第四話 The Omen


 あれから一ヶ月ほどが過ぎた。
 新選組はこの一ヶ月で、かなり様変わりしていた。
 まず、屯所の近くにニンニク畑を作ろうという計画が持ち上がった。幹部たちは、池田屋事件以降入隊者も増えたため、人員を収容できる場所を探し、最終的に西本願寺への移転を考え交渉を進めていたが、強烈な臭いは仏法の妨げになる、と、西本願寺から猛烈な反対を受け、移転案は白紙にならざるを得ず、壬生の屯所を移転ではなく拡張することでなんとかなかったものの、最終的に工事を自ら行わなくてはならなかった。
 ニンニクは乾燥され、吸血鬼避けのために、屯所のあちこちにぶら下げられた。また、そのニンニクを周辺に安価で販売することで、新選組の財政も少しは潤っている。
 この一ヶ月、毎日夜間の見回りを続けたが、奇妙なことに、ゾンビが現れたような報告はまったくなかった。
「諦めたのかな…」
 近藤はそう呟くと、小さめの椅子にぺたん、と座って、置かれたコーヒーをすすった。飲んだ瞬間、顔が歪む。砂糖もミルクも入っていない。
「観奈ちゃん、これ、ミルクと砂糖マシマシで」
「あ、すみません、忘れてました」
 白衣を着た武田が汗を拭いつつ、角砂糖とミルクを持ってくる。近藤はそれをいくつもコーヒーに投入してから、コーヒーをすすると、やっと笑顔を見せた。
「観奈ちゃんは、どう思う?」
「そうですねえ…いや、準備期間みたいな感じじゃないですか?」
 観奈は分厚い本を片手に持ちつつ、近藤の質問に答えた。
「準備期間?」
「我々の出方を探っているというか」
「ああ、そうか…」
 武田は一ヶ月前から、近藤の武器である銃剣・虎徹の改造を行っていた。吸血鬼などの化物が忌み嫌うという銀の弾丸を撃てるようにするためだ。ゾンビは脳天を破壊すれば必ず倒せる。近藤はそれだけの射撃能力を持っているが、吸血鬼は普通の武器では殺しきれないという。止めを刺すには、銀の弾丸、杭、火(死体なので乾燥に弱いそうである)などの武装が必要なのだ。
 虎徹の改造だけではない。武田自らの武器、火炎放射器やライデン瓶(放電機)の試作を、佐賀藩の援助によって行ってもいる。芹沢の88mm砲(カモちゃん砲)も、芹沢が駄々をこねたため、佐賀藩と合同で、ある程度の改造を行った。焼夷弾とか鉄鋼弾とか劣化ウラン弾などの、危なげな弾を装てんできるようになったという話である。
「山崎さんの話だと、天草四郎の背後には何かが居るっていう話ですよね」
 武田の言葉に近藤は目を見開いた。
「平和を乱すような奴とは戦うだけだよ。誰であっても」
 自分に言い聞かせるように、近藤は、きっぱりと言った。

 天草四郎を操っていた黒幕も、この一ヶ月である程度判明していた。
 銀色の髪をした少年は、やはり根来の幹部の一人であった。名は、朧天膳。根来忍の首領・暗闇鬼堂の親衛隊、根来魔界衆の頭目である。五十年前の記録では二十歳前後とあったが、恐らくは吸血鬼となったのだろう、というのが結論であった。
 根来魔界衆は根来の精鋭部隊であり、前述したとおり首領・暗闇鬼堂の親衛隊である。殺戮と破壊を楽しむように行うと、伊賀の忍びの教科書『よくわかる忍びの歴史』には記されている。ジュリアいわく、時期的には、根来が壊滅した後に、天草四郎が蘇ったことになる、という。だから、朧天膳率いる根来魔界衆が、天草四郎を蘇らせたとなれば、一応筋は通るわけだ。
 朧天膳がどうやって吸血鬼となったのか。吸血鬼となったのは、朧以外誰なのか。敵はどのくらいの数なのか。まだまだ謎は多いものの、ある程度は分かってきた。
 そんな状態の、京。
 秋を迎え、落ち葉と少し肌寒い風の漂う季節となった。
 敵が、忍びたち、そして新選組に対して宣戦布告めいたことをしたのは、そんな季節のことである。

