妙にガタが生じていることがある。それを調整した後に、この面取り作業を行なうのである。

 この道具を、私は米国の木工雑誌 Fine Wood Working の「読者の工夫」のコーナーに投書した。半年あまりの審査期間を経て採用され、掲載された(No.104、1994年2月)。原稿料も送ってきた。この雑誌を購読している人は、日本にも大勢いると思うが、投書が載った日本人は他にいるだろうか。


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