まかいてんしょー

第九章 燃えよ剣


 本堂に御伽兵部はいた。数珠を持ち、先ほどから何事かを必死になって念じているようである。目の前には髑髏がうず高く積まれており、それが怪しい光を放っていた。
(後少し。後少しで完成する)
 そう思いながら、必死になって念じ、力を増幅させる。
 その時、後ろで足音がした。
「おお、藤波か。見よ。後少しで髑髏本尊は完成するぞ。これで、真言立川流は日本の国教となる。我らの願いが達成され」
 言い終わる前に、ずぶっ、という音を立てて、御伽の首に刃が入った。刀が抜き取られたので、御伽は前に倒れこみ、薄れ行く意識の中、自分を殺した相手を見た。
「ひ、土方…馬鹿な。裏切るというのか…」
「裏切る?…私は、貴様の計画を全て聞いたわけではない。世直しは賛成だがな…」
 土方は近寄ると、腹いせに御伽の体をずたずたに切り裂き、それから目の前にあった髑髏本尊を蹴倒した。
(やはり、御伽が死ぬと転生衆も死ぬというのは嘘だったか)
 馬鹿な奴だ、と呟き、土方は御伽の死体を見下ろす。
「すまないな…伊東さん。私は、あの場所で彼らを待つ…」
 そう、まるで呪文のように口を少し動かしてそう言うと、土方は古寺を抜け出し、走っていった。
 かちり、と、何かをセットしたような音が古寺に響いた。

「今の音は…」
 髑髏が倒れる、がらがら、という音を耳にして、久美はゆっくりと立ち上がって、本堂に行こうとした。まさか、敵が侵入してきたのかと思い、びくびくしながらゆっくりと歩いていく。途中、肩に手が乗った。
「わっ」
 思わず振り向くと、伊東が立っていた。口から血を流している。
「島津久美様。…ここは危ない。お逃げになった方が」
「…逃げるだと?」
「御伽は、国家転覆なんか企んでおりまへん。ただ久美様を利用しただけです」
 久美は体中から力が抜けたような虚脱感を覚え、ゆっくりとその場に座り込んでしまった。無理も無い。怪しいとは思いながらも信じていた彼らに裏切られたのだから。
「しっかりしてください。…あなたは、一国一城の主であった人でしょう?」
 無言で久美はゆっくりと立ち上がる。こんな者に説教されるのか、と思ったが、すぐ、説教されてもしょうがないな、と理解した。自分はこれまで何度騙されたのか、見当もつかない。自分の立場を利用し、西郷や大久保にいいように使われた。同じ事をされたのである。腹も立ったが、自分の力ではどうにもなるまい。
「…ご好意に甘えさせてもらうぞ」
 久美は何を思ったのか、伊東に頭を下げ、これまた、土方と同じように走っていった。ふう、とため息をついて、伊東はゆっくりとその場に倒れこむ。背中には刀で突き刺された傷がいくつもあった。
「島津はどうでもいい。最後に無駄な事をしたな、お前も。あんな馬鹿を助けるとはな」

 後ろから近づいてくる者がある。相変わらず笑顔を絶やさない、藤波秀一郎である。

「島津はん…助けんかったら…可哀想やろが。…それよりな。あんたに一ついい事教えたげるで」
「…なんだと?」
「御伽兵部は今頃、土方はんの手にかかって死んどるわ。うちはもう、これで本望や」

