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世界に見習おう!


普段から個人的に日本に対して思っていることをまとめてみました。
諸外国の方が優れていると言うつもりは勿論ありません。
日本社会のあり方を否定するものでもありません。
しかし、いいところは見習ってもいいのでは?と思い、自分自身の反省も含め、
こんなページを作ってみました。

賛否両論色々あると思いますが、ココは日本だから関係ないと考えずに、
世界にはこんな考え方もあるんだなーと思って頂けるだけでも嬉しいです。

また、海外に出てみて初めてわかった日本のよさについても書いてます。
日本を嫌って海外に飛び出す前に参考にしてもらえると嬉しいです。


ボタン休みは休もう ボタン病気の時はしっかり休もう
ボタン医者は誰の為にいる? ボタン自分の国をよく知ろう
ボタン国際化ってなんだ? ボタン友達が出来にくい国
ボタン本当の意味での外国語教育 ボタン教育をお金で買う?
ボタンやり直しができる日本のよさ ボタン過保護がお好き?
ボタン広告の嵐の日本UP ボタン音の氾濫がフツーの日本UP
ボタン中身とイメージのどっちが大事?UP ボタン選択肢が多い日本UP
ボタン資格ビジネスUP


休みは休もう TOP
日本の場合、どーも「休むこと、遊ぶことは罪」とゆー考え方が根本にあるよーに思えてなりません。
そのせいか、土日曜日も会社に出てくるのが当たり前だったり、有給があっても実際使えなかったり、残業したくなくても周りの雰囲気で仕方なく残業、それもサービス残業が当たり前って職場も多いように感じます。
学校はと言えば、夏休みは夏休みでも登校日があったり、宿題がどっちゃりだったり、教師は完全休みかっつーとそーではない。日本では社会全体的に遊ばせてはくれないよーな構造になっているように感じてなりません。何かっつーと「忙しいのが美徳」と暗黙の了解になっているよーな・・・。
各国大統領や首相の休暇の長さを比べても、日本はダントツに短い。

「勤勉でいいじゃないか!」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、方向がちと違うように・・・。
同じく勤勉と言われ、敗戦国として日本と同じように戦後復興し、同じ先進国のドイツと比較してみたいと思います。

ドイツってどんな国」-「休暇」のところにも明記しましたが、ドイツの場合、「休み=休み、普段できないことを思いっきりやる時」って考え方のよーです。
つまり、「休むときは休み、やる時はやる」。

職場においては、年間1ヶ月連続の休暇を取るように法律で義務付けられています。
よって休暇が取れないってのは通常有り得ません。

「そーんなことを言っても、皆が一時に1ヶ月もの長い休暇を取ったら会社はどーなるんだ!?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、それはシフト制とでもいいましょうか、お互いにずらしあってとるものなのです。それでも重なってしまって会社が運営出来ない時は、会社全体で休んでしまえ!とゆー考え方。
学校はっつーと、休みとなれば、学校の建物ごと完全に鍵をかけてしまって誰も出勤できない状態。校長は勿論事務員ですら出勤しません。
それ程彼らにとって休暇は大事なものなのです。
(っーか国を問わず、人間にとって休暇は大事だ!!)

何故そんなに休暇が大事なのか?とゆーと、「家族と過ごす大事な時間」「普段出来ないことを思いっきりやる時間」そして、「ずぅーっと仕事をしていてもいいアイデアは浮かばない。リフレッシュするには1ヶ月ぐらいかかる」って声はよく聞こえてきました。だから彼らにとって日本人のような1週間といった短い休暇にはあまり意味がないのです。

こーゆー考え方はドイツだけでなく他の諸外国でもよく聞こえてきます。
日本人にとって長いつもりの1週間休暇(それだけでも取得するのにかなり苦労する!!)で海外に行き、集団でせかせかと色々なところを周ってひたすら写真をパチリ!ブランド品を買いあさって帰るってのは全く理解できないとよく言われます。

「写真だけ撮って何が楽しいの?自分の目でじっくり見ないと意味がない。何のために写真が必要なの?」
「たったの1週間あちこち行って何ができる?何が見られる?何故もっと長い休暇を取らないのか?じっくり一箇所にいないのか?」
「現地の人とコミュニケーションをはかってこそ、本当の旅行。どーしてやらないの?どーしていつも集団でばかり行動するの?」

実際、こーんな質問をよく受けます。
皆様ならどう返事しますか?
一度しかない人生、日本人はコレでいいのか・・・?

