肥前のお嬢様

後編 新選組の一番長い日


 模擬戦が決まったその日から、土方はいつにも増して厳しい訓練を行った。とはいえ、その方式が変わったわけではない。いつもの通り木刀を使い、時には真剣で打ち合うという、昔からの「合戦」のためのものだった。
 「武士道をもってすれば、何者も恐るるに足らない」
 昔は百姓だった近藤や土方らにとって、「武士道」は輝かしいものだった。武士道という考え方を妄信したのも、昔は彼らの手の届かないところにあったからだろう。

 そして、ついにその日がやってきた。新選組は木刀と槍(先を布で丸めたものである)を持ち、決戦の舞台である嵐山に現れた。
「まったく、なんでこんなことになったんだぁ」
 島田はがっくりとうなだれながらそう呟く。しかし、どうこう言っても仕方がない。
「模擬戦だろ?負けたっていいじゃん。わざわざ訓練なんかしなくてもさぁ」
「甘いわね、島田」
 隣で槍を持って歩いている、原田沙乃がそう言った。
「この戦いはね、武士が勝つか、西洋の軍隊が勝つかっていう戦いなのよ」
「それがどうかしたのか?」
「沙乃たちが負けたら、攘夷は無理ってことでしょ!」
 その通りである。佐賀の武士たちは、外国の軍隊とほぼ同じ装備をし、同じ戦い方をすると聞く。我々が佐賀藩に負ければ、攘夷など無理なのだ。
 だが、この模擬戦はある意味ではチャンスだ。外国の軍隊の攻撃方法を知ることで、敵の弱点を見出せるかもしれない、と。

 敵軍、佐賀藩はすでに集まり、藩主である鍋島直子の演説を聞いていた。
「武士とは強き者を言うのよ。別に鎧を身に着けていなくても、強ければ武士!解った!?よろしくって!?」
「おー!」
 両軍は鍋島、近藤を先頭に相対した。鍋島が話し始める。
「それじゃ、ルールを説明いたしますわね。相手の弾が当たったり、剣が当たったりしたら倒れて、起き上がらないこと。剣の場合は強く叩かないこと。よろしくって?」
「あ、あの、お互い怪我のないように、頑張りましょう」
 近藤はどきどきしながらこれに答えた。
 その後、一応のルール再確認が行われ、両軍は互いに握手を交わした。そして、一定の距離を置く。新選組は銃が当たらないように、体を低くして木々の間に隠れた。一方の佐賀軍は、銃を確認して一斉に各ポジションに着く。鍋島が懐から笛を取り出し、吹いた。
 ぴいいいいいっ。
「えーい!」
 いきなり、近藤が立ち上がり走り始めた。興奮していたのだろう。土方が「待て!」と叫んだが、もう遅い。乾いた音が響き、ペイント弾は近藤の胸に命中した。弾は割れて、赤い絵の具が流れ出す。近藤は倒れた。
「くそっ、ええい!各自、弾に当たらないように…」
 そう言いながら土方は仲間の方を振り向く。だが、そこにあったのは奇妙な光景だった。全員が倒れているのである。
「お、おい!どうした!?敵は弾を一発しか撃ってないぞ!」
「…土方さん、軍中法度」
 慌てている土方に、島田が小声で言った。土方は顔が真っ赤になる。

 新選組には有名な「局中法度」と並んで、「軍中法度」がある。これは隊内の規律ではなく、戦場での規律を定めたものであった。
 その中に、「組頭討死に及び候時、その組衆その場に於て戦死を遂ぐべし」というものがある。これは簡単に言えば、「隊長が死んだら、部下も切腹せよ」という凄まじいものであった。…いや、凄まじいが、少し、いや、かなり変な物だと言っていいと思う。
 島田は…いや、島田だけではない。全員がこの規律を守った結果、このような状態になってしまったのであった。
 呆然とした土方の背中に、ペイント弾が当たった。土方もしかたなく、倒れる。
 あまりにもあっけない幕切れだった。

