新選組忍法帖
第五話 Nosferatu
部屋の中心にあるカプセルには、赤黒い液体が満たされ、中には、一人の青年が眠っている。白衣を着た藤波道四郎がボタンを押すと、その液体がどんどんと減っていって、カプセルが開いた。青年が眼を開けると、青年の体を赤いマントが包んでいく。青年はゆっくりと口を開けた…二本の牙を見せ付けるかのように。
「良く眠った」
「四郎、分かっているな、お前の役目は」
「分かっている」
「ならば、それを果たせ」
四郎がゆっくりと両手を天井へと向ける。その体はすぐさま、数十匹の蝙蝠へと変化し、その部屋から、大きな羽音を立てて飛び去っていった。
「お父さん!」
声が聞こえる。部屋の奥から、忍装束を着て、緑色の髪の毛を生やした子供が現れた。道四郎は慌ててその側に駆け寄り、しゃがんでやると、子供は屈託の無い笑顔を見せた。
「まったくお前は甘えん坊だな。どうした?」
「お父さん、ぼくね、やっと水蜘蛛に乗れたよ」
道四郎は口から大きく息を吐くと、笑みを見せた。
「良かったな。次は鉄砲の撃ち方か?」
「うん!」
「根来の忍にとって鉄砲は必須だからな。秀、お前も早く覚えて、一人前になれ」
「うん!わかった!」
子供は父の顔を見て安心したのだろうか、また、部屋の奥のほうへ駆けていった。
ずいぶんと背が高く、黒髪を腰の辺りまで伸ばし、黒服をまとった女…雑賀フランチェスカは、京の町に降り立つと真っ先に、佐賀藩の屋敷へと向かった。
「五十年前の戦いは、今でも鮮明に覚えています」
いきなり、彼女はそう呟いた。雑賀衆という、戦国時代に鉄砲を使い、信長を悩ませた集団の末裔であるという彼女は、鉄砲隊の隊長として五十年前に伊賀・甲賀の忍と戦っていたのである。
「気に喰わんのは、奴らが我々を完全に無視したことだ」
中浦はイライラしたような顔で、腕組みをしながら、フランチェスカとジュリアの顔をかわるがわる見る。ジュリアは中浦と同じように、気に喰わないような感じの顔つきであったが、フランチェスカは逆に何も考えていないような、不思議な笑顔をしていた。
「仕方ないかもしれませんね。我々は今まで、歴史の表舞台に出ることなく、殺し屋をしていたようなものです」
「強い強いといっても、それは個々人が強いだけの話で、我々はまだ佐賀藩に保護されているようなものだからな…」
西坂機関は、一人一人は強いが人数が少ないという弱点がある。集団でこられたら元も子もない。
「お前が来るのを待っていたかのように、敵の情報が入った。天草四郎がまた動き始めた」
不思議なことに天草四郎は、現れた場所から動いていないという。
「まるで攻撃してくれと誘っているようだな」
中浦の呟きに、ジュリアとフランチェスカが頷いた。
「新選組に伝えてきましょう」
フランチェスカがそう言うと、ジュリアは目を見開いた。
「いいのか?フラニー」
「興味あるから」
山崎雀は、フランチェスカと名乗る西坂機関の使者を一目見て、ああ、とため息をついた。服装からして西坂機関の者と分かったものの、フランチェスカを見上げないと顔がわからないし、一方のフランチェスカは自分を見下ろしている。気に喰わないというよりもどうにもならない差だ。西坂機関、という話を聞いて勝手についてきた芹沢も、なんかイヤだな、という顔だった。背丈は芹沢よりもわずかに高い。だが、フランチェスカは胸が平らに近いので、芹沢は心の中でガッツポーズをした。
天草四郎だけではなく、蘇った死体…ゾンビが、再び活動を開始した、というフランチェスカの知らせは、新選組に驚きをもって迎えられた。
「妙なのは…ある場所から一度も動いていない事」
「ある場所とはどこだ?」
フランチェスカの言葉を受けて土方が答える。フランチェスカは京の地図の一点を示した。墓地である。確かにここならば、死体が大量に存在するはずだ。
雲ひとつない晴天の下、墓地を歩く新選組と西坂機関の者たち。
土方とジュリアは既に刀を抜き、近藤も虎徹を握り、戦闘態勢にある。フランチェスカはこうもり傘を握っている。武器がないように思えるが、こうもり傘にはスナイドル銃という新式の銃が備えられている。