病気の時はしっかり休もう TOP
人間だから病気になるのは当たり前。
でも、風邪をひいたぐらいで休めないってのが日本社会ではないでしょーか?
で、休まずにムリをして出勤。又は、せいぜい2-3日、それも肩身の狭ぁぁい思いをして休むってのが普通。
コレも諸外国から見ると理解できない慣習(?)の一つのようです。

ドイツの場合、病気の時に出勤するってのは勤勉でも何でもなく、「迷惑」の一言で片付けられます。
よーく考えれば、確かにそーですよね。
風邪なんかだった場合、病原菌を撒き散らすワケですから・・・。

その上すごいのが、医者に行って「外出禁止命令」ってのが出るっつーこともある。
コレが出れば、仕事がどんなに忙しくても、会社が文句を言っても、休んで自宅謹慎(?)しなければならないっつーこと。

つまり、病気の時はしっかり休め!っつー一言に尽きます。
「身体が辛いのに、私は無理して頑張ってます」ってのは全く通用しません。当然誰も同情してくれません。ヘンな人だとしか思ってもらえないのが現実。
自分の為にも相手の為にも、しっかり休んでとっとと治し、完治するまで出てくるなってことですね。
完治していないのに出て行っても、自分も辛いし病原菌を撒き散らす。そーゆーコトでしょう。

病気でも無理をして出て行かなければならない状況も多いかもしれませんが、それって果たして本当に自分の為になるのでしょうか?周りの為になるのでしょーか?
日本のようなこーゆー慣習だと、未知のウイルスが発生した場合、蔓延するのも早いだろーなーとふと思う・・・。考えさせられますね。

医者は誰の為にいる? 発音 TOP
最近日本では医療事故ってのがものすごく多いですよね?
実は最近ではなく、元々あったのが最近になってやっと表面化してきたってのが本当かなーと思ってます。
それでも氷山の一角ってコトはよく聞きますよね。

そもそも日本の医師免許制度自体が、一度取得してしまえば一生モノってのが大問題。車の免許ですら更新ってもんがあるのに・・・!!驚きです。(ドイツも確か免許の更新制度はなかったように記憶していますが、生涯に渡る技術研修は義務だったはず!アメリカは2-3年に一度免許更新があるはず)

しかもその取得方法がペーパー試験のみで合格率が90%以上ってのもヘンです。せめて研修が終わってから再度試験をするって制度に変えて欲しい!
その上、専門は医者自身が決定でき、それに対する資格も何もいらないってのもヘン。
医療事故を起こしても、医師免許剥奪ってことにはまずならないってのはめちゃくちゃヘン!!
要は「金さえ出せば誰でも医者になれる」ってことかと思ってしまいます。

ドイツの場合どーなってるのかよく知りませんが、興味があるのでご存知の方は是非、掲示板等で教えてください。

怒りモードの前書きはこんなものにして本題に入ります。

皆様は日本で医者にかかる際、安心して任せられますか?
前書きの後になーんでこんなことを聞くかっつーと、私個人の場合は、言葉の壁はあってもドイツで医者にかかった方が実は安心だったからです。

理由はっつーと、下記の通り。
「最初に握手。じっくり言いたいこと、質問したいことがヘンな遠慮なしに言える(何のための治療か、薬の中身は何だ等、所謂インフォームド・コンセントがしっかりしている。そりゃまぁ言語社会の国だから当たり前っつっちゃー当たり前かも?)」
「たまたまかもしれないが、当たり外れがまずない」
「患者の話を聞かない(患者の顔を見ないなんてもっての他!)医者に会ったことがない」
「無駄な薬を出したり、無駄な治療や検査は一切行わない(こっちから頼んでレントゲンを撮ってもらったことがあるぐらいだ!)」

何が驚いたかっつーと、レントゲンの写真をくれるっつーこと。
そーなんです。つまり、「自分の記録は自分で管理する」っつーこと。
そのレントゲン写真を持って、他の医者に行こうが何しようが自由です。
文句や脅しなんぞ言われたことがない。

日本の場合、医者は「先生、先生」と尊敬されすぎているっつー気がします。
っつーか、そーしないとまともに診てもらえないかもしれないっつー恐怖心からかも。

病気になっても安心して診てもらえない国ってのは、いくら医療技術が発達していても考え物ですよね。
人間を診るのは結局、人間なんですから。
医療の難しいことはよくわかりませんが、患者が安心して治療を受けられる国になって欲しいと切に願います。

