肥前のお嬢様

前編 洛中戦線異状なし?

 会津本陣へ行っていた近藤が、「大変!大変!」と叫びながら屯所へ戻ってきたのは、伊東甲子が多くの仲間と共に入隊した、その一ヵ月後のことであった。
「近藤はん、どないしたん?」
 参謀という待遇で迎えられている、伊東が部屋から顔を覗かせる。
「あ、甲子ちゃん。えーと…その前に、みんな集まって!」
 ほぼ全員が、大広間へと集められた。集まったところで、近藤は話を切り出す。
「来年の2月、佐賀藩の鍋島直子様が、新選組を視察に来ることになったの」
「佐賀!?」
 土方が思わず立ち上がって叫んだ。

 佐賀藩といえば、国中でもっとも技術が進んでいる藩として知られている。藩主の鍋島直子は新しいもの好きで、その上近くに長崎があることから新しい技術がどんどん佐賀に入ってきていた。直子はそれを取り入れ、どんどん佐賀藩の軍備を新しくしていった。それに伴って、佐賀藩には従来の鎧兜を着た武士たちは少なくなり、最新式の武装をした「軍隊」と言うべき新しい武士が増えていたのである。
「お〜っほっほっほ、我が藩兵が40人いれば、他の藩兵千人と同じよ!」
 直子はそう豪語したと伝えられている。最初の笑い声が脚色かどうかは不明だ。
 土方は佐賀藩が嫌いというか、苦手であった。米、英、仏などが日本にやって来て、日本を汚しているというのに佐賀藩は異国の真似をしている、という先入観があったからだ。帝も、「麿は異人が怖いでおじゃる」と異人を毛嫌いされておられる。
「士道をもって戦えば、異国など恐れるに足らない」
 土方もそう考えていたし、新選組自体がほぼそういう思想の集団だった。

「あの佐賀藩かいな…えらい厄介なことになったなぁ」
 伊東が嫌な顔つきをする。彼女も水戸学を学んでいるから、攘夷という姿勢は同じである。伊東の場合はもっと極端で、まるで潔癖症のごとく外人や外国の物を嫌っている。
「なんで、俺たちを見に来るんですかね」
 島田が小さく呟く。そう、それが問題であった。
「確かね、直子様から手紙が来たんだって」
 近藤はその時、黒谷でけーこちゃん様が言っていたことを思い出していた。


「この手紙は、あたしたちに対する挑戦ね!」
 いつになく激しいけーこちゃん様である。彼女は、自分が今握りつぶしている手紙を広げて、近藤に見せた。そこには、こんなことが書いてあった。
 

 でぃあ けーこ
 はぁい!けーこ、お元気ぃ?
 あたしね、実は、来年上洛しようかと思ってるのよ。
 でさ、あんたたちの新選組ってのが活躍してるでしょ?その装備、見たくてさー。
 …ま、どうせ、武者人形みたいな会津の兵士とおんなじだろーけど。
 うちの敵じゃないね。
 じゃ、楽しみにしてて。ちゃお。

鍋島直子

「くそっ、完全にコケにされてるではないかっ!」
「腹立つわぁ!まったく、何考えてるんや!?」
 土方と伊東が同時に叫んだが、お互いの顔を見ると顔を背けてしまった。
「ともかくだ。鍋島様を止めることは出来ないのか?」
 1秒ほどの沈黙の後、土方が呟く。
「表向きは、“帝に拝謁するため”だからさ…無理なんじゃないかなぁ」
 近藤があきらめ顔で呟いた。
「なーに弱気になってんの?歳ちゃん」
 徳利を片手に持っている、新選組局長であるカモミール・芹沢がそう呟く。土方は思わず顔を真っ赤にした。
「なんだと!?」
「鍋島様がいらっしゃってもさー、カモちゃん砲を使えば解決でしょ」
「その場は解決するやろけどなぁ」
「じゃあ永倉ハンマーで…」
「あのね、敵はキンノーのはずじゃないの?」
 沙乃の一言で、皆が静かになってしまった。
「まあ、授業参観みたいなもんだ。ありのままを見せればいいじゃないか」
 山南が思いついたように言う。土方も、頭に浮かんでいたのはそれだった。
「よし、その案で行くか。鍋島様がいらっしゃっても、普段やってないような行動はするな!もし粗相があれば、士道不覚悟!いいな!」
 と、簡単に決まってしまった。

