「小さな小さな狂想曲4(完)」


 「温泉だ〜♪ 楽しいな〜♪」
 無事、そろって温泉旅行へいけることになった新選組一行は、ハイキングよろしく山道を行く。
 先頭を行く永倉は、御機嫌に歌を歌う。その後ろを、山南と斎藤が続く。斎藤は、少なくとも表面上はいつも通りになっている。島田や原田と離れて歩いているのは、自ら気を使ったのか、誰かに言われたのか。
 少し離れて、近藤と土方が並んで歩く。土方の表情も、いつに無く穏やかだ。
 さらに離れたところを、島田と沖田が続く。今日はまだ咳も無く、元気そうだ。
「でも、よかったですね。島田さんも旅行に来れて」
「いや、まったく。温泉でじっくりと疲れを取らなきゃな」
 首をコキコキ鳴らしながら答える。実際、突貫工事で体が疲れきっていた。行き先が湯治場でなければ、ダウンしていたかもしれない。
「ところで島田さん、沙乃ちゃんのこと、どう思ってます?」
「おぶ!?」
 思わぬ質問に、素っ頓狂な声を上げる。こっそりと後ろを窺うが、最後尾の二人には、よほど大きな声を出さない限り、聞こえることは無いだろう。
「あたしは、沙乃ちゃんのこと好きですし、島田さんのことも好きです」
 島田の様子に気付かない振りをして続ける。
「けど、沙乃ちゃんが島田さんのことを好きなのは、また別の好きじゃないかと思うんです」
「……」
 沖田の問いに対する明確な答えは持っていた。が、それが言えることかどうかは別だった。
 それに、正直な話、沖田の意外な観察力に驚いてもいた。以前、相談相手として真っ先に除外したのは、見識不足もいいとこだ。
「あたし、島田さんの本心が聞きたいです。 …あ、別に島田さんが、幼女しか愛せない(削除)野郎でも気にしませんよ」
「おい」
 思わずツッコミを入れる島田。沖田は例によって咳をして誤魔化すだけだが。
 そんなやりとりは、声が聞こえない限りは、後ろから見ると中睦まじい恋人同士にも見えた。九割近く漫才に見えるが。
「気になる?」
「…別に」
 最後尾の原田と芹沢は、そんな二人を温かく冷たく見守っていた。
「じゃあここで、カモちゃんの大予言〜」
「…はぁ?」
 また不機嫌になりかけた気配を察し、芹沢は妙なことを始める。
「今日、島田くんは、宴会の後ぐったりして、部屋で一人ゴロゴロするでしょう〜。やったね、沙乃チャン、大チャンス!」
「…何のチャンスですか?」
「よ・ば・い」
「なななななななに言ってるんですか、芹沢さん!」
 慌てふためく原田。そんな姿を見て、芹沢は扇子を広げてカラカラ笑う。扇子には『略奪LOVE』とか書いてあったりする。
「え〜、絶対当たるよ。いざと言う時はこれでバシーンと」
 鉄扇を振り回して、頭を殴る仕草をする。
「やめてください。これ以上馬鹿になられたら堪りません」
 それ以降も、原田は延々からかわれ続ける。
 腹癒せに、拳大の石を前に向かって投げつけた。
『イテッ!』

 つつがなく…な訳はないが、どうにか宴会は終わり、島田は芹沢の予言通りになっていた。
「ああ〜、くつろぐ〜」
 全身を弛緩させ、たっぷりとくつろいでいたが、すぐに暇になってしまう。
 暇になると、ここに来るまでに、沖田と交わした会話が気になってしまう。
 あの時は、結局のらりくらりとかわしたが、今は…。
「よし、行こう」
 心を決め、立ち上がる。行き先はもちろん、原田の部屋だ。
「からかえば、暇つぶしになるし」
 誰も聞いていないのに、言い訳をしていきながら。
「あ」
「あ」
 ところが、二人は廊下でばったりと遭ってしまう。
 互いが互いの部屋を目指していたのだ。それまでに心を整理しようとしていたが、こうなると掻き乱される一方になる。
「ああ…」
「え〜と…」
 何か言おうとして、言葉が続かずにまた黙る。そんなことをしばらく繰り返したところで、特有の緊張感が二人を包む。
 戦いの気配。目配せ合い、得物を取ると、素早く飛び出した。