「雑賀ちゅう名前やったな…あんた、雑賀衆の…?」
山崎の問いかけに、フランチェスカは傘をさすりながら、
「火縄銃はおもちゃでしたよ。ま、今は、新式の銃をもらって、それを使ってますけど。だいぶ改造されてて、原型を留めてないかもしれませんが」
彼女が語るところによると、根来には雑賀衆という鉄砲を専門に扱う部隊があり、彼女が根来に居た頃は、それの隊長であった、という。
「…あんたも、改造忍なんか?」
晴れやかな笑顔を、フランチェスカは見せた。
「私は鷹の改造忍だから、空を飛んだり目が良かったり風の忍法を使ったり」
土方の耳がぴくぴくと動いた。
「ま、仲間内からは天使と…」
「ペテン師だろ?」
フランチェスカの言葉にすぐジュリアが突っ込む。フランチェスカはジュリアをちらりと見てから咳払いをした。
木枯らしが吹く秋とはいえ、日中はまだまだ暑い。日中を選んだのは、いわゆるゾンビと言われる者たちが邪魔をするのを、ある程度防ぐためである。ゾンビに限らず吸血鬼は太陽光に弱い。低級のものならば、日中棺桶から出て来られないこともある。逆に上級のものなら、日中動き回れるだけでなく、その力で持って、ゾンビまでもが日中活動できる。ともかく彼らは日中、非常に活動が制限される可能性がある…敵の弱点をつこうというわけだ。
先頭を行くジュリアの足が止まった。
止まるはずである。黒い色をした棺桶が彼女の目の前にあった。ジュリアは落ち着いた様子で、懐から三角フラスコのような形をした容器を出す。それをそのまま、棺桶に投げつけた。中には聖水が入っている。ある程度のダメージを吸血鬼に及ぼすはずである。だが、容器は空中で止まり、ガチャン、と音を立てて壊れた。棺桶の蓋が開いて、ゆっくりと、赤いマントを羽織った異形の青年が、姿を現す。
「灰は、灰に、塵は、塵に」
ジュリアとフランチェスカが、同時にそう呟いた。
「塵に過ぎない貴様らは、塵へとかえれ」
近藤が虎徹を、そして、フランチェスカが傘に仕込まれたスナイドル銃を撃つ。しかし、天草は無数の蝙蝠となり、そこから消えうせた。背後に生じる気配…それを感じた土方は、すぐさま刀を向けた。確かに、刀は現れた天草の左腕を斬り落としたはずであった。しかし、天草の左腕の付け根を、黒い影が覆ったかと思うと、既に、左腕は再生していた。天草はその腕で、土方の首を捕まえる…が、天草四郎の左目に銃弾が命中した。その間に土方は身をかわした。既にフランチェスカが上空に居る。
「根来忍法…木枯し」
突風が周囲に吹き荒れたが、しかしいつの間にか無風状態となった。風は天草四郎の下へ集まっていたのである。天草は、吹き飛ばされる、というより、身動きがとれないような状態だった。フランチェスカが術をかけたのだ。それに気づいた山崎は印を結んで、
「伊賀忍法…山颪!」
大きな竜巻が、天草の足元から巻き起こった。正に、両手両足を鎖で繋がれたようなもの。天草の身体のあちこちが、不意に黒くなったり、元に戻ったりしている。恐らくは蝙蝠に変化しようとしているのだろうが、それも叶わぬようだ。
「今や!」
山崎の叫び声に導かれるように、近藤とフランチェスカが銃を構え、一斉に発砲する。特別にこしらえた弾丸が、天草の体に命中し、はじけていく。それと同時に、ジュリアが杭を持つと、背後から天草の心臓に深々と突き刺した。断末魔の叫び声と共に、天草の身体が
土くれとなり、ぼろぼろ、と崩れていく。みんなの目の前で。
「…やけにあっけなかったな」
おかしい、と土方は思った。いや、その疑問は皆が感じていることではないか、とも、思った。あからさまに「倒してください」と言わんばかりではないか。おそらく何か裏があって…と考えている最中、その疑問は意外と簡単に解けた。
月が動いている。
月はゆっくりと、ではあるが、太陽を覆い隠していく。次第に周囲が暗くなる。皆が騒ぎ始めた。
「全員屯所へ戻るぞ…退却する!」
土方が刀をおさめた。
