「そして音楽がはじまる」

第三楽章  「信ずるは己が刃、暗躍せしは時の仇花」


 道場はもはや道場と言えなくなっていた。様々な機械が並んでいたからである。録音用の機材やギター、ベース、ドラムなどなど、様々な楽器も置いてあるし、歌手が登る小さな舞台もあった。さながら、小さなライブハウスのようだった。
 「目指せ歌い手!」のために、我こそはと思う者たちがたくさん集まるだろう…と土方はにやにやと笑いながら道場に来たが、そこには2名しかいなかった。原田と藤堂である。
「ん…ま、まあ、まだ開始10分前だからな、2人しか居なくてもおかしくはあるまい」
 そういう土方に、2人ともきょとんとした。
 まだ土方には余裕があった。というのも、徳川が「志願者があんまりいなかったら幹部は強制参加なも。幹部で楽器弾いてーてん人はずぇったゃあだでね」と言ったのである。これでは、自分まで歌わなければいけなくなってしまうからだ。
「原田。お前は笛の役目だっただろう?」
 座っている沙乃にそう声をかける。沙乃はむっとして、
「あれじゃ目立てないから」
 確かにそうだ、と土方は反す言葉も無かった。今度は、へーの方に顔を向ける。
「藤堂。なぜお前が歌を?」
「…トシさん。私のこと、今まで忘れてたでしょ」
 じとっ、といった感じでへーが土方を見る。うっ、と土方はうめき声をあげた。
「い、いや、別にそういうわけではないのだが」
「ま、いいけどねー」
 そう笑いながら言うへーに、ふう、と土方はため息をついた。
 時間が過ぎてゆくにつれ、楽器の演奏者は来たが、歌を歌いたいという人は来る気配すらなかった。
(まずいな…)
 土方は腕組みをし、足で床をどんどん、と叩き始めた。いらいらしている証拠である。よせばいいのに、島田が手を挙げた。何か聞きたいことでもあるのだろう。
「土方さん、ちょっとメタな質問をしてもいいですか」
「なんだ?」
「…第一楽章で方言を喋っていない人が、どうして方言を喋っているんです?」
「帝に拝謁したばかりじゃったから、方言は一旦抜かんとね。わかる?」
 背後から声がしたので、島田は振り向く。当然、山内容堂が立っていたのだが…。
口元は笑っているのに、目は笑っていない。
「いや、あの、その」
「まー徳川のあいつはどーだか知らないけどさ」
 はっはっは、と口は笑っているが、やはり目は笑っていない。少し気持ち悪かった。

「島田」
「なんです?土方さん」
「今後、メタ発言をしたら切腹」
「え!?そんな、主人公兼ナレーターは俺じゃないですか!」
 島田がぎゃあぎゃあ言うのを無視し、土方はまたブルーな気分に溶け込んだ。

「…何を落ち込んじゅう?」
 もうどのくらい経っただろうか、落ち込んでいる土方に背後から声がかけられた。振り向くと、山内である。
「は、いえ、別に」
「ふふん。歌うのが恥ずかしいんやお?」
 そう、山内は小声で言った。一応それなりの配慮はしているつもりらしい。
「…確かに」
 そう言われると、にや、と山内は嫌な笑いを浮かべ、土方の前に何かを差し出した。それは、山内が首から提げている「歳酔三百六十回 鯨海酔侯」と書かれた徳利であった。
「ま〜、羞恥心を忘れるにゃ酒が一番」
「え、いや、一応今は勤務中ですので…」
「ん?私の酒が飲めないと言うかえ?」
 芹沢よりも強力なプレッシャーである。なにしろ相手は以前とはいえ土佐藩主だ。
 悩んだ末、それを少し飲んだ。少しぐらいなら酔わないだろうと思っていた土方の考えは、少々甘かったらしい。
「げほっ」
 ちょっと咳き込んだ。だんだん体中にアルコールが巡ってくるのが分かる。
「こ、これは…?」
「私が作った焼酎。名前は秘密やけど…酔いたい時にはこれを飲む」
 そのくらいのアルコール量というわけである。