「な…!」
 藤波の顔から笑顔が消え、怒りのあまり廊下を踏みつけた。手が震え、獣のような目は伊東を見据えて離さない。
「阿呆が。あんたの手にかかると思ってんのか!」
 そう叫ぶと、伊東は刀で自分の喉を刺し貫いた。それが彼女の命が絶える瞬間だったのだろうか、伊東は風化していく。藤波は唾を吐くと、その残っていた頭蓋骨を足で踏みつけ破壊した。
 その瞬間、寺の入り口で、がたがた、という物音がした。それから、だだだだだ、という大勢の足音も聞こえる。藤波は本堂に向かった。
「あんたたちの野望もこれまでね!」
 芹沢が高らかにそう叫んだ。周囲には、島田、斎藤、原田、永倉、如月、山崎。今までばらばらだった者たちがここに集結したのである。これでは藤波の分が悪い。
 もっとも、全員元気というわけではない。島田と斎藤は、体のあちこちを包帯で包まれ、肩で息をしている。声を出すのも辛そうだ。
 本願寺で坂本龍馬の捨て身の一撃「忍法血飛沫返し」を受け、数時間もすればどろどろに溶けて骨になってしまうところであったが、かけつけた芹沢や本願寺の僧侶たちに治療を受け、ある程度は動けるようになった。しかし、この状態では戦えまい。
「…土方歳江はここには居ぬぞ」
「なんですって?」
「おそらく壬生寺だな。伊東は裏切ったから殺してやったが…」
「そんな話、信じると思う?」
「嘘だと思うならそれでいい。しかし、奴は一人でも世直しをするぞ」
 流血したような赤い瞳をぎらつかせ、藤波の口がゆっくりと、ナメクジが蠢くように動く。それを見て山崎が前に出た。
「…すずちゃん?」
「芹沢はんたちは、壬生寺に向かってください。…ここはうちで食い止めます」
「馬鹿言うんじゃないわよ!」
 そう言って殴りつけようとした芹沢の手を、飛び上がって山崎は回避した。
「あんただけ残して行けると思うの!?」
「…藤波の術は、集団であるほど不利になる。このままでは全滅です」
 そう言われて、芹沢は少し首を前に動かし、うつむいた。頬に涙がうっすらと流れている。それを隠そうとしたのだろうか。しばらく芹沢は黙っていたが、ゆっくりと後ろを向き、歩いていく。それを見ていた者たちも、山崎の無言の支持に首を縦に動かし、同じように後ろを向いた。
「すずちゃん。…生きて帰ってきて。またその可愛い顔見せるのよ」
 芹沢は振り向き、涙を流しているのも構わず、そう呟いた。
「絶対戻ってきますわ。約束です」
 山崎が親指を立てて言う。その声を聞いたのか、六人の足音が一気に加速していったのが分かる。ほっ、と、山崎は胸を撫で下ろすと、目線を藤波に戻した。藤波は既に戦闘態勢に入っている。ゆっくりと深呼吸すると、藤波の体から真っ白い煙が噴出し、周囲を覆っていった。ごくり、と山崎は唾を飲み込み、左手で口元を押さえて後ろに退く。右手には既に仕掛け針を用意している。これが最後の針だ。
「…根来忍法…痺れ蝦蟇。これでもう、俺の周囲に近づく事は出来ない」
 痺れ蝦蟇。蝦蟇(いわゆるヒキガエル)は背中から白い毒物を出し、これに触ると体が痺れるという話があるが(確かに、神経麻痺作用のある成分がある)、「痺れ蝦蟇」はこれを真似た技だ。自らの毛穴から毒物を霧状にして放出し、それを少しでも吸うと体が痺れ、動けなくなる。伊東を倒したときに藤波が傷つかなかったのも、この技を使ったが故である。当然、科学的にどうなっているのかは不明だ。検証しても意味の無い事である。
「ひひッ…風を操るか?…貴様にそんな力はもう無い。お前の技は、近づいて針を俺の急所に突き刺すだけだ。そして、それは俺に近づかない限り不可能だ。つまり、お前は俺に勝てない!」
 …ガスマスクでもありゃあええんやけどな、と山崎は心の中で呟いた。そんな都合のいい物があるわけが無い。たとえ不条理モードだとしても、である。
 じりじりと山崎が後ろに退いていくと、ばたん、という音がして、山崎の後ろの扉が閉まった。はっ、と山崎が後ろを振り向いた瞬間に、妙なものが山崎の首を絞めつける。ぐっ、と山崎が呻いて、その妙なものを手でつかみ、目は藤波の方に戻した。その瞬間、その「妙なもの」の正体が分かった。藤波の右手である。藤波が、忍法「大蛇腕」を使ったのだ。腕を伸縮自在にする忍術である。
「…逃しはしない。…このまま、じわりじわりとなぶり殺しにしてやる。あの時の恨み、ここで晴らしてやる!」
 しばらく山崎はもがいていたが、既に腕が喉に食い込んでいて離れない。藤波の思い通り、山崎はそのまま動かなくなった。にゅるり、と藤波の腕が蠢いて、元の長さに戻る。
「…念には念を入れておくか」
 藤波は小刀を抜き、ゆっくりと近づいていく。そのまま山崎は動かない。にや、と藤波はいつもの笑みを浮かべて、山崎の首をつかみ、持ち上げた。
「死ね!山崎雀!」
 突き刺そうとしたその瞬間、山崎の目が開き、ふわり、という感じで、藤波の手を離れた。その時山崎は既に背後におり、藤波の首を腕で締め上げている。右手にはまだ、針が握られていた。
「なっ、なんだとっ!?」
 うろたえながらも、藤波は刀を逆手に持ち変える。
「…死ぬのはお前の方や」
 渾身の仕掛け針を、山崎が藤波の首の後ろに差し込むのと、藤波がもがきながらも小刀を後ろに滑らせ、山崎の腹に差し込むのとは、ほぼ同時であった。二人とも呻いて、山崎は後ろに、藤波は前に倒れる。
「あははははははははは…」
 藤波はゆっくりと仰向けになり、まるで狂ったように大声で笑い始めた。楽しそうな笑いではない。身の毛がよだつほどの、薄気味悪い笑い声だった。その笑いが尽きた頃、目をむき出したまま、藤波は動かなくなった。同時に、山崎はゆっくりと起き上がる。
「痛ッ」
 腹部に鈍い痛みが走った。そういえば刺されたんやったな、と思う。
 カチ、カチ、カチ、カチ…
 少しばかり冷静になった山崎の耳に、妙な音が聞こえてくる。
「…まさか」
 爆弾ならば、逃げなければならない。山崎は立ち上がろうとするが、もう限界だったのだろう、足に力が入らない。がたん、という音を立てて、山崎は後ろ向きに倒れこんだ。腹は、にじんだ血で真っ赤になっている。なぜか山崎の目からは大粒の涙が一粒、下に落ちていった。
「裏稼業の人間が、ろくな死に方しないいうんは…本当やな…」
 山崎は自嘲気味に笑った。その瞬間に、古寺に運び込まれていた火薬が爆発を起こし、大きな音を立てた。火薬が大量だったのだろうか、古寺はその爆発で木っ端微塵となり、次の瞬間にはもう跡形も無くなくなっている。
 その瓦礫の中に、崩れた髑髏が一つ、見えた。