 翌年は元治2年。だがすぐに改元があって、「慶応」となった。
 時が流れるのは早い。もう、鍋島直子は京に現れたのである。
 彼女は、髪を金髪に染め、それを凄まじくカールさせていた。まるで、「ベルサイユの薔薇」である。一応、天皇に拝謁するときには裃と烏帽子をつけていたそうだが(金髪がばれるのを恐れたのだろう)、それ以外には大きなコートとスカートを着込んで馬に乗っていた。駕籠もあったが、直子はそれを拒否した。「ださすぎ」というのがその理由である。確かに、欧米は女性でも馬に乗るから、それを真似たのだろう。勝気で高飛車、ブランド物好きという性格だから、不満を言う者もある。だが彼女のお陰で、傾いていた佐賀藩の財政が立ち直ったのもまた事実だ。

 その日は朝から雪が降り始めていた。
「たのもう、たのもう」
 昼過ぎ、新選組の屯所で大声をあげる者がいる。
「なんですか…?」
 戸をあけて、斎藤はじめが出てきた。相手を見た斉藤は思わず、一歩後ずさった。あまりにも妙な服であったからである。
 斎藤が見たものは、緑色の服を着た侍らしい男である。服は裃や羽織などではない。異人の服装だった。腰に刀を2本差し、背中には洋式銃を背負っている。その奇抜な服装に、斎藤の頭には「?」が浮かんだ。
「新選組屯所はここでしょうか」
「はぁ、そうですけど…」
「私は佐賀藩の者ですが、ただいまより、藩主鍋島直子様が参上いたしますので、そのことを伝えに参ったのです」
 斎藤は少し怪しんだものの、とりあえず土方近藤に取り次ぐことにした。
「しばらくお待ちください」
 斉藤は男をその場に待たせると、急いで近藤に伝えに行った。
「えっ、もう来たのか?」
 思わず、土方はそう叫んで食べていた餅を落とした。隣では近藤と伊東が今まで歓談していたが、鍋島の名前を斎藤が出すと2人とも嫌な顔をした。
「問題は案内やな。相手は女性やし、うちら以外に男が1人いた方がええやろ」
「うちら、とはどういう意味だ?」
「近藤はん、土方はん、芹沢はん、そしてうちや」
「ちょっと待て。なぜ私がその中にいるんだ」
「あんたは幹部やないか。違うんか?」
 土方はしばらく押し黙っていたが、やがて伊東が言っていたことを思い出す。
「男…そうなると島田だな」
 なんで僕じゃないんだろう、と斎藤は思った。
「あー、島田はんなら上手くやってくれはるわ」
 上手く息が合っているじゃないか、と斉藤は思う。だが、土方と伊東は顔を見合わせるととたんに顔をそむけ、無口になってしまうのだった。
「な、何をやっている。早く島田を呼んで来い!」
「じゃあ、あたしはお茶と和菓子出してくるね〜」
 近藤はそう言って奥の方に行く。斎藤は走って行った。

「…なんで俺なんだよ?」
 剣術の稽古を新入隊士につけていた島田は、斎藤が事の次第を伝えるとそう呟いた。
「だって島田、鍋島様が可愛いなら会いたいって言ってたじゃない」
「それは昔の話だろ?」
「でも、行かないと副長に怒られるよ」
「げっ」
 その瞬間、慌てて走る島田の姿があった。