 少し時間を戻して…。
 銀色の髪をした少年…朧天膳は、無事、彼らのアジトへと到着した。薄暗い洞穴のような場所。しかしそこかしこには、根来の小さな旗がはためいている。彼らの足音を聞き分けたのか、あちこちから茶色い忍装束に身を包んだ者たちが現れた。
「首領のおかえりだ!」
 彼らは、口々にそう言う。そして、誰にも言われることなく整列し、朧の前に平伏した。洞穴の中はいくつもの部屋に分かれているようだが、ここは一番大きい部屋…言うなれば作戦会議室といったところか。下にはおなじみの、根来の旗がデザインされた、巨大な絨毯が敷かれていた。
 朧はにこやかに笑う。両隣に居た藤波道四郎、天竺徳兵衛も、少し離れてから平伏した。朧は、つかつか、と歩いて、中央の椅子に座った。舶来物らしい皮製の楽そうな椅子だ。手すりのあたりを、朧はしばらく触っていたが、やがて、天井に目を向けた。天井は、少しぼやけていたものの、しばらくして映像が映し出された。新選組である。池田屋事件での新選組の戦いっぷりが、延々と流されていた。次は、伊賀。甲賀。根来…忍たちの戦いが流された。
「根来魔界衆の諸君。五十年もの長きに渡って、僕らは、化物になってまで、生きてきた。この狭くて暗い穴の中で…。しかし、それはもう、終わりを迎えようとしている。皇をとって民となし、民をとって皇とする。永遠の戦を。永遠の暗黒を。我らがまた必要となる世界を…」
 朧はそう、皆に語りかける。皆を睨みつけるように見据えて、にやり、と笑ってから、両手を高く挙げた。それを合図に、皆は右手を高く挙げる。
「旗を高く掲げよ!」
 歓声のような怒声のような声が、渦のように巻き起こった。
 皆が戻った後、朧は懐のポケットに入れられた煙草を取り、火をつけた。傍に控えている徳兵衛は立ち上がり、椅子の背を撫でる。
「情が籠もっていました」
「欧州に渡った人間は違うな。我々は、考えも付かない」
 この演出を助言したのは天竺徳兵衛である。徳兵衛によれば、プロイセン式の演説の仕方を参考にしたという。
「朧様」
 その隣に居た藤波が、朧の正面へと移動して、平伏した。
「まず、我々の存在を知らしめるのが得策と考えます」
 白煙と共に、藤波と朧の間に一羽の梟が現れた。忍法伝書梟という名のこの術は、伊賀や甲賀でも似たような術があるが、要するに、自らの忍法で作った動物を使って、遠く離れた者に映像や音声を伝えるというものである。
「じゃ、もう少ししたらそれを飛ばそうか。新選組と伊賀に向けて」
「宣戦布告ですな」
 朧の言葉に徳兵衛が相槌を打った。

 時間をまた進めて。
 新選組屯所内の少し大きな部屋に、『本日の勉強会は申の刻より行います』という看板が掲げられている。申の刻を少し回り、近藤は周囲を見た。土方、芹沢ら幹部たちの他に、山崎、島田、斎藤が書記としてこの場に居る。
「えーと、じゃあ、時間を少し過ぎましたけど、始めます」
 近藤のこの発言と同時に、ばさばさ、という羽の音が聞こえた。鳥が飛んできたらしい。その鳥を見て、山崎の眼光が鋭くなった。梟だ。梟は部屋の中央に静止しホバリングしていたが、しばらくして梟の瞳から映像が映し出された。山崎がクナイを投げつける。しかしそれは梟の体を通り抜け、部屋の壁に当たった。
「…新選組の諸君…あれあれ?伊賀の忍もいるみたいだね…都合がいいや」
 子供っぽい声と共に、次第に映像が鮮明になってゆく。西洋風の椅子に座っている少年の映像が映し出された。
「ゾンビとの戦いは楽しんだようだね?」
 その場に居る全員の目つきが鋭くなった。
「あんた…何者?」
 芹沢の問いかけに、少年の後ろにある旗が映し出された。山崎は唾を飲み込む。
「根来の…旗」
「すずちゃん。今なんて?」
「紀州の忍の集団…根来衆の、旗です…芹沢さん」
 もちろん、山崎も実際に見たことがあるわけではない。聞いたことがあるだけだ。この際だ、と山崎は思い、五十年前におきたことを皆に説明してみせた。
「執念深い野郎ね」
 芹沢が吐き捨てるように言う。しかし少年は笑みを崩さない。こういう、ふざけているような人間が、芹沢は気に喰わなかった。
「君が新選組の隊長?」
「ま、ここに居る三人が、そんな感じよ」
「ふうん、お嬢さんばかりじゃないか…」
 少年は懐から棒つきの飴を取り出して舐め始める。
「なめやがって!」
 いつもは喋らない島田だが、このやりとりに珍しくイライラしたのか、机をばん!と叩いて叫んだ。皆の視線がそこに集中する。
「小僧は黙ってろ」
 少年に小僧と言われるつもりはこれっぽっちもなかったので、島田は目が点になった。
「なっ…!?」
「僕は、新選組のトップと話をしている。少し黙っていてくれないかな?」
「貴様が、一連の騒動の黒幕か?」
 土方が話をつなぐ。少年はこくこくと頷いた。馬鹿な、と、土方は言いそうになったがそれを飲み込み、少年を見つめる。かち、かち、という音が隣で響いていた。芹沢が、親指で刀を抜いたり戻したりしているのだ。芹沢の機嫌が悪くなっている。
「一体何が目的だ。倒幕か?」
「ひぁははははははは」
 突然、少年は弾けたように笑った。金色の瞳が獲物を求めるように揺れる。
「目的?目的?目的だって?僕らが求めるのは戦さ。殺戮。虐殺。血みどろの戦を、僕らは望んでいる」
「…貴様らは、ただの、幕府に刃向かう集団に過ぎない。相手が誰であろうと、来るなら迎え撃つだけだ」
「来るならぶっ殺すだけよ。分かってるでしょ」
 芹沢も、少年を見据えて鋭く言った。
「あなたみたいな人とは戦うしかない。それだけです」
 そして、最後に近藤がそう短く言う。
 問題はなかった。
 最初からこの話は決裂しているのだから。
「これは勇ましいお嬢さんだね。また会えるのを楽しみにしているよ」
 その言葉を最後に、映像は、梟と共に消えうせた。
 芹沢はうきうきしているのか、立ち上がり、ゆっくりと背伸びをしてみせる。土方は立ち上がり、山崎に何事か命令を下した。芹沢は、座りっぱなしの近藤を見つめる。
「ゆーこちゃん、体震えてるよ」
 その芹沢の声で、近藤は我に返った。
「えっ…!?」
 近藤は体を手で押さえた。
 震えが止まらない。

