「そして音楽がはじまる」

最終楽章  「みつめて☆新撰組」


 京都の長州藩邸。ここで、ある密談が行われていた。
 密談をしているのは3人。公家の岩倉知美、長州藩士の山県狂介(後の有朋)、そして薩摩藩士の西郷吉之助(後の隆盛)である。
「そうでごわすか、関白さぁは説得できもはんでしたか」
 西郷は、“関白”のところにアクセントをつけて言った。ちら、と岩倉は不思議そうな顔で西郷を見つめる。
「そらどういうことであらしゃいますのや?」
「…おいたち薩摩藩の島津さぁは、そんうちこっちにつくじゃろうと、おいたちは思うておりもす」
 西郷は、島津を上手く利用してやろうと思っている。
 島津はお家騒動に巻き込まれたこともあり、もやもやした思いを内に秘めながら成長した。いつも兄と比べられ、家臣からはいろいろと言われた。それが、兄の斉彬が死んだ時、はじけた。重圧から解放されたのだ。
 斉彬には8人の男子があったがみな幼くして死に、生後10ヶ月の哲丸だけが生きていたが、斉彬は死期を悟って病床に久美を呼び、久美かその長子忠義を藩主として哲丸をその養子とするべく遺言した。しかし、斉彬没後久美の判断で忠義が藩主に就任し、哲丸は翌年没しているのである。哲丸の死を怪しいと見ない人の方がおかしい。
 支配欲、というか、野心というものが人一倍あったのである。
 その野心を、西郷は利用し、薩長の強大な力で持って幕府を倒そうと考えていた。そうでなければ、坂本の手助けで生まれた薩長同盟の意味がないからだ。
「こいからどがんすっとですか」
 西郷がそう問うと、先ほどまで下を向いていた山県は急に顔を上げ、答えた。
「ふふふ…大政は奉還しました。しかし、徳川の領地はそのままになっている。これを朝廷に返上せしめる!」
「しかし、徳川領がなければ旗本は養えんぞ」
「その返上を勅命で将軍に命ずるのですよ…ふふふふひひひひ。もし将軍が応じなければどうするか?朝敵として滅する!戦争じゃあ!ひゃはははははっ!」
 山県がそう叫ぶのを見て、岩倉は扇子を取り出すと、山県の額を叩いた。
「密談なんだから大声で言ったらあかんやろがっ」
 そう叫んだ後に、ふう、と岩倉はため息をつく。
(麿はやるだけやった…後は、奴らがどう出るかやな)

 一方、新選組屯所では。
「ようやく製版が終わったか…」
 道場にどさぁっと並べられたCDを前にして、土方は呟いた。製版されたCDがその日、屯所に届いたのである。けっこうな量であったので、隊士総出で道場に運び込んだ。
「で、いくらぐらいで売るんですか?」
 島田が汗を手でぬぐいながら呟いた。すぐに近藤が首を振る。
「ううん、これは配るの」
「えっ」
「売ったら少しの人しか買わないでしょ?だったら、屯所で配った方がいいじゃない」
「そうだな。…問題は、屯所で配る時間が無いかもしれない、ということか」
「えっ?」
「大政奉還が行われた。この後、キンノーたちは朝廷に集まり、幕府軍と一戦交えるに違いない」
「うん…」
(CDを売る前に戦争になりそうだな…)
 土方はそう思っていた。心配ではない、といえば嘘になる。芹沢の歌という武器がありながら、この武器をどう使えばいいのか分からない。そんな状態だった。
 時勢が動くのはその翌日のことである。

