「そして音楽がはじまる」

第二楽章  「ハチャメチャbeatでgo!」

 土方は島津久美をあまり信用出来ずにいた。
 島津久美は一般的には公武合体派として知られているが、これには裏があると土方は読んでいた。今の時代、必ずしも幕府が優勢というわけではない。薩摩にもキンノーはたくさんいるし、彼らは長州と結んでいる。薩摩は非常に不気味な存在であった。つまり、島津久美は場合によってはキンノーにつくかもしれない、と土方は考えていたのである。
(女狐か…容堂公の言った通りだ。島津からは異様な空気を感じる…)
 おそらく、それが「おゆら」のDNAなのかもしれない。

「トシちゃん?どうしたの?」
 隣に居た近藤にそう言われ、土方は我に帰った。ちょうど今、屯所内の少し大きめの部屋で山内と伊東、そして土方は歌詞を作っていた。当然、近藤と芹沢もいる。
 しかし、この状況なら別のことを考えたくもなる…と土方は思う。近藤は「可愛い歌詞がいいね〜」と言っているし、山内と芹沢は相変わらず酒を飲んでいる(しかし山内は酔ってはいない)。伊東も近藤と同じような状況である。
「近藤や教授の言うような歌詞では駄目だ」
 そう言われ、ん?という感じで、ちらりと伊東がこちらを見る。
「えーと…そらどういう意味や?」
「調子のいい歌詞だけでは駄目だということです」
「歌詞に意味がないといかん、ということやお?土方のゆうちゅうことは」
 酒臭い息を吐きながら、山内は言った。
「そうです。…新選組の理念や、宣伝を歌詞に盛り込みたいのです」
「…あーそりゃいいかもしんないねぇ」
 芹沢が顔を真っ赤にしながらそう言った。芹沢が自分に賛成するとは珍しい、と土方は思った。恐らく山内と飲んでいたので、もう何も分からなくなっているのかもしれない。
「確かに…歴史を変えるかもしれへん歌やからなあ…うーん」
 伊東は、部屋の上に張ってある局中法度を眺めた。
「きょーじゅ。げに、へちのほうは上手くいっちゅうかえ?」
 山内はやっぱり顔色を一つ変えず、そう伊東に呟く。伊東はシャープペンシルを回転させながら、
「大丈夫でしょう。あっちはあっちで、上手くやってるやろうから…」
 そう自信たっぷりに呟いた。

「ちくしょー!また壊れちまった…」
 永倉新の後ろには、壊れた太鼓がいくつも並んでいた。土方たちのいる部屋から反対側の方向にある屯所の稽古場では、楽器の練習が繰り広げられていたのである。
「あーあー!アラタ!あんたがドラムやりたいって言ったんでしょ!?」
「だってよー、ハンマーと同じかと思って」
「そんなわけないでしょーが!あんたは力を入れすぎなのよ!」
「なんだとー!?」
「静かにしてちょーだぁぁぁぁぁぁぁぁ!音が聞こえーせんでござるぎゃあがぁぁ!」
 高く大きな声が響き、一気にその場が静かになる。ギターを弾いていた島田や、ベースを弾いていた山南も一気に静まった。
 金髪を多少立たせ、かなり奇抜な衣装を着て、顔には赤や青のペイントが塗ってある。そんな女性が仁王立ちして叫んでいるのだから、誰でも驚く。
「ほんなたーけたことで怒るようじゃ歌は作れーせんわよ!分かったら、ええ加減音符ぐりゃあ読めるようにしやーせ!」
 いきなり癇癪を起こしたこの女性こそ、新選組のプロデューサーの1人である徳川勝子である。徳川、という名からも分かるように、彼女は尾張徳川家の当主であり、松平けーこちゃんの姉でもある。
 この時代だと、御三家は水戸藩ばかりが注目されるが、尾張徳川家もそう負けてはいない。多くの改革を行っている…が、確かにあまりぱっとしないことは確かだ。この幕末という時代は他に比べて抜きん出た人物が多く出たため、少々目立たない。
 彼女は以前、将軍跡継ぎ問題で慶子を押したため、井伊直弼の弾圧によって酷い目にあったらしく、その結果、このようにグレてしまったともっぱらの噂である。
(ちくしょう…だいたい、俺は何やってんだ?ここで一旗あげるはずじゃ…)
 島田はギターを眺めながらそう呟く。
(あれから、全然剣の稽古なんかやってないし…まあでも、これが売れれば一応、一旗あげたことになるか…)
 ちら、と斎藤を見る。彼は、徳川や島津の汗を拭いてやったり、水を持ってきたりしていた。つまり、彼はマネージャーというわけだ。
 マネージャーは普通女性なのだが、沙乃や新には拒否された。「そんなことより楽器を弾いてみたい」というのである。では沖田かと思われたが、彼女は病気だ。結局「彼がいっちゃん似合うわぁ」という勝子の意見によって斎藤に決まったのである。
「ところで、島津さん。ピアノ弾けるっていう公家はまんだ来ないんきゃあも?」
 怒鳴り散らした後に、急に島津にそうにこやかに笑いかけながら、徳川は言った。
(相変わらず、感情の起伏が激しいのは山内と変わらんな…しかし、よくあの頭で帝に拝謁できたものだ)
 そう思いながら、島津は首を横に振った。
「もうちっとかかうみたいだな。あいつ、時間にな守う奴なんだが…」
 そんな中、1人の隊士が稽古場にやって来ると、「近衛忠房様がお見えになられました」と言った。その声と共に、紫色の服を着た背の高い青年が現れる。
(俺と同い年ぐらいか…生まれによってこんなに違うのか?)
 島田は複雑な思いでその頼りなさげな男を見た。
 近衛忠房。朝廷で重きを成す公家の1人であるが、彼の母と妻は島津家から出ており、島津久美とは友人である…というか、何か弱みを握られているらしく、彼女と良く一緒に行動している。
「どうしたんどすか?こんなところに呼び出して…って」
 その異様な光景に、近衛は顔をしかめた。
「おみゃあさんが近衛か?ピアノを弾けるっていうもんだで呼んだんだわぁ」
 そう言って、つかつかと勝子は近寄り、近衛に新選組のことを話す。
「まあ、確かにキンノーは心配どすが…よりによって歌とは」
「こいつら、譜面も読めんからなも。ちいとずつ音を教えてやれ」
 そう言われ、近衛は、はぁ、とため息をつくと、よたよたとピアノの元へ向かった。
「あの…じゃー行きますから…最初はこんな感じで」
 ピアノの音に、島田のギターと山南のベースがゆっくりとあわせていく。沙乃の笛と、沖田のトライアングル、そして新のドラムもゆっくりと進んでいった。

