JCO臨界被曝事故11周年行動
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1999年9月30日午前10時35分、茨城県の東海村にあるJOCの工場で事故が発生しました。被曝した労働者のうち2人が亡くなっています。周辺住民も被曝し健康被害を受けました。JOCは亡くなった2人の労働者に事故の責任をなすりつけています。「死人に口なし」ということでしょうか。 この事故を忘れない、風化させないために毎年「9・30」の行動が行われ、私わしおも参加しています。死んだ人の悔しさを背負えるわけではないのですが、その悔しさに思いを寄せて。 毎日、エコエコエコとテレビは言い、CO2を減らそうというアピールが盛んですが、「原発が地球にやさしい」なんて真っ赤なウソです。 さて、近隣自治会合同の防災訓練が今年も近づいてきました。「東海地震」の予想震源域の真ん中に中部電力の浜岡原子力発電所があります。「東海地震」への警戒を呼びかけているのは国の機関ですが、そんな危ないところに原子炉を設置する許可を出したのも国の機関です。何も本気で考えてないのでしょうね。
●午前の行動 9月30日、大雨の中、JCO臨界事故11周年で経産省前行動をおこなった。日本山妙法寺、NCCと言った宗教者、山谷労働者福祉会館、劣化ウラン兵器禁止市民ネットワークなどの市民団体、たんぽぽ舎、原発を考える品川の女たちの反原発グループ、日野のわしお由紀太さん、抗議の歌を歌った市民など各団体・個人が様々な立場でJCO臨界事故と原子力の危険性について訴えた。 事故が起きた10時35分に参加者全員が2人の死者に対して黙祷、献花の行動を行い、社民党福島みずほ氏を通じて経済産業省、原子力安全・保安院、資源エネルギー庁に対して申しいれ書を手渡した。 最後に経産省に向かってシュプレヒコールを行い、午前中の行動を終了した。寒い中参加いただいた31名の皆さん、ありがとうございました。 ●夜の講演集会 18時30から88人参加で明大リバティータワーで行われた集会では、事故を起こしたJCOに対し、健康被害裁判を提訴して闘った、大泉夫妻が話された。大泉恵子さんは原子力文化振興財団がJCO臨界事故を振りかえるために住民に対して募集した手記に応募した文章を元に話された。事故によって生活が一変し、裁判をしたが7年くらい経ってようやく事故に向き合えるようになった。被曝した私たちこそ体験を伝えていかなければならないと、話された。 大泉昭一さんは各県3名ぐらいずつ放射能に詳しい医者を置くべきと話は出ているが一向に進んでいない。JCOの事故について言えば、これから晩発性の被害が出てくると思う。私たちの周りでも4名がガンで亡くなった。と11年経っても住民を苦しめる原子力の恐怖に対して実感をもって話された。 なお、会場で集めたカンパ40030円を全額大泉夫妻に渡しました。 槌田敦さんは「日本の核兵器原料生産の現状と9・30臨界被曝事件」と題した資料にしたがって説明。日本が一貫して核兵器原料生産の方法をたくらんでいたこと、臨界条件を無視した動燃の注文によってJCO臨界事故が起こったこと、常陽の炉内破損、六ヶ所村再処理工場、もんじゅ(槌田さんはもんじゅ・ふげん菩薩とはまったく異なるということでにせもんじゅと表記)炉内落下事故などで、 日本の核兵器原料生産が行きづまっていることを話された。 その後、劣化ウラン兵器禁止市民ネットワーク、西村裁判を支援する会、ストップ原発再処理工場・意見広告の会、たんぽぽ舎、いろりばた会議からのアピールと集会宣言を採択して、終了した。 (以上の報告は、実行委員会のアツミさんの文章です) 実行委員会の連絡先になったたんぽぽ舎のページ |
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私たちも、賛同団体になりました。2010/10/18 |
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生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)参加者に向けての 2010International Joint Statement for cop10. |