自分の国をよく知ろう TOP
皆様は、海外で長期間滞在することになった時、どんな準備をしますか?
色んな準備があると思いますが、暮らすことになる現地の情報収集はまず確実に行っているのではないでしょうか?
一番忘れがちなのは、「自分の国がどんな国なのか」っつー準備。
そーんなのが必要かと思われますが、ある意味一番必要かもしれません。
海外での長期滞在でなく旅行だったとしても、そして日本で暮らしていて外国人と接しても必要な知識ではないでしょうか。

日本人の日本知らずってのはよく言われます。
実際、私も痛感しました。
自分の国なのにあまりにもよく知らない。恥ずかしいことだと感じています。

外国人と知り合って、何を話すかっつーと、やっぱりお互いの国の話題や質問が多い。
しかも知り合って話せる人となると、お互い海外(又は相手が日本)に興味があるっつー場合でないと話し自体が成り立たない場合が多いから尚更です。
勿論外国人の全員が自分の国のことを何でもよく知っているとは言いませんが、少なくとも日本人よりはずっとよく知っているって気がします。

よく質問される内容の中に数字関係が多いです(特にドイツ人の質問)。
例えば下記のように。
「日本(又は住んでいる都市)の人口は?大きさは?」
「ここ(海外)からどのぐらい離れてる?」
「富士山が有名だが高さは?」
「○○寺は何年に建てられた?」

その他、文化や政治に関する質問もどっちゃり。
その上、日本人には考えたこともないようなするどい質問もわんさか。
日本語でも説明できないものを外国語で説明出来るわけがない。
コレに尽きます。

国際化ってなんだ? TOP
昨今、「日本ももっと国際化しなければ」と叫ばれるようになってますよね。
でも「国際化」って一体何なんでしょうか???
巷ではその「国際化」とやらの一環で英語教育に力を入れているよーですが・・・。

んじゃー英語を含む外国語ができれば「国際化」と言えるのでしょうか?
そりゃーできないよりは出来た方がいいでしょーけれど。

自分の国をよく知ろう」のところにも明記した通り、いくら外国語が出来ても話す内容に問題があるように思えてなりません。
実際問題、海外駐在員から愚痴をよく聞きました。
「日本語でもプレゼンが出来ないのに、外国語でなんてもっと出来るわけがない」
だそーな。言えてますね。

私個人の考えですが、重要なのは、やはり話の内容に尽きると思います。
どの国の人と話しても通用する話題があるってのが大事なのではないでしょーか?

何も外国語で話すことを考えなくても、日本語で外国人と話せるってのも重要に感じます。
母国語でできないことを外国語でできるわけがないのですから。
どんな国の人と話しても通用する国際的な話題を、普段からアンテナをはって情報収集しておくことこそ「国際化」とやらにつながるのではないでしょーか?
そして、どんな状況においても、老若男女外国人等どんな人が相手でも、自分の考えがしっかり言える、人間としてコミュニケーションがはかれるってのが大事に感じます。

皆様がもしも日本語が話せる外国人と話すとしたら、どんな人と話したいと思いますか?
日本語が上手なだけでは会話は成り立たないと思いませんか?
共通、そして共感できる話題があれば、相手の日本語が下手でも話したいと思いませんか?
勿論人間的にイヤな人とは、母国語同士でも話したくないもの。

諸外国において、「国際化」しなければという言葉を私は聞いたことがありません。
「国際化」と叫んでいる内は、本当の「国際化」は有り得ないのかもしれませんね。

友達が出来にくい国 TOP
「道がわからなくて地図を持って見ていたら、現地語(又は英語)で話しかけられた」
「車内や道で突然、現地語(又は英語)で話しかけられた」

海外に行かれたことがある方で、上記のような経験をされたことがある方は多いのではないでしょうか?
それに対して日本ではどーでしょうか?

日本在住外国人によく聞くことが、「友達が出来ない」「日本語で話していても逃げられる」とゆーこと。
どーしてなんでしょうね?

私個人としては、これには大きく分けて原因が3つあると思います。

1つ目ですが、日本というのは、日本人同士でも何か共通の場がないとなかなか話しかけたりできないようになっていると思いませんか?電車の中で隣の人に話しかけようものなら、変人を見るような白い目つきで見られること間違いなし!日本人同士でもそーなのですから、外国人なんてもっと大変ですよね。しかも外国人のほうから外国語である日本語を使って話しかけるってのは勇気が必要だと思いませんか?