 実質的に走っているのは四人になっている。
 島田を芹沢がおんぶし、斎藤を永倉がおんぶしているからだ。二人とも馬鹿力なので、スピードは他の二人と同じか、もっと速いぐらいである。
「はぁ…」
 この情けない展開に、思わず島田がため息をつく。
「俺、主人公なのになあ」
「いや、島田くんは主人公じゃないでしょ」
「ええっ!?」
「だって全然活躍してないじゃん」
 その芹沢の言葉に、がっくりと島田はうなだれる。
「でも、一応は…」
「いや、作者に聞いた」
 ならば、これ以上抗弁するのは無意味である。またしても、島田はうなだれるのだった。
「…だいたい、こういうゲームの主人公ってさ、脇役みたいなもんじゃん。名前だってすぐに変えられちゃうし」
「いや、“ふれっしゅ”ではちゃんと名前が」
「あれは声が入ったからでしょ」
「う」
「それに目が無いし」
 隣で沙乃が呟く。既に、仲間と完全に溶け込んでいるのはさすがである。どうやら転生衆は、時間が経つと人間らしさが戻ってくるらしい。何とも都合のいい話である。
「…まあ、そういう内輪な話を続けるのはやめにして」
 と、結局無難に司会進行役を勤める島田誠である。げほん、と妙な咳をして、
「…本当に山崎さん、大丈夫なんですかね?助けに行った方が…」
「やめとけよ」
 島田が言い終わる前に如月が鋭く呟いた。
「…てめぇも山崎の仲間だったんだろ?なぜ信じてやれねぇんだ。…必ずあいつは帰ってくるさ」
 そう呟いて、如月は目を閉じる。口調を変えるのを忘れていたので、島田が怯えたような目をしているが、そんな事を気にしている場合ではない。
 馬鹿なことをしやがったな、と如月は思った。
 夢幻回帰をし終えた後、時間をおいたとはいえ、満足に回復はしていないだろう。彼女が藤波に勝てるとはどうしても思えなかった。良くて相討ち、悪ければ…。
 (…あいつは死に場所を見つけたんだ)
 そう思い直して、如月はそのまま走った。

