新選組忍法帖

プロローグ

 夜の墓地ともなると、好んで行くという人はよほどの変わり者だろう。不気味だし道は悪い。どうも、いや〜な感じを受けるものだ。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」
 その墓地の真ん中で、そう、ぶつぶつと何かを呟く人影があった。壮絶なまでの美貌を携え、不思議な服を着た若い男が、一心不乱に、ひざまずいてそう唱えているのである。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム…蛇は再び蘇るべし…」
 ずぼっ!という効果音が適当だろう。
 卒塔婆をなぎ倒して、数十本の手が、墓場から一気に飛び出した。そして起き上がる、土気色の顔をした者たち。彼らはもちろん、生きてはいない。
 彼らの姿を見ていた若い男は、狂気のような笑い声をあげたのだった。

第一話 Night of the Living Dead

 その噂を初めて聞いたのは、あの、蒸し暑い京都の夏が、今まさに始まらんとする頃だった。市中見廻りの合間に、鴨川の岸辺にふと座り込んだ山崎は、ゆっくりと息をつき、川を眺めた。
「夜になると死者が蘇るという話、知ってます?」
 島田の声で、山崎は我に返った。
「そら、どういう意味?」
「文字通りの意味ですよ」
 突っ立っている島田を、山崎は自分の隣に来るよう誘導する。島田はこそこそと山崎に近寄った。
「そういう噂があるんです」
 そう、耳元でささやいた。
「なんや、噂か。阿呆らし」
「阿呆らしいかもしれませんが、たかが噂、されど噂といいますからね」
「なんや、お前えらく絡んでくるやないか」
「まあ、そうしないと話が進みませんから」
 しかし、たかが噂、されど噂とはいえ、噂は噂でしかない。死者が蘇るとしても、何かしたわけでもないし…と、山崎は思っていたのだが。
 死者が生者を喰らい、殺された者はまた、同じような歩く死者となる。そんな話があちこちで囁かれ始めた。
 そしてとうとう、新選組にも被害者が出た。
 深夜見廻りをしていた隊士が、何者かに殺害されたのである。体中に刀傷をつけられ、むごたらしい死に方であったという。これではもはや黙っていられない。緊急の会議が開かれた。
「犯人を見つけ出すのが先だけど、死んだ人が蘇るとかなんとか、っていう噂も気にかかるというか、なんというか」
 いつもは口数の少ない近藤も、土方や芹沢を見ながらそう呟く。土方は腕を組んだまま黙っているし、芹沢もむすっとしたままなのだが、近藤と同じ事を思っているのだろう。
「そういえば、そんな映画ありませんでしたっけ」
「島田、やめなよ、そういう不条理な発言は」
「あのな、斎藤、そんなこと言ったって、この状況じゃどうしようもねえだろ」
 もはや不条理も何もあったもんじゃない。
 土方は、何かいい案でも思い浮かべたのか、不意に腕組みをやめて、
「そうだ、武田なら分かるかもしれんな…」
 と、五番隊組長・武田観奈は、土方の目の前で図太くも本を読んでいる。土方は無言で、武田の読んでいる本を取り上げた。
「あ、それは駄目です、この前に島田君と押し借りで手に入れたばかりの希少本で…」
「武田、会議中に本を読んではいかんと何度言ったら分かるんだ」
「いや、あのその、う〜…すみません」
 土方は島田をにらみつけた後で、その本を武田の前において、改めて質問した。武田は頭をがしがしとこする。あちこちにフケが飛んで、周囲の者は思わずのけぞった。
「うー、西洋では、グールとかゾンビって言うんですけど…生ける屍とでも言った方がいいかな…腐った死体が人間を襲って、襲われた人間は同じ腐った死体になっちゃうという…でも、妖怪ですから、実際にはいないんですけど」
 また、土方は腕を組んだ。
「夜の見廻りの人数を増やすとか。そうすれば、万が一ってことも防げるでしょ?」
 この近藤の案が、『とりあえず』最善の策であった。