 伊賀、鍔隠れの里。そこの中心、伊賀の頭領が住む忍者屋敷にも、やはり、同じ伝書梟が飛んでいた。二つある、小さな座布団に座るは、果心居士。そして、もう一人…。忍装束を着た青年だ。背は低めで、その少しとぼけたような顔からは、まったく強そうには見えない。その青年もまた、その伝書梟を眺めていた。
 内容は、あらかじめ録画されたもののようで、自分たち根来魔界衆が蘇ったことを伝える内容だった。おそらく、あちこちに同じような伝書梟を送ったのだろうか。
「蟲寄せ朧…。貴様じゃったか」
 果心居士は、髭をさすりながら、そう、朧の二つ名を口にする。少年…朧天膳は蟲使いである。その口中から、様々な使役する蟲を吐き出し、相手を攻撃するのである。その技にずいぶんと、伊賀の忍がやられた。
「伊賀は屈しない」
 青年はそう力強く言った。伝書梟が消えると、青年は立ち上がる。急いでいるようだ。
「なんせ五十年前だ…果心居士殿、あなたしか知ってる人が居ないんだよ」
「調べなければいけませんな」
「御庭番はどうする?」
「伝えておくに越したことはないでしょうな…面倒なことになる前に」
「あっちも大変だから、人員は要請出来ないなあ」
 御庭番は幕府直属の忍の集団であるが、頭領は伊賀と甲賀が交代で務めることになっており、今の代は甲賀の者が頭領である。甲賀は、五十年前の戦争で頭領が戦死するなど大きな犠牲をこうむっており、戦うのは難しいだろう、というのが青年の判断であった。
 青年は瓶底のような厚さの眼鏡をかけた。とはいえ、はずしても十分見えるだろうから、あくまでも変装のためで度は入っていないのだろうか。
「またしばらく鍔隠れを頼むよ。僕はまた、城に戻らなくちゃいけないからね」
「すまじきものは宮仕え、ですかな」
 果心居士の皮肉に、くすくす、と青年は笑う。
「どうもねえ、忍法以外、僕の才能は無いみたいでさー、単純な計算とか間違っちゃうんだよなあ。怒られてばかりだよ」
 笑いながら、青年は頭を掻いた。
「伊賀の頭領としては、心強いことです。正義様…いや、服部半蔵正義様、とお呼びしましょう。あなた様は、初代様にも似た風格を持っておられる」
「世辞はよせ。…じゃあ、戻るよ」
 ふっ、という一瞬の風を残して、青年の気配が消えた。