 芹沢たちが壬生寺の正面に到着するのと同時に、それを待っていたのか、にわかに空が掻き曇り、雷が鳴り始めた。寺の門は硬く閉じられている。それを構わずに、芹沢が手で開けると、本堂に土方が刀を抜いて立っていた。全員がゆっくりと本堂に近づく。
「…役者は揃ったようだな」
 雷鳴轟くなか、土方は呟いた。全員を見渡したところで、一人、いるとは思っていなかった人物に目線が注がれる。
「沙乃…!?お前どうして…」
「トシさん、もうやめようよ!」
 沙乃は涙を流しながら、両手を握り土方に訴える。
「もう終わった。御伽だって死んだんでしょ!?沙乃たちは負けたの。だから…」
「負けた。だからどうした」
「えっ…」
「原田、良く聞け。私たちは一度死んだ。一度死んだ者が、今、おめおめと生きていて何になる?」
「…」
 原田の前に芹沢が進み出た。芹沢は土方を睨んだまま剣を抜く。
「全ての幕を下ろすには、私を倒すしかない。そうでしょう?芹沢さん…」
「…いいわ。あなたがそれで救われるなら」
 二人は刀を抜いて一歩進んだ。それと同時に、芹沢の後ろの者たちは後退する。しばらく二人は間合いを取っていたが、雷鳴轟くと同時に動いた。芹沢と土方の体が交差したその刹那。うめき声がして、土方が左に回転しながら仰向けに倒れた。芹沢は刀を投げ捨てると、土方へ駆け出していき、ゆっくりと抱き寄せる。それを見て、島田たちは驚いて土方に駆け寄った。
「馬鹿!あんた…わざと斬られたでしょ!」
 土方の肩をつかんで顔を近づけ、芹沢は慟哭しながら言った。口から血を流しつつ、ゆっくりと土方の左手が動く。それを芹沢は両手で握った。
 ぽつ、ぽつ、と雨が降り始め、あっという間に体を濡らす。
「言ったでしょう。幕を下ろすには、私を倒すしかないと…」
 芹沢は無言のまま土方の手を握っている。不意に、土方が笑みを見せた。芹沢は大きく目を見開く。いよいよ最後の時が近づいたのだと思ったからだ。
「…芹沢さん。私は…あなたが、羨ましかった…」
「なんですって…!?」
「みんなに…明るく出来る…あなたが…」
 芹沢は何か言おうとしたが、言葉をすぐに思いつくことが出来ず、そのまま唇をぎゅっと噛んだ。涙もその瞬間だけ止まっていた。土方がゆっくりと風化していく。手の感覚がなくなった頃には、土方は消え、空中にあった髑髏がその場に落ちた。その落ちる「かつん」という音が、芹沢にはやけに大きく感じられた。何も言わず芹沢は立ち上がる。同じように慟哭していた島田たちを押しのけ、壬生寺の門を歩いていく。
「カモちゃんさん!」
 島田が大声で叫んだ。
「一言でいい。土方さんに…土方さんに…慰めの言葉を」
 かけてください、と、泣いている島田は、何度も途中で声を詰まらせながら、そう叫ぶ。
 何のために蘇ったか。
 何のために戦ったか。
 何のために死んだか。
 芹沢は歯をくいしばった。
「ばかやろー!」
 雷よりも大きな声で、芹沢が吠えた。
 酷く空しい顔をして。
 その後、うわあああああ、と、大声をあげて、芹沢は嗚咽した。