「さ〜、いってみよぉ!」
 ぱぁん、という大きな音と共に、「目指せ歌い手!」ははじまった。クラッカーを持っているのも、先ほどの大声も、土方である。
「誰や、副長はんを酔わせたんは…」
「あ、ばれた?」
「や、山内はん!なんてことをしはるんですか!」
「落ち込きたにかぁーらん?可哀想でさ」
 そんなことを言っているうちに、徳川が大声で喋りだす。
「それじゃあ、まあ歌ってみてくれーせん?番号を胸につけた人は前に出たってちょーせ」
 そう言われ、「歌い手」の候補者は前に出る。出たのは、沙乃、へー、近藤、土方だ。
「あれ、芹沢は?」
 不思議そうな顔で徳川が言う。伊東が頭を掻きながら、
「ああ、芹沢はんは酔いつぶれて寝てるで」
「…ま、ええか。それじゃ、いっちゃんの人から順番に歌って〜」
 まず全員に歌わせて、1人決めてから稽古をしようというのだ。いわゆるオーディションのような物だろうか。
「はーい!」
 そう言ったのは、胸に「一」と番号をつけた近藤である。舞台にあがると、歌詞を取り出し、マイクを握った。
「じゃー演奏始めたってちょーせ〜」
 そう言って徳川が指揮棒を持って振ると、演奏が始まった。沙乃が抜けた笛の部分は、斎藤が徹夜でやらされている。ちょっと目が怖い。
(なんか、今回はあまり出番が無いな…)
 ギターをぎゅいんぎゅいんと弾きながら、島田はそう感じていた。
(ま、いっか。俺が主人公のはずだし…)
 で、近藤が歌い始めたのだが…。歌って数秒して、「カーン」とむなしい鐘の音が響いた(ちなみに鐘を鳴らしているのは井上である)。
「えー、練習したのにー」
「いやー、局長の歌はちょっと個性的過ぎますわ」
 耳を押さえて笑いながら伊東が言う。
 審査員たちは凄いことになっていた。椅子を倒して前に倒れたり、後ろに倒れたりしているのである。…いや、審査員だけではない。ほぼ全員が同様に、耳を押さえたり、倒れこんだりしている。
「そうだ!これをCD化すれば、キンノーも全滅だ!」
 島田がぽん、と手を叩きながら言う。誰もが、「あ、そうかなぁ」と一瞬思った。
「いや、今回の目的はそれじゃないだろう。歌を聞かせることで、キンノーたちを感動させ、戦意を削ごうという…だいたいこれじゃ売れないじゃないか」
 山南がそう言ったが島田は聞いていない。
「全然うれしくない〜」
 近藤が小さく言うが、それも島田は聞いていない。
「名づけて、殺人音波計画!」
「ショ○カーかあんたは!」
「ぐはぁっ」
 沙乃が飛び蹴りを喰らわせた。
 しばらくして、エントリーナンバー2、土方が舞台に上がって歌いだす。
「微妙に上手いなぁ…」
 伊東がぽつりと呟く。山内が隣では酒を少しずつ飲んでいた。
「ふーん、たいてぇなんぼぐらい?」
「…カラオケで、上手い人ぐらいですわなぁ」
「うーん、ほりゃあ確かに微妙だ。けんど、考えても見ろ」
「へ?」
「毎回酔わせて歌わせるのか?」
 自分が酔わせたくせに…と思いながら、伊東は腕を組んで唸った。
 結局、ずいぶんな高得点を出した後、土方はガッツポーズを取って、その後大の字になって寝てしまったのである。
 そして次の沙乃とへーも似たり寄ったりで、結局この2人で決めるしかない、という雰囲気だった。
「沙乃ちゃんは笛をやればいいんじゃないー?」
「な、なんでよ。へーこそ何か楽器やればいいでしょ?タンバリンとか…」
「だって笛吹いてたじゃない」
「ま、まあね」
「タンバリンって微妙だし」
「…」
「おとなしく私に譲ってくれないかなー?」
「い、嫌よそんなの!」
 そんなこと言っている間に、すっ、と襖が開けられた。全員がその方向を見る。
「あ、もうやってる〜」
 カモミール・芹沢その人であった。
「カモ、酒は抜けたか?」
「あ、山内ちゃんもいる。まーね〜、寝てたからね」
「じゃあ、お前も審査を…」
「あ〜、その前にちょっと歌っていい?」
「ん…まあ、別にいいが…」
「そんじゃ、歌ってみよ〜っと」
 芹沢はゆっくりと舞台に上がる。
「…芹沢はんは曲知ってんのかいな」
「いや、譜面を見せただけだが」
 そう言っている間に、徳川が指揮棒を振り上げる。
「あなたを見かけた京の町ぃ〜♪」
 一瞬、おおげさな表現だが、ちょっと時が止まった。全員が、芹沢の歌声に聞きほれていた。それほどの歌だったのである。形容は難しいが、あえて形容するとすれば…そうだな、天使の歌声と言えばいいだろうか(ちょっとキザだが)。
 歌が終わると、ちょっと間があってから、全員が拍手をし始めた。いや、スタンディング・オベーションである。
「これや!これで決まりやわ!」
 伊東はバンザイをしている。沙乃もへーも、最初はちょっと対抗心があったのだが、あの歌声を聴いてはもうしょうがない、という感じで、2人とも晴れやかな笑顔だった。
「あのー、カモちゃんさん…」
「どうしたの?島田君」
「あの、凄く良かったです」
「あー、そう?うれしいなー」
 よっ、という感じで芹沢は舞台から飛び降り、島田の近くに寄りそう。ちょっと斎藤の視線が怖いが。
「あの、どうしてそんなに上手なんです?」
「あたしね、水戸藩の合唱部に所属してたからー」
「ええっ」
「部長だったのよ。あたし」
 …いろいろと妙な経歴をお持ちのようである。
 というわけで、ヴォーカルは芹沢に決まった。すぐにレコーディングが行われ、その後の製版は徳川の知っている業者に請け負ってもらった。その金は徳川や山内、島津から出ている。
 この曲なら売れる、という想いがあったのだろう。