2つ目はっつーと、「見てみぬ振り」が暗黙の了解として定着しているから。
勿論コレは人にもよると思いますが、どーも「見てみぬ振り」をせざるを得ない(?)っつーか、それが当たり前っつー社会構造になっているように感じてなりません。
(確かにトラブルなんかの時は巻き込まれたくない、とばっちりを受けたくないって気もしますが)
でも明らかに困っている様子なら、相手が日本人でも外国人でも関係なく何かできるのではないでしょうか。

3つ目としては、「外国人=日本語が出来ない=英語=自分は英語ができないから話しかけない」っつー先入観がある人が多い(逆に「英語の練習がしたいから話しかけた」と言われ、困惑する欧米系の人もかなり多いらしいが)っつーこと。
テレビで外国人がべらべらと日本語を話しているのを観るってのが珍しくなくなってきているのにもかかわらず、どーしても先入観から抜けられない人が多いように感じてなりません。
日本語学校等で1年程勉強すれば、程度の差こそあれ、日本の大学受験が出来るってのが普通です。っつーことは、日本人が思う、「日本語べらべら外国人」が山のようにいるってことですよね?
海外で話しかけられた経験がある方はご存知だと思いますが、話しかけるときに現地語を使っているのが普通。そーなんです。日本にいる外国人に日本語で話しかけるのが普通だと思いませんか?相手が日本語ができなくても、身振り手振りでなんとか話は通じるもんです。

最初は勇気が必要かもしれませんが、勇気を出して、まずは日本語でやってみませんか?

本当の意味での外国語教育 TOP
日本人は、一部を除いて通常は中学校から高校、又は大学まで最低6年間英語教育を受けています。
しかし、実際話せるかっつーと話せない人が大半。
その原因はどこから来るのでしょうか?

「テスト対策、受験対策英語だから」
「あくまでも翻訳中心で、英語を英語として理解する教育ではないから」
「教師の教え方が下手だから」
「英語が話せなくても困らないから」

こーんな風に色々と原因と思われている点は出てきているが、一向に改善されていないようです。
あまりにも悲しく情けない現実です。

話せない人が大半なのにもかかわらず、街中には英語やローマ字看板があふれ返り、歌には英語が混じる。
世界から見ると、思いっきり理解できない日本の一部のよーです(特に日本語の歌なのに英語が所々混じるってのはめちゃくちゃヘン!とよく責められました)。

ここで実際にドイツで経験した話を一つ。
日本の中学校で英語教師をしている知人二人がドイツに旅行に来ました。
研修旅行でもなく自費での個人旅行です。
熱心な二人の英語教師は、是非ドイツでの英語教育(出来ればその他の授業も)が見たいとのこと。
そこで、ドイツ人の知人にお願いし、授業を見せてもらうことになりました。

ドイツの場合、実際に授業を行う教師や、場合によっては校長に許可をとれば簡単に授業見学ができるようになっています。日本のように大げさに手続きを踏んだりとゆー事は有り得ません。

実際に授業を行う教師には知人のドイツ人生徒にお願いし、あっさり許可をもらえました。
その二人が校長に許可をもらう為に、直接挨拶に伺いました。
ドイツでは校長が2-3ヶ国語できるのは珍しくもなんともなく、英語はめちゃくちゃ流暢。
よって、英語で話すことになりました。

校長室に入って、二人は英語で「こんにちは。初めまして、○○です」と挨拶をしました。
校長からも勿論挨拶があり、質問となった時に大問題が発覚しました。
校長が何を質問しても、二人は全く何も答えられなかったのです。
不安に思った校長が、「私の言っていることがわかりますか?」と質問しても、なーんにも返事がない。
校長から、「お二人は英語の教師と伺ってますが本当ですか?」と言われた時、穴に入りたいぐらい恥ずかしかったです。

見るに見かねて結局私がつたないドイツ語で通訳を始める羽目に陥りました(私はドイツ語教師でも何でもありません!!)。
二人が自主的に喋ったのは、結局挨拶のみ。

なーんで質問に答えないのかと二人に聞いたところ、「聞き取れない」「聞き取れるときもあるが、どう返事をしたらいいのかわからないから黙ってる」との返答。
言語社会であるドイツでは、わからないなら何がわからないとはっきり言うのがマナー。返答に困ってるならそれを言葉として表現するのもマナー。でもそれって日本語でもある程度はそーなのでは???
二人の場合、英語の文法や試験対策は出来ても、結局人間同士のコミュニケーションに問題が相当あったようです。言葉も文化の一つ。文化背景と共に話せない言葉に何の意味があるのでしょうか?