「どすこ〜い!」
 複数の力士とやり合っていたのは、芹沢と沖田だった。
 正確には、沖田は死角を守る位置に立っているだけで、戦っているのは芹沢一人だった。
 繰り出される張り手を、広げた鉄扇で軽々受け止め、押し戻す。それだけで、力士達はバランスを崩され、あるいは転んだりしていた。
 力士達が片手であしらわれる様は、なかなかの滑稽劇だったが、黙って見ているわけにもいかず、島田らは駆け寄る。
「あ〜あ。もう帰ってくれないかな。せっかく島田くんと沙乃ちゃんが面白いことになってるのを見るつもりだったのに」
「何ですって…?」
 島田らが辿り着いたのは、芹沢が丁度そう呟いたときだった。
「あら…?」
 少し引き攣った顔で、振り向く。
「そーじちゃ〜ん…」
「けほけほ」
 沖田に助けを求めるが、あっさり逃げられる。
「そのことは、後でじっくり聞かせてもらうとして…」
「うう、しくしく」
「何があったんです?」
「え〜とねぇ、お相撲さんに襲われたの」
「全然分かりません」
 あっけらかんと答える。が、島田に冷たく返される。
「どうも、キンノーみたいなのよねぇ。アタシ達が少人数で京を離れるから、チャンスだと思ったんじゃない?」
「どうしてそれが? …って」
 考えてみれば、あれだけ目立つ集団がこっそりと出かけられるはずが無い。ましてや、こっそりするつもりも無かったのだから、何をいわんやだろう。
「その通り!」
 そこへ、力士達が口を挟んで来た。とはいえ、ただ黙っていたわけではなく、仲間を呼び集め、武装までして来たらしい。
 数十人の、それも全員八角棒で武装した力士達を前に、それまでの微妙に緩んだ空気が払拭される。
「数が多いな。みんなを呼んでくるか?」
「そんな暇、無いみたいよ」
 圧倒的な優位を感じた力士達が、一斉に襲い掛かってくる。が、そこは一騎当千の新選組。怖れる風も無く迎え撃つ。
 風切音を立てて振り回される棒をかいくぐり、芹沢は一人の力士にあっさりと肉薄する。相手には、芹沢がどう動いたのか、まったく分からなかった。
「えい」
 軽い掛け声とは裏腹に、鉄扇はあっさりと頚骨を粉砕する。
「キンノーで、武器を持ち出されたりしたら、手加減なんてしてあげられないよ」
 1kgを超す鉄扇を軽々と扇ぐ芹沢に、恐れをなした力士らは近付けずに遠巻きに囲む。
 だが、そうしてられた彼らは、まだ幸運だった。
 沖田と対峙した者は、その姿を捉えることはできなかっただろう。一閃一殺。刀がひらめくのと同じ数だけ、物言わぬ死体が転がる。
「これだけ騒いでるのに、何でみんな出てこないんだ!?」
 目の前の相手と切り結びながら、叫ぶ。乱戦の騒音と血臭とで、あたりは凄い騒ぎなっていた。旅籠やの中の面子が気付かないということはありえない。
「あらら、薬が効きすぎちゃったかな?」
 芹沢の呟きを、島田はしっかりと聞きとがめていた。
「…そのことについても、後でじっくりと話し合いましょう」
「え〜ん」
 嘘泣きなどをして見せるが、まったく取り合わない。以前、数の差は多いのだ。
「島田、宿に被害があったら、また新選組の評判が下がっちゃう! こいつらをここから引き離すわよ!」
「おうっ!」
 援軍が期待できないとなれば、広いところの方が原田には有利だった。また、原田を独りにさせれない島田も、その後に続く。
 が、芹沢と沖田に恐れをなした大半が、二人を追って行ったのは誤算だった。宿から引き離すことには成功したが、数の上ではますます不利になってしまった。
「あらら。そーじちゃん、こいつら倒して、急いで追いかけるわよ!」
「はい…けほけほ」