「で、第一日目が我々監察の面々というわけか…」
 土方は面倒そうに頭を掻く。隣に居るのは山崎雀と島田誠。山崎は信用できるが、島田はどうだろう。一応、心形刀流の免許皆伝。そうそう、そういえば、心形刀流の有名な剣客、坪内主馬の下で修行したという話だし、坪内主馬直筆の色紙も見たっけ…。
「どうしたんですか土方さん」
「いや、別に…」
 ここ最近、夜の京は誰一人として歩く者もいない、ゴーストタウンのようになっている。池田屋事件以降は、天誅に明け暮れていたキンノー共も減り、活気が戻っていたと思っていたが、こんな状況だとは、土方は知らなかった。
「山崎、いつもこんなに人通りが少ないのか?我々だけじゃないか、歩いているのは」
「まあ…そうですねえ、ここ一週間ぐらいは…」
 山崎が、そんなこといきなり言われても困るわ、と言いたげな顔で、そう言う。他の隊士にも聞かなくてはならない。そんなことを考えていた矢先。
 目の前に、いくつかの人影が見えてきた。
 しかし、様子がおかしい。両手を前に突き出し、よたよたと危なげに歩いている。町人の服装をしている者、武士の服装をしている者など、いろいろだ。暗いせいもあるが、彼らの顔色は土気色で、まったく生気を感じられない。
「…ひ、土方さん」
 島田の足が止まった。目の前の者たちは口を開け、ずらりと並んだ牙が光っている。
「お出ましというわけか」
「しかし、あいつら、武器持っていませんよ」
「侍の格好をしている者もいるが、刀は持ってないな」
 ということは、隊士は彼らにやられたのではない、ということか?
「どういうことなんだ…?」
「ちょっと待った!敵が迫ってます」
 山崎が、土方の目の前に手を出して、考え込むのをやめさせる。今は目の前の敵に集中しなければならない。三人は分散し、各個敵と対峙することにした。
 ゾンビたちは手をぶらぶらとさせながら迫ってきて、近づくと口で噛み付こうとする。これの繰り返しである。知性を持っているようには感じられない。しかし、少しばかり斬りつけてもまったく気にもとめないどころか、ますます迫ってくる。胴を薙いでも、手でよたよたと這いずり回ってくる。どうやら、脳みそを一撃しない限りは動きを止めないようだ。
「ちくしょ…面倒くせえな…!」
 島田が、背後から迫るゾンビの顔を切りつけてから、イライラするようにそう言った。いつものキンノーよりも、倍の時間も体力もかかっている気がする。
「しかし、一体奴らの目的はなんだ…?」
 土方は自問した。
 ゾンビたちはまったく知性が感じられない。自分の意志で動いているわけではないのかもしれない。ということは、誰かがこれを操っている。黒幕が居るということだ。やはり、キンノーだろうか?
 山崎の目の前のゾンビの額に、投げつけたクナイが深々と突き刺さると、ゾンビはゆっくりと仰向けに倒れた。
「こりゃ、まずいな…次から次へと…」
 山崎は、面倒そうに言った。
 これでは、体力がどんどん奪われてしまう。疲れて倒れてしまったら終わりだ。武田の解説によれば、彼らに襲われたら、自分も彼らと同じ存在になってしまうのだ。
「土方はん!いっぺん退却しましょ。このままじゃ…」
「分かってる!分かっているが…しかし…」
 と、その時。土方たちの後ろに居たゾンビの群れが、瞬時にして倒れた。ゾンビたちが攻撃されると、彼らは一瞬で塵と化す。後ろで誰かが加勢してくれているようだ。同じ隊士だろうか?いや、それにしては服装が違う。
 後ろの者の姿がはっきりと見えるにつれ、土方は、げっ!と声を発した。
 それは、絶対に日本ではしてはいけない服装。キリシタンの信徒が着る、黒い修道服を身にまとい、十字架を首から下げた、金髪の…要するに、シスター。しかしシスターの首に下げている十字架は真っ赤に塗られていた。
 変わっているのはそれだけではない。
 シスターは両手に小太刀を持ち、そして、腰にはもう一振り、長めの刀を差している。
 しかし、服装は、間違いなく、シスターなのだ。
