1933     大阪府岸和田市に加守田貞臣、八重子の長男として生まれる。
1949 16歳 大阪府立岸和田高等学校に入学。
1950 17歳 大阪府立高等学校図画工作研究会主催の「第3回大阪府立高等学校展」
         に油彩「鶏頭」を出品、ホルベイン賞受賞。
         岸和田市文化祭総合市民展に油彩画出品絵画の部奨励賞第二席となる。
1952 19歳 岸和田高等学校卒業、京都市立美術大学工芸科陶磁器専攻に入学。
         富本憲吉教授、近藤悠三助教授、岩淵重哉助手らが教鞭を取っていた。
1955 22歳 「新匠会」に出品、入選し佳作賞受賞。
1956 23歳 京都市立美術大学工芸科陶磁器専攻を卒業、日立製作所入社日立市の
         大甕陶苑技術員となり作陶に従事。
         新匠会・朝日陶芸展に出品。
1958 25歳 大甕陶苑の勤務を解かれ、念願の益子で日立社員として塚本製陶所の
         研究生となる。
1959 26歳 塚本製陶所、日立製作所を退社。
         益子町道祖土に部屋と登窯を借り独立。
1960 27歳 細谷昌子と結婚。新匠会展に「櫛目文灰釉大皿」出品、努力賞受賞。
         日立商工会館にて「加守田章二・細谷昌子陶器展」開催。
1961 28歳 「第8回日本伝統工芸展」に「鉄釉花瓶」入選。
         益子に住居・窯場完成。
1963 30歳 長男太郎生まれる。
1964 31歳 五島美術館主催の「第7回陶磁の新世代展」に「広口灰色花器」招待出品。
         朝日新聞社共済「現代国際陶芸展」に「黄土掛け灰釉花瓶」出品。
         日本工芸会正会員となる。
         国立近代美術館京都分館開催の「現代日本の工芸展」に「灰色の花器」招待出品。
1965 32歳 東京ニュウセンターギャラリーにて「加守田章二作陶展」開催。
1966 33歳 日本陶磁協会賞受賞。
         日本橋高島屋にて「加守田章二作陶展」開催。
         「第13回日本伝統工芸展」出品の「灰釉鉢」が文化庁買い上げとなり後に東
         京国立近代美術館所蔵となる。
1967 34歳 京都国立近代美術館「灰釉大鉢」購入。高村光太郎賞受賞。次男次郎生ま
         れる。
         初めて岩手県遠野を訪れ、試作用の土を持ち帰る。
1968 35歳 京都国立近代美術館開催の「現代陶芸の新世代展」に8点招待出品。
         ギャラリー手で「加守田章二展」開催。
         日本橋高島屋にて「加守田章二展」開催遠野 の土を使った手びねりの作品を発表。
1969 36歳 ギャラリー手で「江崎一生・加守田章二・森 陶岳三人展」開催。
         岩手県遠野に築窯、仕事場も作り制作の場とする。
1970 37歳 日本橋高島屋にて「加守田章二展」開催、「曲線彫文」の作品を出品。
         ギャラリー手にて「第2回江崎一生・加守田章二・森 陶岳三人展」開催。
1971 38歳 ギャラリー手にて「加守田章二展」開催。
         毎日新聞社主催の「第1回日本陶芸展」に「変形筒形彩陶・角皿形彩陶」出品。
         三男三郎生まれる。
1972 39歳 ギャラリー手にて「加守田章二展」開催。
         日本橋三越「現代陶芸選抜展」出品。
1973 40歳 日本橋高島屋「加守田章二展」開催。欧州各国巡遊。
1974 41歳 昭和48年度芸術選奨文部大臣新人賞受賞。
         ギャラリー手・日本橋高島屋「加守田章二展」開催。
1976 43歳 日本橋高島屋「加守田章二展」開催。
1977 44歳 栃木県立美術館「栃木県美術の現代」招待出品。
         「第4回日本陶芸展」招待出品。
         家族で沖縄旅行をする。
1978 45歳 東京、」サントリー美術館開催「日本の壺100展」に「曲線文壺、銀陶面取
         壺」出品。
1979 46歳 日本橋高島屋「第10回加守田章二展」開催。
1980 47歳 日本橋高島屋にて日本経済新聞社主催「加守田章二陶芸回顧展」開催。
1981 48歳 台北国立歴史博物館開催「中・日現代陶芸家作品展」招待出品。
         白血病のため宇都宮国立病院に入院。
1982 49歳 自治医科大学付属病院個室入院、病室で水彩画、ペーパーデザインを試
         みる、一時退院。
1983     死去。

加守田章二略歴

灰釉鉢

◇Copyright(c)2017BI.NET.All rights reserved.◇

彩陶皿

彩陶茶碗

象嵌壺

前に戻る

提供・美・ネット

小 壺