「くっ…こいつら」
 案の定、二人は大苦戦だった。特に、体の大きさから組み伏し安しと見られたか、大半が原田に殺到していた。
 原田のフォローに回りたいものの、芹沢達ほど超人的ではない島田は目の前の相手で手一杯だった。
 八角棒という武器は、単純に殴るだけのものだが、刀よりリーチが長く、力士の怪力で振り回されてはまともに受けることも叶わないので、非常に厄介だった。
「あうっ…!」
 四方を取り囲まれた原田が、足をやられ悲鳴を上げる。それを聞いたとき、島田は我を忘れ駆け出していた。
 とどめが打ち下ろされる寸前、飛び込んだ島田が棒を素手で受ける。タイミングがやや遅かったため、半分頭で受けたようなものだが、それでも確かに受け止めていた。
「沙乃に…手を出すんじゃねぇ!」
 吼えると、棒を握り締め、力をこめる。走り込むまでに、刀は捨てていたので、両手で掴んでいた。
 島田の気迫に固まっていた力士が、慌てて力をこめる。が、島田のパワーはそれを安々と凌駕した。
 あっさりと棒をもぎ取ると、それで力士達を次々と打ち据えていく。
 島田には、力士たちには無い、技が、何よりも気合があった。
 結局、芹沢らがやってきたころには、すべて終わっていた。仁王立ちしたまま動かない島田と、周りに累々と倒れる力士達、そして荒い息をつきながら、どうにか立ち上がろうとしている原田の姿が、激しい死闘と、その終わりを告げていた。

「我らが慰安旅行も、無事終わりだな」
 帰り道、先頭を歩く土方が言う。
「此度、鋭気を養った我らは、京の治安のため、一層励まねばならん」
 そして、チラリと島田の方を見る。
「旅先で怪我をした者もいるようだが、ビシバシいくから、覚悟しろ」
 幸い、二人の怪我は大したことが無く、後遺症の心配の無いものだった。
 が、島田は頭と腕をグルグル巻きにされ、原田は松葉杖を突いていた。
 その、根本的な原因といえる芹沢は、袋詰にされ、永倉が背負っている。帰った後が大変だろうが、島田には自業自得としか思えない。
「ねえ」
 少々遅れ出した原田が、傍らに付き添う島田に声をかける。
「その…ごめんね」
「ん?」
 オズオズと謝る原田に、何のことかと怪訝な顔をする。
「沙乃のせいでしょ、その頭の傷」
 戦いの最中の流血は、行きがけに原田がぶつけた石の傷が開いたものだった。
「ああ。気にするなよ」
「…」
「…」
 また、沈黙が続く。
「おぶって」
「…は?」
「おぶって! 沙乃、足の怪我なの! 歩きにくいの! あんた、腕の方は大したこと無いんでしょ!」
 思わぬ申し出に言葉を失っていたが、苦笑を返すと背中を差し出す。
 腕を軽くかばいながら持ち上げると、原田は首根っこにギュッとしがみついてきた。
「この方が楽でしょ」
 どうとは言わず、歩く。ただ、恥ずかしいので皆とは間を開けたまま。
「ありがとう…」
「?」
「いろいろね…。沙乃、島田といるの、結構楽しいよ」
「そうか」
 しがみつく腕に力をこめ、顔を背中に埋める様にする。
「好きだよ…」
 仲間達の呼び声に、かき消されそうな小さな言葉。
 二人、何も言わない。
 いつの間にか、立ち止まっていたことに気付いた。
 そして―――。
 一歩、踏み出した。



<あとがき>
 


ネイプル書庫に戻る

topに戻る