「こんにちは、お久しぶりね〜土方さん?」
 翌日の朝早く、そう言って屯所に現れたのは、佐賀藩主の鍋島直子である。鍋島の背後には、たくさんのスピーカーやよく分からない機具が並んでいた。
「あ、鍋島様…どうなさったんですか?」
「島津さんや山内さんから、どうしてもって言われちゃったからね、我が鍋島の強大な科学力でもって、あなたたちの歌をサポートするってわけ!お〜っほっほっほっほ」
 今、京は大変なことになっていた。御所には薩摩、長州、安芸、越前らの藩兵が出動し、全ての門と要所を固めている。そして、それに対抗すべく、会津、桑名らの藩兵も御所の前で待機。緊迫した状態が続いていたのである。
「科学力っていっても…どうやって?」
 島田がそう呟くと、鍋島はにやぁ、と嫌な笑みを浮かべる。
「お〜っほっほっほ。私たちは今から御所に乗り込み、新選組でライブを行うのです!そのライブは、我が藩兵が京のあちこちに既に取り付けておいたスピーカーにより、京の全土に中継される…ということなのですわ」
「なるほど…これがほんとのゲリラライブってことだね」
 山南が小さく呟いたが、誰も突っ込んでくれなかった。
「そ、そら無茶や!」
 ぶるぶる、と首を振って伊東が言う。当然である。
「御所は公家と帝の聖地や。そんなところにうちらが行ったらどうなる思います?絶対、公家に“大不敬であらしゃいます!”って言われるに決まってるわ」
「なあに、大丈夫大丈夫。こちらには関白がおられるのではなくて?」
「あんな頼りない関白じゃー無理じゃないの?」
 今まで何も言わなかった沙乃がそう言う。
「まあ頼りにゃーかもしれんが、役に立つ」
 背後から声が聞こえたので、島田が振り向くと見慣れない女性が立っていた。
「あの、どちら様で」
「徳川勝子だがね」
「えええっ!?だって、あの金髪は…」
「だって、あんな状態じゃ拝謁できーせんでしょぉ?すぐに化粧したのよ」
(さすが不条理。展開が早いなぁ)
 島田は腕を組んでそう思った。
 徳川は一度咳払いをして、
「すでに、山内と島津が御所に向かっとるちゅうこったぎゃあ。彼らが話を長引かせている間に、わしらも御所に向かうんだぎゃあ」
「よし、では新選組出動だ!」
 土方がそう言って立ち上がる。しかしまたしても、島田が手を挙げた。
「あの」
「なんだ!この忙しい時に!」
「ヴォーカルのカモちゃんさんは…」
 はっ、という感じで土方はそのまま固まり、そして走り出した。
「あ〜、歳江ちゃんだ。どうしたの?」
 自分の部屋で酒を飲みながら、寝転んでいる芹沢の姿があった。
「…あんたは〜!とにかくこっちに来い!」
 紆余曲折の末(またか…)、新選組は屯所を出発し、御所へ向かった。

 御所では、帝による王政復古の大号令が行われていた。御簾の中に幼い帝が着座され、その左右に、右から、有栖川宮、山階宮、近衛忠房、中御門経之、岩倉知美などの公卿が並び、左から、以前藩主であった松平慶永、浅野茂勲、島津久美、山内豊美が座っていた。更に一段下がったところには藩士が並んでいる。
「議定の徳川勝子はんはいらっしゃらないようやが…まあ、よろしい。それではこれより、徳川慶子の処遇を決める会議を行います」
 岩倉知美が前に出て言う。そして、小さな巻物のような物を手に取ると広げ、喋り始めた。
「宣旨」
 岩倉はそう叫んだ。これは、自分は天皇の意思の代弁者である、という意味である。
「徳川慶子、すでに政権を朝廷に返上し、征夷大将軍を辞退す。朝廷その旨を聞こし召され、ここに王政復古を行い、万古不抜の国是を定めたもう…」
「待った!」
 そう叫んだ者がいる。山内だ。彼女は、ぱちん、と扇子を畳に叩きつけると、
「この座に、政権を朝廷に返上した、王政復古の忠臣、徳川慶子公が呼ばれておらぬのはどういうことか」
(早まったな、土佐め…)
 本来は新選組が御所に来るまでの時間稼ぎが目的である。しかし、岩倉らの陰謀に耐えかねたのだろう、酒を飲んでいた山内はとうとう爆発してしまったのだ。
(まあいい。このままキンノーが勝つならば、キンノーにつくまで…)
 そう思いながら島津は黙って聞いていた。
「し、しかし、山内殿」
 そう言ったのは、岩倉の隣に居た中御門経之である。
「そのような忠臣であれば、すみやかに私有しておる土地を朝廷に返上するべきではあらしゃいませぬのか?しかしそれを拒絶しておる。そのような罪人がこの席に列するというのは…」
「黙れ!予は岩倉と話をしておる!」
 山内は声を張り上げた。
「土地を私有している、というのなら他の諸侯も同じである。慶子公に罪ありというならば、まず長州や安芸から返上せよ。なぜ慶子公のみが返上せねばならぬ。さらに、今返上せぬからといってなぜ朝敵とするか。理屈に合わんではないか!」
 確かに正論だ、と岩倉は思った。しかし、正論だけではクーデターは無理であろう。
 誰も何も言わないので、容堂はいい気持ちになった。
「岩倉!貴様は幼い帝の後ろにいて、政権をほしいままに−」
 そう言った瞬間、岩倉は立ち上がった。
「山内殿、大不敬やぞ!」
 と大声をあげて岩倉が言った瞬間、山内ははっとした。
(まずい、やりすぎた…)
 そう思ってももう遅い。岩倉はこの勢いに乗じて畳み掛ける。
「幼い帝、とは何事や。これまでの事は全て聖上から出でましたること!今の言葉は何事ぞ!」
「まあまあ岩倉殿」
 島津が立ち上がり、岩倉にそう呟く。島津は見えないように肘で山内を小突くと、
「確かに、徳川慶子のみが返上する、というのはおかしな話とは思いませぬか。のう、近衛殿」
「ま、まあ、確かにそうですね…」
 いきなり話題をふられ、近衛は戸惑う。周囲に説得され、しぶしぶ岩倉は座った。
(新選組、早く来てくれ…)
 そう思いながら、近衛は話を長く引き伸ばそうと努力するのであった。