 京にある佐賀藩の屋敷。銃を構えた兵士が、目の前にいる背の低い女性を見て怪訝そうな顔をする。屋敷の中から中浦が出てきて何事か告げると、背の低い女性…山崎は無事、中に通された。西坂機関に与えられた部屋に入ると、近くには既にジュリアが座っており、一心不乱に聖書を読んでいたが、山崎が来たと分かると、とたんに山崎を睨みつけた。
「よせ、ジュリア。有益な情報を伝えに来たのだそうだ」
 中浦のこの言葉を聞き、ジュリアはひきつったような微笑みを見せた。山崎はため息をつきつつ椅子に座ると、先ほどあった出来事を告げる。根来の忍者、という言葉を山崎が口にしたとき、中浦の耳がぴくり、と動いた。
「本当か、それは」
「なんや?また根来と因縁でもあんのか?」
「いや、うちに、根来の抜け忍が一人居る。体を改造された人間だ」
「人生いろいろやな、あんたんとこも」
 普通、忍は修行した場所の忍となるのだが、そこを抜け出して別の集落に入り込む者があった。忍たちはこれを憎悪し、『抜け忍』と呼んで追い立てた。裏切り者という意味合いだろう。しかし、根来の忍から西坂機関に入り込むとは、物騒というかなんというか、変な奴やな、と山崎は心の中で苦笑した。
「新選組に少し時間が欲しい、と伝えてくれ。彼女を呼び戻す」
「彼女、ちうことは…元々はくノ一か…」
 数分の会談が終わって、山崎が戻ると、中浦はすぐさま奥の方にある電話機の方へ向かった。
「もしもし…ああ、私だ。フランチェスカを頼む…ああ、そうだ。…もしもし?」
「もしもし?長官?こちら、雑賀フランチェスカですが」
 電話越しに、少し高めの女性の声が聞こえる。中浦は彼女に事の次第を説明した。雑賀の声が、だんだんと大きくなっていくのが分かる。興奮しているのか、と中浦は思った。
「それはあれですか、電話だけの情報交換じゃありませんよね…?」
「どういうことだ」
「そっちに行って魔界衆をぶっ殺しても宜しいでしょうか?ってことで…」
「早く来い」
 電話を切ってから、中浦はため息をついた。隠れキリシタンの里に、戦闘員をある程度の人数を残しておきたいが、今回のような大事件ではしょうがない。大戦になる、と、中浦は踏んでいた。異教徒たちがどうなろうと関係はないが、元はといえば我々が原因を作ったのである。ならば、相手を倒さなければ、我らの名折れだ。新選組や伊賀の忍とかいうのに協力し、最終的には我らが敵を倒す。これならば面目も立つだろう。

 佐賀の人里離れた山林に、なぜか伐採したような跡があって、平野が広がっている。周囲は柵で囲まれ、門兵がおり、昼夜の交代でそこを見張っている。住民には、鍋島家代々の鷹狩りの場所と説明されていた。そこに進入した者は理由の如何を問わず、切捨御免であるというので、昼間であってもそこを通る者はいない。
 その奥のほうには、いくつかの茅葺屋根の家が建っている。その一番奥、少し大きめの寺のような建物。しかし内部は寺のそれではない。奥には、神の子の像が鎮座ましましている。丸い眼鏡をかけ、黒い服を着た女性が少しばかり瞑想をしていたが、数分すると立ち上がった。ずいぶんと背が高い…二メートルはありそうである。彼女は、ゆっくりと首を回し、左右に振ると、その場においてあるこれまたべらぼうに長い、黒いこうもり傘と、小さめの黒いかばんを手にする。
 奥の方から髭を生やした神父が歩いてきた。
「しばらく、ここを離れます」
「しかし、君までいなくなってしまっては…」
「大丈夫ですよ。私やジュリアがいなくても、我々キリシタンは揺るぎません」
 それに、佐賀藩が我々を保護してくれるでしょう、と付け加えると、神父は納得した。外に出ると、彼女はゆっくりと背伸びをする。背中がもそもそと、別の動物のように動いた。そこから、巨大な翼が一瞬にして姿を現した。彼女…雑賀フランチェスカは、鳥系の改造忍者であるらしい。翼をばさばさと懸命に羽ばたかせて離陸すると、風を捕まえ、彼女は鳥の人になった。


(おまけのSS・by若竹)
【土方】 おい、鳥人間。
【雑賀】 背中に白い翼があるのよ。そう、まさに私はエンジェル!
【原田】 隠れキリシタンだもんね。
【雑賀】 エンジェル雑賀と呼んで良いわよ。
【近藤】 『さいが』さんね☆
【雑賀】 ぬおっ、ルビもないのに私の名前をそのまま読むとは・・・。
【島田】 『さいが』で合ってるんですか?
【沖田】 さあ、それは作者の近衛さんに聞いてみないと。
【土方】 鳥人間で忍者・・・。
【芹沢】 まさに科学忍者隊ね☆
【近藤】 わあ、じゃあ、科学忍法火の鳥をやって、やって☆
【雑賀】 いや、あれは体に悪いので・・・。
【近藤】 じゃあ、竜巻ファイターでもいい〜。
【雑賀】 あれ、目が回るし・・・。
【土方】 使えない科学忍者だな。
【雑賀】 私はエンジェルでガッチャマンじゃないのですが・・・。


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