…それから何日経っても、その夜が明けることはなかった。日食という現象は昔からあるが、いくらなんでも長すぎる。この世の終わりだ、と、庶民たちが騒ぎ始めたが、一番騒いでいたのは誰あろう帝その人であった。病弱にも関わらず、衣冠束帯をつけたまま走り出すので、あっという間に体力を消耗し、とうとう、寝込んでしまった。
「か、関白殿大変や!世界が滅ぶらしいぞ!」
頭を押さえながら、ぎゃあぎゃあとわめいているのは岩倉知美である。関白・近衛忠房は、頭を抱えた。世界が滅ぶ云々ではなく、この状況にである。
「岩倉さん、そういうの信じてるんですか?」
「阿呆ぬかせ!七の月に世界は滅びるんや!フリーメーソンの陰謀が…操られた竜馬や!」
「あー、はいはい、岩倉さんが、五島勉とか川尻徹とか好きなのはよく分かりましたから。お薬出てますよ、二条薬局へどうぞ」
近衛は岩倉を部屋から追い出すと、ため息をついた。
とはいえ、このままでは混乱は必至。幕府どころか朝廷までもどうにかなってしまうだろう…。
ふと、近衛はあることを思い出した。急いで御所の中を歩き回り、目当ての場所につくと、障子の奥に人が居るのを確認して声をかけた。どうぞ、という声がしたので、近衛はふすまを開ける。黒くて長い髪をし、千早をつけた二人の女性が、そこにはいた。年は十七ぐらいだろうか。顔つきは少しばかり違うところがあるだけで、ほぼ、瓜二つだ。
「近衛様、お久しゅうございます」
奇妙なことに、二人の女はほぼ同時にそう言った。
「ちょうど、二人がいるのを忘れているところだった…。荒木田ひさ、渡会たけ」
二人は同時に頷いた。
荒木田家は、伊勢神宮の内宮、渡会家は、外宮の巫女の長をつとめる家柄である。伊勢神宮、正式な名称は神宮というが、その説明は申すまでもない。五十鈴川のほとりにある巨大な神殿は、日本を霊的に守護する場所でもあった。
近衛は、二人の前に正座をした。
「教えて欲しい。この日食の正体や、いかに」
急に、二人の巫女の目つきが変わった。
何かが憑依したのだ。
「この日食は、魔が国を乱さんと欲しているためのもの。このままでは、我が加護も衰え、日の本は死の国と化す。…第二の、天の岩戸となる」
近衛の顔が蒼白となった。
「その悪とは…何者にございましょうや?」
「案ずるに足らず。かの者を討つべく、新選組や忍たちが動いておる」
「…私に出来ることは」
「アメノコヤネの子よ、そなたは、新選組へ魔の位置を示せ。…魔は、熊野」
「熊野…」
ふっ、と、巫女の顔が元に戻った。
「…ああ、私たち、気を失っておりました。…来られたのですね」
「ありがとう。審神者の力を果たしてくれた」
近衛はぺこりと頭を下げた。
「…帝は病に臥せっておられるが、ゆっくり伊勢の話でもしてやってくれ」
部屋を出ると近衛は急いだ。目指すは佐賀藩邸だ。
「作戦は成功したようだね?」
朧が、椅子の上で、映像を眺めながら、ぽん、ぽん、と手を叩いている。隣に居る徳兵衛が頷いた。
「雑賀音葉め…どこに姿をくらましたかと思えば、西坂に混じっていたとはね」
一瞬、朧は目をぎらつかせたが、すぐに元の顔に戻る。
「…伊賀の忍は?」
「は。躊躇無く、こちらにやって参りました。朧様の指示通りにしましたが…良いのですか」
「良いんだよ」
朧は、それとなく自分たちの位置を知らせるよう、命じていたのである。
潜伏の時間はもう終わった。穴倉に逃げ込んでいる時間はもう終わったのだから。
「君が持ってきてくれた、わらきやの、“浦戸候の血”、とやら…あれで、僕らは正真正銘の化物になったのだからね。もう一度、戦をする」
朧は気味悪く笑った。
(おまけのSS by 若竹)
【雑賀】私は鷹の改造忍だから、空を飛んだり目が良かったり風の忍法を使ったり。
【武田】科学的に考えたら、人間の背中に翼をくっつけても飛べません。
【近藤】浮力が足りないのよね。
【芹沢】分かった! 飛ぶときは胸に水素を入れて膨らませるのよ!
【土方】なるほど! だから地上モードの時は胸がないんだな!
【島田】つまり、飛んでる時は巨乳お姉様モードにチェンジ!?
【斎藤】あのシーンにはそういう伏線があったんだね。
【ジュリア】それはないと思うが・・・。