 新選組は、ようやく御所の蛤御門の前まで来た。
「会津藩お預かりの新選組です!…あのぅ、御所の警護を…」
 近藤がそう言うが、思っていた通り守っていた安芸藩兵は首を振る。
「今日を持って、御所の警備は我々が担当する。即刻退出させられたい」
「いいじゃないですか、ちょっとぐらい!」
「駄目だ!」
 藩兵と近藤が問答を繰り返す中、後ろの方から声がかかった。
「尾張藩主の徳川勝子である。御所に参内するよう命ぜられたのだが」
「は、どうぞお通りください」
「新選組は予の警護役として同じように参内する」
「しかし、新選組は会津藩お預かりでは…?」
「予は会津藩主松平けーこの姉じゃ。別におかしくはあるまい」
「し、しかし」
「いいから門を開けんか!」
「は、はいっ」
 そう言って、安芸藩兵は門を開けるよう支持した。ぎぃぃ、という音がして、大きな蛤御門が開かれる。徳川勝子を先頭に、ぞろぞろと新選組が御所へと入っていくのは壮観であった。一番後ろには鍋島直子と多数の佐賀藩兵が並ぶ。

「で、近衛はんは何が言いたいんや?」
 あれから一時間後、岩倉はついに痺れを切らしてそう言った。もう延々と、間延びしている上に、一部の人にしか分からないどーでもいい話が続いているのである。当然、新選組を来させるためだ。
「ですから、キング○ングから、特撮映画は始まったという話をですね」
「うちはそんなもんに興味は無い!」
「それじゃあ、えーと…推理小説の誕生について。推理小説の生まれはアメリカで…」
「もうええ!」
 そんなことが繰り広げられていた頃である。いきなり、その部屋の後ろの襖が開けられ、徳川勝子が顔を出した。
「やっとかめ(=お久しぶり)、岩倉さん」
「あ、徳川勝子はん…って、何やのその後ろの連中は!」
 岩倉は立ち上がって叫ぶ。当然だ。なぜなら、後ろには小さな舞台があり、芹沢が上に座っている。その横にはギター、ベース、縦笛、トライアングルが並び、舞台の後ろにはドラムが置いてある。そして、多くの照明と大きなスピーカーが並んでいたからだ。
「これは天子様に、王政復古のお祝いの音楽を聴いていただきたいと思いまして…」
「無礼な!今すぐここから…」
「面白いじゃないか、岩倉」
 御簾の中から、良く通る声が響く。びくっ、という感じで岩倉は身体を震わせると、驚いて平伏した。それを見て公卿や各藩主たちも平伏する。徳川は後ろに平伏するよう身振りで支持した。
「徳川勝子と…その、後ろにいる者たちは誰だ?」
「は、新選組と申します」
「新選組…ああ、あの京の治安を守る、会津公のお預かりだな。名前は知っているよ」
「あ、ありがとうございます」
 近藤がそう言う。
「音楽か。久しく聞いていないな。やってみてくれ」
 そう言われたのを合図に、芹沢と島田、山南、沙乃、そして新が立ち上がった。徳川が指揮棒を振る。演奏が開始された。全員が今までに最高の演奏となるよう心がけ、ヴォーカルの芹沢もよく歌った。初めは顔を膨らませていた岩倉も、演奏が最終局面に入ると、感情の起伏を抑えられないらしく、目から涙が溢れている。その歌は、聴いている人々の心の黒い部分を洗い流し、綺麗にする力を持っていたのだ(おいおい)。
 しかもそれは、鍋島家が誇る科学力のお陰で、洛中、洛外、全てに響いていた。