紆余曲折を経て、授業見学にこぎつけました。
ドイツの場合、5年生から英語教育は始まっています。
英語の授業の際、教室内は英語一色。ドイツ語厳禁です。

二人が見ることになったのは、11年生(高校2年生)の英語と聞き、不安がよぎる・・・。
その不安は見事に的中しました。
後から仲介したドイツ人生徒に聞くと、散々だったよーです。

ドイツの場合、授業見学と言っても、単に黙ってお客さんとして見るってのはまず有り得ません。当然授業に参加することを要求されます。
低学年の場合はまだしも、高学年になってくると、英語で何かを論じるのは当たり前。当日参加したのは、英語による経済学の授業だったそーです。

となると二人がどーなったか想像出来ますよね?
経済となると、日本について知りたがるのは当然。それがさらに拍車をかけてしまったのでしょう。
結局、仲介したドイツ人生徒がつたない日本語(日本語暦半年!)で全て通訳したそうです。
こうなってしまった原因は一体どこにあるのでしょうか?

最後に二人に感想を聞くと、「日本では英語を話す必要もないし、受験対策が教師の仕事。英語圏に行ったこともなく、そのような研修制度もない(ドイツでは有り得ない!!)。生徒指導や雑務に追われて自分の勉強すらできない。今回自費で私たちは来たが、それですらしようとしない教師が普通。英語なんてできるようになるわけがない。今回に関しては、経済なんて日本語でもわからないのに英語でわかるわけがない。」と言ってました。

ここまで読まれて皆様はどう思われますか?
本当の意味での外国語教育とは一体なんでしょうか?
どこをどう変えていけば、本当の意味で外国語が話せるようになるのでしょうか?
無論この二人の教師が特別というワケでも、責められるワケでもないと思います。
非常に根が深い問題ですね。

余談ですが、私個人が毎回説明に苦しむことを一つ。
海外赴任(どこの国とは言ってない!)をしていたと言うだけで、「じゃー、英語がぺらぺらなんですね」と言われる。
日本語を外国人に教えたことがあると言うだけで、「じゃー、英語がぺらぺらなんですね」と来る。
「状況にもよるが、日本語は日本語で教えるもんですが」と言うと、「そんなの無理でしょ?英語に訳すんでしょ?」と言われる。

こーんなの、日本人以外に言われたことがない!
コレって、日本での外国語教育背景を如実に表しているなーと思いませんか?

教育をお金で買う? TOP
学校でのいじめや教師の不始末など、よくニュースでも取りざたされていますよね。
それも特に国公立関係が多い。よって、「国公立は荒れている」とゆーイメージ。

で、不安になった親が、大枚をはたいて我が子を私立に入れたり、公立での教育を補うべくお金を出して塾へ子供を行かせる。そーせざるを得なくなってきている日本の世の中。

コレって何かヘンじゃないですか?
心の中でヘンだと思っていても、不安からかそーせざるを得ない世の中。
ますますヘンだと思います。

経済的に余裕のある家庭はお金を出してでも我が子により良い教育を受けさせたいと思うし可能でしょう。
しかし、経済的に余裕のない家庭はどーなるのでしょうか???

ドイツの場合、税金は確かにバカ高く、所得の3分の1程がっさりと持っていかれます。
しかし、学校教育(私立もなくなはないが大半は州立)に関しては学校教育費は基本的にタダ。
制服もなく、体操服もなく、教科書も毎回購入するのではなく、学校から借りるとゆー方式。
そーゆーシステムだから、例え家庭保護を受けていたとしても貧富の差なく学校に通え、本人さえ頑張れば大学まで行けるってやり方です。

日本国民の税金は一体何に使われているのでしょうね???

