MTRの歴史・8トラック録音について
( 2014/5/20 最終更新 )
マルチトラック・レコーダーの歴史 (業務用レベル)

 マルチトラック・レコーダーは1957年頃、レス・ポール氏の個人向け用に
 AMPEX社が試作した8トラックが初…というのが定説の様である。


 1964年、STUDER 社が1インチ幅テープの4トラック・レコーダー「J37」発表。
 テープ・スピードは19cm/秒、38cm/秒の2種類が実装され、
 周波数特性は、当時としては優秀な 30Hz〜15kHz が出ていたという。
 特徴は、本体右側に駆動式テープ・カウンターはあるが、
 VUメーターが装備されていない…。
 「BEATLES」の1965〜1968年までのレコーディングにも活用されたテレコである。

 1968年7月31日〜8月2日に録音された「ヘイ・ジュード」は、AMPEX 社 「AG-440」、
 以降、「BEATLES」は 3M 社「M-23」1インチ・8トラックでアルバム録音。

 「BEATLES」解散後、ジョン・レノン「イマジン」ドキュメンタリーPVで
  3M 社「M-56」1インチ・8トラックが録音に使用されているのが映っている。

STUDER J37s (1964)

AMPEX AG-440A-8 (1967)
3M M-23 (1966)
3M M-56 (1968)


 日本のスタジオ環境としては、1969年秋にビクター・スタジオが、
 8トラックと16トラックを導入したのが先駆けの様である。

 1972年、SONY六本木スタジオには、
 既にNEVEコンソールとSTUDER-A80-16chが導入されていたらしい。
   (参考文献:青野光政氏 談)

 STUDER-A80 MK1 (2inch-16track) のスペック
 Tape Speed = 38/19 cm/s  Frequency responce = 30Hz-18KHz (38cm/s)
 S/N 比 = 62dB  Crosstalk = 40dB
 Size = 縦・181cm 横・70cm 奥行き・72cm
    (A80VU_MkI_Service Manualより)

 1972年後半には、コンパクト・サイズになった「AMPEX MM-1100」の登場など、
 徐々に16トラック・システムが日本のスタジオの常識に とって変わっていった。

STUDER A800MK1 (1978)

AMPEX MM-1000 (1967)
MCI JH-10-16 (1970)
AMPEX MM-1100 (October 1972)


 1973年前後には既に、24トラック・レコーダーも発表はされていたものの、
 予算の関係なのか設備の面などか、日本では16トラック録音が一般的になる。

 しかし、1975年以降にもなると、カーペンターズの楽曲等での
 「多セット・ドラム」のマルチ録音や、クロスオーバー・サウンドなどの台頭で、
 16トラックでも足りなくなって来た。

 そこで、8トラック&16トラック設備のレコード会社スタジオより先行して、
 ポスト・プロダクションが積極的に 24トラック・レコーダー化へ移行していった。

 現在で、日本や海外で多く現存している&稼動しているアナログ・マルチは、
 音質・メカの信頼度・メンテナンスのしやすさ・互換性…という意味からか、
 「STUDER」…A800 MKIIIシリーズ、「MCI」…JH-24 シリーズ、
 日本のメーカーの「OTARI」…MTR-90U シリーズ  …が定番の様である。

 各テレコの周波数特性は http://www.endino.com/graphs/ 参照

AMPEX MM1100 (かぐや姫 1973末期)

MCI JH-24-24 (1974)
STUDER A800 MKIII (1978)
OTARI MTR-90U (1978)

マルチトラック・レコーダーの歴史 (コンシューマー・モデル)

 コンシューマー・モデルのマルチトラック・レコーダーの先駆けは、「TEAC」社の
 1972年に発表「A-3340S」に始まる。価格は、\214,000 (当時)。
 3ヘッド構成、1/4インチテープ・38cm/s で4トラック録音が可能だった。
 周波数特性は30Hz〜22kHzもあり、19cm/s も搭載、リモート・コントロールも可能。
 ただし…ピンポン録音(バウンス)は出来ない仕様だったらしい。
 多くのプロ・ミュージシャンが自宅でのデモ作りに利用したといわれる。

 その後1974年、「TASCAM 」ブランドで「70-8」という業務用1/2インチ・8トラックを
 開発したのをベースに、1976年、伝説の名機となった「80-8」が発売となる。
 「80-8」の仕様は、1/2インチ38cm/s 固定、3ヘッド構成、
 録音レベル・250nWb/m、周波数特性・40Hz〜18kHz、SN比・65dB。