「ま、待った!」
 土方は手を上げて言う。それに答えて、鍋島はこちらに走ってきた。
「あらあら、もう終わりなの?それとも泣きの一回?」
「これは我々の規律の問題です。新選組には…」
 と言って軍中法度のことを説明した。一つ一つ言うにつれ、鍋島の顔からは笑みがこぼれ、最後には笑い出してしまった。
「お、お馬鹿さんですこと!そんな規律があったなんて…」
「ですから、その、あの…」
 土方はもじもじしている。「もう一度やらせてください」という言葉が、どうしても出ないのだ。それを知った鍋島はにやりと笑った。
「もう一度やらせてほしいのなら、それなりの態度を示していただけませんこと?」
 土方はがっくりとうなだれて、土下座した。
「お願いいたします、どうぞ、もう一度やらせてください」
「ふふん。最初からそう言っていただければよろしいのよ、おーっほっほっほ」

 作戦準備が両軍共に行われた。
 土方はやはり先ほどの土下座がこたえたのか、物凄い顔をしている。
「いいか!藩主と思って油断していたが、もう勘弁ならん!奴の鼻っ柱をへし折ってやれ!」
 酷い言い方である。
「じゃあ、軍中法度はどうするのぉ?」
 度胸がいいのか、無神経なのか、芹沢が手を挙げて言った。
「軍中法度は無し!」
 その土方の言葉に、近藤はため息をつく。
「ま、いっか。後でまた作ればいいしね」
 そう言うと、近藤は子供のように笑った。

 作戦準備を終えた事を示す大砲の音が、両軍共に鳴り響くと、戦闘開始となった。さすがに今度は真正面から突っ込んだりはしない。あちこちに隠れ、接近してきた佐賀軍を攻撃するという方法である。もうこうなるとゲリラ戦法だ。
 両軍が一進一退する中、沙乃は1人、馬上にいる鍋島を狙っていた。槍ならそこまで届くし、大将を倒せば軍の戦力は半減する、と考えたのである。
「じゃ、あたし…援護するね」
 そーじが沙乃の前に立ち、共に走り出した。あちこちから飛ぶペイント弾を巧みに交わしながら、沙乃は鍋島に近づいていく。鍋島は先ほどの馬鹿馬鹿しい勝利に酔ったのか、馬上で扇子を扇いでいた。今がチャンスである。
 その時、前方にいた沖田が撃たれ、倒れた。しかし鍋島との距離は短い。今を逃せば、もう接近は出来ない、と沙乃は感じた。
「こなくそっ!」
 渾身の槍が、鍋島を直撃した…かに見えた。しかし、それは回避されてしまった。佐賀軍のペイント弾がその前に沙乃の頭に直撃し、流れた絵の具が沙乃の目を覆ったからである。鍋島は危うく落馬しそうになった。
「殿、お怪我は!?」
 佐賀の藩士たちが鍋島の周囲に集まってくる。どうやら怪我はないようだ。しかし、鍋島は手を震わせた。
(この私が、あんな小娘に…)
「ちくしょぉぉぉ!」
 大きな叫び声が、周囲に響き渡る。その声は鍋島の口から出たものだった。
「あらあら…何をやっていらっしゃるの?あなたたち…そんなことをやってる暇がおあり?」
 鍋島は、笑顔でそう呟いた。その瞬間、肥前の兵士たちに緊張が走った。この状況での彼女の笑顔は、やばいと誰もが認識していたのである。

 彼女には兄が2人もいたが、妾腹であったため彼女が肥前の家を継ぐ資格を持っていた。
なぜか、「必ず明君になる」と家のものは信じた。鍋島家は不思議なことに、一代交代で愚かな君主と聡明な君主が出た、という。それを「鍋島家の一代交わし」といった。
 直子の父は女好きで財政を傾けた。そのため、この法則でいけば、直子は明君になる。そして直子は明君になるべくしてなった。そのプライドは相当なものだ。だからこそ、彼女はそのプライドが傷つけられることに慣れてはいなかった。
 鍋島家の家臣たちも、それはうすうす承知していた。しかし、彼女のプライドが崩れることはそうないだろう、と勝手に思っていた。だが。
(これはヤバイ)
 家臣たちの顔が青くなっている。鍋島はゆっくりと馬から下りると、
「さっさと行きなさいっ!」
 そう大声で言った。

 それからの両軍は、大いに戦った。近藤も鍋島も、大いに軍隊を動かし、必死で互いに勝とうとした。
 そして、お互いがそうやって戦ううち、
 新選組と肥前には、
 友情が芽生えていた…。