やり直しができる日本のよさ TOP
日本も終身雇用制が少しずつ崩れてきたせいか(っつってもまだまだ根強いよーだが)、いきなりリストラに遭って、慌てて仕事を探すなーんてことも珍しくなくなってきました。
たくましい人は、自分から転向っつーことで新たな職種に挑戦するっつーこともありますよね。

しかし、コレって日本だからできることなのかもしれません。
ドイツの場合、教育制度のところにも明記しましたが、13歳までに将来への決定を行わなければなりません。後から、「ああ〜、大学を出ておけばよかった・・・」と悔やんでも後のまつり。

その点、日本ではどんな大学を出ていようが、大学に行ってなかろーが、後から自分でしかるべき場所で勉強し、方向転換ってのがやりやすいよーに感じます。
例えば、普通のOLをやっていた人が、「デザイナーになるんだーい」「コンピュータの専門職になるんだーい」などといったことが努力さえすれば可能です。
専門学校や職安でのシステムも職種によっては勉強環境がしっかり整ってます。

逆を返せば、「小学校〜高校・大学で学んだことは一体何だったのか」っつー気もしますが・・・。
しかし、なーんていいことなのでしょーか。
人生のやり直しは日本人の特権かも・・・。

過保護がお好き? TOP
「扉が閉まりまーす。扉にご注意ください」「傘などのお忘れ物が増えています」
これって国内でフツーに聞く車内アナウンスですよね?

扉が閉まるのはともかくとして、傘を忘れるなってアナウンスは一体誰が聞いているんだろーかと常日頃から疑問に思っているのは、私だけでしょーか???
在日外国人に言わせると、「あのアナウンスの長さとうっとおしさ!!なんとかならない!?傘を忘れよーが、扉にはさまれよーが、自分が悪いんじゃん」だそーな。

車内アナウンスは一例として、どーも日本社会は他の国から見れば色んな点において、度が過ぎた過保護社会のような気がします。
まぁ、有り難いっつっちゃー有り難いかもしれませんが。

日本にいる分にはいいのかもしれませんが、一歩外に出たら「ありえねぇー!!」ってヤツ。
ある意味日本の過保護が懐かしくなる時もありましたが、それと同時に、「ああ・・・、私ってやっぱ日本人」と思い知らされる瞬間でもありました。


広告の嵐の日本 TOP
日本では、電車に乗っていても、歩いていても、一度も見ることがないってのはまずないでしょーね、きっと。
それは、広告、広告、広告、ひたすら広告の嵐・・・!

電車の中では、中吊り広告だのドア付近だの、さらにスゴイのはつり革まで広告まみれ。
車両にも広告・・・。

歩いていても、大きいのから小さいのから様々。
すごいなーと感心させられるのが階段の広告。
段差に広告が貼り付けてあって、階段を登る時にイヤでも目に入るアレです(笑)。
いやー、考えた人ってば偉大(?)ですよねー。

ビジュアル的ではない広告だってありますよね。
例えば、車内アナウンス。
次の駅や乗換えだけではなく、広告も一緒に伝えられることって多くありませんか?

私たち日本人は、それがフツー & 日常茶飯事のせいか、見ているよーな、見ていないよーな。
自分にとって興味のある広告だけ見ているせいなのか、気にもならないって人も多いのではないでしょーか?
そう考えると、「音の氾濫」に慣れてしまっているのと似ているかもしれませんねー。

しかし、どこに行ってもこーんなに広告まみれの国って・・・!
色んな国に行きましたが、なかなかお目にかかれないよーな気がします。
(知っている限りでは日本だけのよーな気が・・・)

ドイツの場合、公告がないワケじゃーありませんが、日本よりずっとずっと少ないです。
特に車内の広告なんて、殆ど見かけないぐらいです。
街中でも、バス停の横とかにデカ目の広告看板はありますが、店の看板なんてあまり目にしないよーな気が。
コレって、もしかすると、「住居や建物などの外観にこだわるドイツ」だからかもしれませんね。

そーゆー「広告少な目」の生活に慣れちゃうと、日本での「広告の嵐」がものすごーく煩わしく感じてしまう。
「広告の嵐」を見る度に、どっと疲れる・・・。
それって私だけでしょーか???

ってゆーか、あーんなに広告を出して採算って取れるものなのかなー、あーんなにいっぱい広告を出さないと売れないもんなんだろーか?
って、疑問に感じてしまうのは私だけでしょーか???

音の氾濫がフツーの日本 TOP
日本って、どこに行っても音が聞こえて、ある意味騒然としているなーって印象が強いです。

例えば、スーパーに買物に行っても、大抵は音楽が流れている。
レストランでもシャレた店(?)なら音楽、定食屋風の店ではラジオやらテレビ。
電車に乗っていても、車内アナウンスが長ったらしく伝えられる。
家では見ているかどーかわからないけど、とりあえずテレビをつけっぱなし。

そのせいか、その手の音があるって生活に慣れきっているよーな気がします。
つまり、音に対してとっても「鈍感」になっているんじゃーないでしょーか?