 当時の価格で80万、DBX-NR込みだと総額100万…結構な値段であった…。
 ただし、8トラックをコンパクトにまとめた傑作であり、ピンポン録音も可能、
 国内外問わず、本格的なレコーディングに利用される事も多かった様である。

 1988年、「TASCAM」は1/2インチ16トラック「MSR-16」発表、価格は100万位。
 「MSR-16S」の仕様は、38cm/s・19cm/s、2ヘッド構成、録音レベル・250nWb/m
 周波数特性・40Hz〜20kHz、SN比・68dB (Dolby-S ON時 → 92dB)。

TEAC A-3340s (1972)

TASCAM 70-8 (1974)
TEAC 80-8 (1976)
TASCAM MSR-16S (1988)

 「TASCAM」のこういう流れに対抗する様に、海外では…。

 「STUDER」社の民生ブランド「Revox」より「C278」が1990年に登場。

 仕様は「TASCAM」と同じく、1/2インチ・8トラック、
 テープ・スピードも 38cm/s・19cm/s の2スピード。
 メーターは、ピーク・VU と切り替え表示が出来る様になっており、
 メーター部分を手前に引くと、各オーディオ基盤に直接アクセス出来る点は、
 民生機といえども… さすが「STUDER」である。
 よって、入出力はプロ仕様の「バランス」のみである。

 価格は当時で 8270ユーロ… 日本円で約112万 (1ユーロ=135円として)。
 この価格からいって、対象が業務用なのか民生扱いなのか…微妙である…。

 詳細は、http://www.revox-bandmaschine.com/revox%20C278.htm

STUDER-Revox C278 (1990)


 1981年、「TASCAM 80-8」等の名機を生み出した設計者が、
 スピーカー・メーカー「Foster電機」に移り、驚愕のマルチを世に送り出した。

 「FOSTEX A8」…世界初1/4インチ8トラック、Dolby-C 内蔵で、定価38万円。
 外装パネルが全プラスティック…"おもちゃ感"否めないものの、実力は高かった。

 録音レベル・250nWb/m、周波数特性・40Hz〜18kHz、SN比・60dB (NR-OFF時)。
 メカ部分もしっかり作られており、リモート・コントロールも可能。
 完全に個人利用向けに設計されていた為か、同時録音は4トラックまでだった。
 しかし、メーカーの予想に反し、小スタジオやプロ・レコーディングにも使用された。

 1983年、8トラック同時録音に対応した改訂版「FOSTEX A8-LR」発表。
 1983年、世界初の1/2インチ16トラック「FOSTEX B16」発表。定価は98万円。
 1985年、ロケート部分のみを追加強化した「FOSTEX MODEL-80」発表。

 1988年、更に低価格の8トラック「FOSTEX R8」を298000円で発表。
 ただし…このモデルは大変コストダウン化が進み、駆動系が著しく貧弱になった。
 もはや業務用としては怖くて使えない代物になってしまった。

FOSTEX A8 (1981)

FOSTEX B16 (1983)
FOSTEX MODEL80 (1985)
FOSTEX R8 (1988)

 これらの流れに「TASCAM」は「388 Studio」を発表。
 8トラック録音の1/4インチ19cm/s、
 ミキサーとDBX-NR付きで、国内外で話題になった。
 特にアメリカ市場で大人気になった様である。

 当方もコレを自宅仕事で6年ほど使っていたのだが、
 使い勝手がよく、1本で30分記録出来るのも良かった。

 ただ…DBX-NR の持つ、特有のブリージング・ノイズ、
 それが気になり出し、結果「MSR-16S」に乗り換えた。

TASCAM 388 Studio (1985)

8トラック・レコーダー 録音チャンネル

   まずは参考までに…
   4トラックで1967年初頭に録音された、ビートルズの「 With a Little Help from My Friends 」のトラック・データを載せてみる。
   これは、某大手の動画サイトに2013年時にアップされてたマルチ・レコーダー解説モノから拾った資料。
   しかしなぜ動画アップした人が、しっかり管理されてる筈のビートルズ・マルチ音源を所有してるのか…は不明…。

   これは、2台の4トラックを使って、バウンス(ピンポン録音)制作されたと思われる。

 曲名 「 With a Little Help from My Friends 」
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr
Chorus・Lead Guitar Bass Vocal・Chorus Dr・Piano・R.Guitar

   次に…8トラックで録音された1969年録音の、ビートルズの「GET BACK」セッションでのトラック・データ。
   これは、当時録音を担当したエンジニア氏のインタビュー回想記事によるもの。


