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ベルリンの壁とは?


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チェックポイントチャーリー第二次世界大戦においての敗戦国であるドイツは、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連の4カ国にそれぞれの地域を占領されました。
ソ連はベルリンの東側、残りの国々は西側を占領し、首都であったベルリンにドイツを4カ国で共同統治する機関を置くことになりました。

しかし、これら4カ国の内ソ連のみが社会主義で、その他の国は資本主義であった為、対立するようになり、その結果として本来は一つの都市であるベルリンが、西ベルリン・東ベルリンと呼ばれるようになりました。

その後、2つに分かれてしまったベルリンと同じ様に、ドイツという国自体も分割してしまいました。
つまり、西ドイツBRD(ドイツ連邦共和国)>を資本主義であるアメリカ・イギリス・フランス3カ国が占領し、東ドイツDDR(ドイツ民主共和国)>を社会主義であるソ連が占領していたとゆーワケです。

同じ敗戦国である日本がこの4分割を免れたのはラッキーとしか言いようがないと思いませんか?もしもそうなっていたら(地理的に考えると北海道辺りがソ連の支配下!?)、今ごろ私達の生活はどうなっていたんでしょうか・・・。

話をドイツに戻して・・・。
で、ややっこしいのが、ベルリンは東ドイツの真中にあったのですが、そのベルリンが西と東に分かれてしまった・・・。
国が真っ二つに分かれるとゆーと朝鮮半島のようなイメージがあるかもしれませんが、西ベルリンは東ドイツの中に存在し、周囲は社会主義側(東側)に囲まれてたとゆーことです。よって、ベルリンの壁は西ベルリンをぐるっと155km程(内、東西ベルリンを隔てていた壁の長さは43km程)囲んでいたもので、東西ドイツの国境だったワケではないのです。

東西ドイツ地図(ベルリンは右端のBrandenburg州の中)
頭がこんがらがりそーですが、要は東ドイツの中にぽつんと壁に囲まれた西ベルリンが小島のようにあったとイメージしてもらえるとわかりやすいのでは?

左の地図と、下の地図(左の地図のベルリン部分拡大)を参考にしてください。
左の地図の赤い部分が東側で、その中にベルリンがあります。
そして、下の地図の中央に見えるの赤いのが壁で、壁の左側が西ベルリンであり、その西ベルリンをぐるっと囲んでいたのがベルリンの壁だったというワケです。

東西ベルリン地図

しかし、まだこの頃は壁がありませんでした。
じゃー、いつ出来たのかのゆーと・・・。

社会主義国となった東ドイツでは、西ドイツに比べて自由がなく、自由な西ドイツへと亡命する人が後を絶たなくなりました。
壁を作る東側兵士達
そーなってくると、東ドイツでは労働者が大幅に減り色々と困ります。で、何とか東ドイツの人達が西ドイツに亡命するのを食い止めるしかないと考え、東ドイツが1961年8月13日の午前0時から壁作りを開始するに至ったっつーワケです。

勿論一夜にして壁が出来る筈もなく、最初は有刺鉄線だけしかありませんでした。
8月13日の朝、市民は一体何が起こったかわからず大騒ぎで、鉄線の隙間から逃げる逃げる・・・。
その混乱した過程で、家族でありながら、東西に分かれてしまう気の毒な状況も多かったようです。

8月13日中に、杭が打ち込まれ、バリケードが作られ、豪も掘られて行きました。

こうなって来ると、壁が完全に作られてしまう前に西側へ!と考えるのが普通。
で、そーなっちゃ困ると、東ドイツの兵士があちこちに見張っていました。

そして、写真のように、コンクリートブロックを積んだ壁を作っていきました。

しかし、所詮壁一枚では兵士がいくら見張っていても乗り越えようとする人が後を絶たない為、東ドイツは壁を強化(部分的に高く・分厚く)しました。ナント、1980年までに4回も強化されたそーです。一番強化された所では高さ3.6m程で、奥行きは1.2m程、深さ地下2m程もあったよーです。

最初は1つだったベルリンの壁も、この強化策によって、元々作った壁から5〜数十メートルの間隔を空け、もう一つ新規に壁を作ったとゆーワケです。つまりベルリンの壁は2枚あり、その間に監視塔(300塔程)や軍用犬に兵士の見張り、一般市民が立ち入り出来ないように無人地帯とし、亡命できないような措置をとったのです。DDR(東ドイツ)国旗

東ドイツの政府は、「国境地帯を守るためのものだ」という大義名分から壁を築いて強化したワケですが、どう見ても「東ドイツからの逃亡を防ぐため」というのがミエミエ。
東ドイツに限らず、国から亡命者が相次ぐような国はまだまだ存在しますよね。人が逃げ出すような国づくりってどうなんでしょうか?日本はそういう意味では幸せだと思いませんか?


下の写真は西ベルリンで撮影したものですが、落書で知られているのはこの壁の内の西側にある方(当たり前だが・・・)です。
この向こうに、まずは前述の無人地帯&監視塔があり、そしてもう一枚の壁があるとゆーコトです。
ベルリンの壁 壁が崩壊するなど考えられなかった頃
壁が崩壊してから(1989年11月9日〜)
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