「…ま、武士道ってのもまだまだ捨てたものじゃないわねえ」
 酒宴の席で、ワインを一口飲んで鍋島は呟く。土方は、にや、と嫌な笑いを浮かべた。酔っているのだろう。
「いやいや…鍋島様の最先端科学も…捨てたもんじゃあありませんよ」
「そうだ、ね、近藤さん?ちょっとよろしくって?」
 半分酔っている近藤に、鍋島が近寄る。
「なんですかぁ?」
「天皇につくか、幕府につくか。もうそんなことはどうでも良いことだと思わなくて?」
「そうですねえ」
「そうですねえ」
「そうだね〜」
「そうやわなぁ」
 近藤と土方と芹沢と伊東が同時に頷いた。酔っていることと、戦いにもう疲れたなあ、という考えがそれに拍車をかけている。つまり、全体的にだらけてしまったのである。
「…んな、馬鹿な」
 その中でただ1人、そう呟いた人物がいる。…そう、島田誠だった。
(あー…でも、もういいや…)
 島田の突っ込みも、まどろみの中に消えていった。
 その前は、みんな、キンノーを倒せ、と叫んでいたはずなのだが…。
 この戦いで、全てが「どうでもよく」なってしまったのだった。

 この直後、とある文献によると、鍋島は岩倉知美に出会っている。岩倉知美とは、位こそ下の下だが、キンノーと通じ、裏でいろんなことをやっていると噂される公家である。
「あ、鍋島はん、例のこと、ちゃんとやってくれはりましたか?」
「例の事って何かしら?」
「ほら、新選組をやっつけて、あわよくばキンノーに組み入れてしまおうという…」
「いや、その、ちょっと意気投合しちゃって、今日もまた一緒にお酒飲みにいくのよ」
「ええっ!?」
「そういえば、あなた、今日もどうせ、アジの開きと芋の煮っ転がしのお夕餉でしょう?」
「ぎくっ」
「そういうことやってるから出世しなくってよ?よろしくって?」
「ぎくぎくっ」
「じゃ、頑張ってね、おほほほほほほほほ…」
 手を口に当てて例の笑いをしながら、鍋島は去っていった。
 夕暮れも近くなり、烏も鳴いている。隙間風が、岩倉の家の中を抜けていった。
「惨めやわ…あまりにも惨めすぎる…」
 そして、岩倉は心に誓ったのである。 こんな惨めな生活をするぐらいなら、公家という地位を捨てて、金儲けにまい進しようと。
 岩倉は家にある電話に手をかけた。クラブ高台寺に電話をかけたのである。

 かくして、岩倉はバニーとなり、明治維新は行われなかったという(うそうそ)。


後書き

 うーん、なんつうか、変な話だなあ、と…。
 歴史だッ!と意気込んで書かないとこうなるという良い見本ですな(おいおい)。
 新選組が活躍してないなあ…。
 ま、いいか(笑)


(おまけのSS by若竹)
【鍋島】   さあ、我が佐賀藩の誇る75mmアームストロング砲の威力をごらんあそばせ。
【林権助】 尾栓開け、ベントバイス解放!

【芹沢】   カモちゃん砲、発射ぁ!
 効果音:ずずーん

【林権助】 12ポンド榴弾、信管測合、装填!

【芹沢】   カモちゃん砲、発射ぁ!
 効果音:ずずーん

【林権助】 装薬装填! ベントバイス閉鎖! 尾栓閉鎖!
       ファイアリングチューブ(点火棒)をベントバイスに挿入!

【芹沢】   カモちゃん砲、発射ぁ!
 効果音:ずずーん

【林権助】 照準!

【芹沢】   カモちゃん砲、発射ぁ!
 効果音:ずずーん

【林権助】 撃てい!
 効果音:ずずーん(やっと発射された)

【芹沢】   カモちゃん砲、発射ぁ!
 効果音:ずずーん

【鍋島】  ちょっと、お待ちになって! 卑怯ですわ! アームストロング砲よりも速く撃てる砲など
       日本国内に存在しないはずですわ!
【芹沢】  えー、だって、アタシのカモちゃん砲は、自走式・自動装填・自動照準・タイマー連射の優れ物なんだよ☆
【鍋島】  そんな、馬鹿な〜!!!
【土方】  芹沢さん、次は波動カートリッジ弾で行こう。
【島田】  この時代に、そんなもん、あるんですか?
【鍋島】  現代にもありません事よ!!!

 ごめんなさい。本編でアームストロング砲VSカモちゃん砲の戦いがなかったので、戦わせてみたのですが、カモちゃん砲の圧勝のようです。   


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