ドイツの場合、スーパーで音楽なんてめったに鳴ってません。
アパレル系だと、音楽ありってことがありますが、なしでもヘンともナントモ感じなかったりする。
そーいやー、靴屋で音楽ってあまり聞こえてこない。
レストランの場合、BGMとしての音楽ってのはあまりなく、どっちかっつーと、大道芸人風の人がいきなり入ってきて演奏を始めて、男性が連れの女性のために演奏してもらったりって感じ。
車内アナウンスなんて思いっきり必要最低限のことしか言いません。

そーんな国に住んでいるから、「音に超敏感」なのか。
それとも「音に超敏感」だから、そーゆー風になるのか。

どっちにしろ、日本人がドイツに住むと、色んな変化があると思います。
なーんせ「音に敏感にならざるを得ない」。
そーでないと、「住居から追い出されかねません」。
いやいや、マジな話です。
ドイツ人に言わせれば、日本人は「音に鈍感過ぎる」って印象だそーです。

こーゆーことを今だから言っている私ですが・・・
以前は、音なしじゃー生きていけないってぐらい、音にまみれた生活をしていました。
少なくとも、ドイツに行くまでは。

でもねー・・・
慣れてしまうと、「音があまりない」って方が結構良くなるもんだなーと感じてます。
環境にも優しいし。
他人に邪魔されていないって感じで♪

我ながらビックリの変化かも!?

中身とイメージのどっちが大事? TOP
聞くところによると、日本人は世界で一番「用心深い民族」らしいです。
そこから来るのか、どーなのか、イメージやらブランドやら名前やらを重視する傾向があるよーに感じてます。
つまり、「見てくれ」と「イメージ」で判断しがちってパターンです。

もうちょい例を挙げてみると・・・。

どーせ買うなら、会社名を知っているヤツ。
中古品より新品がいいなー。
お試し買いするにも、知っている企業のものの方がいいなー。
グッ○や、ビト○のバックだからこそ欲しい。
あのブランドならこれぐらいのお金を出してもいいやー。
薬を買うなら、安いジェネリックよりも高いナショナルブランド。

あの病院は有名だから、きっと手術の成功率も高いはず。
あの先生にさえ教えてもらえたら、きっと合格できるはず。
海外に住んでいたのなら、英語がきっとぺらぺらのはず。

就職するなら、非上場より上場企業。
この会社で働いているって言うなら、やっぱり名前が知られていない中小企業より、有名大企業。
どーせ雇うなら、能力のある中高年よりは、何も知らなくてもピチピチしている若者。

留学するなら、やっぱアメリカかヨーロッパ。
(意外だったのですが、アジアに留学してたって言うのと、アメリカやヨーロッパって言うのでは、周りの反応が違うらしい・・・)

などなどなど・・・。
こーゆーのって、思い当たるフシありませんか?

それがいいかどーかは、本人次第ですよね、モチロン。
ご本人の主義ですから、それらに関してとやかく言うつもりはありません。
お好きなようにどーぞ。

でもコレって「大きな落とし穴」があるよーに思えてならないのは私だけでしょーか?
どーんな落とし穴かっつーと・・・

ある有名企業に不祥事が起きた途端、その会社のイメージが一挙に低下しちゃう。
「○○」という国を聞いた途端、どんな国なのかも知らないのに良 or 悪印象を勝手に持っちゃう。
(たとえば、「中○製」は質がイマイチとか、食べても大丈夫???とか、「アメリカ製」なら新しくて良いイメージとか)
記憶にも新しい、牛肉やらギョーザやらで事件が起きると、全ての牛肉やらギョーザ、輸入元の国を目の敵のように敬遠しちゃったり。
某TV番組で捏造が発覚すると、途端にダイエットをやめたり(苦笑)。

イメージが良い時は褒めまくる(ってか思いっきりファン状態?)ワリにゃー、イメージが悪くなったらクソミソ。
手のひらを返したような態度になっちゃったりなんかして。
マスコミの力ってのも、結構コワイですよね。

でもねー、何か大事なコトを忘れてませんか?
それは、
「自分がそのモノに対して、自ら中身をしっかり確認して、ナットクしていたかどーか」
じゃないでしょーか。

イメージなどに翻弄される一番の怖さは、中身を確認せずに勝手なイメージを押し付けちゃうってことじゃないでしょーか。
もしも悪いイメージを自分が勝手に押し付けられたらどーでしょう?
もしも外国人が日本に対して悪いイメージを持ってしまったらどーでしょう?
それって、悲しくないですか?