 もはや、キンノーも佐幕もない。

 感動的な歌の前に、人々は無力だったのである。

 演奏が終わった時、島田は前方の人たち…すなわち、公卿は藩主、あちこちから来ている藩士が泣きながら立ち上がって拍手しているのに気づいた。
 近衛や山内、島津など、自分たちに協力してくれていた人々は島田たちの周囲に集まり、近藤と一緒に泣いている。
「演奏は…成功だな」
 土方もそう言いながら泣いている。あまり周囲に冷静な人物はいないようである。まあ、あえて言うならば、
「これで終わったわけじゃない。相手がどう出るかだな」
 そう言っている山南だが、泣きながら言っているから説得力がない。
「ですね。…ん?」
 島田が山南にそう言ってから前方を見ると、岩倉知美がこちらに向かってきていた。
「…どうでしたか、岩倉さん。幕府にも、まだまだ面白い人はいるでしょう」
 今まで島田の隣に居た近衛が、涙を拭きながらそう呟く。
「…最高やった」
「幕府とか朝廷とかで争うより、歌を聞いていた方が楽しいでしょう?」
「そうやな」
 岩倉はそう呟くと、にっこり微笑んでみせた。
(成功したのか…?)
 島田は御簾の中にいる人物の方向を向く。
「…良かったよ、新選組」
 御簾の中からそう声が響くと、誰が隠し持っていたのかは知らないが、ぱぁん、とクラッカーの音が響く。作戦は成功したのである。
「やったー、島田く〜ん」
 そう言って芹沢が島田に抱きついてくる。
「うわ、ちょっと待ってくださいよっ」
「今日を祝してこれから宴会しましょうよ〜」
 芹沢がそう呟く。いつもなら、「またあんたは…」などと土方が言うだろうが、もう全員がどうでも良くなっていた。
「よし、酒や!戦争が回避されたことを祝して!」
 岩倉のその声と共に、大宴会が始まった。
(なんか…これでいいのか…悪いのか…なんか違う気がする…)
 沙乃や永倉が飲みすぎてかけっこをしたり、山内と芹沢がやっぱり飲み比べをして芹沢が負けたり、という凄い状況を見ながら、島田は1人物思いにふけっていた。
 この場でもう一度会議が開かれ、公武合体の元に新しい政治を行う、というような決定がなされた。まだ官職などは決定されてはいないが、これから良い時代になっていくと見ていいだろう。
「浮かない顔をしているね、島田君」
 目の前に、山南が薩摩の大久保から貰った芋焼酎をもって立っているのが見える。
「あ、山南さん…」
「まあ飲みたまえ。疲れただろう」
 芋焼酎を一口含む。ちょっと味がきつい。
「どうしたんだい?これほどの大団円はあまりないぞ」
「いえ、あの…これでいいのかな、って気がして」
「そんなことは気にしない方がいいよ」
「え?」
「僕らの判断は、後の歴史がしてくれるだろう。とりあえず、戦争は回避され、新しい時代が始まろうとしている。それを祝おうじゃないか」
「そうですね…」
 その宴会はいつまでも終わることがなかった。


後書き

 えーと、「見つめて☆新選組」を彼らが作ったとしたら、という話で書いたわけですが。
 今までの話をずっと見ていると、本当に自分はストーリー優先だなという気がします。もうちょっとキャラクター中心の話も書いてみたいけど…。
 まああれです、良い曲ですよね、「見つめて☆新選組」…。
 えーと、終わりで(笑)


(おまけのSS by若竹)
【島田】 これで日本も平和になりますね。
【土方】 さすが、サブリミナルの効果は絶大だな。
【近藤】 えっ?
【山南】 サブリミナルというのは、人間の耳に聞こえない波長や聞き取れないほどの高速で音楽にメッセージを入れて、人間の識域下に影響を及ぼす技術の事だよ。
【原田】 それで、戦争反対のメッセージを込めたのね。
【土方】 いや、新選組万歳というメッセージなのだが。
【近藤】 ダメだからね、そういう事しちゃ。
【土方】 世界が平和になれば、それでいいのだ。
【島田】 あとは、政権奪取ですか?
【土方】 そうだな。次の征夷大将軍は、近藤、お前だ!
【近藤】 トシちゃんが壊れてる〜


近衛様まで感想をどうぞー。

近衛書庫に戻る

topに戻る