 アルバム 「 LET IT BE 」
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
Vocal Vocal E.Guitar E.Bass SMPTE
Time Cord
Drums E.Piano E.Guitar

   次は…同じく某動画サイトの、ビートルズ・マルチを所有の方がアップしていた、ドゥービー・ブラザースの名曲、
   1973年発表の「 Long Train Runnin' 」のトラック・データ。1トラックに間奏のハーモニカがパンチ・インされている。
   リズム隊が後半3トラックに集中してるのは、先々「チャンネル不足時にバウンス」を考慮して録音された結果…と推測。


 曲名 「 Long Train Runnin' 」
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
Chorus 
Harmonica
Vocal Chorus A.Guitar E.Guitar E.Bass Conga Drums

   次は…名ミキサー・吉野金次さんの回想インタビューによる、「はっぴぃえんど」の2曲。 (参照先…chronology 1971-2)
   使用された録音チャンネル番号は、あくまで推測。


 曲名 「夏なんです」
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
E.Bass Drums A.Guitar A.Guitar Vocal
(細野)
Vocal
(細野)
Chorus
(細野)
E.Guitar

 曲名 「暗闇坂むささび変化」
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
E.Bass Drums A.Guitar
(細野)
F.Mandlin Vocal
(細野)
Vocal
(細野)
Chorus
(大瀧)

16トラック・レコーダー 録音チャンネル

     「DEREK AND THE DOMINOS」というグループの、邦題「愛しのレイラ」の16chレコーディング・データ。
     1970年発表で、8トラック録音では厳しいだろうなぁ…と思っていたが、やはり当時で最新の16トラック録音であった。
     下に記したデータは、楽曲の前半セクション(歌入り部分)のトラック・シートである。
     この時代、一部では、ボーカル=Read、リード・ギター=Solo と表記された事もあった様である。
     この曲はニューヨークにて、MCI 社製の24イン16アウトのミキサーと、「JH-16」というレコーダーで録音されている。
     参考文献 レコーディングエンジニアが語るDerek & The Dominosの 'Layla'

 Derek & The Dominos 曲名 「Rayla - 1st Section 」 1970.9/9
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
Organ
Bottom
Organ
Top

Duplicate
Solos
(Eric Duane)
Solos
(Duane)
Rhythm
(Eric)
E.Bass
Drums_L
Drums_R
 9 tr  10 tr  11 tr  12 tr  13 tr  14 tr  15 tr  16 tr
Guitar
Harmony
with 11.12
(Eric)
Tambourine
Guitar
Harmony
with 9.12
(Eric)
Guitar
Harmony
with 9.11
(Eric)
Chorus
(Bobby)
Read & Chorus
(Eric)
Chorus Double
(Bobby)
Chorus Double
Eric Read
(Eric)


     1971年にリリース、「カーペンターズ」の「スーパースター」の16chレコーディング・データ。
     15トラックのボーカルはNGテイクだった様だが、これを7トラックのコーラスに一部混ぜて使用された様である。
     NG とはいっても、歌唱の出来内容というより、原曲から少々歌詞を変更した経緯での NGテイクと思われる。
     5トラックのボーカルは歌唱表現的なNGだった様だが、もし声をダブルにMIXする際には使用できる旨が記載されている。
          参考資料  Superstar Trak_seet
 Carpenters 曲名 「Superstar」 1971.
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
Violins
Viola-Cello
Oboe-Harp
Tambourine
Sub_Vocal
(Kalen)
Chorus_1
E.Piano
Chorus_2 E.Piano
 9 tr  10 tr  11 tr  12 tr  13 tr  14 tr  15 tr  16 tr
Piano Bass Kick Vocal
(Kalen)
Drums Trumpets Vocal_NG
(Kalen)
Trombone
Horns


     「風」というグループの16chレコーディング・データ。
     2000年に2枚組のベスト盤として発売された「コンプリート・ベスト」に幾つかのトラック・シートが掲載されている。

 曲名 「ロンリーネス」1975.4/22 Take-1
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
E.Bass
(後藤)
B.Drum
(林)
Drums_L
(林)
Drums_R
(林)
Strings_1 E.Guitar
(銀次)
オルガン E.Piano
(松任谷)
 9 tr  10 tr  11 tr  12 tr  13 tr  14 tr  15 tr  16 tr
コンガ マラカス Strings_2 Chorus_L Chorus_R トライアングル