 一方そのころ、朝廷の一室では…。
「ええかげん、島津久美はんも参加してくれへんかなぁ、倒幕に」
 ぼそぼそ、と岩倉知美が呟く。彼女こそ、キンノーの黒幕と噂されている公家だ。
「いや、公武合体」
「今のままじゃ幕府の権威は下がる一方であらしゃいましょうが。そんなことをするよりも、ここはばっさりと幕府を切り捨ててやな、天皇を中心とする国作りを…」
「いや、なんとしても幕府を存続させにゃーいかん」
「…それは、あんたの地位が揺るがんからであらしゃいましょう?」
 にやにやと嫌な笑いを浮かべながら、岩倉が言った。ちっ、という感じで、島津の顔がゆがむ。
「ゆくゆくは天皇を中心として、平等の世界を作ろうと思ってるわけやからな」
「それは嫌だな」
 また、ぼそっ、という感じで呟いた者がいる。島津の隣にいた近衛忠房である。
「平等、いい言葉やないか。近衛はん」
「僕は五摂家筆頭だから、平等なんてのは嫌だな」
 近衛忠房は子供の頃に江戸に行った経験がある。あまり宮言葉は意識しなければ出ない。
「だいたい、岩倉さんは前、金が無いからって家を博徒に貸したことがあるでしょ?」
「…ちっ、バレてたんか」
「まー確かに、岩倉さんはそういうでしょうね。平等。平等なら岩倉さんも僕も同じ地位になるし、倒幕が成功すれば岩倉さんは新しい政治組織の一員になるでしょうから」
「近衛はんも、地位がなくなるのが怖いんやろう?」
「そりゃそうですよ」
「せやから駄目なのや!」
 ばちっ、と扇子を畳にぶつけ、岩倉は声を張り上げる。
「全員が自分の地位を守りたいがため、政治をおろそかにする。それが幕府という中で作られた構図や。源頼朝公が鎌倉幕府を開いてから、ずっと続けられてきたことや」
「…ちょ、ちょっと落ち着いて」
「そうだ!」
 いきなり島津がそう叫んだので、岩倉は虚をつかれてしまった。
「岩倉さぁ、あんたまだ結婚してなかったでしょ」
 むっ、とした顔を岩倉がする。彼女は完全な行き遅れであるからだ。
「近衛君、岩倉さぁと結婚しなさい。そうすれば岩倉さぁも少しは地位が上がるから」
「…なんやて!?」
「ちょっと待ってくださいよ!」

 結局、その後くだらない話でこの会談は終わってしまった。だいたい、島津自身、あんな会談をさっさと終わらせてしまいたかったのである。
(やっぱい倒幕もよかかも…)
 島津は腕を組みながらそう思っていた。薩摩の藩士である大久保から、「倒幕しても久美様の地位は安泰ですから」と言い含められているからである。
(まぁ、あの歌の結末を見てからでよかね。駄目なら、我が薩摩一藩で幕府を潰す。あの関ヶ原のやり直しを…)
 にやり、と島津は笑った。



(おまけのSS by若竹)
【島田】 近藤さんの歌声を録音したこの悪魔のCDをラジカセにセット。
【近藤】 悪魔じゃないもん!
【原田】 あっ! ラジカセが火を吹いて壊れたわ。
【沖田】 さすがですね、ゆーさん。生の歌声は殺人的だけど、CDは機械を壊すんですね。
【永倉】 意味ないじゃん。
【土方】 島田! 間違えてゲームディスクをラジカセに入れるんじゃない!
【近藤】 ゲームのディスクはCDプレイヤーで再生出来ないんだよ。
【島田】 ああっ、行殺のBディスクはおまちちゃんに占領されてる!
【土方】 そうか、それでバグがあるのか。
 (※Windows Media Playerなどで、行殺のBディスクを聞いてみて下さい。あなたの行殺もおまちちゃんに占領されてます)


近衛様まで感想をどうぞー。

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