「猫・耳・ファンタジア」


 激動の幕末、動乱の京。
 混乱極まる京の町の、治安を守るは『新選組』。
 そんな彼らにも、平穏な朝はやって来るわけで。
「うぅん」
 隊士の一人、斎藤はじめは、まだ、夢の中にいた。その顔は、悩ましげに歪んでいる。
「ああ…、そんな、島田…いきなり、裸エプロンなんて…。…あぁ…そんなとこ…」
 どんな夢を見ているかはコメントを差し控えるとして―――。
『うわあぁあぁあぁあぁっ!?』
 そんな朝のしじまに、奇矯な悲鳴が響き渡る。
 どんな夢を見ていようと、そこは動乱を行き抜く男子、一瞬で覚醒すると、刀を握り、悲鳴の出所へと走る。

 悲鳴の先にいたのは、麗しき美女―――ではなく、斎藤と同期の隊士、島田誠だった。
 朝早くだというのに、すでに隊服に着替えている、そのこと自体にそれほどの不自然さは無い。が、それ以外のことで、混乱していた。
 その姿を見た斎藤もまた、混乱し、茫然としていた。
 島田の頭にあるあれは何? 猫耳だ。
 島田の後ろから見えてるあれは何? 猫の尻尾だ。
 そう、島田は朝目が覚めたら、猫耳尻尾キャラになっていたのだ!
 混乱し、あたふたと室内を駆け回る島田と、身体を小刻みに震わせたまま硬直する斎藤。
「そんな、島田、僕のために、一足飛びで猫耳メイドさんなんて!」
「何の話だ!」
 どんな妄想を膨らませてたのか、島田に飛びつこうとした斎藤と、それを顔面に肘を入れて迎え撃つ島田。
「何が『一足飛び』で、何が『メイドさん』なんだ! それ以前に、何が『僕のために』なんだ!」
 天性の突っ込み能力が(危ういところで)正気を取り戻させたようだ。
 布団に突っ伏して泣く斎藤を尻目に、不条理には耐性のある島田は、とりあえず自分の荷物を検分する。
「隊服までしっかり全部、尻尾用の穴が開けられてる。こんな手の込んだ事をするのは…」
 心当たりがあった。そんな心当たり、欲しくなかったけど、しっかりあった。
 その、心当たりに会おうと立ち上がったところで、当の本人が現れる。
「はぁい。それは、アタシで〜す!」
 隠れてタイミングを計っていただけはあった。
「カモちゃんさん…」
 怒る気力を無くし、ため息をつく島田。しかし、理由だけは問い質す。
「ん〜とね、ビジュアル的に弱い島田君のために、可愛さ大幅アップ〜、てことで、やってみたの」
「それでなんで、猫耳なんですか!」
「え〜。可愛いよ、島田君」
 扇子を広げ、御気楽に言う。が、島田はそれどころでは無かった。
「そんな、これを土方さんに見られたら、とりあえず切腹だろうし。それに…」
 島田の言葉が止まる。『それに』の後に続く人物と、目が合ったからだ。
「猫…」
 沖田の目は、島田の頭の上の猫耳を見ていた。
「いや、これは…」
 恐怖に尻尾を立てて、あとずさる島田。間の悪いことに、耳も尻尾も黒だ。
「黒猫…」
 少し、目がイッてる沖田には、島田の言い訳は聞こえてない。もっとも、島田自身、まともな言い訳などできていない。で、事の発端である芹沢は、笑って見ているだけ。
「斬る…!」
「ひいぃぃぃいいぃぃっ!?」
 一閃。鮮やかな軌跡を描いた刀は、島田の身体を真っ二つにした。…ように見えた。
「…あれ?」
 何ともなっていない。不思議そうに自分の身体をぺたぺたと触る。と、猫耳と尻尾が、静かにパサリと落ちた。
「猫の部分だけを斬ったんです」
 こともなげに言う沖田。
「どうやって? いや、やっぱイイや。聞いても解らないし」
 そう言う島田に、少しつまらなそうに頬を膨らます。が、すぐに笑顔に戻り、ソッと島田の傍に立つ。
「だって、大切なお兄ちゃんを、傷つけられないもの…」
「鈴音…」
 微妙な距離で見詰め合う二人。今までの展開とか、周りの人の目とか、そういうものは忘れてしまったようだった。
「既に、そーじシナリオ入りだったなんて、ひどいや島田!」
「あらら、二人とももうラヴラヴ? アタシってばお邪魔虫だったのね」
 完全に忘れ去られた斎藤は泣きながら走り去り、芹沢はいかにも熱いと言わんばかりに扇子をあおぐ。
 しかし、今の二人にそんなものは見えても聞こえてもいなかった。


 翌朝―――。
『うわあぁあぁあぁあぁっ!?』
 また、島田の悲鳴が響き渡った。

「今度は、お色気大幅アップ作戦〜。兎ちゃんセットだよ」
「凄いや、島田! 今度はバニーガールだなんて!」
「お兄ちゃん、可愛いです」
 兎耳と尻尾を生やされた島田は、真っ白になって固まっていた。
「うふふふ〜。他にも、従順な子犬さんセットとか、色々あるよ〜」
「もう、いいです…」
 耳を垂れ、ヘナヘナと脱力する島田。京の朝も、島田も、抜けるように、白い。


<あとがき>
 


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