「小さな小さな狂想曲2.5」
島田と永倉が去ってしばらく後、今度は土方が近藤を訪ねてきた。
「どうした、近藤? 浮かない顔をして」
「あ、トシちゃん。実は…」
そこで、先程のことを話してみる。
「フム。問題は、島田か?」
流石に土方は、鋭く事の本質を掴む。
「多分、沙乃ちゃんは島田君のことが気になる…ううん、好きなんだと思う」
「それが自分でもイマイチはっきりしない。上に、島田はまったく察していない。か」
二人同時にため息をつく。
「こういうことには関わらないのが正しいが、一応気にはしておくか」
「沙乃ちゃん、真面目だから、隊のことを考えて、ますますおかしくなってると思うの」
それは土方も同感だった。真面目なことは、美点でもあるが、欠点でもある。ましてや原田は、知性に感情が着いて来ていない部分があるのだ。
逆に、土方から見て島田という男は感情に知性が着いて来ていないように見えている。ある意味、御似合いの二人だった。
「けど、トシちゃん、こういうのにはもっと厳しい人だと思ってた」
「そうか?」
特に意外そうでもなく、あっさりと返す。
「享楽的なものならともかく、真剣なら止めることではない。恋だのなんだのは、押さえつけると燃え上がるものだ」
『今の台詞、後でポエムようにメモしとこう』と、心中思いながら続ける。
「止めようというのは野暮だろう。横恋慕しているようで、みっともない」
「そうだね」
近藤も、ニッコリ笑って賛意を示す。
「ただ、あいつらの若さが、どう暴走するかは分からない。近藤も、気を付けて見ていてくれ」
妙に年寄りめいた言い方で注意を促す。
しかしそれは、とんでもない形で起こってしまった。
巡回の後、原田はまっすぐに道場に向かう。
『あいつ、どういうつもりなの?』
朝、目が覚めてみたら、障子の間に書状が挟まっていた。差出人は斎藤。ただ『明日の巡回後、道場で待つ』とだけ書かれていた。
「斎藤―――」
道場の扉を開け、そして、一歩も動けず固まってしまった。離れていても分かる、それは明確な殺意だった。
一つ深呼吸をすると、意を決して中に入る。斎藤としては、何か話す事があるのだろう。でなければ、扉の前で待ち構え、不意打ちで殺せたはすだ。
斎藤から視線を逸らさずに、ゆっくりと歩み寄る。足が止まったのは、槍の間合いぎりぎりだった。原田の本能が、これ以上前にでることを拒む。今の斎藤は、それほどまでに剣呑な存在だ。
「斎―――」
口を開きかけた原田に、斎藤が何かを投げてよこす。訓練用の槍。斎藤の手には、既に訓練用の刀が握られている。
「勝負してもらいます」
「はぁ―――?」
惚けた声。それでも、身体は反応を示し、切っ先が上を向く。
「僕にとって、島田は大事な人だ」
原田が答える前に、言葉を続ける。
「誰にも渡したくない。そういう相手だ」
「あんた、本気で言ってるの?」
呆れを含んだ声。得物を手にしたことで、原田の心に余裕が生まれていた。
「だから、勝負してもらいます」
「局中法度―――」
「それで逃げるなら、構わない。けど、それなら二度と島田に近づくな」
斎藤の声に、厳しさが増す。が、原田のほうも、表情が変わる。
「…そんなこと、あんたに決められる筋合い、無い」
「あなたが島田のことをどうとも思っていないなら、そうは言わないでしょう?」
「―――嫌。絶対に、嫌」
互いの武器の切っ先が上がり、殺気が膨れ上がる。御互いにまったく動かない。が、緊張と殺気だけは、どんどん増していく。
状況が動いたのは、壁が破壊され、島田と永倉が乱入してからだった。
二人を、島田を気にした分、原田の反応が遅れた。
凄まじい連撃が襲い掛かってくる。が、一つ、攻撃を捌くごとに、冷静さが取り戻されていく。
今、原田の頭に、局中法度などは残っていなかった。相手が誰かも、良く分かっていなかった。負けられない意識だけが、身体を突き動かしている。
『島田―――』
理由を、口の中で、ソッと転がす。おそらく自分を止めに来ただろう、その男は、動けずに固まっている。
それでもよかった。理由などどうでもよかった。自分を見ていてくれるなら、体が動くし、戦える。
『負けない―――』
自分の中、ずっと深くにあったものに気付いた。大切なもの。
もう、怖いものは無かった―――。
<あとがき>