「小さな小さな狂想曲2」


 夕刻。一日の激務が終わり、各々が自分の時間を過ごすころ、密かに集まる三つの影あり。
 妙に気合の入った島田。いつも通りな永倉。そして、嫌そうな斎藤。『様子のおかしい沙乃の秘密を探ろうの会』(命名:島田)の面々だった。
「皆に集まってもらったのは他でもない!」
 迷彩模様に染めた羽織、鉢巻に括り付けた小枝、どこからどう見ても不審人物な恰好で、島田は朗々と声を張り上げる。
 もっとも、永倉も斎藤も、島田の言ってることなど何も聞いていなかった。斎藤などは、島田の異様な気合(と、恰好)に、不安感を募らせるばかりだ。
 それに、島田の言ってることも、一言で言えば『こっそり見張ろう』という意味でしかない。
「それでは行くぞ、同志達よ!」
「おうっ!」
「何で僕まで…」
 島田、永倉、往生際は悪いものの付き合いのいい斎藤は、部屋を後にする。作戦を決行するために。

 一時間後。
 島田と永倉は、すっかり飽きていた。
 特に永倉は、元々こういった、コソコソとして、気の長い忍耐力を要求される行為に向いていないのだ。
 島田も、最初の気合はどこへやら、永倉をなだめているうちに、自分まで嫌気が差したようだった。
 それでも、最初のうちは、それなりに面白かった。
 おとなしく書物を読んでいたかと思えば、急に声を上げて暴れだし、ぐったりと寝転んだかと思えば、そのままゴロゴロと転がり、柱にぶつかる豪快な音を響かせたりしていた。
 しかし、それもずっと見ていると飽きが来るし、何より情緒不安定な人を見ているようで、うそ寒くなってくる。
「これは、切り口を変えてみた方がいいかもな」
「て、言うか、もうやめない?」
 重々しい口調で呟く島田。斎藤の意見はもちろん黙殺だ。
「捜査の基本は聞き込みだと言うし、誰かに話を聞いてみた方がいいかもな」
「誰が言ったの、それ?」
 やっぱり斎藤は無視し、島田と永倉は、二人で相談を始める。
「恋愛に関しては、そーじじゃやっぱり頼りにならないよな」
 いつの間にか、島田の中で原田の秘密は『男』に決定してしまったようだ。
「トシさんは?」
「俺は命が惜しい」
「じゃあ、芹沢さん」
「う〜ん、あの人は…山南さんもだけど、頼りになりそうな反面、話か大きくなりそうだなぁ…」
「じゃあ、ゆーちゃん」
「だな」
 話がまとまったところで、斎藤の肩を叩く。
「じゃあ、後は任せた」
「え? え? 何が?」
「俺らは近藤さんのところに行って来る。しっかり見張っててくれよ」
「えええ?」
 混乱して口をパクパクさせる斎藤を置いて、二人は近藤の部屋へと向かった。

「いらっしゃい、島田くん、アラタちゃん」
 突然の訪問にも、近藤は二人を快く向かいいれてくれた。
「どうしたの? 真剣な顔をして」
「実は、近藤さんに相談があるんです」
 『?』という顔をしながら、先を促す。
「最近、沙乃の様子が変なんです」
「え? そうなの?」
「それも、恋煩いではないかと」
「えええええ!? そうなの!?」
「そこで近藤さん、何か心当たりはありませんか?」
「こ、こ、こ、心当たりって言われても…」
 アタフタと視線を彷徨わせたあと、ソッと上目遣いで島田を見ながら言う。
「え、えっと、そういうのって、案外身近な人に向くんじゃないかな…」
「なるほど!」
 島田が視線の意味に気付くより早く、永倉がパーンッと膝を叩く。
「そうだよ、島田! 沙乃は大抵アタイかお前と巡回してるんだから、誰かとこっそり会ってたら、気付かないわけ無いじゃないか!」
「おおっ! そうだな! 鋭いぞ、永倉!」
「えーと…」
 近藤の顔は『二人とも、全然鋭くない』と言っていた。が、二人はそれに気付かない。
 だって、島田と永倉だし。
 それはともかく、新しい発見に、二人はすっかり興奮していた。
「ありがとうございます、近藤さん。参考になりました」
「全然参考にしてくれてないような…別にいいや」
「よし、行くぞ、永倉!」
「おう!」
 近藤の、深く長いため息は、二人の耳に届くことは無かった。

「と、言う訳で、下手人は隊士の誰かということが分かった」
 実のところ、推測に推測を上乗せしただけで、何も分かってはいないのだが、島田の中では、物語がどんどん膨らんでいるようだった。
「で、これからどうするの?」
 律儀に見張りを続けていた斎藤の声に、別のものが混じる。
 今まで唯一、見張りに飽きた様子も疲れた様子も見せなかった斎藤の変化に、島田は気付いた。が、疲れただけだろうとしか思わなかった。
「…寝るか。沙乃も、隊務に影響がでるようなことはしないだろうし」
 実際、自分も疲れていた島田は、あっさりと切り上げを提案する。
「そうか? じゃあ、アタイは寝るよ。今日はいっぱい働いたもんな」
「ああ、お休み。斎藤は?」
「僕は、厠に寄ってから寝るよ」
「そうか。じゃあな」
 島田と永倉が視界から消えたところで、斎藤は厠とは別の方向へと歩いていく。その顔には、ある決意が張り付いていた。



<あとがき>
 


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