 その日が、京での最後の宴会であった。といっても、宴会とは呼べない非常にささやかなものだ。全員が無言で黙々と食べていたが、やがて、島田が口を開いた。
「沙乃。お前、これからどうするんだ?」
「ん…」
 沙乃はちょっと困ったような顔をした。まあ、確かに、元々死んでいた人間が生きていた、というだけで事件だし、新聞のネタにもなりかねない。
 茶碗を持ったまま沙乃は考えていたが、やがて、ふう、とため息をつく。
「ちょっとね、大陸にでも渡ってみようかな、って」
「大陸!?」
「大声出すんじゃないわよ、何かあるわけ?」
「…いや、金はどうすんだよ」
「まあ、それは…」
 そこまで考えてなかったのか、沙乃は乾いた笑い声をあげた。一瞬の沈黙があって、みんな、何事も無かったかのように御飯を食べ始める。
 しばらくして、襖が開けられると、珍しい来訪者があった。
「あ、島津様」
 沙乃がそう呟くが、久美は青い顔をしてその場にぺたりと座り込み、口を開かなかった。顔が震えている。騙され、自分では何も出来ず、ここまでやってきたのだろう。芹沢はとりあえず、彼女のためにお膳をもう一つ用意した。久美は生き返ったように御飯を口に入れていく。
「…酷い目にあった」
 久美の一言はそれであった。金は確かに減ったが、別に島津家にとってはそれほど痛くも痒くもない金額である。ただ、京に入ってから今までの生活は、針のむしろの中のようなものであったであろう。
「で、私は逮捕されるのか」
「それはどうでしょうねえ」
 斎藤が腕を組む。
「政府は今回の事件を、ただの大量殺人事件にし、犯人は古寺で爆死した、とするみたいで…つまり、事を大きくしたくないって事ですから、大丈夫じゃないですか」
 海江田も川路も、自分たちのかつてのボスを逮捕したくはないだろう。
「…国に帰って、また囲碁でもするかな」
 悲しげな笑いを見せ、久美はそう呟いた。あ、そうだ、と、島田が手を叩いて、
「久美様」
「様はもういい」
「じゃあ、久美ちゃん」
「せめて“さん”ぐらい付けろ」
 その後数回のやり取りがあった後、島田が、隣にいる沙乃が大陸に渡りたがっている事を話すと、久美は頷いた。
「そのくらいなら何とかなるさ。お前に出来る罪滅ぼしかもしれんしな」
 久美はそう呟くと、熱燗を一口飲んだ。少し苦いように思えた。


終章 空白


 さて。
 沙乃は無事大陸に渡った。その後の足取りは定かではないが、馬賊になり、その頭目になった、と伝えられている。
 島津久美は鹿児島に戻った。西南戦争が起きたときは、きっぱり西郷との関係を否定。後に、公爵を受爵されている。
 大田黒朋子は、仲間を集め神風連という組織を設立、新政府軍と戦ったが敗れている。