「こうしたらどうですやろ。歌だからこそ、全部新選組の規律にするわけにもいかないし、そやかて確かに規律も重要や。前半を普通の歌詞にして、後半を規律にするというんは」
 伊東はしばらくしてから、膝をぽん、と叩いて言う。その案に全員が頷いた。
「それだ!」
 土方がガッツポーズを取りながら言う。この頃になると、芹沢は飲みすぎたせいか倒れて熟睡し、近藤は頭を使いすぎたのか、かなり疲れている感じである。当然土方や伊東も同じ状態だった。唯一元気なのは山内である。
「よし。ほんなら、それで行こうか」
 ぽつりと言うと、山内はゆっくりと寝転んでしまった。酒が切れたので眠り始めたのである。
(どうやら酒がエネルギー源のようだな)
 土方は山内をちらりと見ながらそう思った。おそらく彼女は酒さえあれば生きていけるのではないかと思いつつ、歌詞を考える。
「ちょっと変えて、あなたを見つめた京の町、とうのはどうだろう」
「うーん、見かけた、の方が次につながりやすいわぁ」
「なるほど…で、近藤」
 前半のほとんどの部分は近藤である。近藤はゆっくりと頭を上げる。どうやら彼女も疲れてきたようである。
「ん?なーに?」
「これはどういう心境を表現してるんだ?」
「ん?いや、あの、切ない恋心というか」
「う〜ん…」
 まあ、「都の治安を守るため」とか、「情けは無用の新選組」とか、新選組宣伝のための歌詞があるからいいか。
「局中法度を歌詞に入れると、こんな感じで」
 ぴら、という感じで、伊東が歌詞を見せる。
「う〜ん、ちょっと軽いな。切腹よ、というのは」
「でもなぁ、これが取れるとちょっと歌詞としては上手くいかんからなぁ」
「どれどれ?うーん、まあ、確かに…むむむ」
「素直に“切腹よ”にしたらどないです?」
「まぁ…いいか」
 これにて、ようやく歌詞が出来たわけである。

「よっしゃー、曲は出来た!さ、近衛君、弾いたってちょーせ」
 徳川に見せられた五線譜には、音符がごちゃごちゃと書かれている。
「いや、いきなり弾けっていっても…」
「ん?言うことがあれば言ってちょーだゃあ?」
 満面の笑みを浮かべながら徳川は言う。近衛は、「勝子さんが弾けばいいじゃないですか」という言葉をぐっとこらえた。
「…関白様、あの人は本気だ。やった方がいいよ」
 心配しながらも我関せず、といった感じで山南が言えば、
「弾かなきゃお姉さぁに教えちゃうよ」
 そう、遠くの方で島津が呟く。はぁ、と近衛はため息をついた。
とりあえず、歌詞と曲は出来た。後は、この歌を歌う人、つまり歌手の登場となる。
 次の日から、新選組内で「目指せ歌い手!」という名前の歌の稽古が設けられた。


(おまけのSS by若竹)
【土方】 うーむ、ギターにピアノにドラムセットに、結構金がかかるものだな。
【近藤】 あと、録音機材もね。
【土方】 そんな物は要らん! スタジオを借りる!
【沖田】 トシさん、あたしは何をやればいいんですか?
【土方】 そーじは、トライアングル。原田は縦笛だ。
【原田】 トシさん、小学校の学芸会じゃないんだから…
【土方】 仕方なかろう。もう予算がないのだ。
【島田】 楽器もレンタルにすればよかったんじゃないですか?
【土方】 ・・・・・・。ああっ! しまった!
【島田】 気付いてなかったんですね。


近衛様まで感想をどうぞー。

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