「そして音楽がはじまる」

第一楽章  「こんな静かな夜には」

 いつも通り、巡回から帰ってきた土方は、芹沢がいないことに気づいた。
(まあ…いつものことだ)
 そう思いながら、土方は屯所にあがり、まっすぐと自分の部屋へ向かう。しかし、その足は途中で止まった。
(いつものことだ…って、おい!また何か問題を…っ)
 ちょうど近藤が部屋にいたので、土方は聞いてみることにした。
「え?カーモさん?」
「ああ。どこに行ったか知らないか?」
「えーと、確か友達と飲むって…」
「またあの人は…っ」
「でも、相手が…って、歳ちゃん?ちょっとっ…」
 近藤が説明する前に、土方はその前を突っ切り、急いで京の町へと駆け出していった。

(まったく、局長とはいえ、勝手に動いて…いい加減にしろっ)
 局中法度というものがある。土方が決めた、新選組の鉄の掟だ。

一、士道ニ背キ間敷事
一、局ヲ脱スルヲ不許
一、勝手ニ金策致不許
一、勝手ニ訴訟取扱不可
一、私ノ闘争ヲ不可
右条々相背候者、切腹申付ベク候也

 一応、芹沢はこれを守ってはいる。あくまでも、一応、である。しかし、彼女がその場にいるだけで規律が乱れてしまうような気がしてならなかった。一生懸命に土方が押さえつけても、芹沢だけそれから抜け出てしまうのだ。
 そんなことを考えているうちに、祇園の町まで来た。芹沢がいる場所は分かっている。以前も宴会をした「一力」だ。土方は店の中に入ると、店主に芹沢の居場所を聞きつけ、言われた部屋へと向かった。一力の廊下を延々と歩いてゆく。
(いったい何を話しているというんだ?)
 まさか、キンノーとの会合か。いや、そんなはずはない…。
 土方の不安はどんどん高まっていく。
 ようやく問題の部屋まで来た。ばたん、という音を立てて、土方は障子を開けた。そこにいたのは芹沢と、そして3人の女性だった。1人は赤い髪を思うさま伸ばし、いい加減に後ろで結んでいる。もう1人は髪を2本束ねていた(いわゆるツインテールという奴である)。最後の1人は…
「ん?土方ちゃんどうしたの?」
「ま、松平様!」
 京都守護職であり、会津藩主の松平けーこちゃん様である。新選組は会津藩お預かりであるから、松平けーこちゃんは土方にとっては上司も上司。彼女がここにいるということは、他の2人も位の高い人物である可能性が高い。
(わ、私はなんということを…穴があったら入りたい)
 土方は恥ずかしさのあまり、平伏した。
「ちょっとちょっと、面をあげなさい」
 すこし時間が経ってから、けーこちゃんはそう呟いた。ようやく普通の顔に戻った土方は、ゆっくりと顔を上げる。
「芹沢、言ってなかったの?」
「あ、そういえば忘れてたっけ」
「芹沢さん!こういうことはちゃんと近藤に言っておいていただきたい!」
「ごめんごめん、急な用事だったからさー」
 相変わらず、芹沢は笑う。ふう、と土方はため息をついた。
「それより、歳江ちゃんに説明して無かったねー。こちら、前土佐藩主の山内容堂公」
「“公”は余計だな、芹沢」
 赤い髪をした女性が、酒の入った徳利に口をつけ、一気に飲み干してからそう呟いた。後ろには芹沢をもしのぐほどの徳利が山のように積んであるのだが、しかし彼女の顔は変わっていない。首からは「歳酔三百六十回 鯨海酔侯」と書かれた徳利をさげている。

 前土佐藩主である山内容堂(豊美)は当時難しい立場にあった。もともと土佐藩は長宗我部氏が治めていたが、江戸幕府が誕生した頃に山内一豊が土佐藩を拝領しそこに移り住んだ。このため、長宗我部家の家臣たちと山内家の家臣に軋轢が生じ、長宗我部家の家臣たちは「郷士」と呼ばれ差別されていた。この二分化した藩が幕末期に危機を迎える。郷士たちが反幕的な動きを見せ、「土佐キンノー党」を設立。土佐藩の主導権を握り、容堂が頼りにしていた吉田東洋を暗殺するなど、やりたい放題やっていたのである。容堂は佐幕の立場にあり、京で徳川慶子たちと会談を何度も行っていた。豪放磊落な性格で、酒を一日にどれだけ飲んでも酔わなかった、というほど酒が強い。自らを「鯨海酔侯」と号したほどである。

「で、お前が新選組の副長?へぇ…けっこう強そうじゃないの」
 にやにやと笑いながら山内は呟く。まるでやくざ者だ、と土方は思った。
「ねぇ?隅州殿?」
「…隅州殿、とは、また他人行儀なことを言うのね」
 頬杖をついていたツインテールが、嫌な笑みを浮かべながら言った。
「じゃー“女狐”とでも呼んだらいいわけ?“薩摩藩主”の久美ちゃん?」
「あたしは藩主じゃないって何度言ったら分かるの?」
 そう、余裕を見せながら彼女は反論した。