 奴は何者なのか。そう考えているうちに、ゾンビたちは倒されていった。最後に残ったゾンビの首を、シスターは小太刀を操り、ゆっくりとそして確実に、刎ねた。砂が落ちたような音とともに、ゾンビは跡形も無く消えた。
「…礼を言わなければならんな」
 土方は刀を鞘に収めて、そのシスターに近寄ろうとした。あくまでも、形式上、礼をしようと思ったのだ。しかし、シスターはそうは考えていないようだった。彼女は刀を抜いたまま、こちらに近づいてくる。土方の目の前まで来ると、シスターは顔色を変えずに、二本の小太刀を十字架のような形に構えた。丸眼鏡のレンズ越しに、シスターの、まるで猟犬のような目が、土方を見据える。シスターの瞳は青色ではなかった。
「島田、山崎、離れてろ。私は、このシスターに礼を言わなければならんのでな」
 意味を察して、島田と山崎は離れた。それを見て、シスターは薄ら笑いを浮かべる。
「新選組か?」
「…そうだ」
「では、我々の敵だな?」
「なんだと!?」
「我々を迫害した幕府の犬。薄汚い異教徒どもめ」
 あくまでも、落ち着いた口調で、シスターはそう言う。土方は、一旦収めた刀をまた、抜きなおした。
 しかし、ずいぶんと口が悪いシスターだ。
「私は神罰の地上代行者。我らキリシタンの教義を受け入れず、しかも迫害した貴様ら異教徒どもを狩るのが、私の仕事だ」
 言うや否や、シスターは体当たりしてきた。不意をつかれ、土方は跳ね飛ばされる。間をおかず、シスターは小太刀二本で斬りかかってくる。がちっ!という音を立てて、土方とシスターの鍔ぜり合いが続く。しかし、刀が二本ある分、シスターのほうが有利だ。
「名前を聞いておこうか?」
「新選組副長…土方歳江だ」
「アーメン、土方歳江」
 しかし、土方もそうやすやすとやられるほど甘くは無い。土方は刀を動かし、鍔ぜり合いから抜け出すと、もう一度、刀を構えた。ほう、と、シスターはため息をつく。
「私は自分の名前を言った。貴様も言え。それが礼儀だ」
「…」
「貴様が殺戮行為を続けるというのであれば、我々が黙ってはいないぞ」
 シスターは刀を収めた。しかし顔つきはまったく変わっていない。おびえるどころか、かえってその瞳はぎらぎらと、輝きを増している。
「くっ…はっはっ。あははははははははっ…楽しい!楽しいな…。ああ神よ感謝します。奴を追いかけて佐賀から京まで来たが…その目的の一端が今日、果たされようとしております…。強いな…貴様!」
 芝居がかった口調で、シスターは笑いながらそう叫んだ。
「佐賀だと?」
「おっと…。夜も更けたな。狩りは中断だ。また会おう新選組。今度は全員くびり殺してやる」
 シスターは突然バック転を決め、屋根の上まで飛び上がった。そして、呆然とする土方たちを尻目に、夜の闇へと消えていった。シスターの姿が見えなくなった頃、土方の足が突然、バランスを失ったかのように、ふらふらと動き、土方はその場に座り込んでしまった。慌てて、島田と山崎が駆け寄る。島田が手をかけようとするのを、土方は払った。
「やられていた…。一歩間違えれば、やられていた…」
 刀を使って土方は起き上がると、山崎の方を向いて、
「佐賀と言っていたな」
「…調べます」
 すぐ、山崎はその場からいなくなった。
 土方は、奥歯をかみ締めながら、夜の闇を見つめていた。



(おまけのSS by 若竹)
【近藤】死んだ人が蘇るんだって。
【芹沢】ザオリクね☆
【島田】カモちゃんさん、ゲームが違います。
【原田】そうよ、教会に行って生き返らせてもらうのよ。
【島田】だから、ゲームが違うと・・・。
【土方】そうか! だから今回の敵はシスターなのだな。
【沖田】ゾンビだから、生き返ってないです。
【芹沢】ゾンビにはケアルが効くのよ☆
【近藤】じゃあ、全員ダーマ神殿で白魔道士に転職ジョブチェンジね。
【島田】近藤さん、混ざってます・・・。


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