 …島田や芹沢はどうであったか。

 竹刀の音と、怒号と、掛け声が響いている。
 江戸から、東京、と名を変えた、ここ、多摩の地に、一つの剣術道場があった。名を試衛館という。そう、あの試衛館である。戊辰戦争後、新選組の中で生き残った者数名がここに集まり、試衛館を再興し、剣術を教えているのだった。周囲の子供たちが集まって、号令と共に竹刀を振る姿は誇らしくもあり、可愛らしくもある。
 どういう剣術を教えているのか、と思われるかもしれないが、一応天然理心流のようである。先生の流派がバラバラだから、新選組剣術と言ってしまってもいいかもしれない。
「少し休憩にしましょうか」
 芹沢がそう叫んでから面を取ると、子供たちが万歳をして、あちこちへと散っていく。島田もそれを見て、ぺたんと腰を下ろすと面を取った。
「アラタちゃんがさ、新選組の慰霊碑を作るんだって話してるんだけど」
 その芹沢の話に、島田は沈黙する。
「どう?」
「…あんな事件の後ですからねぇ…」
 そう呟き、島田は腕を組んだ。作った方がいいだろうと思う。いや、今まで作られなかったのがおかしい、と思った。作られなかったのは、新選組が賊軍であるからで、まあ、当たり前といえば当たり前の話なのだが。
「でも、大丈夫ですか?…話、通りますかね」
「そう言うと思って、昨日、政府に行って話しといたよ」
「何をですか?」
「いや、新選組の慰霊碑作るから金出せって」
 その言葉に島田は腰を抜かす。
「脅迫じゃないですか!」
「作らないと前みたいに化けて出るから、って」
「やっぱり脅迫じゃん!」
「そうしたらお金出してくれたよ」
 はぁ、と、島田はため息をつく。
「供養しなきゃ…ね…」
 そう呟きながら、芹沢が遠くを見て寂しそうな顔をしていることに、島田は気づいた。あの戦い、芹沢には何か思う事があったのだろう。いや、それは芹沢だけではない。島田や、斎藤、永倉にも当然あった。かつての仲間と戦う。それがどんなに精神的な苦痛だったか、彼らは良く分かっている。もう、こんな戦いは嫌だ。それは全員の思いだ。
「島田くん」
「…なんですか?」
 既に、芹沢が背後にいる。
「肩揉んであげよっか」
「あ…はい」
 しばらく、島田は芹沢の指に身を委ねた。
 遠くで、せみが鳴いている。


後書き

 始めに書いておきたいのは、これだけを読んで満足してはいけない、という事である。なぜなら、全てこの話の大筋は、山田風太郎の「魔界転生」を本歌取りして作った作品であるからだ。出来れば、次に「魔界転生」を読み、また、「まかいてんしょー」を読んで欲しい。
 では、ここで文体を「ですます」にしまして、メールで寄せられたいくつかの質問と、ボツ設定などを公開します。

 Q.近藤や沖田が蘇ってない理由
 A.思い入れがなかった、というのも強いけど、描写が難しいからです。本当は沙乃や新も難しいけどね。台詞作るのが。苦渋の決断です。

 Q.山崎って死んだの?
 A.一応『爆発』で生死は含みを持たせました。僕はどちらでも良いです。

 Q.山崎雀が針で人を殺すのは何故?
 A.まあ、彼女は最初から「必殺シリーズ」でいこうと思ってましたから…。必殺シリーズが何か、という話題については検索してください。

 Q.文章を妙なものが飛んでいるんですが、ウィルスでしょうか。
 A.飛蚊症です。病院に行ってください。

 ボツ設定…といっても、一つぐらいしかありません。
 …土方が蘇った理由について、ですが、土方は実は島田が好きだった。しかし、芹沢に島田を取られてしまい、嫉妬の執念で、というやつ。あんまし恋愛ものって好きじゃないのでボツにしました。

 こんなもんですかね?(汗)
 では、「仕置人・山崎雀」(仮)で、またお会いしましょう。

2005/09/16 近衛


(おまけのSS by 若竹)
【原田】 トシさん、もうやめようよ!
      もう終わった。御伽だって死んだんでしょ!?沙乃たちは負けたの。だから…
【土方】 うむ。そうだな。

【島田】 ふくちょー、台本と台詞が違うんですけど・・・・。
【芹沢】 ちょっとー! そこで歳江ちゃんが納得しちゃったらアタシとの死闘がなくなっちゃうじゃないのよ!
【土方】 せっかく助かったのに何でわざわざ芹沢さんから斬られねばならんのだ?
【島田】 だって、台本が・・・・。
【土方】 私はこれから欧州に渡って、フランス陸軍のサン・ペリエ少将になるのだ。
      そういうわけで台本が間違ってるから直しておくよーに。
【島田】 そんな無茶な〜!


近衛様まで感想をどうぞー。

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