 近藤、芹沢、土方、伊東、そしてその隣に島田と並んで頭を下げる。馬に乗ってきた鍋島は、ひらりと馬から飛び降りた。スカートがかなり広がったが、あまり気にしていない。
「あ、よろしいですわよ、お顔見せてちょうだいな」
 そう言われてゆっくりと近藤たちは顔を上げる。その言葉から多少は親しみやすい人なのかと、みんなが希望を多少は持った。芹沢は同じ金髪だから、鍋島にかなりの親近感を持った。その妙な口調は変だと思ったが…。もしかしたら、これが九州の言葉なのか。
「…で、あなたがたが洛中で最強の新選組かしら?よろしくって?」
「はい、私が局長の近藤勇子です」
「同じく、局長のカモミール・芹沢で〜す」
「…副長の土方歳江です」
「参謀の伊東甲子どす」
「えーと…島田誠です」
「ごきげんよう。鍋島直子です。よろしくって?…それじゃあ、中に案内させてもらおうかしら。お願いできますこと?」
 鍋島はそう呟いた。

 しばらく屯所を見廻ったところで、鍋島は放置してあるカモちゃん砲に目を向けた。
「あの大砲は?」
「あ、あれはアタシのカモちゃん砲で〜す」
 即座に芹沢が手を上げて言う。しかし、鍋島は鼻で笑った。
「ふふっ、新選組がこの程度の大砲ねぇ…聞いて呆れるわ」
「なんですって!?」
 芹沢はこの日も酒を飲んでいた。当然語気が荒くなる。
「水戸藩の粋を集めたカモちゃん砲に、酷い言い草じゃない」
「水戸藩?尊皇攘夷だかなんだか知らないけどさぁ、外国に目を向けないんじゃ国は滅ぶわよ。解る?まったく、お馬鹿さんねえ。お〜っほっほっほ」
「…あんた!言ってくれるじゃない!」
「か、カモちゃんさんここは押さえて」
 真っ赤になって鉄扇で殴りかかろうとする芹沢を、島田が懸命に押さえていた。鍋島といえば、手を口元に当ててお嬢様笑いを続けている。
「だいたい、あんたの佐賀藩だって変な部隊作ってるじゃないのよ!」
「洋式軍隊とおっしゃって。我が佐賀藩の洋式軍隊は優秀よ。模擬戦でもやってみる?」
「模擬戦とはなんですか?」
 珍しく、土方が興味を示した。鍋島は土方の方に顔を向け、
「戦闘訓練よ。あなたたちも木刀でやるでしょう?私たちもね、当たると痛くないペイント弾っていうのを撃って、模擬戦をしておりますの。どう?新選組と佐賀軍で、模擬戦をしませんこと?よろしくって?」
「いいでしょう」
 土方は頷いた。
「ちょっと、トシちゃん…」
 近藤が不安げな顔を見せるが、土方は「大丈夫だ」とだけ言った。土方は、この模擬戦で新選組が勝つことによって、新選組がいかに強いか、そして欧米の力を借りた佐賀藩がいかに弱いか、というのを宣伝できる、と考えたのである。
「じゃあ、よろしい?一週間後、場所は…嵐山あたりでどうかしら」
「解りました」
 こうして、日本の運命を変える“模擬戦”が始まったのであった。



(おまけのSS by若竹)
【近藤】 島田君、どおしよ〜。佐賀藩の鍋島直子さまが視察にやって来るって。
【島田】 まかせて下さい。こんなこともあろうかと、会津藩の林さんからマジカルステッキを借りてきてます。
【原田】 島田! 沙乃は、嫌だからね!
【島田】 うっ! じゃあ、近藤さんで・・・・。パンツァーミューテーション!強制発動!
【近藤】 きゃあああああ。
【近藤】 『パンツァーミューテーション マジカルリコール!』
    閃光!(服が・・・・・)
【近藤】 『土佐や薩摩もYUKOにお任せ☆ 壬生狼戦車パンツァーYUKO!』
【島田】 おお!6号B型ケーニヒスティーガーだ。
【原田】 日本語にすると、虎徹戦車ね。
【近藤】 『あ、トシちゃん、見て、見て〜。キング・タイガーだよ』
【土方】 島田・・・・局長を戦車にしてどうする気だ?
【島田】 はっ! しまった〜〜〜〜〜!!!
【原田】 バカ。
   


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