 曲名 「お前だけが」1975.4/22 Take-1
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
E.Bass B.Drum Drums_L Drums_R Snare.Dr E.Guitar Piano_L Piano_R
 9 tr  10 tr  11 tr  12 tr  13 tr  14 tr  15 tr  16 tr
Conga Chorus_低 Ocarina Chorus_L Chorus_R

 曲名 「あの唄はもう唄わないのですか」1975.10/24 Take-1 (アルバム・バージョン)
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
Kick
(田中)
Drums
(田中)
Snare.Dr
(田中)
Hat
(田中)
E.Bass
(武部)
Chorus A.Piano_L
(大原)
A.Piano_R
(大原)
 9 tr  10 tr  11 tr  12 tr  13 tr  14 tr  15 tr  16 tr
A.Guitar
(吉川)
A.Guitar
(水谷)
Strings_L Strings_R チェンバロ ハープ Vocal
(後半ハモ)
Vocal

 曲名 「あの唄はもう唄わないのですか」1975.11/2 Take-2 (シングル・バージョン)
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
Kick
(田中)
Drums
(田中)
Snare.Dr
(田中)
Hat
(田中)
E.Bass
(武部)
E.Guitar
(水谷)
Chorus_L Chorus_R
 9 tr  10 tr  11 tr  12 tr  13 tr  14 tr  15 tr  16 tr
A.Piano_L
(渋谷)
A.Piano_R
(渋谷)
Vocal_Harm Vocal Ob Strings_L Strings_R Cello

     上記のトラック・シートを見た限り、きちんとチャンネル整理された録音という事がわかる。
    空いているトラックに後日、ボーカル入れしたと思われる。
    テープ端(1ch・16ch)は、他トラックよりテープ走行する過程で、倍音成分が減衰しやすい特性があるのだが、
    いくら2インチ・テープとはいえ、テープ端にボーカル入れの曲もあるとは…。
    とはいえ、仕上がりはとても美しいサウンドになっており、時を経た今でも、十分な仕上がり感は素晴らしい。

    その他、オフコースのセカンド・アルバムでは、
    東芝EMI・毛利スタジオで16トラック録音されたトラック・シートがジャケット裏に印刷されている。
      (当時、東芝EMI には MCI-16chマルチが入っていた様である)
    コーラス・ワークの美しい、こだわりの詰まったボーカル・トラック数など、
    この辺も、16トラック録音のチャンネル割り振りの参考になるのでは…と思う。

 オフ・コース 曲名 「もう歌は作れない」 録音時期=1973(7月)〜1974(3月)
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
Piano
(和正)
E.Guitar
(大村)
Strings
E.Bass
(高水)
B.D.
(村上)
Drums
Tom (村上)
Drums
Snare (村上)
Strings
 9 tr  10 tr  11 tr  12 tr  13 tr  14 tr  15 tr  16 tr
Vocal
Harmony
Vocal
Harmony
Chiesta
Solo (和正)
B.G.
Voices
B.G.
Voices
B.G.
Voices
Vocal
Solo (和正)
Vocal
Solo (和正)

 オフ・コース 曲名 「新しい門出」 録音時期=1973(7月)〜1974(3月)
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
Piano
(篠原)
E.Bass
(高水)
B.D.
(村上)
Drums
Snare (村上)
Drums
L (村上)
Drums
R (村上)
E.Guitar
(大村)
A.Guitar
(康)
 9 tr  10 tr  11 tr  12 tr  13 tr  14 tr  15 tr  16 tr
Drums
Hi-Hat (村上)
Conga
(康)
Vocal
Solo (康)
Vocal
Solo (康)
B.G.
Voices
Vocal
Harmony
Strings
Strings

 オフ・コース 曲名 「のがすなチャンスを」 録音時期=1973(7月)〜1974(3月)
 1 tr  2 tr  3 tr  4 tr  5 tr  6 tr  7 tr  8 tr
E.Guitar
(大村)
Drums_L
(村上)
Drums_R
(村上)
B.D.
(村上)
E.Bass
(高水)
Hand Claps
E.Guitar
Solo (大村)
 9 tr  10 tr  11 tr  12 tr  13 tr  14 tr  15 tr  16 tr
Conga
(大村)
Vocal
(康・和正)
Vocal
(康・和正)
Organ
(篠原)
Vocal
Harmony
Vocal
Harmony
Strings
Strings


    ちなみに、オフコースのトラック・シートには、テープ記録トラックとして録音が、8トラックか16トラックかの記入欄がある。
    1974年当時でも、まだ8トラック録音が、普通に存在していた…という事になる。