 島津久美。兄は前薩摩藩主、島津斉彬。しかし彼女の母は正夫人ではなかった。血のつながっていない兄と妹というわけである。
 久美の母は「おゆら」(お由良・お遊羅)といい、出身は江戸三田の四国町に住む大工の娘である。一部の藩士からは妖怪のように言われていた。なぜなら、おゆらは一部の重臣を抱きこんで、久美を藩主にするよう陰謀を繰り広げた。つまりお家騒動にまで発展してしまったわけである。
 紆余曲折の末、藩主となった斉彬は病気で数年後に亡くなり、彼の遺言により久美の子である茂久(後の忠義)を29代藩主とした。彼女はその後見として、藩主の母であるというだけで「国母」(※藩の中心的人物として尊敬されている女性)と呼ばれ、藩政の総指揮を取っている。それを容堂は揶揄したのだ。

「…あたしたちは同じ族仲間でね」
 頬杖をついたまま、視線を土方に向けると島津は言った。
「カモの奴が新選組に入ってるっていうから、あたしたちも新選組に協力しようと思ってるの。だから京まできて、今こうやって話し合っていたわけ」
 魔女っ子物の敵役のような顔つきをした島津がそう言っても、あまり信用出来ない。
「…薩摩は倒幕を推し進めていると聞いておりますが」
「それは勝手にやってるの、下の方でね」
 土方の呟きに、すぐに島津は反論する。何度も聞かれていたことなのか、対応は早かった。
「それはさておき」
けーこちゃんが咳払いする。
「あたしたちが考えた、新選組をもっと強くする計画。あなたにも教えとかなきゃね」

 芹沢と共に屯所に戻ってきた土方は、近藤と相談した後にすぐ皆を一箇所に集めた。
「つい今しがた、松平けーこちゃん様、前土佐藩主山内容堂様、薩摩国母島津久美様から特命を受けた。新選組強化計画だ。その内容は…」
 おおっ、とあちこちから声が上がる。しかし、島田だけは不思議に思っていた。土方の様子がおかしい。いつもなら凛としているのに、この時は妙に恥ずかしいような、何も言いたくないような、そんな感じだった。
 土方は咳払いを2回すると、ふう、と息を吐いてから、
「新選組で歌を作る!CDデビューするということだ」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!?嘘だ!嘘だと言ってください副長!」
 そう叫んだのは、当然島田である。
「まったく…京の治安を守ろうというのに、一体何を考えてるんだ!?」
 珍しく山南もそう叫んだ。
「なんなのそれ!?沙乃は認めないわ!」
「…CDってなんだ?」
「アラタ、知らないの?“コンパクト・ディスク”…だったかな?その略よ」
 ぎゃあぎゃあと叫んでいる中、近藤が「ちょっとー聞いてー」と声を張り上げる。
「実はね、発案者は島津久美様なの。…このままでは幕府とキンノーがぶつかって戦争になるかもしれない。戦争になったら、たくさん人が死んじゃうでしょ?…だから、あたしたちが歌を作ってそれを京に流す。そーして、戦おうとする気持ちを削ごう、って考えなのよ」
「なるほど。そういう事か…ならもう異論はないよ」
 すぐに山南がそう呟いて支持する。ずいぶんな翻りようである。
「まーなんでもいいや〜」
 相変わらず、永倉はそう笑いながら言った。
「CDデビューかあ…それも悪くないわね…」
 沙乃は1人でにやにやと笑っている。
(んな、馬鹿なっ!)
 島田だけが、1人で悶々としていた。
「けほっ…でも、あたしたち、楽器なんて触ったこともないですよ?」
 沖田の当然な問いかけに、土方はにやりと笑って見せた。
「そう言うと思って、数名の音楽プロデューサーに連絡を取っている。…実はすでに、1人ここにいらっしゃっているから紹介しよう」
 後から、良く見たことのある女性が姿を現す。いつもと違うところといえば、彼女が小さなキーボードを小脇に抱えていたことだろうか。
「伊東甲子どす。生まれは常陸国で、なんでかしらへんけどあたしのことをみんな“教授”って呼ぶねんけど…ま、みんなもそう呼んでくれてええよ〜。それじゃあよろしゅうに…」
 愛称“教授”の伊東甲子は、髪の毛をかきあげながらそう言った。
「伊東参謀じゃないかぁぁぁぁっ!」
「ん?いや…あたしの愛称は“教授”で“参謀”じゃないねんけど…」
 島田は思わず立ち上がり、土方の襟首を掴んだ。土方は目を瞑っている。
「副長。これは何かの間違いでしょう!?」
「サボテンの花が咲いている…」
「逃げないでください!」
「ふっ。甘いな島田。空を見てみろ」
 島田はそう言われ、少し歩いて庭から上を見上げた。
 あるパラメーターが、振り切られている。
「ああっ!?こ、これは…」
「そうだ。不条理度120%を超えている」
 正に青天の霹靂であった。


(おまけのSS by若竹)
【土方】 いよいよ新選組もCDデビューだ。
【近藤】 じゃあ、あたし歌う〜。
【近藤】 ぼえーーーー。ぼぉーえーーーーー。(ジャイアン風)
【原田】 何!? 今の騒音!
【永倉】 カラスが落ちてるぜ。
【沖田】 黒猫が泡を吹いて倒れてます。
【芹沢】 さすが、ゆーこちゃん、凄い破壊力ね。
【土方】 うむ! これをCD化して売れば、キンノーの殲滅も夢ではない。
【近藤】 全然、うれしくない〜。
【島田】 つーか、それ以前に売れないと思うんですが。


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