因みに、多くのドイツ人の場合は超明確な基準で判断しているよーです。
一言で言っちゃうと、自分にとってリーズナブル(お得)かどーか。
勿論、人にもよりますけどね。

安い方がそりゃー嬉しい。
でも、安くても長く使えないんじゃー意味がない。
この質で、この値段なら、まあよかろ。

共通しているのは、「自分の目で質を確認し、自分の中で価格と妥協点を見出している」ってコトでしょーか。
つまり、会社名だのイメージだのの優先順位は低いっつーコトです。

え?
日本人のその用心深さって、どーやったらマシになるのかって?

うーん・・・、海外に行ってみて体験するのもいいかもしれませんね。
ブランドものショッピングに走るんじゃーなく、海外に行ってまで日本食を食べたり日本のホテルに泊まったり日本語のテレビばっか観るんじゃーなく。
現地のモノを色々と試してみるのって、その国の文化も体験できるし、用心深さからの脱却もできて良いかもしれませんよ〜。

一度やってみたら、なんちゅーコトはなくなると思いますので、是非試してみてくださいな。

選択肢が多い日本 TOP
日本って色んな意味で選択肢が多いよなーってつくづく思います。
と言っても、日本にずぅーっといると、ピンと来ないでしょーから例を挙げてみよーかと。

例えば、スーパーで何かを買おうとしますよね?
そーすると、一つの品が色んなメーカーで製造されている。
種類がいーぱいある。
だから、どれを買おうかとついつい迷っちゃう。
あれもよさそーだ、コレもよさそーだ、いやいやコッチの値段の方が安いし、いやいやでもでもアッチの方がモノが良さそーに見えるし・・・!
って具合。

用心深さのカケラがなくてお試し買いが結構好きな私にとっては、なかなか楽しめたりなんかします。
でも裏を返せば・・・
目移りして迷いまくってしまって、結局どれがいいのかよくわからんってコトにもなったりなんかして(笑)。

ドイツではどーかっつーと、選択肢が日本みたいに多いワケじゃありません。
勿論、品数がないってワケじゃーなく、種類が少ないってこと。
アレを買うなら、コレかコレって感じでしょーか。

良いように言うと、迷わずに済むから買物が早くできる。
悪いように言うと、種類が少ない = 選択肢が少ない。

そーんなワケで、日本に帰国すると
「と・れ・に・しよっかなー♪」
と選ぶ楽しさが超嬉しい。
その反面、日本でのモノモノモノの嵐に疲れてしまうことも、たまーにあったりして。

皆様はどっちがいいですか?
選択肢が豊富で、色々と選べるのと、選択肢が少なくて効率よく買物ができるのと。

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こーんなにいっぱい資格がある国って、もしかして日本ぐらいなんじゃーないかなーって感じてます。
つまり、「資格ビジネス」が超盛んな国って意味です。

だから本屋にも、資格関係の書籍がどっちゃり。
特に語学コーナーなんて、外国語の音声が流れつつ棚もいっぱいあって、とゆーのがフツーの光景。
んでもって、その手の資格取得学校もわんさか。


決して資格を取ることが悪いワケじゃーありません。
むしろ、何かの目標に向かって勉強するって、スバラシイですよねー。
そいでもって、その資格を実際に活かせるなら、もっとスバラシイですよねー。

でも、「資格ビジネスに踊らされていないか???」って感じちゃうのは私だけでしょーか?

例えば・・・、ある資格を持っているってだけで、講師になれちゃったりなんかする。
そのせいか、質がイマイチの講師もいっぱい。
教え方を知らないのに、カネもらって教えるってどーなのかなーってちょっと疑問に感じる時もあります。
だって、皆様って日本語がペラペラだけど、日本語を教えるのってそれなりに勉強しないと出来ませんよね?
個人的には、知識や資格そのものよりも、教え方をしっかり勉強してから教えてほしいなーってよく思います。

因みにドイツの場合、本屋に行っても、資格関係の本ってあまり見かけません。
街中を歩いていても、その手の学校って殆ど見かけないよーな。
つまり、資格よりも経験が重視されている傾向があるよーに感じてます。

うーむ・・・、その辺りももしかすると、「日本人が持つイメージ」ってのが関係しているのかもしれませんね。



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