東京都日野市 革新・無所属 新社会党推薦

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「労働者・民衆は一つになれる」と信じて

わしお由紀太が「月刊まなぶ」(労働大学 発行)200912月号に書いた文章です。

 

 十月九日、この原稿の締め切りが迫っているのに、私は酔っ払っていました。派遣村労組のSさんの解雇撤回と解決金等の協定書に組合が調印した勝利の日です。既に合意済みの内容の協定書が会社側から届いていました。この日、Sさん本人に最終確認をしてもらい、委員長が署名押印しました。会社側弁護士は「速達で送れ」と切手を貼った返信用封筒をよこしました。争議にねをあげ、一刻も早く終結させたかったのでしょう。投函するのはSさんです。役員が代行しない、自分のことは自分でする。私たちはSさんが郵便ポストから戻ってくるのを待ちきれず、先に乾杯。Sさんと再度の乾杯。

 「Sさん、こんなおいしい酒は、人生でそう何度も飲めるもんじゃないよ」。

 

派遣村の相談員

 

 Sさんは派遣会社の社員で、NECに派遣されていました。住まいは派遣元が借り上げたアパートです。家賃相当額を「寮費」として天引きされていました。派遣先と派遣元との契約が打ち切られたことを理由に解雇されました。しかしこれは理由になりません。派遣先と派遣元との契約が無くなっても、そのことで派遣元と労働者との雇用契約は無くなりません。

 「派遣村」は日比谷から各地に飛び火しています。触発された有志が始めたのが「府中緊急派遣村」です。四月に「三多摩大相談会」を開きました。私は相談員のひとりで行政書士です。相続遺言や外国人のビザの相談や手続きが仕事です。それで相談ボランティアになりました。でも専門家としてではなく、労働者出身の活動家として関わりました。労働基準法と生活保護法を勉強している行政書士は私だけ? 「相続財産よりも親の残した借金が多いケース」「失業中でビザの更新が難しいケース」に出会うことも多く、“私個人が良心的に仕事をするだけではどうにもならない、社会が変わらなければ”という思いを深めています。

 派遣村には、解雇と同時に派遣元の寮から追い出され、次の仕事が見つからずネットカフェで寝泊りしているうちに所持金があと千円前後になった仲間がいます。市役所に行っても「働きなさい」と生活保護を申請させてもらえなかったのです。その人だって働きたいのです。でも住所や連絡先を失った人を雇う会社はそうありません。私たちはお互いに生活保護申請に同行しました。

 Sさんは幸い寮に住んでいるうちに府中派遣村を知り、四月に相談に来ました。活動家ではない25歳の青年です。「退去しないと不法占拠になる」と会社は脅し、Sさんを仲間から離そうとします。Sさんは肝を据えました。「解雇は無効。退去しない」と寮に住み続け、派遣元と団交を繰り返しました(たとえ解雇が有効でも、ただちに退去する必要はありません。借地借家法)。Sさんを先頭に派遣先にも申し入れとビラ入れしました(派遣先は、雇用関係が無いからと団交拒否)。これに驚愕した派遣元は、組合の要求を呑みました。

 

労働者・貧困者の悔しさを市議会へ

 

 私は来年2月25日の日野市議会議員選挙に立候補します。革新・無所属・新社会党推薦です。市内のさまざまな人とお会いし、労働者がバラバラにされていることを日々実感しています。――公務員が賃下げされると、民間労働者がザマアミロと思い、正社員がリストラされると、非正規がザマアミロと思い、失業者が生活保護申請すると、定職のある労働者が「あいつらは甘えている」と思う――これではどんなに資本主義が行き詰まろうが、労働者の時代は来ません。後期高齢者医療制度に怒るお年寄りと、保育所不足で困っている若い父母が、「憲法25条」を媒介に共感しあうのも難しい。お年寄りには「今の若いお母さんたちは甘えている」と何故か言われます。民衆は今バラバラです。

 でも、腹の底から語り合ってつながりたい! 日野市議選は、その大事なプロセスです。ご支援をお願い致します。「労働者民衆は一つになれる」と信じて明朝も駅前に立ちます。おやすみなさい。

 

 

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